01 我が家のトイレが異世界と繋がった件(★イラストあり)
本作品は挿絵にAIイラストを使用しております。
「なんで休みの日にまでトイレ掃除しないといけないんだっつーの……」
ゴム手袋越しに掴んだブラシで、便座の表面を丁寧に磨いていく――日曜日の夕暮れ時。
自宅(築40年木造賃貸。都内家賃3万円)のトイレを使う人間なんて俺しかいないのに、文句を垂れながらもしゴシゴシと丁寧に磨いてしまうのは、職業病というやつだろうか?
「よーし、こんなもんでいいだろ」
ゴム手袋をひっくり返すようにして、洗剤が皮膚につかないようにしながら、ポリバケツの中に入れる。
手袋をはめていた時は、洗剤が皮膚に触れないように気を使っていたので、久方ぶりに額の汗を拭うと気持ちがいい。
そのままレバーを〝大〟の方に捻って、モコモコの泡を下水に流す。
「さて、良い汗かいたしそろそろ銭湯行くか」
――キラキラ。
――キラキラキラ。
「ん? なんだ……なんか、水の色おかしくねーか?」
渦を巻きながら洗剤を流していく水の色が、いつもと違う。
いやいやいや!
明らかに違う!
なんかすげー虹色というか、明るいまだら色だもん!
東京の水道局は日本で一番丁寧に浄水してるって聞いたけど、これはおかしい!
工場の近くの水たまりに張ってある、虹色の油膜みたいなものが、便座から溢れるギリギリまでせりあがってきている。
「まずいまずいまずい溢れる! ウルトラQのタイトルコールみたいな色してる水が溢れる!」
……。
…………。
………………と、思ったが。
虹色の油膜は溢れることはなかった。
便座ギリギリのラインで止まっている。
しかもよく見ると、油膜というか、なんか……アニメとかでよく見る異空間? とでもいえばいいのか、ワームホールの入口みたいに見える。
そして――俺のその予想は、見事的中するのであった。
――ひょっこり。
そんな擬音が似合うような感じで。
虹色のワームホールから出てきた。
小さい銀色の頭頂部が。
一瞬モップのようだと思ってしまったのは、やはり職業病というやつだろう。
「ん……繋がった」
銀色のモップ――改めて、銀色の髪は更にせりあがって、小さい顔が出てくる。
「っ!?!?」
――綺麗な顔だ。
どう考えてもあり得ない状況にも関わらず、真っ先に出てきた感想が〝顔〟の造形だった。
それ程までに、様々な驚きを押しのけて、脳裏の一番上にくるまでに――綺麗だった。
サラサラと電球の照明を反射して輝く、艶やかな銀色のストレートヘア。
アラビアンな印象を抱かせるきめ細かな褐色の肌。
まるで宝石みたいな紫色の瞳。
歳は……小学生くらい? 10歳とかそこらの。
「ん……よっこい、しょ」
東南アジアとか中東あたりの外国人? ……の幼女は、ついに全身を俺の前に晒すと、トイレの床に降りたった。
大きなポンチョ? フードのないローブ? みたいな、ゆったりとした布をまとっていた。
「だ……誰!?」
「ルカ様! ご無事ですか!?」
「うわ……もう1人出てきた」
再びひょっこり。
今度は長い金髪をポニーテールに結んだ20代前半くらいのお姉さん。
肌は白く、鼻が高い。
ヨーロピアンな印象を抱く白人美女だ。
恰好はプレートメイル。
コスプレイヤーかな?
