28話 湿影の森②
行く手を阻むように現れた巨大な蜘蛛は、こちらをじっと観察している。
六つの赤い目は、こちらを見据えて動かない。
(ヴェノスパイダー……なるほど、こいつがそうか!)
スキル生態把握で、目の前の蜘蛛がシエラさんの言っていた毒持ちだと気づく。
こちらは三人、向こうは一匹。
油断はできないが、数の力で押し込めば確実に勝てるはず――なのに二人は動こうとはしなかった。
「あ、あの、どうして攻撃しないんですか?三人で囲めば楽勝なんじゃ……」
「逆よゆっくん、周りをよく見て」
(逆?どういうことだ……)
俺はクリスさんの言葉に従って、周りを見渡す。
すると、薄暗い木々の間で、赤い光がひとつ、明滅している。
その光がかすかに揺れた瞬間、それに呼応するかのように周りの木々がざわめきだす。
一つ、また一つと闇の奥で赤い光が灯り、静かに数を増していく。
この時、ようやく二人のとった行動を理解し、
無意識に指先に力が入った。
気づいた時には、俺たちの周囲は、赤い光で取り囲まれていた。
(なっ――んだよこれは)
赤い光は間合いを詰めるように、少しずつこちらに近づいている。
「さっきの煙……紅魔煙は、周囲の魔物を呼び寄せる効果があるの」
周囲を確認し、驚愕する俺にクリスさんは言葉を続ける。
「この子たちは振動で私たちを察知してる……下手に動くと一斉に襲ってくるわよ」
振動……ということはすでに声で位置はバレている。
今は様子見しているようだが、襲いかかってくるのも時間の問題だ。
「二人とも、この状況じゃまともに戦っても勝ち目はないわ」
クリスさんの言う通り、ヴェノスパイダーの数は7匹以上、この状況では多勢に無勢だ。
「目の前のあの子、私がなんとかするから道ができたら全力で走って」
このままでは勝ち目はほぼゼロ、なら出口を目指した一点突破は悪い策じゃない。
俺とシエラさんは静かに頷き、クリスさんの合図を待った。
クリスさんは慎重にストレージからアイテムを取り出した。
(あれは……スライム水?)
クリスさんは手に持ったスライム水を勢いよく投げつける。
目に命中したスライム水は勢いよく中身をぶちまけ、ヴェノスパイダーは突然の飛来物に一瞬怯んだ。
「今よっ!」
クリスさんの合図と共に走り出す。
「シールドラァアアッシュ」
聖騎士の防御力を活かした盾を利用した突進。
致命傷こそ与えられなかったが、ヴェノスパイダーは大きく後退し、森の出入り口へ繋がる道が開けた。
シエラさんはいつの間にか手に持っていた瓶を振り払い、中身を撒き散らした。
「モンスター避けです!あまり意味はないかもしれませんが……」
低品質と言っていたし、シエラさんの言う通りあまり意味はなかったんだろう。
後方から複数の生き物が追ってくる音が聞こえる。
振り返らず全力で走っていると、段々と周囲が明るくなっていく。
「見えたわ、あそこが出口よ!」
俺は無我夢中で走り抜け、ようやく森の外に出ることができた。
振り返ると、ヴェノスパイダーは森の入口からこちらを見ている。
「大丈夫よ。森に住むヴェノスパイダーは、縄張りの外まではめったに追ってこないから」
その言葉を聞いて安堵するが、直後俺は戦慄する――
入口にたむろうヴェノスパイダーの後方に、一際大きい何かがいた。
「なんだ……あれ……」
下半身は蜘蛛の形をしているが上半身は女性のようにも見える。
攻撃してくる素振りはない……ただそこに立っているだけ。
それなのに、俺の体は異質な存在を前に動けなくなっていた。
(なんなんだあのモンスターは!?)
生態把握は発動しているが名前と特性、どちらもノイズが掛かって何もわからない。
「嘘でしょ……なんでこんなところにいるのよ……」
クリスさんの目は驚愕に見開かれている。
「ユキトさん、動かないでください。私たちじゃあれに勝てません」
シエラさんは俺に語りかけてはいるが、蜘蛛女から一切目を離さない。
(二人がこんなにうろたえるなんて、そんなにやばいやつなのか……)
蜘蛛女はしばらくこちらを見ていたが、興味をなくしたのか森の中へ戻っていった。
「はぁ、びっくりしたわ~」
「ですねぇ、こちらに興味がなくてよかったです」
二人は緊張の糸が切れたのか、その場で崩れ落ちるように座り込む。
「あの蜘蛛女?って、そんなにやばいものなんですか?」
俺は聞きたかったことを二人にぶつけた。
「あれは【侵蝕のアラフニア】、ユニークモンスターよ」
あれが、ユニークモンスター……確かに異質な存在だった。
「ユニークモンスターの目撃例はいくつかあるんだけど、まさかこんな場所にまで現れるとは思わなかったわ」
「ですねぇ、私実物を見るのは初めてです」
二人は初めて目の当たりにしたユニークモンスターに興奮を隠せないでいた。
「あの、ユニークモンスターって何体いるんですか?」
「知られているのは今の所、二体だけね。さっき会った【侵蝕のアラフニア】そして【停滞のバロール】よ」
二体!?発売から二年以上経っているのに……
元々ユニークは二体だけなのか、それとも何か出現のギミックがあるのか?
「そのバロールっていうモンスターは討伐されたんですか?」
ユニークモンスターの討伐はゲームをするプレイヤーなら誰もが挑むエンドコンテンツだ。
アラフニアは目の前に現れたことで生存が証明されているが、もう一方のバロールについてはわからない。
「バロールね……過去に大型クランが挑んだことがあったわ」
クリスさんの顔は険しくなり、口からでる言葉は一層の重みを増す。
「大手クランの精鋭24人、5分も保たなかったそうよ」
その言葉に俺は驚愕し、すぐには言葉が出なかった。
レイドバトルに挑むクランは大抵名の通った有名クランだろう。
しっかり準備と対策を練って、意気揚々と挑んだに違いない。
しかし、そんなクランの精鋭が5分も保たないなんて……
その後も挑戦者はいたようだが、ことごとく返り討ちにあったそうだ。
「どうしたのゆっくん。何だか楽しそうね」
クリスさんの指摘に、俺は思わず顔を伏せていた。
ユニークモンスター……もちろん、今すぐに勝てるなんて思ってはいない。
しかし、大手クランが壊滅するほどの相手、そして勝利の先に待つ想像を超えるお宝。
(あぁ、久しぶりだなこの感じ)
俺はいつぶりかわからない、ゲーマーとしての感情に胸が熱くなるのを感じた。




