65 俺にとっての光
「…………」
「…………」
2026年異世界の旅から帰還した俺とルカは、畳張りのボロアパートに帰還していた。
モザイクのかかったゲロみたいな色した転移ゲートはルカの手により閉じられ、追手が乗り込んでくる心配はないとのことだ。
転移ゲートは、開いてさえいれば、人間だろうと魔物だろうと自由に行き来できる。
しかし、ゲートの開け閉めはルカやマルガレーテやルナなどの、予め許可を出した一部の者しか出来ず、ゲートの永久封鎖に関しては、ルナにしかできないとのことだった。
とにかく危機は去り、腰を据えてじっくりとルカと対話する機会を確保できた訳だが――
「…………」
「…………」
――何から切り出せばいいのか分からず、2人の間に気まずい沈黙が流れていた。
ついさっきまでは、オープンカー状態で空を飛んでいたり、ルカを奪還しようとしてくる神官を追い払ったりと、アクション映画の終盤みたいなどんちゃん騒ぎで、アドレナリンがドバドバと分泌されて感覚が麻痺していたが……。
こうして暮らし馴れた自宅の床に腰を下ろしてしまうと、興奮状態も落ち着き、冷静になってしまう訳であり……。
依然――喧嘩別れしたカップルみたいな、重い空気に窒息しそうになっていた。
「(でも、いつまでもこうしてお見合い状態でいる訳にもいかない)」
ここは年長者として、俺の方から話を切り出すべきだろう。
そもそも、俺がルカともう1度話をしたいばかりに、ルカの結婚式に乱入した訳であるからして。
「ルカ、ごめん。大切な儀式を、邪魔しちまって」
「ううん。お母さんが、暴れてただけだから……たいようは、それに付き合わされただけ、でしょ?」
「いやまあ、あんな大事になるとは思わなかったけども、ルカともう1度会わせてくれとお願いしたのは、俺の方だからなあ」
「でも、ちょっと楽しかった。結婚って、まだ実感なかったし」
巫女は魔王封印の使命を帯びた血族であると同時に、異世界に住まう人々の精神的支柱となる象徴でもある。
日本の皇族がそうであるように、巫女にも人生選択の自由はない。
だから、まだ遊び盛りのルカからすれば――殆ど知らない少女と結婚させられることに懐疑的であったので、結婚の儀式が邪魔されたことについては、一切怒っていなかった。
むしろ、いつも口うるさい神官団が泡を食っていてスカっとしたと、ルカは小さく笑った。
「それじゃあ、聞かせてくれないか? なんで、急にあんな手紙を残したんだ? 俺に理由があるなら謝るから――」
「ん! 違う! たいようは、悪くない……!」
「――それじゃあ……っ!」
俺の台詞を食うように否定するルカ。
しかしルカは、続く言葉を詰まらせ、小さな肩を震わせていた。
「…………っ」
そうだよな。
俺に相談せず消えたんだから、いざ連れ戻されて問いただされても、答えられる訳ないよな。
この状況は、言ってしまえば、夜逃げした恋人の引っ越し先に押し掛けて、密室に閉じ込めて尋問するようなものだ。
それでも俺は信じたい。
ルカは俺に愛想を尽かせたのではなく、何か、もっと他の理由があるのではないかと。
そして、俺はその〝問題〟を解決する手助けをしたい。
そう思ってしまうのは、やはり傲慢だろうか?
