50 空気を読んで親の前でサンタの存在を信じているフリをしている時期があるよな
「クリスマスが今年もやってくる~♪」
「お前はクリスマス初見だろうが」
肌を刺すような寒気に見舞われる12月がやってきた。
トイレ清掃員にとって、この季節は過酷だ。
便器はキンキンに冷えているし、水仕事であかぎれが絶えないからだ。
一方――ルカといえば、自動回復魔法で冬の乾燥も水の冷たさもなんのその。
ハンドクリームを塗らなくてもすべすべスキンを維持しているルカは、小さな手を俺の腕に巻きつけながら、上機嫌にクリスマスソングを歌っていた。
「ん……っくちッ」
「大丈夫かルカ?」
「ん。平気」
現在俺達は、本日の仕事を終え――食材の買い出しに駅前のアーケード街へ来ていた。
肌を刺すような北風が吹きすさぶと、ルカは可愛らしいくしゃみを放つ。
「鼻水出てるぞ」
「ん。ちーん」
この前マルガレーテと猫カフェへ行った時に貰ったポケットティッシュを取り出し――幼いながらも綺麗な鼻筋が通っているルカの鼻水を拭ってやる。
「流石に12月にこの恰好じゃ寒いだろ? いい加減――」
「ん。パンツは、履かない」
「――へいへい」
ルカの恰好は未だにポンチョ1枚だ。
ポンチョの下にはキッズサイズのヒートテックを着用させてはいるが、下半身は言わずもがな、あしたのジョーもビックリのノーガード状態である。
靴下も履いておらず、革を編んで作ったサンダルみたいな足元は、見ているだけで寒そうだ。
曰く――ルカの世界は寒冷な気候なため、この程度の寒さには馴れている――とのこと。
確かに夏は扇風機を独占しつつも、スライムみたいに畳の上で溶けていたからな……。
暑さには弱いが、寒さには強いのだろう。
「ん。でも、今日は、ちょっぴり、寒いかも」
「だろ? 最低気温マイナス1度らしいからな」
「でも、こうすれば、温かい」
――ずぼっ!
「あっ、こらっ! 歩きにくいだろーが!」
ルカが何をするかと思えば……。
俺のダウンジャケットの裾に下から頭を突っ込み、胸元から顔を出すと、俺の両腕をシートベルトのように肩から腹部へと巻き付ける体勢を取ってきた。
「二人羽織にはまだ早いぞ」
「ん。よこーえんしゅー」
「調子に乗るな」
「にゃうっ!?」
懐に潜り込んできたルカのほっぺたを、キンキンに冷えた手の平で挟み込んでやる。
しかしルカは、悲鳴をあげながらも逃げようとはしない。
「はぁ。ったく、スーパーに着くまでだかんな」
「ん」
そんな訳で。
チマチマと、ペンギンの親子のようにアーケード街を進む。
「(しかし、すっかりクリスマスムード一色だなあ……)」
牛歩の速度だからだろう。
いつもは歯牙にもかけない光景にも目がいく。
頭上のアーチ天井からはクリスマスの横断幕が垂れさがり、左右に並ぶテナント店舗には、クリスマスフェアなるものが至る所で開催されていた。
気が早いことに、既にサンタクロースの恰好で接客している店員までいる。
「なぁ、ルカ。なんか欲しいものとかあるか?」
「ん?」
ダウンジャケットの胸元から顔を出しているルカが、不思議そうに真上を見上げる。
「この世界にはサンタクロースっていう、良い子にプレゼントをくれるお爺ちゃんがいるんだ。サンタさんに手紙出しといてやるから、欲しいもの教えてくれよ」
「ん。サンタクロースは、存在しない。その正体は、仕事帰りにオモチャ屋に寄る、父親」
「そこに気付くのが早すぎるだろ!」
子供達に夢と希望を与えるサンタクロース。
しかし――スマートフォンの台頭で、インターネットを通して大人と同等の情報が手に入るようになった令和の時代において、サンタのベールが剥がされるのが早いことよ……。
俺でも小6まで信じていたというのに……。
「だから、いらない」
「遠慮しなくていいんだぞ? 流石にスイッチ2は厳しいけれども……」
サンタさんでも正規の方法で抽選を突破するのは至難の業だからな……。
あと流石に高すぎる。
物理的に寒いのに、財布まで寒くなってしまったら、果たしてこの冬を越せるのが怪しくなってくる。
可能なら、そこまで金のかからないものであって欲しいものだ。
「ん。それに、ぼくにはもう、これがある、から」
――ジャラリ。
ルカは首元に腕を突っ込むと――チェーンに繋がれたアクセサリーを取り出す。
花火大会の時、ルカに買ってやった安物の指輪だ。
指輪には、向こうの世界から持ってきたチェーンで繋がれている。
それをリングネックレスのようにして、肌身離さず身に着けているのであった。
ちなみにチェーンの方は純銀。
どう見てもリングよりチェーンの方が高価である。
にも関わらず、ルカは合金素材のリングの方をいつも愛でてくれているので、プレゼントした側からすると、ありがたい話である。
「本当にいらないのか? お金のことは気にしなくていいんだぞ?」
「ん。へーき…………あ」
「あ?」
その時ルカは、何か閃いたように、歩みを止めた。
前後に密着しているので、思わずつんのめってしまう。
「ほんとうに、なんでもいいの?」
「あ、ああ……でもまぁ、予算は1万くらいで頼むわ」
ルカの視線の先にあるのは――天井から釣り下がるサンタクロースのイラスト。
果たして、ルカの望むクリスマスプレゼントとは――
***
「すんません大家さん、そんな訳なんで、キッチンお借りします」
「日比野なー、アタシのこと痒い所に手が届く便利キャラだと思ってないか?」
「イ、イヤ、ソンナコトデスヨー」
「目が寒中水泳してんぞ」
――数週間後。
クリスマスを明日に控えた24日。
今日も労働を終えた俺達は、スーパーマーケットで買い込んだ食材を携えて、大家さんの家を訪問していた。
ルカが求めたクリスマスプレゼント。
それは、クッキーを作るための材料だった。
『ん。クッキー、作りたい』
というのが、ルカの要求であった。
予想外の申し出に面を喰らったものの、「なんでも買ってやる」と言った手前、詮索するのも憚られ、予算ギリギリまでバターやら卵やら小麦粉やらを買ってきた次第である。
しかし我が家にはオーブンがないし、猫の額ほどしかないワンルームアパートの台所に、これだけの食材を置くスペースもない。
そのため、大家さんの家を訪ねてきた次第である。
「ん。ごめんなさい。でも、オーブン、使いたくて(うるうる)」
「うぐ……可愛いなぁおい……。はぁ、しゃあねぇ。今夜はクリスマスイヴ配信で、チキンを冷ますわけにはいかないから、夜までには帰ってくれよ」
「ん。ありがとう」
さしもの大家さんも、ルカの上目遣い攻撃には敵わなかったようだ。
頭皮をポリポリと搔きながら、俺達にキッチンの使用権を差し出したのであった。
「(なんだかんだでチョロいんだよな大家さん)」
「何か言いたげな顔だな日比野?」
「いえ! 大家さんの天使のような深い懐に感謝していた所です!!」
かくして――ルカの初めてのお菓子作りが始まったのであった。
という訳で――サンタクロース編開始!
ルカのサンタ衣装もあるよ! 次回お楽しみに!