ガシャガシャと金属が擦れる音がするので、コスプレ衣装ではなく本物みたいだ。
ただでさえ狭いトイレに、大人2人子供1人は狭すぎる。
もうギチギチだ。
「マジでどうなってんだ……まさか異世界と繋がったワームホールじゃねぇだろうな……」
もう何が何やら。
一旦いくつかの仮説を立てて、思考を整理しよう。
①近所の工場がなんかやべー薬品を下水に流し、なんやかんやあって上水と混ざって我が家のトイレが詰まった……と、同時にコスプレ外国人がトイレの配管を伝って俺の部屋に侵入してきた。
②異世界転移アニメよろしく、別世界のゲートから異世界人がやってきた。まあ、この場合は異世界→日本なので、逆異世界転移だけど。
「①か②なら……②の方が現実味あるよなぁ」
トイレの配管から人間が濡れずに通ってくるよりかは、説得力がある。
こちとら平成2桁生まれ。
物心つくころからファンタジーアニメに触れて育ってるんだ。
どっちを受け入れられるかと言えば、②の方に天秤が傾いてしまうのは仕方のないことだろう。
「えーと、異世界から来た人ですか?」
「ん……凄い。なんで分かったの?」
「おお! そこまで予測がついているとは、説明の手間が省けて僥倖だ! そこの御仁、悪いがこの世界で巫女様の世話をお願いできないだろうか!」
「いやいやいや、それはそれとして説明はいるから」
「ん……お世話になります」
――ぺこり。
「いや〝ぺこり〟……じゃねぇよ! なんで既に決定事項みたいになってんだよ!」
「くっ! 時間がない! 故にかいつまんで説明させて貰う!」
金髪ポニーテールのお姉さんはそう言うと、まくしたてるように説明を始める。
「我々は異世界からやってきた者だ!
我々人類は、魔王と魔王が率いる魔物と戦争をしている!
魔王は巫女様の使う特別な魔法でしか封印が出来ない!
ここにいる御方が件の巫女、ルカエルカ様だ!
しかし魔王を封印するには魔力が足りない!
巫女様の魔力は特別で、幸福を魔力に変換する仕組みになっている!
つまり巫女様に幸福感を得てもらう必要があるのだ!
だが我らの世界は魔王による侵略で混沌と化し、到底人が笑顔になれる状況ではない!
そこで我ら人類は最後の希望として別世界へとゲートを繋ぐ転移魔法を発動させたのだ!
巫女様の魔力を溜めるのに最も適した世界を探した結果、この世界のこの国に辿りついた訳だ!
そういう訳で、巫女様の魔力が溜まるまで、巫女様の面倒を見ては貰えないだろうか……ぜぇぜぇ!」
「うわ、一息で全部説明した」
毎クール最低1つは異世界アニメを見ているので、すげー早口だったけど辛うじて理解できた。
相当切羽詰まっているのが、気迫から伝わってくる。
「そ、そうは言ってもな……」
こちとら月収手取り18万で生活しているフリーター。
自分の食い扶持を稼ぐだけでも大変なのに、ガキを居候させてくれというのは、経済的に厳しいって。
俺の脳内にいるメンズコーチも〝NO〟を出している。
「他を当たってもらえますか――」
――ね?
と言おうとした、その瞬間。
「ギャオーーーー!」
俺の言葉を遮るように、未だ便座上に展開しているワームホールから、バケモノの上半身が飛び出してきた!
「くそっ! 魔物めっ! 巫女様の命を狙ってゲートを潜ってきたか! 巫女様は私が守る!」
ポニテのお姉さんはそういうや否や、腰に佩いた剣を抜剣。
おぞましい見た目をした魔物の首を刎ねた。
「ひえええええーーーー!」
思わず情けない悲鳴をあげてしまう俺。
一刀両断された魔物は、そのまま粒子となって消えていく。
良かった……肉片や体液を撒き散らすタイプじゃないみたいだ。
折角掃除したばかりなのに、また汚されてはたまったものではないからな。
いやいや、部屋が汚れることよりも、命の危機だよ!
「ちょっとちょっと! 一旦そのゲート閉じてくださいよ!」
「無理だ! 高度な計算が必要なため、我らのいた世界からゲートを繋げることは出来るが、こちらの世界から我らの世界へゲートを繋ぐことは出来ないのだ! 貴殿が首を縦に振るまでゲートを閉じることはできぬ!」
「いやでも――」
「ギャオーーーー!」
「ぎゃあああああああ!!」
断ろうとするも、再び強面の魔物が便座から登場。
ポニテのお姉さんが剣でやっつける前に、魔物は大きく口を開けると、口内に黒いエネルギーを溜めだした。
ゲロを吐こうとしている……訳じゃなさそうだ。
なんかバチバチと火花散してるし、魔力によるエネルギー光線的なアレだろう。
ゲロの処理なら仕事柄馴れているが、エネルギー光線の対処に関してはずぶの素人だ。
「ギャオーーーーン!!」
「危ないっ!」
エネルギー光線が俺の頭部を貫く――直前。
件の褐色銀髪美少女――異世界の巫女が、俺の腰にタックル。
俺は尻もちをつき、コンマ数秒後――さっきまで俺の頭部があった位置を、エネルギー光線が通過する。
――バリ――――ン!!
