48 女騎士さん、猫カフェへ行く
【前回のあらすじ】
大家さんにマルガレーテ用の服を借り、事故で縦セーター越しにおっぱいを押し付けられたりしながら、観光へ出発するのであった。
「ひ、人が……多すぎる!?」
「アンタだって数千人規模の兵隊まとめ上げてるだろ」
「それとこれとは話が違う!」
路地裏の住宅街を抜け、河川敷にかかった橋を渡って市街地に出る。
そうしてやってきた駅前のアーケード街。
左右には様々な店が並び、様々な目的を持ってやってきた雑多な者達によって、人混みが形成されていた。
日曜日ということもあり、アーケード街は老若男女で溢れかえっている。
整然と整列した軍隊と、無造作に個々の意思で動いている人混みでは勝手が違うのだろう。
異世界人のマルガレーテには刺激が強すぎたようだ。
「そういえばルカも、こっちに来たばかりの時は人混みに酔ってたな」
「め、目が回る……」
「大丈夫か!? とりあえずどっか店に入って休憩するぞ」
「も、問題ない……このワタシがこの程度で怖気づく訳にはいかぬ」
「そりゃ逞しい限りだが……」
とはいえ、人混みによる精神的な疲労は、肉体的なものとは違う所にダメージが入る。
軍人として鍛えているマルガレーテでも、長時間歩かせるのは危険だろう。
ルカはかなり早めにダウンしてしまい、馴れるのに数日かかっていたし。
「とりあえず、なんか食べたいものとか飲みたいものとかあるか? ルカからこっちの世界の話、結構聞いてるんだろ?」
「うむ。そうだな……そうだ! ネルゴデス! ネルゴデスはいないのか!?」
「ネルゴデスって言うと……猫の事か」
「そうだ。こっちの世界のネルゴデスは、両手で抱えられる程小さく、火も吐かず、愛らしい見た目をしているのだろう? ワタシも1度見てみたいと思っていたのだ!」
「まあ、あのキマイラみたいなモンスターを猫と呼んでいいのかは怪しいが……」
マルガレーテはキョロキョロと周囲を観察し、野良猫の姿を探す。
人のいない路地裏や、緑の多い公園に行けば、野良猫も多いけど、残念ながら喧騒に包まれている駅前で野良猫に遭遇したことは1度もない。
「あっ、でも……猫カフェならあるぞ」
あそこなら静かに腰も落ち着かせられるし、飲食も出来る。
マルガレーテの要望も満たせる、完璧な場所と言えるだろう。
「こっちだ」
「う、うむ!」
――ぎゅっ。
「っ!?」
キョロキョロするマルガレーテが危なっかしいので、思わずルカにしている癖で手を掴んでしまった。
その瞬間、マルガレーテの全身が強張るのを、手の平ごしに伝わってくる。
「あっ、悪い。でもはぐれると困るだろ? だから手の平を切り落とすとか言わないでくれよ」
「う、うむ……そ、そうだな。今回に限り、不問に付そう」
「アンタからしたら、汚い手かも知れないが我慢してくれよ」
そう言って、記憶を頼りに猫カフェへと向かう。
その間も、俺の右手はマルガレーテの左手と繋がったままだ。
「し、しかし……柔い手だな」
「そうか? 野外労働者のゴツい手だと思うが」
「いや、ワタシの方こそ、女のものとは思えない、不快な手ですまない……」
マルガレーテが俺の手を〝柔い〟と言うように、実際マルガレーテの手は、俺よりも硬かった。
剣を握り、振り続けたからだろう。
普段は手甲で覆われているので気付かなかったが……。
何度も皮が破れて、自然治癒を繰り返した手の皮は厚みと硬さを持っており、潰れたマメでデコボコとしている。
「そんなことないだろ。世界を守った、誇らしい手だと俺は思うぞ」
魔王を封印したのはルカだ。
だが――ルカが魔力を溜めるまでの間、魔王軍の猛攻を受け止め、人類を守り続けたのは他でもない、彼女なのだから。
「って、戦争を経験したことない、平和ボケした世界の住民に言われてもって――感じだよな」
「…………い、いや、そんなことは」
若い女性からしたら、女らしくない硬い手はコンプレックスなのだろう。
どこかしまりが悪そうなマルガレーテに、申し訳ないと思いながらも、もうしばし辛抱をして貰おう。
マルガレーテの手をとりながら、人混みからマルガレーテを庇うように、目的地へと歩を進めるのであった。
***
「な、なんだここは……天国か……!?」
アーケード街の人混みを進んで数分後。
無事に俺達は猫カフェに到着した。
俺も初めて来たが、マルガレーテのいう通り――〝天国〟と呼んで差し支えがない場所かもしれない。
全面カーペット張りの店内には、様々な品種の猫が、各々自由にくつろいでいる。
俺も公園を縄張りにしている野良猫に、餌付けする程に猫好きなので、この光景は目の保養だった。
「とりあえずワンドリンク制だから、なんか頼むか。喉も乾いただろう」
俺はホットコーヒーを、マルガレーテはタピオカミルクティーを注文する。
