30話 本名を呼ぶなっ
(気にするなって言われてもなぁ……)
俺が神殿都市に到着してから数日が経った。
あれから二人とはパーティを組んでいない。
クランでの厄介事を解決するのに時間が掛かっていると、クリスさんからメッセージが送られてきた。
シエラさんについても、立て込んで忙しいだけだから気にしないでと書かれていた。
俺は二人と遊んでいない間にも、簡単なクエストやモンスターを狩って、ようやく解呪の代金を貯めることができた。
(解呪をするなら、手伝ってくれた二人の前でと思ったけど――)
「中野く~ん。君が手を止めてる間もお給料は出てるんだがねぇ」
考え事をしていて、いつの間にか仕事の手が止まっていたらしい。
嫌味たらしく、部長が声を掛けてきた。
「ま~ったく、君ときたら……少しは真面目な楠木くんを見習ったらどうかね?」
そういって部長は隣に座る楠木さんの肩に手を置いた。
楠木さんは「私なんて、そんな……」と言って、俯いている。
「楠木くんは偉いねぇ。どうかな、頑張ってるきみへのご褒美に今度食事でも――」
部長は満面の笑みで楠木さんへ言い寄った。
「楠木さん、さっき言った資料少し重いから私も一緒に行きます。部長、楠木さんをお借りしてもよろしいですか?」
部長は俺に向けて舌打ちをし、渋々引き下がっていった。
「あ、あの、中野さん。ありがとうございます」
「それじゃあ、行こうか楠木さん」
楠木さんは、何を言われたのか理解できないといった表情で首を傾げている。
「部長にはああ言っちゃったし、ちょっと休憩しましょう」
休憩室に着くと楠木さんを椅子に座らせ自販機に向かう。
(あ、しまった、さすがにコーラはないよな……)
俺は改めて自販機に硬貨を入れ、お茶を購入した。
「はい、楠木さんはお茶でいいかな?」
楠木さんは「は、はい。あのすみません」と言って受け取ってくれた。
「ごめんね、今どきの若い子の好きな飲物とかわからなくて……今の子はタピオカミルクティーとか飲むんだよね?」
上司と一緒にいても気まずいだろうと、少しでも場を和ませるため、俺の知る限り最先端の話題を出して楠木さんとの会話を盛り上げようとした。
「あ……それ、もう飲んでる人少ないかもです」
(うそ……だろ?)
「中野さんは、コーラなんですね」
そう言って、楠木さんの視線は俺の手元に向いていた。
「はは、意外だったかな。俺みたいなやつが甘い物好きなんて」
俺の言葉に楠木さんは慌てたように首を振る。
「い、いえ、そんなこと……中野さんが甘い物好きなのみんな知ってますし」
え?いまなんて……みんな知ってる?
「え、あの、み……みんな知ってるってどういうことかな?」
「え?中野さんよく甘い物飲んでますし、チョコとか甘い物食べてる時はすごく幸せそうな顔してますよ?」
(嘘だろ!?顔に出てたのかよ)
自分の中ではクールな男だと思っていた分、衝撃の事実に顔が熱くなった。
「あ、でも中野さんは、そのぅ……かっこいいと思いますよ」
俺の態度をみて察してくれたのか、楠木さんがフォローをしてくれた。
しかし、そのフォローが逆に俺の顔を羞恥心で更に深く染めていった。
「はぁ、俺の少ない威厳が……」
あの後、楠木さんにフォローされながら仕事に戻ったが、もはやそれどころではなかった。
なんとか仕事を終わらせた時には、すでに終業時刻を大きく過ぎていた。
「いらっしゃ~せ~って、おじさんじゃん。おつおつ~」
夜も遅いと言うのに元気にこちらに手を降ってくる愛多 愛を見ていると、自然と表情が緩んでいた。
(ったく、悩みがなさそうな顔しやがって)
「そっちこそ、お勤めご苦労さん」
レジで会計をする少しの間、愛多と軽いやり取りをするのにも慣れてきた。
喋ったのはつい最近だというのに、彼女は俺を友人と言って声を掛けてくれる。
「そんじゃ、仕事頑張ってな」
「あ、おじさん」
会計が終わり、店を出ようした俺を愛多は引き止めた。
「前に言ってた準備終わったんだけどぉ、どこで待ち合わせる?」
前に言った?準備?こいつは何を言ってんだ?
「あの、待ち合わせって?」
俺の疑問に、愛多はムスッとした表情で俺を睨みつける。
「おじさんってば、もう忘れたの!?ゲーム一緒にやるけど足引っ張りたくないから準備できたら合流するって名前聞いた時言ったじゃん!」
え……そんなこと言った?
自己紹介の後って――あの時は愛多が一方的に喋ってて、俺はそれに疲れて……
「ゲームって、あの時一緒にやるって誘いなら断っただろ!?」
「だからその後、初心者の相手が嫌なのかなって思ったから、準備したら一緒にやってって言ったじゃん!」
全然聞いてなかった……
俺は必死に弁明しよとしたが、間の悪いことに後ろから他の客が現れる。
「あ、お客さんだ!じゃあ明日21時にユニア村集合ね。お待ちの方どぞ~」
愛多は突然できたレジ待ちの対応で忙しそうだ。
完全にタイミングを失った俺は、しかたなくコンビニを後にする。
その日は遅い帰宅ということもあって、ログインせずに就寝した。
翌日、俺は愛多に昨日のことを伝えるため、仕事を定時きっかりに終わらせコンビニへ急いだ。
しかし、レジに愛多の姿はなかった。
約束の時間の少し前、俺は飛石を使い神殿都市からユニア村に移動していた。
(こうなったら最終手段だ)
俺は隠れて愛多を目視できるギリギリの距離まで移動し、そこでオープンチャットによる謝罪後、トンズラしようと考えていた。
この際、多少の恥ずかしさは我慢しよう。
俺は飛石のある広場から少し離れた民家の物陰で、愛多を待っていた。
そして約束の時間きっかりに一人の女性プレイヤーが姿を現した。
「えっと、名前は……うん、あいつで間違いない」
女性プレイヤーの名前を確認したところ、プレイヤー名はラヴだった。
(さて、見つけたはいいがなんて言うかな)
早い段階で愛多を見つけられたのは運が良かった。
あとはオープンチャットで一緒には行けない旨を伝え謝罪するだけだ。
俺がどう穏便に伝えようか考えていたその時、愛多は両手を口のそばまで持っていき、次の瞬間――
「なかまゆきとぉおおお、でてこぉおおいっ!」
空気が震えるほどの叫びに、気づけば俺は全速力で愛多の元へ向かっていた。
「お、おま、何してくれちゃってんの!?」
「あ、おじさんだ。やっぱり隠れてた」
愛多は悪びれもせず笑っている。
「おじさんが断ろうとしてるのはわかってたからね。でもなんだかんだ優しいおじさんのことだから、私を放置できずにどこかで様子見でもしてるのかなって思ってたけど……その通りだったなんてウケるw」
何か反論しようと思ったが、すでに彼女の作戦に乗せられて出てきてしまった自分を思うと、何も言い返せなかった。
「はぁ、もう出てきちまったし、しょうがないか」
こうなったらヤケクソだと言わんばかりに、俺は愛多に手を差し出す。
「改めて……こっちじゃユキトだ。よろしくな」
それを見た愛多は二カッと笑い、
「ユキトってまんまじゃんwま、私も人のこと言えないけど……ラヴちゃんで~す、おじさんよろしくね」
ラヴはそう言うと、俺の手を取り勢いよく上下に振った。