後ろを見ると、光線は背後の窓ガラスに直撃。
デカい穴が空いていた。
「賃貸なのに!」
大家さんに怒られる!
改めて正面を見ると、女騎士のお姉さんは光線を放った魔物の首を刎ねていた。
しかし――休む間もなく3匹目が顔を出す。
「分かった! 分かったから! 面倒見るから! だからゲート閉じてくれ!」
このままだと最悪死ぬ。
良くても自宅が壊れる。
ただでさえボロいアパートだ。
柱とかに当たったら倒壊する可能性がある。
こんなボロいアパートでも、資産価値は1000万はあるだろう。
そんな賠償金払える訳がない。
「それは助かる! では後は頼んだ! 落ち着いた頃にこちらから連絡する! ルカ様のこと頼んぞ!」
女騎士は次から次へと湧いてくる魔物を殺しながら、そのままゲートにダイブ。
少女を残し、ゲートは閉じてしまった。
「これもうやり口がヤクザと同じだろ……」
殆ど脅しだったじゃんね……。
「…………ま、こんだけのモン見せられたら、信じるしかねーわな」
「ん……お世話になります」
未だ俺の腰に乗っている銀髪幼女は、取り乱してばかりの俺とは打って変わって、終始クールな表情のまま、俺にそう言ったのであった。
首を下方へ傾ける。
そこには、将来は絶世の美女に成長することが約束された美少女の顔。
表情が乏しいのもあいまって、本当に人形みたいだ。
それに柔らかくて温かい。
人肌に触れるのは、いつ振りだろうか。
この体温の熱が。
この柔肌の弾力が。
この子が人形ではなく、俺と同じ生きた人間であり、そしてこれが夢でも幻覚でもなく――現実であることを物語っていた。
「はぁ……まぁ……なんだ……半ば押し付けられたようなもんだけど、乗りかかった船というやつだ。これからよろしくな。えーと、名前は……」
「ルカエルカ……ルカって呼んで欲しい」
「俺は日比野太陽。日比野は苗字、太陽が名前だ。よろしくな……ルカ」
すると異世界の巫女――ルカは、受け入れて貰えたことが嬉しかったのか、初めて人形のようなクールな表情を綻ばせ、可愛らしい笑顔を作る。
「んっ……よろしく、たいよう」
「っ……///」
ただでさえ、「可愛い顔だなー」と思っていたのに、こんな笑顔見せられてドキっとしてしまった。
「(変な気を起こそうとするなよ日比野太陽)」
自分に言い聞かせる。
現代日本では女児に手を出したら犯罪だし、そうでなくても女騎士にバレたら、あの魔物みたいに俺の首は胴体から切り離されてしまうだろう。
俺は〝美少女とひとつ屋根の下で同居〟というシチュエーションに下心を抱いて彼女を受け入れた訳ではない。
魔物に殺されそうになって、半ば選択肢がなかったのだ。
決してロリコンではない。
勘違いしないで欲しい。
「とりあえず……目下の問題は……割れた窓と、1人暮らし用のアパートで同居人が増えたことを、大家さんにどう説明するか……だな」
「ん……?」
俺の苦労を知ってか知らずか、ルカは細い首をこてん、と傾けるのだった。
かくして、異世界からやってきた美少女との同居生活が、幕を開けるのであった。
だがしかし。
これからから始まる褐色銀髪美少女との同居生活。
そんな生活は、今から数えて30分後に早くも終結することになるのを――現在の俺は知る由もないのであった。




