58 じゃがバター(マーガリン)
「ん。たいよう、手、冷たい」
「そういうルカは温かいな。ガキの体温どうなってんだ……?」
「はあぁぁ――って、してあげる」
ハッピーニューイヤー。
今日は1月1日。
先週の大掃除も功を奏し、無事憂いなく新年を迎え、記念すべき1日目がやってきた。
いやー。
やっぱ正月が気分がいいね。
特に仕事がないのが素晴らしい。
まぁ、明日から普通に仕事始めなんですけどね。
クソがよ。
てな訳で――
現在俺達は、近所の神社へ初詣をしている最中だった。
普段は神秘的な静謐さを纏いながら閑散としている神社も、花火大会と初詣の時は、その神秘のベールが剥がされたかのように喧騒に包まれている。
こんな次から次へと参拝してくる奴らから好き放題に願い事を頼まれても、神様も面倒見切れないだろう――薄々そのことに気づきながらも、正月に参拝せずにはいられないのが日本人の習性なのである。
「はあぁぁ……温まった?」
「温かいけどさ、特殊なプレイしてると思われるから、この辺にしといてくれ」
隣で可愛らしい振袖を着ているルカは(大家さんから借りた)、振袖の上からクリスマスにプレゼントしたマフラーを巻いており、結われた髪には簪が指され、ルカが動くたびにシャランと心地いい音色を響かせていた。
ちなみに当の大家さんは、今日はV事務所の所属ライバー全員が順番に配信するというお正月企画に追われており、ルカと2人で来た次第である。
振袖を貸してくれた優しい大家さんの代わりに、今年のV活動が安泰なるものになるよう神様にスパチャ(賽銭)しておいてあげようじゃないか。
そんなルカは手水舎で手を洗ったことで、かじかんでしまった俺の手に、懸命に吐息を吐いて温めてくれていた。
乾燥知らずの瑞々しい唇の隙間から、湿り気を帯びた白い吐息が、俺の手の平を包み込んでいる。
――が。
周囲には参拝の順番待ちをしている参拝者がおり、ただでさえ目立つ姿をしているルカが、そういう事をしていると、周囲の視線を集めてしまう訳であり……。
俺としてはこの辺で勘弁して欲しい限りであった。
「ん。たいよう、お金、頂戴」
「ほいよ」
ルカと手遊びをしながら退屈を紛らわせ、亀のような速度しか動かない参道の列に並び続けて十数分。
ついに俺達の番になった。
賽銭箱に小銭を投げ入れ、ルカと一緒に手を合わせる。
「(……随分と真剣に参拝してるな)」
薄目を開けて、チラリと隣を見やれば……。
ルカは目尻にシワが寄る程強く目を瞑っては、懸命にお願いごとをしていた。
ルカは異世界の巫女と呼ばれているから、恐らくは向こうの世界の宗教で中核を担う地位にいるはずなのだが……。
こっちの世界で別の神様に頼み事なんかしてもいいのだろうか?
まあ――流石に向こうの神様も、次元を超えてまで信徒の監視なんかしていないだろうし、神道の神様だって八百万の神と言われるだけあり、異教徒の参拝であろうと多めに見て貰えるだろう……多分。
「ん。お願い事、できた」
「んじゃ後ろもつかえてるし、そろそろ行くか」
「ん。帰る前に、屋台の食べ物、食べたい」
「しゃーねーな。1つだけだぞ。お節食べられなくなるからな」
「ん!」
神社の敷地内には、儲け時を見逃さない的屋のあんちゃん達が屋台を構えており、参拝の終わった客から更に小銭を引きずりだそうと、食欲を刺激する香りを撒き散らしていた。
ルカは屋台を1件1件吟味した後、じゃがバターを選んだ。
ホックホクに蒸されたジャガイモに十字の切り込みを入れ、バターを埋め込んだ一品は、熱に飢えている参拝客の心を掴むのに十分な魅力を放っている。
じゃがいも1つに400円という額を払ってしまう程に……。
「ん。美味しい」
「おいおい。一口目からこんなにバター持ってったら、後半口の中パッサパサになるぞ……」
――ぽわぽわ。
プラスチックスプーンで、まだバターが溶けきってない、小さな塊ごと、ジャガイモを口の中に放り込むルカに忠告するが、ルカは聞く耳を持たない。
そして案の定、まだジャガイモが半分も残っているのにバターがなくなり――
「ん。たいよう、はんぶんこ、だよ」
――と、残った下半分のじゃがバター(バター抜き)を俺に押し付けてくるのであった。
こ、このクソガキ……!!
「(鮭の美味しい部分だけ食べて残りを捨てるクマかよ)」
気を利かせたフリをして、不要在庫を押し付けてくる悪知恵を働かせてくるルカから受け取った芋を食べる。
あー、僅かにバターが残ってるけど、これバターじゃなくてマーガリンだわ。
これ景品表示法に引っかからないのか?
隣の仙台牛タン串焼きも、絶対仙台牛じゃないだろうに……。
挙句、
「ん。屋台のごはんは1つまで。でも、ぼくはまだ、0.5個しか食べてない。だからまだ0.5個、食べることが出来る」
という悪知恵を働かせ、食後のデザートにチェロスを要求してくる始末。
いつもなら、こんな屁理屈なんぞに耳を貸すことはないのだが、今日はめでたいお正月だ。
「(ま、お年玉の代わりってことで……)」
そんな訳で、一本のチェロスを半分に割り、ルカと分け合いながら、俺達はボロアパートへ帰宅するのであった。
「そういえば、ルカは神様になんてお願いしたんだ?」
「ん。たいよう、は?」
「あー……ルカと、ずっと一緒にいられますように、みたいな?」
「…………」
照れくさいとは思いつつも、正直に話す。
するとルカは、アパートに向けていた足を止める。
シャランシャランと響かせていた簪が沈黙し、不思議に思って振り返った。
そこには、悲し気に顔を俯かせたルカの姿が……。
な、なんだ……?
どういう感情なんだ?
「ん……ぼくは……」
ルカは――チェロスの入った紙袋を掴みながらゆっくりと、小さな頤をあげた。
半月の形をした眠たげな双眸が、俺を射貫く。
そして――しばらくの沈黙の後。
チェロスの油で艶めかしく艶めいた唇を開いたのだった。
「たいようが、ぼくのこと、忘れませんように……って、お願いした、よ」
それは一見――俺の願い事と似ているようで……。
しかし、そこに秘められた意味は、真逆の結果を指しているのであった。




