33話 オリエンス遺跡
「そんで、どんな武器にするか決まってるの?」
愛多は露店の商品から視線を逸らすことなく、俺に語りかけた。
「俺の適正武器は遠距離だからな、弓がいいけどそこは値段次第だな」
愛多は「ふーん」と、興味があるのかないのか分からない相槌を打った。
「あのさ、なんでわざわざ露店見てるの?私は使ったことないけど、えーっと――」
愛多はそう言ってキョロキョロ周りを見渡すと、目的のものを見つけたのか、小走りで駆けていく。
「このお店でみんなアイテムを売ってるんだよね?」
愛多は一軒の店舗前で立ち止まり、看板を指差す。
看板には取引所と書かれており、通常はこの取引所を経由してプレイヤー間の売買を成立させている。
「ああ、だいたいのプレイヤーはこの取引所を利用して商品の売買をするらしいな」
プレイヤーが所持しているアイテムを売買するにはいくつかの方法がある。
一つは取引所にアイテムを預け、値段を設定し販売する方法。
プレイヤーは取引所のある街ならどこでも売買ができ、出品されているアイテムは金さえあれば誰でも購入できる。
大多数のプレイヤーはこの取引所を利用する。
二つ目はバザーに出店している露店から直接購入する方法。
取引所とは違い手数料がかからない分、出店者の裁量によって値段が変わる。
「取引所は手数料が掛かる分、少し割高なんだ。それに比べて個人で出店している露店は取引所より安い場合が多い」
「なるほどねぇ。だから露店を見てたんだね」
中には良心価格の掘り出し物もあるので、宝探し感覚で見ているだけでも楽しい。
(弓は……やっぱりどこも高いな)
遠距離武器の中でも弓は人気が高く、それなりの性能の物は、取引所でも露店でも大金貨三十枚以上する。
俺が出せるのは金貨3枚までなので、弓を買うのは早々に諦めた。
(これで買える武器は――お、これなら)
俺が手に取ったのは、両端が鉄でできた、くの字型に曲がったブーメランだ。
一見弱そうに見えるが、昔やり込んだ有名RPGでは全体攻撃ができる武器として、ブーメランはとても優秀な武器だった。
ヴァルセリア・オンラインではどのようになるかはわからないが、武器として選択できる以上、ひどい性能ではないはずだ。
金額は金貨2枚、他の武器に比べれば格安だ。
…………
「よし、これに決めた!」
俺は手に持っていた『木芯のブーメラン』を購入し、早速装備した。
ブーメランは少し頼りない見た目だが、攻撃力は装備していた銅の剣よりも遥かに高い。
この武器が俺の戦闘をどれだけ激変させてくれるのか――想像しただけで年甲斐もなくワクワクした。
「あ、ブーメランにしたんだぁ。全体攻撃できて便利なんだよね」
「え……もしかしてお前もあのゲームやったことあるのか!?」
愛多はニッと笑い、俺は同士を見つけた喜びで胸が熱くなった。
「お兄ちゃんがレトロゲームも好きでね。いろいろ貸してもらったんだぁ」
「レトロゲーム……ね」
愛多は当時の思い出を懐かしんでいるが、俺の胸中は複雑だった。
俺の青春とも言えるゲームがレトロ扱い……
改めて愛多との歳の差に軽いショックを受けつつ、俺は露店を後にした。
「それじゃ早速実践といきますか」
俺たちは神殿都市から東に数キロの場所にある『オリエンス遺跡』に来ていた。
崩れかけた石造りの遺跡は、不気味なまでの静寂に包まれている。
二人きりで隊列もなにもあったもんじゃないが、盾を装備している俺が警戒しながら前を歩く。
「遮蔽物が多い。モンスターが突然現れても慌てるなよ」
こんな時、ピコのスキル【危機管理】があれば、遮蔽物に隠れた敵にも反応して対処が容易になるはずだ。
ただ、万が一を考えると迂闊に戦闘に参加させることはできない。
(はぁ、蓮翠草の値段があんなに高いなんてな……)
