27 ルカ先生の異世界語講座
今回もしょうもないギャグ回です(←いつもだろ)
ルカとパンツを巡る鬼ごっこを繰り広げた日の夜。
焼けつくような昼間の猛暑もマシになり、全開にした窓から見える月に見守られながら、夕飯を摂っていた。
今日の夕飯はルカの好物のオムライスだ。
「ふんふんふん♪」
昼間のルカは、俺がパンツを無理やり履かせようとしたことで、まるで人間に無理やり洗われた後の猫みたいに警戒し、押入れの中で籠城してしまった(ちゃっかりとスマホを確保しながら)。
しかし時間と共に機嫌も治り、今ではすっかりニコニコ顔で、オムライスに追いケチャをしている。
ケチャップで何かしらの文字を書いているようだ。
異世界語みたいで読むことは出来ないが。
差し詰めスマホから得た情報で、オムライスにはケチャップで文字や絵を書く文化を学んだのだろう。
「なぁルカ。パンツのことなんだが……」
「っ!?」
パンツ――と口にした瞬間、ルカの肩がピクりと跳ねる。
そんな〝病院〟って口にした瞬間怯えだす猫みたいな……。
「そこまで嫌なら、普段はノーパンでもいいよ。でもせめて、夕陽(妹)が遊びに来た時だけは履いてくれないか?」
万が一、夕陽にルカのノーパン姿を見られたら、夕陽から失望されて絶縁される可能性がある。
『まさかお兄ちゃんは可愛い男の子に、女の子の服装と髪型をさせて、しかもノーパンで過ごさせるのが性癖だったなんて……お兄ちゃんには失望したよ。もう2度と私の前に現れないで。でも毎月の仕送りはちゃんと続けてね』
――なんて事を言われたら、俺はもう生きていけない……!
ちょっとだけシスコン気味の俺からすると死活問題なんだ!
「だから頼む!」
「ん。履けたら履く」
「そんな〝行けたら行く〟みたいな……!」
それに〝行けたら行く〟って言ってる奴が、本当に当日来たパターン見たことないぞ!
「ん。ワンチャン履く」
「それも履かないパターンだろ!」
なんて強情な奴なんだ……。
次回夕陽が遊びに来た時に、チンチラ(〝ちんちんがチラリ〟の略)しない様、いつもより丈の長い服を用意しておく必要がありそうだ。
「ってか、〝履けたら履く〟とか〝ワンチャン〟みたいな言い回し、よく知ってるな」
本来とは逆の意味を持つ言い回しや若者言葉の略語を、翻訳魔法があるとはいえ、日本生活2ヶ月の異世界人が使いこなせる表現とは思えない。
もしかすると、そういう慣用句とか四字熟語とかも、自動的に向こうの世界に似た言い回しに変換されて聞こえているのだろうか?
何かテストしてみるか。
検証に丁度いい言い回し、何かないものか?
その時丁度、窓の外で淡く輝く満月が目に入る。
「ルカ。〝月が綺麗ですね〟って、どういう意味か分かるか?」
「ん。好きな人に告白するときの言葉」
「それってこっちの世界に来てから覚えたのか?」
「ん」
この〝ん〟は否定の意だな。
どうやらこの手の言い回しは、自動的に翻訳されているっぽいぞ。
「たいよう、ぼくの世界の言葉、興味ある?」
「ああ。ちょっとな。ルカの世界の言葉で会話できたら、ちょっと楽しそうだし」
誰かにルカの正体を探られそうな時、異世界語で話せば先方にバレずに作戦会議も開けるしな。
「そうだ。なんか異世界語で喋ってくれよ」
「ん。おーけー。◆◆◆◆◆◆◆」
「ダメだ。全然わからん」
地球人の舌でも発音できる音ではあるが、この世界の言語のどれとも似ていない――気がする。
俺は日本語しか喋れないから知らんけど。
「もっと簡単で、1語で成立する言葉とかないか?」
「ん。丁度ごはん食べてるし、食事に関する言葉、教える」
「おお。それはいいな」
海外旅行に行くときも、挨拶と感謝と食事に関する言葉を覚えればなんとかなるって言うもんな。
「まず、ぼくの世界では、滅多に1人でごはん食べない。知らない人でも、一緒にごはん食べる」
「ほえー」
魔王の脅威によって、人と人が協力しなければすぐに死んでしまう環境だからだろうか?
