52 太陽タクロース
【前回のあらすじ】
大家さんの家で作った大量のクッキーを、異世界に持ち込んだルカ。
それらを魔王との戦争で被災した子供達に届けるべく、ルカサンタが出動したのだった。
テーマパークのアトラクションみたいな、空飛ぶソリに乗り続けて十数分後。
地上から松明の明かりが点在する地域が見えてきた。
まだ電気が発明されていないこの世界では、松明の頼りない明かりが、上空からでもよく目立つ。
「ん。あそこが、魔王軍との戦争で、帰る場所を失った、被災者達の、キャンプ地」
ソリはゆっくりと高度を落としながら地上に着地。
足元で「ぐえっ!?」と何かが潰れる音と、呻き声が聞こえるが――アイツのことだから問題ないだろう。
多分。
――ザクッ。ザクッ。
雪を踏みしめながら降りる。
周囲を見渡すと、そこにはいくつもの天幕が立っていた。
魔王軍との戦争で、いくつもの街で人が住めなくなり、このような簡易テントのような場所で生活せざるを得ない人たちが、こんなにいるのか……。
「ん。待ってて」
ルカはクッキーの詰まった袋を担ぎ、中にいる人を起こさないよう、ゆっくりと天幕の中に消えていく。
「これは無数にある避難民キャンプ地の1つにすぎぬ。それだけ魔王軍との戦争の爪痕は深いのだ」
「マルガレーテ、無事だったのか」
頭にまだ雪を被っているマルガレーテが、ソリの下から這い出てくる。
「巫女様の魔法によって、復興は目まぐるしい速度で進んでいる。けれども、飢えや寒さに喘ぐ民の全てを、1度に救うことは叶わない。このように苦渋を強いらざるを得ない民が大勢いるのだ」
天幕を見つめるマルガレーテの横顔は、憂いと怒りに満ちていた。
その矛先は、街を蹂躙した魔王軍に対してか、それとも行政側に立つ自分自身に対してか。
「巫女様は、そんな民の姿を見て胸を痛めておられる。故に、太陽殿に助力を乞い、このような慈善に決行したのだろう」
「あいつは……優しすぎるからな」
「その通りだ。巫女様は他者の痛みを、まるで自分の痛みとして感じ取ってしまう。それは巫女様の人徳に他ならないが、いささか感受性が強すぎなきらいがある」
彼女は、俺の隣で白い息を吐きながら続ける。
「また、本来であれば、無暗に太陽殿の世界の物を、こちら側に持ち込んではならぬ仕来りになっている。災いの元となると言われているからだ。今回の焼き菓子も、こちら側の世界でも製造可能故に、本当にギリギリ譲歩した形となった。また、その逆も然り。こちら側の物を無暗に太陽殿の世界へ持ち込むのも憚らねばならぬのだ」
「そ、そうだったのか」
「うむ。本来であれば、救世の功労者の1人である太陽殿には、多大なる褒賞を以てしかるべきなのだが――同様の理由で、太陽殿に何もお返しができぬのだ。申し訳ない」
「いや。気にすんな。元々金のためにルカを預かった訳じゃないからな」
それに――もうお礼なら十分に貰っている。
ルカと一緒に過ごした時間。
それは、俺の人生に多くの彩りを与えてくれたのだから。
「っていうか、それ以前に、俺はこっちの世界に足を踏み入れてもOKなのか?」
「いや。それは禁忌とされている。だが――今ここにいるのは太陽殿ではない。子供達に希望を与えるサンタクロースだ。超常の存在を裁くことはできまいよ」
「なるほど……んじゃ、そう言うことにしてもらうとするか」
――ゴソゴソ。
「ん。置いてきた」
マルガレーテと会話を続けていると、天幕からルカが戻ってくる。
無事、中にいる子供の枕元にお菓子を渡すことに成功したらしい。
「よし、このまま全部配るぞ」
「ん!」
その後俺達は、ルカの手作りクッキーを、難民キャンプの子供達の枕元に配り続けたのであった。
***
無事全てのお菓子を配り終え、再びソリに乗って転移ゲートのある地点へ向かっていると――
――ぽわぽわ。
隣に座るルカは、充足感に包まれた笑みを浮かべながら、ほんのりと発光していた。
その魔力の奔流は、空に一本の尾を引き、まるで彗星のように粒子の軌跡を空に刻んでいた。
「ん。たいよう、今日は、ありがとう」
「気にすんな。ルカは自分のやりたいことをやれ。俺はそれを、手伝ってやるからよ」
幸福というのは、他者に与えることで自分に返ってくるものであることを、ルカは知っている。
だから俺も、ルカを幸せにするために、ルカが他者に幸福を施す手伝いをしたい。
それもまた、巡り巡って俺自身に返ってくるものだから。
「ん!」
――ぽわぽわぽわ。
