61 俺にとってのルカとは
【前回のあらすじ】
ルカが何も言わずに太陽に別れを告げ、太陽は自暴自棄になってヤケ酒をしてしまう。
そこに、再びトイレが異世界と繋がり、飛び出してきた人物が太陽のケツに衝突したのであった。
「もう! 酷いじゃないの! 男の子のお尻に顔面を押し付けさせるなんて、旦那以外にやったことなかったのに……!」
「(旦那にはやったんだ……)」
トイレから場所を移し――畳張りの8畳間にて。
俺の目の前に座る褐色肌の子供が、赤くなった鼻を抑えながらプリプリと怒りを露わにしていた。
絹糸のような長い銀色の髪。
アメジストのような紫の虹彩。
眠たげに半分閉じたジト目。
肩から膝までをすっぽり覆う白いポンチョ。
この特徴は、どう見ても、俺が会いたくてやまないルカそのもの。
でも――俺は彼女がルカではないことを知っている。
「ルナさん……」
「あ。敬語になってるわよ~。わたしに敬語は使わない約束だったでしょ?」
ルカの母親――ルナだった。
顔はルカと瓜二つでありながら、精神年齢は妙齢を過ぎた経産婦だと思うと、何度見ても驚きが隠せない。
もはや美魔女超えてロリババアである。
「でも、なんでルナがここに? もう異世界へのゲートは閉じたと聞いたんだけど」
「あー。確かに閉じたことにはなってるわよ。で~~~~もっ! こっそり残しておいたのでした~! 転移ゲート繋げるのに、わたしの魔力貯蔵量を削ったのよ? 勿体なくて閉ざせる訳ないじゃないの!」
我が家のトイレと異世界をワームホールで繋いだのは、ルナの魔法によるものだ。
故に封鎖するのもルナの役割であり、閉じたと見せかけてこっそり残しておくことなど、造作もないとの事。
「そ・れ・に~? 最愛のルカちゃんを失って傷心してる、年頃の男の子を慰めるのは、お姉さんの役目だしね~? うふ~ん❤」
ルナはわざとらしく色っぽい声を出すと、猫みたいに四つん這いで俺にすり寄ってくる。
そのまま膝立ちになると、俺の肩に手を乗せて、目線を合わせてきた。
前かがみになっているため、ゆったりとしたデザインのポンチョが垂れさがり、平らな胸元が露出する。
あと少しで乳首が見えそうな、危ういアングル。
まだ第二次性徴も来ていない肉体の癖に、妖艶とした雰囲気を纏っているのは、歳の甲がなせる技だろうか?
「旦那のことは愛してるけど、若い男の子に飢えてるのもまた確かなのよ? どうかしら? たいよう君が望むなら、次はパンツを脱いだ状態で、お尻に顔を埋めさせてもいいわよ?」
でも――
「……やめてくれ」
俺は一切の葛藤なく、ルナの肩を掴んで引き剥がす。
そのままペタンと畳の上に座らせると、彼女はイタズラがバレた子供みたいな顔で「ざーんねん」と言うのだった。
「ルカがいきなり俺の前からいなくなって意気消沈していたのは確かだ。でも、ルナは顔が似ているだけであり、ルカではない。そして、この疵はアンタに尻の穴を舐めさせたからといって癒える類いではない」
「ふふ……据え膳食わぬはなんとやらだけど……合格よ」
「……合格?」
もしかして……俺を試したのか?
「(ああ、そうだった)」
彼女はそういう奴だった。
初めてルナと会った時、彼女はルカを騙り、俺が偽物に気付くか否かを試していたのを思い出す。
今回のソレも、己の欲求不満を解消する訳ではなく、俺を試していたという訳か……。
「はぁはぁ……/// あの/// それはそれとして、たいよう君を試したお詫びとして……お尻舐めてあげてもいいわよ?」
「いえ、遠慮しておきます」
いや、やっぱただ欲求不満のロリババアでした。
俺に不倫の片棒を担がせないで欲しい。
しかも初手アナル舐めは性癖歪み過ぎだろ。
普段旦那とどんなプレイしてんだ……?
