53 妹がお兄ちゃんの布団に潜り込むのは当たり前のことだよねっ!
今回は太陽の妹、夕陽に焦点を当てた3人称視点です。
「晴れてるけど、やっぱ寒いなぁ」
びょう――と。
強い北風が吹きすさび、手入れの行き届いた艶やかなツインテールが揺れた。
日比野夕陽は、乱れて冷たくなったツインテールを整えながら、白い息を吐く。
今日は12月25日。
クリスマス当日。
駅前のアーケード街では、煌びやかな電飾で彩られたイルミネーションや、サンタクロースの飾り付けや、テナント店舗が開催するクリスマスフェアで、どこもかしこも喧騒と輝きに包まれていた。
しかし――河川敷を渡り、路地裏に入って数度角を曲がれば景色は一変。
いつの間にか駅前の歓声は消え失せて、閑静な静寂に包まれた、住宅街が姿を見せるのであった。
水を打ったように静まった下町の空気は、どこか侘しさを覚え、冬の寒さと先の喧騒とのギャップも手伝って、来るものを沈鬱とした気分にさせるが――
「ふふっ。早くお兄ちゃんに会いたいな」
――ツインテールの少女。
夕陽には当てはまらなかった。
今日は月に1度の、兄の部屋に遊びに行ける日。
しかもそれがクリスマス当日と来たものだ。
少しばかし、ブラコンのきらいのある夕陽からすれば、数年に1度あるかないかの、特別な日と断言して良かった。
夕陽はスキップしたくなる気持ちを、「もう高校生なのだから」と自制しながら、早足で進む。
そうして姿を見せたのは、築40年になる2階建ての木造アパート。
砂利が敷かれた駐車場には、くたびれたスズキエブリイが停まっている。
兄が仕事で使っている車だ。
夕陽はそのエブリイのサイドミラーを覗き込み、美容院にて朝イチの予約でカットして貰ったばかりの前髪を整えてから、コートのポケットに入れてある合鍵で、親愛なる兄の住居へ入りこむのであった。
「お兄ちゃん! 遊びにきたよ!」
……。
…………。
…………………。
しかし。
いつもなら扉の外にまで漏れている、兄と居候の少年のやかましい声はなく……。
襖を開け放ち、居間に入ってもなお、夕陽を歓迎する兄の声はない。
「…………へ?」
夕陽は不思議に思いながら、ひんやりとした畳敷きの8畳間を見渡す。
すると――見つけた。
「珍しい。お兄ちゃんとルカちゃん、まだ寝てる」
休日でも朝7時には起床してる兄は――もうすぐ正午になろうとしているにも関わらず、布団にくるまって安らかな寝息を立てているのだった。
「もー。だらしないなー。クリスマスだっていうのに」
兄が明け方まで――異世界にてサンタクロース業に従事して寝不足になり、二度寝している事実を夕陽は知る由もなく……。
昼前まで眠りこけている兄に呆れ返りながら、指にぶら下げたビニール袋に入っている食材を冷蔵庫に収納していくのであった。
「もー、お兄ちゃん! 起き――」
ビニール袋が空っぽになり、次にだらしのない兄を叩き起こそうと手を振り上げた――が。
思い立ってその手を止めた。
「……。お兄ちゃんの寝顔、久々に見た」
産まれた時から、ずっと隣にいてくれた親愛なる兄。
両親を亡くした今、唯一の家族と言っても過言ではない存在。
今の自分の人格形成を決定付けた存在が、無防備に口を開けて眠っている。
その事実が――彼女にムクムクとした欲求を掻き立てる。
「(ゴクリ)」
夕陽は乾燥した喉を潤すように、生唾を飲み込むと――態度を一変。
今度は兄を起こさないように、ゆっくりと膝で畳を這いながら――
「お邪魔しまーす」
――と、布団の中に潜り込んだのであった。
