45 異世界の巫女の秘密
【前回のあらすじ】
偽ルカの正体は……ルカのお母さんだった!
「改めてはじめまして~♪ ルカの母をしているルナエルナと言います♪ ルナって呼んでね、たいよう君♪」
「若すぎんだろ……」
場所は変わってボロアパートの居間。
コタツ布団を挟んだローテーブルの四辺に、俺、ルカ、マルガレーテ、偽ルカが座っている。
決して広くないコタツの中では、誰の足か分からない8本の足が、ぶつかりながら同居していた。
「騙してごめんね♪」
隣に座る褐色肌の幼女は、ちゃめっ気たっぷりな笑顔で、手のひらを合わせて謝罪する。
偽ルカの正体は――ルカの母親だった。
ルカが溜め込んだ魔力で被災地を復興するために異世界へと帰ったタイミングを見計らない、こっそり1人でこっちの世界に来たのだと――彼女は白状した。
その理由は――
「だって、わたしもたいよう君に会いたかったんだも~ん」
――とのことだった。
「だってねぇ、ルカちゃんったら、帰ってくるなりずっとたいよう君のことばかり話してるのよ。母親として気になってしまうのは、当然のことではないかしら?」
「ん。お母さん、たいようとくっつきすぎ」
「あらあら~♪」
ルカの母親――ルナさんは腰を浮かしながらコタツを移動して、俺の隣にやってくると、俺の腕を掴んで肩に頭を預けてきた。
それを見かねたルカが、ぷりぷりと怒りながら俺とルナさんの間に割り込んで引き剥がしてくる。
「たいように、加齢臭、擦り付けないで、くちゃい」
「加齢臭はしてないと思うのだけれど!?」
ルカのノンデリ発言にショックを受けるルナさん。
割り込んだルカは、俺に付着したルナさんの匂いを、自分の匂いで上書きするように、俺の腕にがっしりとしがみついていた。
「マルガレーテちゃん、わたし、臭くないわよね?」
「は、はい、馥郁とした若花の香りかと存じます」
「ん。マルガレーテ、嘘つかなくていい」
「い、いえ……代々巫女様の神官長を務める家系の当主として、先代の巫女たるルナエルナ様に嘘はつけませぬ」
巫女に仕える神官という立場上、両方の肩を持たざる得ないマルガレーテはたじたじとしていた。
「しかし、まさかルカのお母さんだったとは……似すぎだろ」
「でしょ~♪ ルカちゃんは母親似だから」
「いや母親似とかいう次元じゃないだろ。クローンかと思ったわ。っていうか、銭湯ではちんちんがあったはずなんだが……?」
「あれは咄嗟に魔法で作ったのよ。旦那のを参考にして」
「(どおりでいつもより大きいなと思った訳だ)」
ん?
ってことは俺……ルカと勘違いしていたとはいえ、妙齢の既婚者を銭湯の男湯に入れたことになるのか?
だ、大丈夫かな? 向こうの世界でなんらかの罪に問われないだろうか……?
恐る恐る、ルナさんの方を見ると――
「先代巫女を辱めた責任……取ってね?」
「ひいいいいい!?!?」
――ルナさんはルカに似たジト目を更に細め、まるで獲物を狙う肉食獣のように、妖艶な舌遣いで唇を舐めていた。
「だ、だって、あの時はまだルカと勘違いしてて……」
「太陽殿、何の話をしているのだ?」
マルガレーテが訝しげな視線を向けてくる。
もしルナさんと一緒に風呂に入ったことがバレれば、俺の首もしくはちんちん(またはその両方)が一刀に付されてしまうだろう。
「いやっ! 何でもないです!! 俺達の間には何もなかったです!! 仲良くコロッケ食べただけです! 紅とか弾いてません!」
「あれはもう実質(SE)X (in) JAPANだったわねぇ。旦那にもあそこまで激しくされたことなかったのに///」
「(いやもう本当勘弁してください!)」
頬をぽっと染めながら、ポンチョの上からあばら骨をなぞるルナさんに、目線だけで必死に謝罪する。
ルナさんに、俺の必死の謝罪が伝わったのか、いたずらっ子な笑みは浮かべたものの、仔細をマルガレーテに報告することは勘弁してくれた。
「それじゃあたいよう君は、いったいどうして、わたしがルカちゃんじゃないって、気付いたのかしら~?」
ルナさんは話題を変えるように、俺に話を振る。
「あー…………匂い?」
「「「…………」」」
ルナさんも子供特有のミルクみたいな良い匂いがしたが、ほんの少しだけルカの匂いとは違った。
毎日重なり合うように寝ているからこそ気付けた、些細な違いで――
「って!? なんだその目は! やめろやめろ! 変質者を見るような目を向けるな!!」
3人から批難の目を向けられる。
もしここに番台ギャルがいれば、「キモ」と冷たい言葉を吐き捨てられていただろう。
そんな目だった。
いや――自分でも思ったよ。
匂いで判別するの、ちょっとキモいなって。
あ。ちょっとじゃないですか?
