16話 無自覚な悪意
「つ……疲れた」
絶体絶命のピンチを乗り越えた俺は、一度コントローラーを置き、目頭をつまんだ。
長時間画面を見続け、危機的状況を乗り越えるために酷使した脳への負担が、一気に押し寄せてきた。
シエラさんたちには「飲み物を取ってきます」といって、ゲームから離れたのであまり待たせるわけにはいかない。
俺はテーブルの上に置いてあるスティック状の菓子パンを手に取った。
一口かじると、口いっぱいにほのかな甘味が広がる。
(この甘さが染みるなぁ……)
空腹も相まって、ただの菓子パンは俺の中で極上の食べ物と化していた。
数回噛み締め、炭酸飲料でまとめて胃に流し込む。
「なんか懐かしいな、こういうの」
昔も今のように、フレンドを待たせ簡単に食事を済ませることが多かった。
大好きなゲームに一秒でも多く使いたくて、ご飯を悠長に食べてる暇なんてなかったんだ。
少し腹が満たされ大きく息を吐き、俺はようやく一息ついた。
普段と変わらない殺風景な部屋、唯一いつもと違うのは部屋中に流れるゲーム内のBGMだけだ。
ゲームをしているだけ――
ただそれだけのことなのに、俺は妙な満足感を覚えていた。
「おっと、そろそろ戻らないとな」
ゴブリンを倒したとは言え、まだやることは残っている。まずは――
「お待たせしてしまってすみません。今戻りました」
「いいえ、全然待ってませんよ」
シエラさんは笑顔でそう答え、
クリスさんも同様に、俺の帰還を笑顔で迎えてくれた。
「それにしても、さっきはすごかったわね。ねぇ、どうしてゴブリンたちが指示に従ってるってわかったの?」
俺はモンスターテイマーがレベル2に上がったこと、そしてジョブスキル【生態把握】について説明した。
「なるほどねぇ。戦闘系じゃなくて情報系のスキルなんて珍しいわね」
「でも、モンスターをテイムするなら重要かもしれませんね」
確かに、モンスターの生態を知ることはモンスターをテイムする上で重要なこと――って、あれ?
(そういえば、モンスターをテイムする条件って何なんだ?)
テイムの条件を聞いてみたが、二人からは望んだ答えは返ってこなかった。
ピコをテイムした状況からしても、対象のHPをある程度減らすのは条件の一つと思って間違いないだろう。
あとはこれから知っていけばいい。
それよりも、今問題なのは――
「キュゥ?」
どうしたの?と言わんばかりのあざとさでこちらを見上げるピコ――もとい死神は、首をかしげている。
「ふっ、そのあざとさに何度騙されたことか。もう騙されねえぞ」
フォレストゴブリンはピコのいた方角、小高い丘から現れた。
まるでピコの後を追うように……
「選ばせてやる。経験値となって俺の糧になるか、それともこれからは心を改めて俺に仕えるか、だ。」
ピコは一瞬、逃げ場を探すように視線を彷徨わせた。
「ちょ、ちょっとユキトさん。急にどうしたんですか!」
シエラさんが慌てた様子で俺とピコの間に割って入る。
「いえ、ちょっとこいつとけじめをつけようかなと……」
「そんなこと言って、ピコちゃんが理解できるわけないじゃないですか!」
いや、こいつ多分理解してますよ?
見くびってる相手に擦り寄って命乞いするくらい、したたかですよ?
「それに、ピコちゃんが原因かどうかもわからないじゃないですか」
シエラさんの訴えに、俺は強く出ることはできなかった。
しかし、ピコが原因かどうか、それだけはハッキリしている。
俺が取得したジョブスキル「生態把握」は、調べたい対象に注視することで発動する。
ピコで試した所、無事スキルを発動させることができた。
そして、ピコの特性を見た瞬間、俺の疑いは確信に変わった。
ラピードラビット
生息地:木漏れ日の森
特性:【特性:敵意誘導】
自身に向けられた敵意を、別の対象へ逸らす。
【敵意誘導】
故意かどうかは別として、この特性によって、ピコに向けられた敵意が俺たちへ逸れたんだろう。
悪意があるかどうかなんて、この際どうだっていい。
俺たちが危険にさらされた――その事実だけは変わらない。
「お願いです。今回は多めにみてあげてください」
シエラさんの必死の訴えに、俺は首を縦に振るしかなかった。
(被害にあった本人がこう言うんじゃなぁ。結果として無事だったわけだし)
それにしても、特性とは言えなんつ―危ない能力だよ。
無自覚の悪意ほど恐ろしいものはないな……
不問にしたとは言え、また同じことを繰り返されても困るのでピコを一度ストレージ内に戻した。
とりあえず一つ、問題は解決した。
次は――
俺は二人に向き直り、深々と頭を下げた。
「ピコがしたこととは言え、ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
迷惑をかけたら謝るのが当然だ。
それがたとえゲームであっても、些細なボタンの掛け違い一つで争いになることだってある。
「ぜ、全然気にしてないので頭を上げてください!」
「そうよぉ、あれは事故みたいなものだし気にすることないわよ」
シエラさんは慌て、クリスさんは諭すように言葉を掛けてくれる。
その温かい言葉が余計に申し訳なくて、俺は頭を上げることができなかった。
「もぉー、ユキトさん!ユキトさんはさっきの戦いどう思いましたか?」
「え?」
シエラさんからの突拍子もない質問に、俺は思わず声をあげる。
「私は……少し怖かったけど、でもすっごくドキドキしました」
シエラさんは真っ直ぐ俺の目を見る。
「それで……ユキトさんはどう思いましたか?」
「俺……は」
そうだ、俺はあの時――興奮していた。
絶望的な状況で、ギリギリの戦いをして、俺は――年甲斐もなくワクワクしたんだ。
「お……俺は、楽しかったです。不謹慎かもしれないけど、凄く……楽しかったんです!」
シエラさんは黙って俺の手を取り、両手で包み込む。
「私も……きっとクリスさんだって同じ気持ちですよ。ゲームは楽しく、それが一番じゃないですか」
そう言って、彼女は優しく微笑んだ。
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