18話 Crow
「旅のご健闘を祈ります」
俺は銅の剣を手に入れるため、村長の家に訪れていた。
(やっと初期装備を替えることができた。村長には感謝だな)
銅の盾は性能が低かったが、銅の剣は今のショートソードに比べればだいぶマシになった。
「それではいよいよ、冒険者の街『リエア』へ向けて出発です」
村長との会話が終わるまで外で待機してくれていた、シエラさんとクリスさんの後に続き、村の出入り口へ向かう。
途中、飛石の近くを通りかかると、数人のプレイヤーがこちらに視線を向けているのに気づいた。
「あれはね、クランの勧誘部隊よ」
俺が気になって見ていたのを察してか、クリスさんが答えてくれた。
「そうだったんですね。でも、それとこちらを見ているのと何か関係が?」
「それがね――」
クリスさんはため息を吐きつつ、理由を説明してくれた。
このゲーム、「ヴァルセリア・オンライン」は発売から二年以上経っていることもあって、新規のプレイヤーの参入率はそれほど高くない。
そして、今はVRが主流になっていることもあって、プレイ人口は緩やかに減少しているらしい。
「とは言っても、まだまだこのゲームの人口は多いわ。ただね、今度来る大型アップデートでみんな焦ってるのよ」
「大型アップデートですか?」
「ええ、内容は公開されていないけど、新たな大型レイドが実装されるんじゃないかって噂よ」
なるほど、もし大型レイドが実装されるならプレイヤーが浮足立つ理由もわかる。
「でもその内容なら初心者はあまり関係ないはずでは?」
通常大型レイドなどのエンドコンテンツは、高レベルなプレイヤーに関係するものばかりで、とても初心者が関われるものではないはずだ。
「それがそうでもないのよ、大型レイドではいろいろな職業が必要になるのはわかる?」
それは理解できる。
高難易度のレイドでは事前の準備と、状況の変化に素早く対応できるかが攻略の鍵となる。
「レイドには職業が多ければ多いほど有利になる。でも最近はみんな似たような職業になることが多いのよ」
大半のプレイヤーはAIの情報を参考にしていると言っていたな。
だから今の環境で最適なジョブばかりが選ばれ、結果大半のプレイヤーが同じ選択をすることになった。
「もしかして、クランが初心者を勧誘するのって――」
「そうよ、まだジョブに就いていない初心者を勧誘して、自分たちに都合がいいジョブに就かせる。そう言う魂胆よ」
正直、俺には理解できなかった。だが意外にも勧誘を受け入れるプレイヤーは多いのだという。
ジョブは決められてしまうが、その代わりクランから手厚く歓迎され、レベリングや高ランク装備取得の手助けをしてくれる。
早く強くなりたい初心者と即戦力が欲しいクラン側、両方にメリットのあるやり方でもあるようだ。
「それじゃあ、今こっちを見てるあの人たちって」
「私たちがあなたを勧誘――横取りされたって思ってるんでしょうね」
そういえば、シエラさんたちのクランも効率重視のプレイをしているって言っていたな……
「あの、シエラさんたちのクランも――」
「おいおい、ようやくお前たちもクランの為に働く気になったのかよ」
突然背後から声を掛けてきた、全身黒の鎧に身を包んだ精悍な顔つきの人物。
彼は俺に視線を一瞬向けたが、興味がないのかすぐに目を逸らす。
「ちょっとクロちゃん、どうしてあなたがここにいるのかしら」
いつものクリスさんらしからぬ少し緊張した面持ちに、俺は黙って成り行きを見守ることにした。
「別にどこにいたっていいだろ、つーかその呼び方やめろ!」
クリスさんは「可愛くていいじゃないの」と言いつつ話を続ける。
「それでわたしたちに何か用?」
「お前に用はねーよ。おい、シエラはどうした」
「もうっ、またしぃちゃんにちょっかい掛ける気?いい加減諦めなさいな」
黒鎧の男はクリスさんを軽くあしらい、辺りを見回し始める。
「Crow君、私に用があるんじゃないの?クリスさんに迷惑掛けちゃダメだよ」
「ちっ、こいつから突っかかってきたんじゃねぇか!まぁそれはどうでもいい、そんなことより――」
黒鎧の男性は再び俺の方を見ると、嘲ように笑った。
「こんな村にいるから何事かと思ってきてみれば、こんなネタキャラ野郎をうちに入れようとしてんのかよ」
ネタキャラか……確かに、このゲームでは美男美女が多い。
そんな中で俺のような、中年のおっさんがいればネタキャラと思われてもおかしくない。
「この人はクランとは関係ないよ……だから失礼なこと言わないで」
普段の明るく優しいシエラさんからは想像もつかない、少し怒りにも似た物言いに俺は息を呑んだ。
シエラさんに庇われる俺が気に食わないのか、黒鎧の男――クロウはこちらを睨みつけてくる。
「調子に乗るなよおっさん、女に守られてなさけねぇ!」
今、彼に何を言っても逆効果だろう。
無言を貫いてこの場を収めようとする俺に怒りが込み上げたのか、クロウは俺の胸ぐらを掴みさらに怒号を浴びせてくる。
「はーい、ストップ。さすがにこれ以上は黙ってられないわよ」
クリスさんはクロウの手を掴み、声に鋭さを持たせ彼に警告する。
クロウはこちらを一瞬睨みつけると、「ちっ」と舌打ちして、手を離した。
「今回は大目に見てやる。その面、次に見せたら容赦しねぇからな!」
彼はその場で捨て台詞を吐き、懐から取り出したアイテムを掲げると、光の粒子となって飛び立っていった。
「ユキトさん、クロウ君が失礼な態度を取って、ほんとうにごめんなさい」
背後からの声に俺は振り返ると、そこには頭を下げたシエラさんの姿があった。
俺は慌ててシエラさんに駆け寄り、気にしていない旨を伝えると、ようやく頭を上げてくれた。
オンラインゲームでは、リアルではできないことができる。
それは、異性になったり強さを求めたり様々だが、中には普段の鬱憤を晴らそうとする者もいる。
リアルでは抑えている負の感情。
それを顔の見えないオンライン上で解き放つ者は少なくない。
言葉は時として、何よりも人を傷つける刃になる。
そのことを知ってるからこそ、シエラさんの行動を大げさだと思うことはできなかった。
クロウと呼ばれていた彼のことは何も知らない。
ただ彼の取った行動で、シエラさんやクリスさんが暗い表情を見せるのは嫌だった。
俺はこの時、ほんの少しだけ――
腹が立ったんだ。