「まぁいいわ。それじゃあ本題に入ろうかしら?」
コホン――と。
ルナは小さく咳払いをして、空気を切り替える。
再び真剣な空気が張りつめる。
欲望に飢えた人妻の瞳はそこになく、子を心配する母親の瞳で、ルナは話を切り出す。
「知りたいことがあるんでしょう? わたしが答えられる範囲で、教えてあげるわよ?」
「……ルカが、どうして、何も言わずに、去っていったのか、教えて欲しい。そして、出来るのなら、最後にルカと、別れの言葉を交わしたい」
勿論――ルカが俺に愛想を尽かしてしまい、俺と顔を合わせたくないのであれば、無理に会おうとは思わない。
そんなのは、破局した元恋人が、未練を断ち切れずにストーカー化するようなものだ。
嫌がるルカに無理矢理会いにいくような真似はしたくない。
けれども――それ以外のやむを得ない事情があるのなら、話は別だ。
多少強引であろうと、ルカと話すチャンスが欲しい。
そのためなら俺はなんでもする覚悟だ。
「(例えそれが、欲情に飢えた人妻に尻を舐めさせたり、もしくは舐めることだとしても!)」
「そんな罰ゲームレベルで嫌がられると、わたしとしても胸が痛むのだけれど……」
「そう思うなら早く教えてくれ。手紙には、〝結婚するから〟と書いてあったが、それは本当か?」
「そうね。確かに結婚するのは本当よ。ここ最近、神官団は次の巫女を産んでくれる花嫁探しで躍起になっていたからねぇ。わたしの旦那も、そうやって宗教的・政治的に半ば強制的に決められちゃったのよ」
ルナは昔のことを思い出すように、遠い目をしたが――「ま、今ではラブラブなんだけどね~♪」と惚気る。
まぁアナル舐めプレイに付き合ってくれるんだから、そりゃ夫婦仲は円満だろうな……。
「やっぱり……でも、それならそうと、相談して欲しかった」
「ルカちゃんがどうして手紙だけを残して、いきなりたいよう君の前から姿を消すような真似をしたのか、わたしには分かるわ」
「そ、それなら教えてくれっ! やっぱ、俺が悪かったのか……?」
「でもその前に1つ、質問させて貰ってもいいかしら?」
俺の真剣な願いを聞き届けたルナは、ゆっくりと息を吐き、再び俺に試練を下す。
「たいよう君にとって、ルカちゃんって、なに?」
それが、最後の試練の内容だった。
俺にとって、ルカとは〝なに〟か?
その〝なに〟とは、何を意味しているのか?
禅問答のような、ふんわりとした、本質を掴みにくい質問だった。
「なぞかけでもなんでもないわ。そのまんまの意味よ。たいよう君はルカちゃんのことをどう思っているの?」
「…………」
俺はルカに、どのような感情を抱いているのか?
どのような感情が、これほどまで俺の胸を焼き焦がすのか?
脳裏を目まぐるしく廻るのは、ルカとの数々の思い出。
「(それは――友情?)」
友情という関係は、例えお互いの環境が変わろうと不変なものであり、美しい関係だ。
でもきっと、俺はルカのことを〝友達〟として見ていない。
「(それなら――愛情?)」
ルカに対し恋慕の情を抱いているのであれば、これほどまでに別れに苦しむのも納得できる。
しかし――断言できる。
俺はルカのことを〝恋人〟として見ていない。
「(まさか――欲情なのか?)」
ルカは美少女と見紛うような綺麗な顔をしているし、その体も一種の芸術品のような美しさを形取っている。
確かに出会った当初こそ、ルカの男とは思えない容姿や、肌の感触に戸惑ってはいたが、今となっては、例え拷問されてもルカの体に欲情することなどありえない。
それは世の父親が、自分の娘に対して性的な感情を向けるはずがないのと同じだ。
「(なら――家族か?)」
父親と娘という関係を連想したが、それも違う。
確かに俺とルカと同じ屋根の下で暮らし、一緒にメシを食い、同じ湯舟に浸かり、同じ布団で寝ている。
しかしそれは――俺が夕陽に抱いている家族愛とは違った形をしている。
「(それじゃあ――ペットか?)」
これは即座に否定できる。
1人では生きていけない子供に施しを与えることで、己の存在に価値を見出し、ちっぽけな自己肯定感を満たすための道具として、ルカを利用している訳でもない。
「…………」
様々な感情が渦巻く。
己を納得させる言葉を、無理やりに引き出そうとする。
しかし――
心の根幹にある感情が――
それは違うと否定してきて――
軽率な答えを出そうとする俺の口を閉ざしてくる。
「…………」
「…………」
場を静寂が支配する。
俺はひたすらに無言を貫き、相対するルナもまた、俺を急かすことなく、答えが出るのを根気強く待ち続けていた。
そうして10回、100回、1000回と思考を逡巡させた後……。
乾燥した唇を口内にひっこめ、舌先で湿らせてから――
「わからない」
――そう答えた。
「俺にとってルカは、俺が知っている言葉で言い表せるような関係ではない」
膝に手を置き、ジーンズにシワが寄る程力強く握りながら、俺は続ける。
「それでも、俺にとってルカは大切な存在だ! 俺はルカのことが好きだが、この〝好き〟を具体的に説明することはできない! それでもかけがえのない存在なんだ……! それじゃあ……ダメか……?」
「ううん、そんなことないわ」
どうしてだろうか。
大人としての建前やらなにやらをかなぐり捨てて、剥き出しの本音を発露したからだろうか?
理由は分からないのに、目尻に涙が溜まっていた。
そんな俺を見て――ルナはふっと、緊張を解き、温かい笑みで俺の告白を受け止めた。
「合格よ、たいよう君」
「それって……つまり……?」
「うん。でもね、やっぱりわたしは、ルカちゃんの本音をたいよう君に教えることはできないわ」
「なんだよ……それ……っ」
「わたしはルカちゃんの母親だから分かる。そして同じ巫女の血族だからこそ分かる。ルカちゃんの気持ちが分かるからこそ、今ここで、たいよう君に教えることは出来ない」
ふっと湧き上がる理不尽な怒り。
しかし――それが顔に出る前に、ルナは誤解を与えないように言葉を重ねる。
「だからこそ――直接会いにいくのよ」
「……え?」
「大切な人の気持ちをないがしろにしておきながら、悲劇のヒロインぶってる愚息にお説教しにいくのよ!!」
ビシ――っと。
ルナは人差し指を突きつけながら、そう宣言したのであった。