やがて、意を決したように、ルカは口を開いた。
それは――ルカがここ最近ずっと、胸の奥に燻らせていた、悩みであった。
「ん。たいように……可愛くない姿を、見られたくなかった」
ルカの肩は震えている。
それは、俺に怯えているというよりも、俺に失望されるのを怯えているように見えた。
だが、俺は何があってもルカに失望するだなんてありえない。
だから俺はゆっくりと、ルカに続きを促した。
「ん。魔王を封印する魔法は、生涯に1度しか使えない。だから、次の巫女を作るために、ぼくは、自分に施していた、肉体の成長を止める魔法を、解除した」
「(そういえば、以前ルナが言ってたな)」
巫女の血族は、その愛らしい見た目から他者から庇護を得ることで種を存続してきた家系。
故に巫女は、10歳程度で肉体の情報を魂に刻み込み、これ以上成長しない魔法をかけていたらしい。
だが――ルカは次の魔王復活に備え、早急に次の巫女を作らなければならない。
そのため、ルカはこの前異世界に戻った際に、肉体の成長を止める魔法を解除する儀式を執り行ったのだと、告白した。
「ぼくは……男だから……このまま数年もしたら……可愛くなくなっちゃう……たいようには……可愛いぼくのまま……思い出として残って欲しかった……たいようが、好きだから……っ!」
「…………ルカ」
「ごめんなさい。失望した、よね……? こんなくだらない理由で、ぼくは、たいようを、心配させちゃった……沢山、ぽわぽわをくれたのに……恩を仇で返すようなことをしちゃった……何も恩返しも出来ずに、消え去ろうとした……たいようを傷つけた。その疵もまた、ぼくのことを長い間覚えてくれる要因の1つになるかもって、そんな打算まで、してた……ごめんなさいっ! ごめんなさいっ……嫌いになったよね……ぼくのことっ……!」
ルカはまるで、この世の終わりだと言うように泣き出した。
自分の心の奥底に隠していた秘密を、1番知られたくない人の前で剝き出しにされ、羞恥と恐怖で感情がぐちゃぐちゃになっているのだろう。
でも――一方。
俺は肩の力が抜けたように、安堵の息を吐いてしまった。
「(なんだ、たった、その程度のことか)」
――と。
でも、ルカにとってそれは〝その程度〟の事でも、〝くだらない〟事でもないのは、ルカの涙を見れば一目瞭然。
だから俺はそのことを口に出すことはしない。
その代わりに、俺は俺の本音を吐露することにした。
「ばか。嫌いになるわけねぇだろ」
「ひうっ!?」
ルカの元にすり寄り、震える肩を抱く。
俺は、自分の顔がイケメンだと思ったことは1度もないので、ルカの気持ちを十全に理解することは出来ない。
でも、ルカを慮り、ルカの苦しみを想像してやることはできる。
巫女の血族は魔力がなければ死んでしまうし、その肉体はあまりにも脆弱だ。
だから幼いながらも、深層心理で理解しているんだ。
――〝自分は他者の庇護がなければ生きていけない〟と。
――〝他者が庇護してくれるのは、己の顔が庇護欲を掻き立てる造形をしているから〟と。
――〝故にその美貌を失えば、自分は他者から愛想を尽かされてしまう〟と。
肉体の成長が一旦止まっていたからこそ、成長することや、老いへの恐怖は、きっと常人の比べ物にならないくらい重いのだろう。
俺だってそうだ。
特段美容に気を使っている訳ではないが、それでも時折ふと、自分が老いていく事実を思い出し、恐怖で眠れなくなることもある。
恐る恐る合わせ鏡で後頭部の毛量をチェックしたりとかな。
このようにイメージは出来るが、その恐怖を払拭させる言葉を、俺は持ち合わせていない。
いや――そんなものはきっと、誰も知らないのだろう。
でも――これだけは言える。
俺は――その愛らしい容姿だけで、ルカのことを好きになった訳ではないのだと。
「確かに、いつまでも、今と全く同じ関係を築くことは出来ると、誓うことは出来ない」
「…………っ」
その言葉を聞き、ルカは悲し気に目を伏せようとする。
