31話 双剣と過去
「それで、ラヴ――お前はどこまで進んでるんだ?」
なし崩し的に愛多と一緒にプレイをすることになったが、一緒にやる以上相手の実力と進行状況を知っておくのは重要なことだ。
「なんで言い直したん?」
「いや、こんなおっさんがラヴって口に出すのは恥ずかしいというか……」
「ふーん」
ん?こいつにしてはやけに素っ気ないな。
「あ、どこまで進んでるかだっけ?えっとねぇ――」
一瞬違和感を覚えたが俺の杞憂だったか、愛多は普段通りに話している。
「なるほどな、メインジョブはもう選択済み。リエアの街までは行ってるのか」
思いの外、愛多のペースが早いことに驚いたが、もちろんそんなことは表に出さず大人の余裕を見せている。
「ちなみに、レベルの方は――」
「あ、なんかいるよ!」
愛多の視線の先には、以前俺が敗れた憎き相手、グラスネイルの姿があった。
まずい、初心者の愛多を連れて戦うには厳しい相手だ。
俺が一時後退を進言しようと愛多を見ると、すでに彼女は臨戦態勢に入っていた。
「おじさんに私がどれだけ動けるか見せるいい機会だし、あれ私がやっちゃうね」
愛多は二本の剣を同時に抜き、俺の返事を待たずグラスネイルに突撃していった。
グラスネイルは愛多の姿を確認すると、前回と同じように背負った殻を縦横無尽に振り回した。
愛多は一度バックステップを踏み、グラスネイルと距離を取る。
(タイミングを見計らってるのか?)
彼女は小刻みにステップを踏み、グラスネイルの動きをじっと観察している。
そしてグラスネイルが殻の重さを利用して、大きく右に振り抜いた瞬間――
地面を力強く踏み込んだ愛多は一気にグラスネイルとの距離を詰める。
振り抜いた殻を制御するため、自分の身体を軸にしているグラスネイルはすぐに対処ができず、彼女の振り下ろしをもろに喰らった。
「くっ――」
しかし、振り下ろした剣はグラスネイルの粘液に邪魔され地面に突き刺さる。
愛多は咄嗟に右手の剣から手を離し、地面を蹴って大きく宙を舞う。
「ちょっ――なんなんあれ?反則じゃんよー」
アクション映画さながらの動きに呆気に取られていた俺は、愛多の言葉で我に返る。
「そいつの体は粘液で覆われてるんだ。そいつをなんとかしないと物理攻撃は通らないぞ!」
「ちょっ、そんな大事なことは先に言えし!」
「人の忠告を聞かずに突っ込んだのはそっちだろうがっ」
俺のツッコミに愚痴をこぼしながらも、まだ余裕のありそうな彼女は再びステップを踏む。
スライム水を使って援護――いや、あの時のグロッシュとは違う。
本当に危なくなったら愛多を連れて逃げるつもりだが、彼女はまだ諦めていない。
剣を器用に回転させながら逆手に持ち直し、グラスネイルの動きをじっくり見ている。
そして、再び地面を蹴ってグラスネイルに肉薄する。
(だからそれじゃ意味が――)
愛多は突如体を捻ると、右に大きく振り抜いた殻目掛け、後ろ回し蹴りを放った。
振り抜く勢いに突如加わる蹴りの力、グラスネイルの体は力に逆らえず宙に浮いた。
無防備になったグラスネイルに愛多は追撃を試みる。
(すごい……けどあいつの粘液はどうするつもりだ)
倒れ込むグラスネイルの首元に持っていた剣を突き刺すと、その剣を自分の方向に思い切り倒した。
まるでギロチンにかけられたように、グラスネイルの首と胴は永遠の別れを告げた。
「ふぅ、意外に手こずっちゃたなぁ。おじさんにいいとこ見せようとしたのに」
(すごい……)
愛多の圧倒的な戦闘センスを目の当たりにした俺の胸はかつてないほど高鳴っていた。
物理が効かないと思っていたグラスネイルをあんな形で圧倒するなんて……
「お前、こんなに強かったのか!?」
「えへへぇ、すごいっしょ!お兄ちゃんに鍛えられたからね」