蓋付きのカップを受け取り、俺達は猫たちの楽園に足を踏み入れるのであった。
「うおっ! こ、こんなにも小さいのか!? あっ! 待って! 行かないで……! ほにゃっ!? こんな所にも!? ぬっ!? 頭上にもいるぞ!?」
マルガレーテは早くも猫カフェを満喫していた。
普段は背筋をピンと伸ばし、顔を凛々しく引き締め、絵に描いたような女騎士然としているマルガレーテ。
しかし――
「はわわっ!? 柔らかくて、サラサラだっ! ああっ、もっと撫でさせてくれぇ……!! ほにゃにゃっ!? 今ワタシのふくらはぎに毛が擦れる感触がっ!?」
――縦セーターを着た現在の彼女と言えば……。
中腰で右往左往しながら、チョコチョコとした歩幅で猫を追いかけまわす滑稽な姿を晒していた。
「(ショタコンっていうか、小さくて可愛いものが好きなんだろうな……)」
そんな彼女の姿を微笑ましく見守りながら、ホットコーヒーで唇を湿らせる。
「しっかし……可哀想なまでに避けられているな……」
マルガレーテは女性にしては高身長だし、声もデカいから、圧があるのだろう。
猫達は俊敏な身のこなしで、マルガレーテの手を掻い潜っていく。
ひと撫ではさせて貰えるが、すぐに逃げられてしまい、再び追いかける――という追いかけっこを繰り返している。
どうやら猫カフェのキャストとしての自覚を持った、人懐っこい性格の子は、既に先客に取られてしまっているようだ。
未だフリーの猫は、あんまりベタベタされるのが好きではない性格の子ばかりで、マルガレーテは未だ猫を確保できずにいた。
「ぐぬぬ……やはりワタシは、動物に好かれるには血を浴び過ぎてしまったのか……」
「まぁ落ち着け。こういうのはな、じっとしている方がいいんだ」
「にゃあん」
「なっ!? 太陽殿の膝に猫がっ!?」
「ほらな?」
カーペットの上に胡坐をかいていると、一匹の猫が近づいてきた。
茶トラ柄の猫は、胡坐の中心で丸まり、俺の足をベッド代わりにして、リラックスし始める。
「どことなくルカに似てるな」
「た、確かに……どことなく巫女様に似た雰囲気を纏っておられる! これぞ天啓か!? 太陽殿、この子をワタシに……!」
どうやらこの子を推し猫に定めたようで、マルガレーテは抜き足差し足で近づき、ゆっくりと手を伸ばす。
しかし――
「にゃあんっ」
「ああっ! 待ってくだされ巫女様!!」
――マルガレーテがその背をひと撫ですると、ルカ似の猫は嫌がるように逃げてしまった。
「だが――そういう所も巫女様みたいで……そそるっ! ハァハァ……!」
「これもうショタコンだけじゃなくてドMまで発症してるだろ」
ルカに塩対応され過ぎて、塩対応そのものが気持ちよくなっちゃったタイプだろ。
「だから、馴れて貰うまでじっとしてる方がいいんだよ」
「そ、そうだな……伏撃で鍛えた辛抱強さを持ってすれば、この程度造作もない!」
マルガレーテもまたカーペットの上に正座で腰を下ろす。
そうしてあたかも「別に猫とか興味ありません」みたいな表情で、鎮座し続けた。
すると――
「にゃあんっ」
「お、また来たな」
「ぐぬぬ……! また太陽殿の方に……!」
先ほど逃げていった同じ子が、膝の上に戻ってきた。
マルガレーテはそれを恨めしそうに見つめてくる――が。
近づいたらまた逃げられることが分かっているので、歯噛みすることしかできないでいる。
もしかすると、人間が発する物欲センサーみたいなもの感じ取っているのかもしれない。
そんなマルガレーテは、何か打開策はないかと周囲を観察し――とあるものに目を止めた。
「ほらほら猫ちゃん、捕まえられるかな~?」
「にゃあんっ。にゃんっ、にゃおんっ!」
「あ、あれだ……!!」
他の利用客が、貸し出されている猫じゃらしを使って、猫と戯れていた。
「そ、そうだ!」
それを見て何かを思いついた様だ。
マルガレーテは膝立ちでゆっくりと俺に近づくと――自身の長いポニーテールを前に持ってきて、それをルカ猫の前で揺らし始めた。
「ほーれほれ」
「にゃ。にゃ」
膝の上でリラックスしていた茶トラも、本能には抗えず、左右に揺れるマルガレーテの毛先を追いながら、手を伸ばした。
マルガレーテの作戦は功を奏し、茶トラは俺の膝から離れて、マルガレーテの髪の毛を夢中で追いかけている。
そうして戯れながら――数分後。
「ほ、ほにゃあ……! つ、ついにワタシの膝に……にゃんこが……っ!!」
遊び疲れた茶トラは、すっかりマルガレーテに気を許したようで、彼女の膝の上で丸まって眠り始めたのだった。
マルガレーテが背中を撫でても、逃げる素振りは見せない。
「お、おお……もはや我が人生、一片の悔いなし……!」
「良かったな」
感涙の涙を流しながらルカ猫を撫で続けるマルガレーテを、俺は微笑ましく見守るのであった。
女騎士さん編――次回ついに最終回!
もうちょっとだけ続くんじゃ。