かなりキモいですか?
はい。すみませんでした。
「まあでも――合格よ」
沈黙を破るように、ルナさんが明るい声を出して場の空気を変える。
助かった……。
「合格?」
「ええ。たいよう君になら、ルカちゃんを安心して預けられるわ」
「今日1日ルカの振りをしていたのは、俺がルカの保護者に相応しいか、テストするため……ってコトすか?」
「いや、若い男の子とデートしたかったのが本音ね」
「おい」
「それに、わたしもこっちの世界の文化に興味があったのよ。転移ゲートを繋げた者としてね」
「転移ゲート?」
そう言うとルナさんは、顔を蕩かせながら、コタツテーブルの上に頬を預けた。
「このコタツってやつ……昼間は冷たかったけど、今は温かくて気持ちいいわ~」
「ん。わかる」
――ぽわぽわ。
俺とデート? していた時も頻繁に光っていたが――ルナさんはコタツの魔力に魅了され、その心地よさにぽわぽわと全身を発光させていた。
同調するように、ルカもまたほっぺたを押し付けるように脱力している。
「やっぱその体質もルカと同じなんですね」
「まーねぇ♪ ま、わたしはもう、ルナちゃんみたいな大魔法は使えないけどね~♪」
「それって、どういう意味ですか?」
「聞きたい~? 敬語をやめてくれたら、教えてあげるわよ~」
「普通逆では?」
「たいよう君には、ルカちゃんと同じ態度で接して欲しいの~」
「わ、分かったよ。ルナ」
「んふ♪ それじゃあ教えてあげる~♪」
ルナさん――改めてルナは、テーブルの上に頬を預けたまま、巫女の血族について解説してくれた。
曰く――
①巫女の一族は肉体が魔力で構成されているので、膨大な魔力貯蔵量を秘めていること。
②幸福を感じることで魔力が溜まること。
③巫女の血族のみが扱える、魔王を封印する超魔法が使えること。
「(ここまでは、俺が既に知っている情報だ)」
ルナは更に、俺の知らない情報を明かす。
④魔王を封印する魔法は、生涯に1度しか使えないこと。
⑤先代巫女であるルナは既に、魔王封印の魔法を使ってしまっていること。
⑥故に――息子であるルカに巫女の座を継承させたこと。
しかし、ルカが溜め込んだ魔力では魔王を封印するのに必要な魔力が足りないこと。
そこでルナは、魔力を溜めるのに適した異世界とゲートを繋ぐ魔法を発動したらしい。
1度ゲートを繋げば、その座標であれば容易に行き来できるが、最初に繋げる作業に、かなりの魔力を必要とするらしい。
そこでルナは――足りない魔力を補うために、自身の魔力貯蔵量を削り、我が家のトイレと向こう世界を繋げた――とのことだった。
「(ゲームで言うと、MPが足りないから、MPの最大値を削ることで無理やり魔法を発動させた――って感じか?)」
「おかげでもう簡単な魔法しか使えないし、寿命もかなり削れちゃったんだけどね~」
俺だったら、ラスボス戦以外では絶対に使いたくない作戦である。
これがゲームではなく、現実の話ならなおさらだ。
そんなの、自分の生命力を削っているようなものじゃないか。
しかし俺の心配とは裏腹に、彼女はあっけらかんとしていた。
「ま、結構長生きしたからもういいかなって。わたしね、たいよう君が思ってるよりずっとおばさんなのよ?」
「もしかして、巫女の血族って、歳を取らないのか?」
「うーんとね、老けようと思えば老けられるわよ。でも、わたしはこの体が好きだから、ずっとこのままなだけ」
曰く――巫女は自分の肉体を魂に記憶させることで、魔力を消費して肉体の損傷を修復する魔法が常に働いている。
そしてそれは、成長・老化さえも止めてしまうものらしい。