愛多はピースをしながら得意げに胸を張る。
なるほど兄貴の影響か、それにしても――
「お前そんだけ上手いんだったら引く手数多だろ。それに性格だって明るくて話しやすいし、俺に頼まなくても一緒に遊ぶ相手くらい――」
俺がそう言いかけると、途端に愛多の表情が暗くなっていく。
「実はね、私こうみえて高校までは暗くて地味な子だったんだ」
普段明るい彼女が見せた、弱々しい表情に俺は言葉が出なかった。
「今じゃ想像つかないと思うけど結構真面目だったんだよ。でもこの名前でしょ?からかわれること、多かったんだぁ」
俺はやりきれない気持ちを吐き出すため、思わず息を吐いた。
人は珍しいものに興味をそそられる。
ただ、それがいい方向に転ぶこともあれば当然、悪い方にも……
「いろいろあってね――人と喋るのが嫌になっちゃったんだよ。学校には頑張って通ったんだけどね、それ以外家から出なくなっちゃって……」
俺は愛多に視線を向けるが、俯いていて表情は見えない。
「そんな時にね、心配してくれたお兄ちゃんがよく一緒にゲームしてくれたんだ。お兄ちゃんめっちゃゲーム上手いんだよ」
家族の話をする愛多は先ほどと打って変わってとても楽しそうだ。
「それでそんなにゲームが上手くなったんだな」
彼女は頷いて肯定する。
「あ、それと勘違いしないでほしいんだけど、私はこの名前嫌いじゃないよ。パパとママが付けてくれたんだもん、嫌なわけないよ」
愛多はさらに言葉を続けた。
「だから嬉しかったんだよね、おじさんが私の名前聞いても驚かなかったことが……」
あの時は名前云々より、ギャルとのやり取りに疲れただけだったんだけどな。
「水を差すようで悪いが、俺も普通に驚いてたぞ。ただ今の子はそれくらいの名前当たり前なんだと思ってただけで」
俺が正直に話すと、愛多はゲラゲラと笑った。
「ふふ、黙っておけばいいのに、おじさん正直すぎ」
正直に話して怒ると思ったが、愛多は穏やかに笑っているだけだった。
「それで?高校までってことは何か変わるきっかけがあったんだろ?」
彼女は小さく頷いた。
「おじさん覚えてるかな?コンビニで会った子のこと」
もちろん覚えている。
愛多を守るためだろうが、会った瞬間全力で威嚇してきたからな。
「凛心って言うんだけど……言ってくれたんだ、あんたの名前いいねって」
「初対面でだよ?私ビックリしちゃってさぁ」と言って、少し照れたよう笑った。
その後、二人は仲良くなり、凛心に影響されて容姿や言動も変わっていったらしい。
「だからね、一緒にゲームしてくれる友達なんていないし、凛心はゲームなんて全然したことないしさ」
なるほどな。こいつがたまにギャルらしくない言動をしていたのはそういった理由があったからか。
あれ?でもここまで聞いても俺だけが誘われた理由がわからないんだが?名前を聞いたのも誘われた後だし……
「その点、おじさんは雑誌見てたくらいだしね。それに困ってる私を助けてくれる程度には優しい人だし……みたいな?だから思い切って誘ったんだ」
普段から明るくて悩みのなさそうな愛多に、こんな事情があるとは思っていなかった。
話の途中、何度か慰めの言葉を投げようかと思ったが、俺はその都度口を紡いだ。
こいつが受けた傷はもう過去のものと思って受け入れているんだろう。
普段の明るさも彼女が過去を糧にして手に入れたものだ。
だからこいつに送るのは慰めの言葉なんかじゃない――
「お前はすごいやつだよ」
気づけば、俺の手は愛多の頭に伸びていた。
「なになに?もしかして私の強さに惚れちゃった?」
愛多は特に気にする様子もなく、からかうよに俺を見上げている。
「はいはい、惚れた惚れた」
照れくささを隠すように、俺の足は少しだけ早くなった。




