32話 NPC
「嘘だろ……」
「ふっふーん。どうよ!」
愛多とパーティを組んだ俺は、画面の隅に表示された数字に驚愕した。
俺の現在のレベルは5、それに比べ後から始めたはずの愛多はすでにレベル8に達していた。
「おじさんに迷惑かけたくなかったしね、めっちゃ頑張ったんだから」
愛多は得意げに胸を張っている。
彼女の戦闘技術があれば、俺よりモンスターを効率よく倒せるんだろう。
突きつけられた現実に思わずため息が漏れる。
(ジョブの違いもあるだろうが、正直ショックだ……)
俺は愛多の腰に装備された二本の剣に視線を向ける。
「お前のジョブってやっぱり――」
「うん、双剣士。かっこいいっしょ」
双剣で戦うなんて男なら誰でも憧れる戦闘スタイルだ。
(昔の俺なら真っ先に選んでいただろうな)
実際、愛多の戦闘に俺は釘付けになっていた。
俺もあんな風に戦えたら――
「そんじゃ、そろそろおじさんのジョブが何か教えてよ」
俺は返事の代わりに装備画面を操作し、ピコをフィールドに召喚した。
「え、ちょっ、なに急に!?」
突然現れたピコに驚きを隠せない様子の愛多は、慌てた様子で俺に詰め寄ってくる。
「こいつは俺のテイムしたモンスター、名前はピコってんだ。俺テイマーなんだよ」
俺とピコを交互に見て、愛多は突然ピコを抱きかかえた。
「ちょ、待って。可愛すぎん?ガチで無理なんだけど」
愛多のテンションは収まる気配がない。
シエラさんの時もそうだったので、落ち着くまで俺は大人しく見守ることにした。
「ごめんねー、可愛すぎてテンション上がったぁ」
ようやく落ち着きを取り戻した愛多は、随分上機嫌だ。
ピコが俺達の周りグルグル回っているのを見て、愛多はそれを目で追っている。
「はぁ、ほんっと可愛いなぁ。ねぇおじさん、テイマーってことは他の子もいたりするの?」
俺は首を横に振り否定する。
「テイマーは情報が少ないらしくてな、テイムの条件がわかってないんだ」
俺は愛多にテイマーになった経緯や、テイムへの条件を模索していたことを話した。
愛多は時折、相槌を打ちながら最後まで話を聞いてくれた。
「なるほどねぇ。あのさ、参考になるかわかんないんだけど……」
愛多はそう言って、昔読んだ漫画のことを話してくれた。
「お兄ちゃん、漫画も好きでね。よく見せてもらったんだけど、その中にモンスターをテイムする主人公のお話があったの」
愛多は昔読んだ漫画の内容を細かく説明してくれた。途中漫画の面白さや見どころを熱心に語っていたが、おおよその情報は得ることができた。
「なるほどな、ものは試しだ呪いを解いたら早速試してみよう」
漫画の知識から得た情報を鵜呑みにするなら、テイムには俺と相手のステータスが関係している可能性がある。
そして、そのステータスにはHP量も含まれる。
俺はこの数日、弱い相手に奇襲を成功させた時があるが一度もテイムに成功していない。
もしHP量も関係しているなら、今のスライムの呪いが掛かっている俺ではテイムに失敗するのも納得できる。
どのみち、呪いは早く解呪したいと思っていた。
腕試しを早々に切り上げ、ユニア村から飛石を使いリエアの街へ飛んだ。
「あのさ、別に私を置いて先に解呪してきてもいいんだよ?」
愛多は少し申し訳なさそうにしながら、俺に提案する。
愛多の考えていることは分かる。
もし俺が同じ立場でもそう言ったはずだ。でも――
「お前の考えてることはなんとなく分かる。けどな、せっかくのオンラインゲームなんだ、急いでるわけでもないしゆっくり行こう」
解呪を終えてすぐ戻ることもできる。
でもそんな理由で初めて組んだパーティを解散するのも、味気ない。
それに愛多は俺の足を引っ張らないように頑張ってくれていたようだし、そんな相手を一人で待たせるのも気が引ける。
俺の言葉を聞いた愛多はパッと表情が明るくなり、一歩こちらに近づいてくる。
「ユッキーのそういうとこ、嫌いじゃないよ」
彼女は少し照れたようにこちらを見上げている。
「久しぶりだなそう呼ばれるの」
自己紹介をした時以来、久々に聞くあだ名に思わず言葉が出る。
愛多は少しつまらなそうにした後、すぐに表情を変え人をからかうような笑みを見せる。
「そだね~。おじさん呼びの方がしっくりくるっていうか……あ、もしかしてユッキーって呼ばれるの待ってた?」
「アホか、36のおっさんにそのあだ名はきつすぎだっつうの」