「たいようの世界、ご飯の時、両手を重ねる。でもぼくの世界、ご飯の前、杯を持って、一緒に食事をする相手の杯と、軽くぶつける。そして〝いただきます〟って言う。〝いただきます〟は〝ウェーイ〟って発音する」
「ノリが大学生か」
ま、まぁ仲間意識は強くなるだろうな。
覚えやすいし。
「ん。ごはんが美味しい時、感謝を伝えたい時は〝パナイッテ〟って言う。つい口から出ちゃった時は〝パナい〟 って言う」
「ひと昔前の大学生かよ」
「ん。最近の若者の間では、代わりに〝エグイッテ〟とか〝エグいて〟って言う」
「最近の大学生かよ!」
それはもう完全に文系大学生の飲み会のノリだろ。
ていうかなんで文系大学生は文系なのに語彙が貧弱なんだよ。
「なんか俺も異世界行ってもノリでなんとかなりそうな気がしてきたな」
結構簡単なんじゃないか? 異世界語。
第二言語を異世界語を選択するのもアリな気がしてきた。
「他になんか汎用性の高い言葉はないのか?」
「ん。〝ありがとう〟はかなりこっちの言葉と発音が近い。〝アジャッス〟っていう」
「やる気のないコンビニ店員かよ」
「丁寧に〝ありがとうございました〟っていう時は〝アジャジャシタ〟って言う」
「もう完全にやる気のないコンビニ店員じゃねーか!」
これもう異世界語習得したようなもんだろ。
異世界人、かなりノリで生きてるんじゃないだろうか……?
「法則が掴めてきたぞ。そうだな……〝こんにちは〟は〝チョリーッス〟だろ?」
「…………? ん。全然違う」
「あ、はい。すみません」
ですよね。
っていうかなんだよ〝チョリーッス〟って。
もはや死後だろ。
なんか恥ずかしくなってきたじゃんね……。
しかしそうなると、最初にルカが言った言葉が気になってきたな。
「それじゃあ、最初にルカが言った言葉って、どういう意味だったんだ?」
「ん……///」
するとルカは、急に歯切れが悪くなる。
褐色の肌は色の変化が分かりにくいが、それでも一日中一緒にいる俺は、ルカの頬が赤く染まっていることを見逃さなかった。
「ん……凄い下ネタだから……秘密///」
「エグイって!」
***
【三人称】
――日付が変わった深夜帯。
ルカと太陽が住むボロアパートは、暗闇に包まれていた。
完全に開け放たれた窓から入り込む風が、カーテンを煽り、時折入り込む月光が室内を照らしている。
「ん。たいよう、たいよう」
――ぺちぺち。ぺちぺち。
暑さよりも安らぎを選択したルカの方針で、同じ布団で同衾している2人。
ルカは下腹部を襲う尿意によって目を覚ます。
モゾモゾと上体を起こすと、太陽の頬をぺちぺちと叩いた。
「んぁ……なんだルカ……おしっこかぁ?」
「ん」
「ったく、しゃーねぇなぁ……」
今日も仕事で朝が早いというのに、太陽は無理やり起こされたにも関わらず、嫌な顔せず眠気眼を擦ると、ルカと共にトイレへ足を運ぶ。
――ちょろちょろちょろちょろ。
「ふわああああぁ……終わったかぁ?」
「ん。まだ」
目を閉じて、半分寝た状態の太陽のシャツを掴みながら、ルカは用を足していく。
ルカは唯一魔王を封印することが出来る、特別な魔法を扱える血族の末裔だ。
膨大な魔力貯蔵量を誇る反面、その肉体は非常に脆弱である。
そんなルカの先祖は、生存戦略として、他者の庇護欲をそそる容姿と愛嬌を代々引き継いできた。
たった数メートル先にあるトイレにさえ、1人で行けない臆病さも、その生存戦略の副産物と言えた。
1人では絶対に生きていけない。
だが――誰かがいれば、誰かが必ず助けてくれる。
太陽の世界の言葉で表現すれば、〝天性の人誑し〟と呼べるだろう。
そうやって今日まで血統を残し続け、〝巫女〟という地位を確立したのであった。
「(でも……たいようは、その中でも、特別)」
ルカの時折見せるワガママさや厚かましさもまた、限られたの資源を少しでも多く自分のものにするために、先祖から遺伝したものである。
だが――天性の人誑しにも限度がある。
どれだけ寛容な相手でも、時には遠慮を覚えないと、庇護者の堪忍袋の緒が切れ痛い目に遭う事もある。
しかし、太陽はどれだけルカが甘ったれた要求をしても、いつも自分を優先してくれる。
それは――ルカに特別な感情を抱かせるに、十分過ぎる理由と言えた。
だから――
「ん。終わった」
「んじゃ寝るぞぉ……くわあぁぁ……」
――ルカは太陽と共に、同じ布団に潜り込む。
「ん。たいよう……寝てる?」
「ぐぅ……がぁ……zzz」
ルカは太陽の顔を覗き込み、完全に二度寝したのを確認する。
すると――形の整った薄い唇を、太陽の耳に近づけ――そっと囁くのであった。
「◆◆◆◆◆◆◆」
夕食の時――最後まで意味を明かさなかった、ルカの世界の言語を。
カーテンの隙間から覗く綺麗な月が――そんな2人を優しい光で見守っていた。
ルカが最後に囁いた言葉の意味を、作中で説明してしまうのはセクシーではないので、あえて明かさずに隠喩だけで表現しました。