俺はピコが死亡した場合も考えて、蓮翠草の情報を集めていた。
攻略サイトには上級ダンジョンの宝箱でドロップするとしか書かれておらず、相当貴重なアイテムだということはわかった。
実際に取引所で相場を確認したが、今の俺に取っては目玉が飛び出る程の金額で取引されていた。
蓮翠草を買うよりも、最悪自分が死んでデスペナルティを負う方が被害が少ない。
ただあまり慎重になりすぎてピコを戦闘に参加させないと、ジョブレベルが上がらずゲーム攻略に支障をきたすのは目に見えている。
今回でテイムの条件が少しでも分かれば一番だが、ダメでもこのブーメランで経験値と素材を大量にゲットできればなんとかなるはずだ。
慎重に進んで行くと、崩れた石柱や石塊が多く点在する広場に出る。
俺は手を上げてその場で制止すると、意図が伝わったのか愛多も息を殺す。
(ゴブリンが二体……)
今は石柱の影に隠れてやり過ごせているが、ゴブリンたちのいる場所は障害物がなにもない開けた場所だ。
背後をつくことはできないので、戦うなら真正面からになるが――
愛多は俺の後ろから広場を見渡し、ゴブリンの存在を確認した。
「まず俺が遠距離から奴らを狙う。相手が怯んだら追撃してくれ」
俺の言葉に無言で頷く愛多を見て、俺はタイミングを見計らう。
(……今だ!)
ゴブリンたちがこちらに背を向けた――その瞬間、俺は石柱の影から飛び出し、地面を強く蹴った。
足音に気付いたゴブリンはすぐに振り返り、俺の姿を視界に捉えていた。
しかし、相手が迎撃準備を整えるよりも早く、俺の右手から放たれたブーメランがゴブリンの頭部に直撃した。
(よし、そのまま二体目に――)
直撃を受けたゴブリンはその場に倒れ、隣にいたゴブリンにもブーメランが命中すると思っていた。
しかし、ブーメランは――戻ってこなかった。
ゴブリンに命中したブーメランは力を失い、ポトッと地面に落ちた。
ゴブリンは仲間を気遣う素振りも見せず、こちらを見て一瞬ニヤリと笑った次の瞬間――落ちていたブーメランを掴んで走り出した。
「え?」
俺は突然の出来事にただ呆然として、体が動かなかった。
愛多が俺に何か呼びかけているが、頭が真っ白で理解が追いつかない。
「――じさん、おじさんっ!早く追いかけないとまずいって」
何度目かの呼びかけで、ようやく正気を取り戻した俺は、愛多の指差す方へ視線を向けた。
「くそっ、ブーメランって手元に戻ってくるんじゃないのかよ!」
俺は走りながら悪態をついていた。
愛多もまさか当たった瞬間落下するとは思っていなかったようで、「それな!」と言って後を付いてくる。
以前クリスさんがこのゲームについて、変な所がリアルと言っていたが、まさにその通りの結果になった。
俺が昔プレイしたゲームでは、ブーメランは投げればちゃんと戻ってきたし、全体攻撃もできる優れものだ。
しかし、ヴァルセリア・オンラインのブーメランは手元に戻ってくることもなく、一体にしか攻撃が当たらない、非常に使い勝手の悪いものだった。
(ブーメランが戻ってこなかったのも予想外だが、まさか盗まれるなんて)
急いで取り返せばまだ間に合う――そう信じて、俺は頭にちらつく金貨二枚を思い浮かべながら全力で走った。
「おじさん、ここって……」
俺と愛多はゴブリンを追ってたどり着いた場所を見て、一瞬息を呑んだ。
その場所は石畳の道に沿って、崩れた石柱が等間隔に並んでいる。
そして道の先には、石壁にポッカリと穴を開けた洞穴のようなものがあり、入口は半円状に組まれた古い石材で縁取られていた。
入口の両脇には低い石の台座が残されており、かつては灯火が置かれていた名残と思われる。
穴の奥は薄暗く、不気味な雰囲気が漂っている。
俺はこの場所を知らない。
でも数多のゲームをしていた俺の直感が告げている。
ここは――
「……ダンジョンだ」