巫女はだいたい10歳くらいになると、肉体の記憶を更新するのを止めてしまうのだとか。
歴代巫女の記録を振り返った結果、これくらいの年が、1番他者からの庇護を受けやすいんだとか。
「(ってことは、ルカも……ずっとこのまま成長しない、ってことか?)」
「ま、ルカちゃんの場合、そうはいかないけどね」
「っ……!?」
俺の疑問に答えるようなルナの一言に、ルカは怯えるように肩を震わせた。
「それって?」
「ルカちゃんは男の子だから」
そう言ってルナは続ける。
「今のままだと、まだ子供作れないからねぇ。ルカちゃんはもう魔王を封印する魔法使っちゃったし、次世代の巫女を作ってもらうためにも、〝精通〟できる年齢まで大きくなってもらわないと」
「ってことは、ルナは……」
「うん。この体でルカちゃんを産んだのよ」
「結構な難産だったろ……」
「ま、初潮は迎えてたから、あとは根性で」
ルカ達の世界の歴史は、魔王との戦争の歴史。
巫女が封印しても、時間と共に劣化していき、いずれ魔王は復活してしまう。
そのたびに、その世代の巫女が魔王を封印し続けなくてはならない。
故に――魔王を封印した巫女が、次代の巫女を産むことは、最優先事項なのだという。
魔王を封印したと思ったら、すぐに封印が解けた後のことまで考えないといけないとは、異世界人は大変だな……。
「…………」
「(……ルカ?)」
俺と共にルナの話を聞いていたルカは、どういう訳か、憂いを帯びた悲し気な表情のまま、どこか怯えるように、肩を震わせ続けるのであった。
***
ルナから巫女の秘密を聞いた後、4人で夕飯を取る運びとなった。
今晩の献立はコロッケとメンチカツだ。
ルナがルカを偽っていたことは、なんとなく気付いていたので、本物のルカのために、コンビニで冷凍コロッケとメンチカツを買っておいたのである。
マルガレーテはこっちの世界の食べ物を食べるのは初めてのようで、「うまい……うますぎる……!!」と涙を流してコロッケに塩気を足していた。
冷凍コロッケでこのリアクションなら、夕陽の手料理食べたら「うまいぞ――――!!!!」って口からビーム吐いちゃうんじゃないだろうか?
昔のグルメアニメみたいに。
ちなみにルカはコロッケにもケチャップ派だ。
この世界に来て最初に食べた料理がオムライスだったせいで、今では立派なケチャラーとなってしまった。
んで――夕飯も終わり、ルナとマルガレーテは便器を潜って元の世界に戻り、ルカと2人きりになる。
「そろそろ寝るか」
「ん」
布団を敷いて横になると、ルカが俺の懐に潜り込んできた。
ルナのものとは少し違う、懐かしいミルクの匂いが、俺の鼻孔を満たす。
「ルカ、向こうの世界でなんかあったか?」
「…………ん」
電気を消した暗闇の中、ルカに問いかける。
ルナの話を聞いていた時、ルカの様子が少しおかしかったのが、俺はまだ気になっていた。
しかしルカは俺の質問に答えてくれず、ぎゅっと、俺の胴体に体をすりよせるだけだ。
俺に心当たりがあるとすれば――ルナの言っていた、次の巫女を作る準備、についてか?
「言いたくないなら、いいんだけどさ」
「ん……ねぇ、たいよう。もし、もしぼくが……」
「ああ、なんだ?」
「ん……やっぱ、なんでもない……」
「そっか。じゃあ、俺も無理に聞かないよ。言いたくなったら、教えてくれ。いつでもいいから」
「…………ん」
その言葉を最後に、沈黙が流れる。
胴体に覆いかぶさる湯たんぽを抱きしめながら、ゆっくりと眠気に身を任せるのであった。
おやすみルカ。
また明日。
「もし……ぼくが大人になって……可愛くなくなったら……たいようは、ぼくのこと……嫌いになっちゃう?」