「(お兄ちゃん……温かい)」
先ほどまで外にいた夕陽の体は、ひんやりと冷めきっていて、兄の温もりが心地よい。
「(えへへ……お兄ちゃんと一緒に寝るの、小学校の時以来、かも。あー、お兄ちゃんの匂い、こんな近くで嗅ぐの、久しぶり。)」
そうやって、高校のクラスメイトには絶対に見せられない、惚けた顔をしながら、兄の肩に顔を押し付け、体臭を直に嗅いでいると――
「んにゃ……ルカ……体冷えてるぞぉ……」
「にゃっ!?!?」
――侵入者の存在に気付いた兄が、寝返りを打つ。
挙句――ぎゅうっ。
夕陽の体を抱きしめたのであった。
「(えっ!? ええええ~~~~っっっっ!?!? ウソウソウソ!? お、お兄ちゃんに、ぎゅっってされちゃってるんですけどっ!? 待って待って待って!?)」
優しく。
けれどもしっかりと。
身長175センチの体に包まれ、逞しい両腕が背中に回される。
苦しくはないが、逃げられない絶妙な強さ。
「(やばいやばいやばいやばい!! お兄ちゃんにハグされてるっ!? これどういうこと!? サンタさんからの贈り物!? クリスマスプレゼント!? やばっ!? 私のほっぺたが、お兄ちゃんの胸板に押し付けられてるんですけど!?)」
肺いっぱいに満たされる兄の体臭。
自分の体臭で満たされているであろう兄の肺。
そんなことを考えてしまい――ほんの少しだけブラコン寄りの夕陽の情緒は、ぐちゃぐちゃに搔き乱されてしまう。
一方。
妹の体と心をハチャメチャにしている張本人――日比野太陽は、妹のことなど一切認知していない。
自分の抱きしめている存在を、ルカと勘違いしているようで、寝ぼけたまま、無意識で夕陽を抱きしめ続けるのであった。
「(あっ……不味い……オチる……///)」
夕陽は極度の興奮状態に陥り、黒目がちな目がひっくり返って白目を剥き、唇の端から涎を垂らしながら、学年で1番可愛いと評判の美貌を歪めていた。
整えた前髪もぐちゃぐちゃだ。
こんな顔を兄に見られたら、もう恥ずかしくて生きていけないだろう。
「ん……しゃむい……たいよう、お布団、独占しちゃ、ダメ」
その時。
太陽の奥から、むくりと――小柄な体躯が起き上がる。
太陽が寝返りをうったのが原因なのだろう。
夕陽と反対側で眠っていたルカにかかっていた布団が剥がされ、同居人の少年――ルカが目を覚ましたのだった。
太陽のお下がりを使っているのであろう、ダボダボのスウェットを上だけ着用し、なぜか室内にも関わらず白いマフラーを巻いていた。
オーバーサイズのスウェットの裾から覗く太ももは、当然の如く剥き出しだった。
「たいよう、お布団、返して」
温かい布団を独占する太陽を咎めるべく、華奢な手で精一杯、布団を引っ張る。
「んあぁ? あれ? 今何時だ? 寝過ごしたかも……今日は夕陽が遊びに来るの…………に!?」
その衝撃で目を覚ました太陽は、自分が無意識に抱きしめていた存在が、ルカではなく――夕陽であることに気付く。
「え……? 夕陽? な、なんで……!?」
「…………え、えと…………その///」
お互いの唇から漏れる息が、鼻にかかる程の近距離。
黒目がちな瞳に映りこんでいる、自分の顔面が視認できる程の近距離。
興奮で逆立った頬の産毛の一本一本が見える程の近距離。
そんな距離に――妹の顔があった。
色白な夕陽の顔が、耳まで真っ赤に染まっていく。
そして――
「お兄ちゃんが妹を襲ってる~~~~~~~~!?!?!?!?」
――ボロアパートに、妹の絶叫が響き渡るのであった。
そろそろ同じアパートの住民からクレーム入るだろ……。