しかし俺は、間髪入れずに「でも!」と言葉を続ける。
「それでも、俺はルカがどんな姿になっても、大切な家族だと思い続ける。これは誓える。変わらないものはない。だとしても、芯の部分だけは変わらずにいたい、そう思っている」
「たい、よう……」
夕陽がそうだった。
両親は優しくて、妹は可愛くて、ずっとこの幸せな日々が続けばいいと思っていた。
でも両親は死んで、俺達は叔父母に引き取られた。
やがて俺は高校を卒業し、妹と別居することになった。
それでも夕陽と紡いだ家族の絆は、両親と4人で笑っていた時から、これっぽっちも変わっていない。
それどころか、より強固に結ばれていると思っている。
だからこそ、
ルカともそういう関係を、
これからも築いていきたいんだ。
「不安なのは分かる。変化を恐れない人間はいない」
それも、魔法によって変化しないことが当たり前だったルカにとっては、その恐怖はことさら大きいだろう。
「分かるよ。怖いよな。自分が自分じゃなくなっちゃうんじゃないか。自分を見る他人の目が変わっちゃうんじゃないかって」
俺はルカの肩を掴みながら続ける。
抱き締めたりはしない。
ルカの本音から目を反らし、刹那的な誤魔化しにしかならない、抱擁の快楽に逃げることはしない。
胸の中に苦痛を孕ませ、ルカの痛々しさを真摯に受け止めながら、赤裸々な本心に悶え苦しみながらも、俺はルカに訴え続ける。
「それでも、俺を信じて欲しい。俺は絶対にルカの隣にい続けるから」
「いつまでも?」
「ああ。いつまでもだ」
「ぼくが大人になっても?」
「大人になってもだ」
「おじいちゃんになっても?」
「おじいちゃんになってもだ」
俺はルカの目を見つめながら続ける。
ルカの紫の瞳には、俺の顔が映っていた。
俺の瞳に、ルカの顔が映っているように。
「それによ、見た目が変わったら嫌いになるんだったら、世の中の老夫婦は全員離婚してるぞ」
ルカは自分の見た目にしか、価値がないと思っているのだろう。
庇護欲を煽る見目麗しさによって、他者から守護され、生存戦略を生き抜いてきた血筋だから。
故にそれが失われていくことに、本能で忌避を抱いているのだろう。
でもそれはルカの勘違いだ。俺はルカの魅力を沢山知っている。
――何かを貰った時、それを当たり前だと思わずに、常に感謝の気持ちを忘れない所。
――俺のカスみたいだと思っていた仕事を、大切な仕事だと肯定してくれた所。
――他者から庇護される為に生まれてきたのに、心の底では常に誰かを助けたいという気持ちで満ちている所。
――サンタクロースの存在を知った時、受け取る側ではなく、与える側の視点に立ったのがその証左だ。
それはルカの外見に寄与しない、ルカの尊い美点だ。
常に隣でルカを見守り続けてきた俺は、それらの美点が、時間の経過によって損なわれるものではないと確信している。
俺は確信している。
ルカの祖先は、生き残るために魔王封印の術を身に着けたのではなく、魔王を封印する正義のために、生き残る術(庇護欲をそそる容姿)を身に着けたんじゃないかと。
まあ、卵が先か、鶏が先か――みたいな話で、確認する方法はないんだけどな。
それでも俺は、そう、信じてる。
「俺はお前とずっと一緒にいたい。だから、ずっと俺と一緒にいてくれ」
「うん……ぼくも……ずっと一緒に……いたい……ぼくが大人になるのを……見守り続けて欲しい……!」
あの時、ルナは俺に問いかけた。
――たいよう君にとって、ルカちゃんって、なに?
俺にとってルカは、友達でもないし、恋人でもないし、血の繋がった家族でもないし、ペットでもないし、欲情を抱く対象でもない。
でも、言葉で説明できなくたって、これだけはいえる。
俺にとってルカは、世界で1番大切な存在だと。
その気持ちが、ルカにさえ伝わっているのであれば、俺はこの関係に無理に名前をつけようと思わないし、他人からどう見られていても構わない。
それが俺の導き出した答えだった。




