23話 バトン
「くっそぉおお――はぁ、ったくあんなのありかよ」
グラスネイルの行動を読み、ようやく反撃の糸口を掴めたと思った。
しかし俺の攻撃はやつに届くことなく、結果敗北した。
そして敗北と同時に緊急メンテナンスの時間になり、今は大の字になって寝転んでいる。
「あー、暇だ」
天井を見つめているうちに、思わず口から不満が漏れた。
ヴァルセリア・オンラインをプレイした日から、俺はあの世界にすっかり魅了されていた。
メンテナンスが終わるまで残り2時間。
時間を潰すためスマホをいじっていると、ヴァルセリア・オンラインの大型アップデートについて考察しているサイトが目に止まった。
クリスさんが言っていた通り、考察サイトには大型レイドの実装について書かれていた。
レイド戦は高難易度のクエストをプレイヤー同士が協力してクリアを目指す人気コンテンツだ。
小規模のものから大規模なものまで様々だが、仮に今度来る大型アップデートがレイド戦だった場合、確実に大型のレイドが実装されるだろう。
規模にもよるが、20……いや、もしかしたらそれ以上の人数で挑むレイドかもしれない。
「大型レイドねぇ……ま、初心者の俺には関係ないか」
レイドについて考えてみたが、俺は今のところクランに入る予定もないし、レイドをやれるほどのレベルや装備があるわけでもない。
大型アップデートのことを考えても意味がないんだ。
そもそも初期のマップにいるグラスネイルに勝てないようじゃ、レイドなど夢のまた夢だ。
「まずは目先の問題をどうにかしないとな」
まず一番の問題は、ピコのことだ。
ピコの戦闘能力は無いに等しい。囮作戦が使えないとなると、いよいよジョブレベルを上げるのが困難になる。
ピコ以外にテイムできればそれに越したことはないが、テイム条件を調べる前にメンテナンスになってしまったから今は調べようがない。
そしてもう一つ頭を悩ませているのが、武器スキルについてだ。
俺の持っている【生態把握】、これはメインジョブのスキルになるが、クリスさんの『シールドラッシュ』やシエラさんが使用した回復魔法は、武器に依存したスキルになる。
『斬』『打』『突』『遠』
武器は四つの属性に分類される。
「テイマーは遠の武器が得意らしいけど、弓くらいしか思いつかねぇ」
モンスターテイマーの適正武器は『遠』属性だ。
でも俺は今、斬属性の剣を装備している。
「どおりでシエラさんたちとレベルが同じだった時、俺だけスキルがなかったわけだ」
武器スキルは適正武器を使用して練度を上げないと、習得することはできない。
だから剣を装備している間は、俺は武器スキルを覚えることができないってわけだ。
「でも金ねぇしなぁ……モンスターからドロップしねえかな」
武器を買う金がない今、シエラさんがおすすめするクエストをこなして金を稼ぐしか無い。
時計を見るが、まだメンテナンスが終わるまでだいぶある。
「えっと、メンテナンスが終わったら集合しましょう……っと、送信」
クリスさんにフレンドメッセージで集合時間を伝えると、スマホを放り出して目を閉じる。
(明日は仕事だし、早くやりたいんだけどなぁ。メンテが明けたらすぐにでも――)
昼間の暑さで体力を奪われたのか、目を閉じると強烈な眠気が襲い、そのまま意識は薄れていった。
…………
「――んん……あぁ、寝ちまったのか……いまなんじだぁ?」
右手を動かし目当てのスマホを見つけると、手に持って時間を確かめる。
「んぁ……ぇっと……いま、いち……いちじっ!?」
スマホの時計を確認すると、現在の時刻は深夜1時だった。
クリスさんたちとの待ち合わせはメンテナンス明けの21時、完全に寝過ごしてしまった。
「あぁ、やばい、寝すぎた!」
慌ててログインしようとしたが、フレンドメッセージの通知が来ていることに気づき、一旦アプリを開いた。
[クリス]メンテナンス伸びてるみたいね、明日は仕事もあることだし今日は諦めましょう
「メンテが伸びた?」
ヴァルセリア・オンラインの公式ページを開いてみると、メンテナンスが終わったのは23時過ぎだったらしい。
もし起きていたらメンテナンスの延長に文句を言ったに違いないが、今回は延長に救われ胸を撫で下ろした。
もう遅いので返事は後回しにし、俺は再び目を閉じた。
…………
「中野く~ん、きみ、休み明けだからってたるんでるんじゃあないかね?」
休み明け早々、嫌味ったらしく話しかけてきた部長は、ネチネチとこちらを責めるように話しかける。
「楠木くん、中野くんにちゃんと指導してもらってるかい?もし何かあったらぼくに言いなさいね」
そう言って、部長は楠木さんの肩に軽く触ってその場を後にした。
(あの野郎、セクハラじゃねぇか!)
楠木さんは、大人しい性格で未だに俺と話す時も緊張している。
そんな彼女が部長に堂々と文句を言うのは難しいだろう。
「楠木さん、大丈夫ですか?」
「は、はいぃ。わ、わたしなら大丈夫……です」
そう言うと、楠木さんはすぐに顔を反らした。
もしかしたら彼女は本当になんとも思ってないのかもしれない。
俺が親切と思っている行動も、彼女にとってはただありがた迷惑なだけかもしれない。
そう思うと、これ以上何かを言うのは――
『うーん、ユキトさんがどうしてもお返ししたいって言うなら――』
ふと、彼女の言葉を思い出した。
俺はあの時、二人に迷惑をかけていると思いこんでいた。
だから俺は言ったんだ、これ以上の厚意は受け取れないと……
「楠木さん、もし違っていたら申し訳ないのですが、私に迷惑を掛けていると思っていませんか?」
楠木さんの肩が一瞬ビクッと反応する。
「実は先日、私は人に迷惑を掛けてしまってね。その人たちは何と言うか……今の私と楠木さんみたいな関係っていうのかな」
シエラさんたちは、初心者の俺にいろいろと教え手助けしてくれた。
ちょうど今の俺と楠木さんのような関係だ。
「その時にね、その人たちに言われたんです。迷惑なんかじゃないって……」
シエラさんたちは俺が迷惑を掛けても、そんなことないと言ってくれた。
普段から楠木さんは俺に何かいいたそうだった。
それが何かはわからないけど、もし困っているなら力になるのも先輩の務めだ。
でもそれは、言葉にしなければ伝わらない。
俺がそうであったように、楠木さんも同じことを思っているかもしれない。
これ以上、迷惑は掛けられないと――
「本当に勘違いだったら恥ずかしいんだけど……もし楠木さんが困っていたら、君の先輩として力になってあげたいと思ってる」
楠木さんはバッと顔を上げ、俺の目を真っ直ぐ見ている。
「迷惑なんて思わないから、だからもし何かあったら遠慮なく言ってください」
俺の言葉を聞き終えた彼女は、視線を外し小さく頷いた。
『ユキトさんの前に困っている人がいたら、ユキトさんがされたように、その人を助けてあげてください』
(困ってるかはわからないけど……これでいいんだよな)
楠木さんは頷いた。
今はそれでよしと思うしかない。
俺は机に向き直り、仕事を再開した。