そっと頭を撫でてやる。
するとルカは、更に輝きを増し、俺の肩に頭を預けてきた。
ソリが転移ゲートに到着するまで、俺とルカは肩をくっつけあいながら、空のドライブの楽しみ続けたのであった――
「おい! もしやソリの上でイチャイチャしていないだろうな!? ズルいぞ!? ワタシも混ぜろ!!」
――往路同様に、ソリの下でぶら下がっているマルガレーテの喚き声に、聞こえないフリをしながら……。
***
「ん。ただいま」
「ふー、寒かったぁ」
帰宅した頃は既に日付が変わり、25日を迎えていた。
ルカは昼間は仕事、夕方にクッキー作り、夜は魔法でソリを浮かばせ、そして夜中までクッキーを配っていたので、かなり体力を消耗しているように見える。
本来であればとっくに就寝している時間なので、眠気も限界に達しており、俺が肩を支えてやらねば、そのまま倒れてしまいそうだ。
銭湯で温まった体も、すっかり冷えてしまっている。
「お疲れ様」
そんなルカを労うように、目をぽしょぽしょさせながらもたれかかるルカを横抱きで持ち上げ、居間に敷いた布団まで運んでやる。
「んぅ……あっちゃかい……」
ついに限界を迎えたようで、布団の中に入った瞬間、眠りについてしまった。
そんなルカの寝顔を見ながら、最後にもう1度だけ、頭を撫でてやるのであった。
「おやすみ。小さなサンタクロース」
***
――翌朝。
「くわああああ~~~~」
欠伸と共に目を覚ますと、口の中に真冬の冷気が入ってくる。
「って、今日仕事休みじゃんか……」
枕元に置いてあるスマホを手に取ると、アラームがセットされていないことに気付く。
仕事がないのに、いつもと同じ時間に起きてしまうのは、果たして生活リズムが健全な証拠だと喜ぶべきか、早起きして損した気分と悲しむべきか……。
――カサッ。
スマホを畳の上に戻すと、腕に何かが擦れた。
「ん? なんだこれ?」
寝る前にはなかったはずだ。
腕に触れた何かを手に取る。
それは――昨日ルカが大家さんの家で、1つ1つ丁寧に袋詰めしていた、クッキーの入った小袋だった。
昨晩の内に全て配ったと思っていたが、どうやら俺のために、1つだけ残しておいてくれたらしい。
「ははっ……まさかこの年になってまで、サンタさんが来てくれるとはね」
寝起きの乾いた口内に、クッキーを1つ放り込む。
口の中でホロリと崩れ、バターの香りが鼻孔から抜けていく。
「うまっ」
「んぅ……良い匂い」
常に食い意地をはっているルカが、クッキーの匂いで目を覚ました。
「おはよ」
「ん……あ、それ」
「ああ。良い子にしていたからな。サンタさんが来てくれたんだ。いいだろ?」
「美味しい?」
「ああ。最高に美味しい」
「ん。良かった……」
――ぽわぽわ。
「ふわああああ~~」
ルカは嬉しそうに布団から起き上がると、正座を崩した体勢で目を擦る。
昨日夜更かししたからだろう。
いつもより眠そうだ。
「お茶飲むか?」
「ん。飲む」
乾燥した空気で乾いた喉を潤すべく、台所へ向かう。
「ん……なに、これ……?」
台所でグラスに麦茶を注いでいると、ルカは自分の足元に置いてある紙袋の存在に気付いたようだ。
零れる笑みを必死に押さえつけながら、ルカの元に戻る。
「おお。こりゃサンタさんからのプレゼントだな。良かったなー、ルカ」
「ん。いらないって、言ったのに……」
「俺じゃないぜ。サンタさんが来てくれたんだよ」
「んぅ……じゃあ、そういうことに、してあげる」
俺の白々しい態度に、ルカは不満を口にする。
それでも――表情と動作から喜びを隠せておらず、お茶を飲むのも忘れて紙袋を開け始めた。
中に入っているのは――
「ん!」
――白いマフラーだった。
200種類あると言われる〝白〟の中でも、ルカが普段被っているポンチョに馴染む色味のものだ。
最近のルカは巫女の業務で、向こうの世界へ出向く機会が多かった。
その間にアパレルショップを巡って買っておいたのである。
ルカの世界は寒冷地で、寒さには慣れているとは言っていたが、それでもいつも寒そうにしていたからな。
そこで下半身ではなく、上半身の防御力を高めるために、マフラーを選んだ次第である。
「んふふ。あったかい……」
――ぽわぽわぽわ。
ルカは早速サンタさんからの贈り物を、細い首に巻き付ける。
その肌触りを確かめるように、首元のマフラーを両手で持ち上げると、左右の頬に押し付けて、満面の笑みを浮かべるのであった。
「(メリークリスマス、ルカ)」