愛多は「ふーん、36歳なんだ」と、ボソッと口にし、その後も他愛ない会話を続けながら、神殿都市『ルミナ=リエ』へ向かった。
「やっと着いたぁ。結構時間かかっちゃったね」
道中見かけたモンスターと戦いながら進んだこともあって、リエアの街からここにくるまでに時間がかかってしまった。
「早速で悪いが解呪に行ってもいいか?」
愛多は「もっちろん」と言って快諾してくれた。
解呪をするには神殿都市の中央にある神殿で儀式を行わなければならない。
「へぇ、儀式って結構大掛かりなんだね」
「儀式って聞くと大げさに聞こえるが、実際は祝詞を唱えている間、祈りを捧げればいいらしい」
クリスさんは「儀式に何分も掛けてたらユーザーが離れちゃうわよ」と言っていたし、おそらくすぐ終わるはずだ。
「あれ?なんか向こうの方騒がしくない?」
さすが都市というだけあってどの通りも、人の声や生活音が溢れかえっている。
ただそんな中でも俺たちのいる大通りの先は一層騒がしく、沢山の人が集まっていた。
「何だありゃ?何かイベントでもやってるのか?」
俺は人混みをかき分け、騒ぎの中心へと向かった。
しかし進むことに必死で、その人混みが途中で途切れていることにすぐには気づけなかった。
次の瞬間、俺は人の波から飛び出す形になり、体勢を崩して地面に両手をつく。
突然のことに周囲は一瞬静まり返り、無数の視線が一斉に注がれるのを感じた。
それはまるで、不可侵の領域に踏み込んだ罪人を見るかのように。
何か取り返しのつかないことをしてしまった――
そんな焦燥感に突き動かされ、俺はゆっくりと顔を上げた。
最初に目に飛び込んできたのは美しい銀髪。
その銀髪に勝るとも劣らない美しい女性が立っていた。
その女性は俺を見ると、ニッコリ微笑みこちらに近づいてくる。
周囲がざわめいたが、それでも取り巻きたちは一定の距離を保ち、口を紡いでいる。
「あなた、呪われていますね。今解呪するので動かないでください」
そう言って彼女は、呪文のような言葉を口にしながら目を閉じ、両手を胸の前で握って祈りを捧げた。
すると、俺の体は光に包まれる。
「あの、あなたはいったい……」
目の前の女性は俺の質問に一瞬驚いた表情を見せる。
「すみません。そんなことを言われたのは初めてだったもので……私は『ルミエラ』、神に仕える者です」
そう言うと彼女は優しく微笑んだ。
「よろしければ、あなたのお名前を聞かせていただいてもよろしいですか?」
俺は「ゆ……ユキトと申します」と言って、彼女に返した。
「ユキトさん。今日こうして出会えたのも神の思し召しかもしれませんね」
そう言いうと彼女は身を翻した。
「それでは私は用事がありますのでこれで。またどこかでお会いできるといいですね」
ルミエラさんが移動すると、それに合わせて取り巻きたちも移動する。
彼女たちは神殿のある方へ歩き出し、やがて喧騒の中に消えていった。
「ちょっと、おじさん大丈夫!?」
突然肩を揺すられ、声の方に視線を向けるとそこには心配そうに俺を見ている愛多の姿があった。
「あ、あぁ。大丈夫だ、ちょっとビックリしただけで」
「すごかったよねぇ。でもあの子って――」
「ああ、ルミエラさんはNPCだ」
彼女の頭上にプレイヤーアイコンはなかった。
彼女はNPC――それだけなら大して気にも止めなかった。
しかし彼女は通常のNPCとは明らかに違う。
仕草も、会話も、あまりにも自然すぎた。
(……ま、だから何だって話だけどな)
俺は彼女を頭の片隅に追いやり、ステータス画面を開いた。
そして、呪いが完全に解けていることを確認した。
(お、ほんとに解呪されてる――って、ん?おいおいマジか……)
現在の所持金を確認すると、解呪代金の2,000Gがそのままストレージに収まっていた。
無料で解呪をしてくれたルミエラさんに、内心で感謝しつつ――
(もっと後になると思ってたが、これなら……)
俺は神殿を背にし、もと来た道を戻っていく。
「ちょ、ちょっと、おじさん急にどうしたの?」
慌てて付いてくる愛多は、わけがわからない様子で俺に質問を投げかける。
彼女には悪いが、俺の足は気持ちが焦ってどんどんと早くなる。
そしてようやく目的地に着くと、すぐ後ろから愛多も追いついてくる。
「ん?ここって」
愛多はこの街に来たばかりで、目的地が何の場所か理解できていなかった。
そんな愛多を見て俺は今回の目的を口にする。
「俺は今日、このバザーで武器を買う!」




