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帰還

宇宙船〈ヒナギク13号〉は、ゆっくりと日本列島コロニーの周回軌道へと滑り込んでいく。6度目の帰還――地球時間では、実に3年と9ヶ月ぶりだった。

窓の向こう、青白く輝く重力リングの端を見つめながら、ハルオは無言で座っていた。


「おかえりなさい、ハルオさん。今回も順調な帰還です。地球側の時間では、前回からおよそ3年と9ヶ月が経過しています」


「……ああ。ありがとう」


「主観時間では2ヶ月と11日。時間差の倍率は今回もかなり高めですね」


「もう慣れたよ。……“ウラシマさん”だもんな」


ツバキは控えめに微笑む仕草を見せた。「そう呼ばれることについて、不快感はありますか?」


「別に。まあ事実だしな」


「では、最新の地球ニュースを再生しますか? ユルダ=オル関連の報道が多いようです」


「ああ、頼む」


正面のディスプレイに、ニュース番組が再生される。AIアナウンサーの無機質で滑らかな声が響いた。


《今年で地球=ユルダ=オル外交樹立から38年が経過しました。現在、銀河商議会監察官のルオ=カン・ネフィル大使が、系外商業ステーション“ピルヴァ第6環”を訪問中。今回の視察には日本列島コロニーの代表団も同行しています》


映像には、光沢のある金属質な皮膚を持つ異星人が映る。三対の眼で冷静に語るその様子は、どこか聖像のような静謐さがあった。


ハルオはそれを見ながら、無意識のうちに前世の記憶を思い出していた。あのころ――2020年代の地球には、当然ユルダ=オルなんて存在しなかった。宇宙も、FTL航行も、人工子宮も、AI統治も、すべてフィクションの中だけの話だった。


だが今、自分はそうした“かつての空想”に囲まれて日常を過ごしている。前世の感覚が完全に消えることはない。異星人の外交官がニュースで報じられ、AIが食事を配膳し、何年も前に別れた地球の友人と数日後にまた出会う――そんな現実の中に、自分は確かに生きていた。


『本当に、転生なんてあるんだな……』


誰にも話せない独白が、ハルオの胸の奥で静かに反響していた。



---


貨物ドックの引き渡しポイントは、以前にも増して自動化が進んでいた。誘導ドローンが無音で滑り、赤外線タグを自動認識して荷をさばいていく。人間の作業員は、すでにオペレーターというより監査者に近い立場になっていた。


ハルオはタブレットを確認しながら、引き渡しエリアの中央に進み出た。そして、周囲に向けて適切な声量で呼びかける。


「すみません、4012番の貨物、集荷に伺いました。受け取りのご担当の方、いらっしゃいましたらお願いします」


「はい、4012番……こちらでお間違いないです……って、えっ? お前、ハルオか!?」


書類を確認していた中年男性が、ふと顔を上げて目を見開いた。


「……森下?」


「うそ……マジでハルオか!? うわ、なんだよ全然変わってねえじゃねえか!」


「いや、そっちが変わりすぎなんだって。全然気づかなかった」


その後ろから、若い新人が顔を覗かせる。「知り合いですか?」


「知り合いも何も、昔の同級生だよ。っていうか、マジで若いな、お前……」


「ウラシマさんだからな、俺」


「そりゃそうだけどよ、実物見るとインパクトあるな……」


引き渡しの業務を終えた後、森下は「せっかくだから、昼でも一緒にどうだ?」と誘い、3人で空港ターミナル内のレストランへ向かった。



---


レストランは、宇宙港らしく無機質な内装だが、壁面には過去の有人航宙の歴史を描いたパネルがずらりと並んでいた。窓の向こうでは、小型シャトルが次々と発着している。


飲み物が運ばれ、ハルオの目にふと、炭酸がはじけるグラスが映った。新人が頼んだコーラだった。


「……ああ、なんか懐かしいな。森下、覚えてるか? 昔、理科室裏でさ。お前がコーラこぼして、教科書びしょ濡れにしたとき」


「おいおい、それ俺の黒歴史だぞ。あれで教科書使えなくなって、代わりにお前のノート借りてテスト乗り切ったんだよな」


「で、そのテストの範囲、お前がノートにメモってたところ、まんま出たんだよな」


「まさかあれが役に立つとはな……っていうか、まさか今になってその話されるとは思わなかった」


「懐かしいよな。もう30年近く前か」


「俺の中じゃそうだな。でもお前にとっちゃ、たった2年か」


「そう。俺、まだ新人扱いされることもあるよ」


新人がぽつりと口を開く。「……なんか、不思議です。自分と年齢ほとんど変わらないように見えるのに、全然違う時間を生きてるっていうか」


「でも、それが現実なんだよな。時間って、体感と地球時間で全然違うから」


「不思議なのに、ちゃんとここにいるっていうか……」


「俺もな、宇宙に行く人間ってもっと別世界の存在かと思ってた。でも、お前見てたら、なんか昔のままだなって思えたよ」


3人の会話は自然と続き、時間はあっという間に過ぎていった。地球に根差した時間を過ごしてきた森下と、銀河を飛び回るハルオ――その時間の差が、少しずつ互いの言葉で埋まっていくような感覚だった。



---


数日後、出港の準備を整えた〈ヒナギク13号〉のランプに向かうと、見送り用ゲートの端に森下の姿があった。


「また来たのかよ、森下」


「当たり前だろ。こういうの、大事にしたいんだよ。何年後になるか分かんねぇけど、また飯行こうぜ。コーラ付きでな」


「……たぶん俺にとっては、来月か再来月くらいの感覚だけどな」


「それでもいいさ。お前が無事に戻ってくるなら、それで充分だ」


「ありがとう。またな、森下」


宇宙船のハッチが閉じ、機体がゆっくりと浮上する。


ツバキが、側で静かに言う。「人間は、“待つ”という行為に意味を見出すんですね」


「ああ。たとえ数年待っても、また会えるって思えるなら――それは、けっこういいもんなんだよ」


ハルオは、遠ざかる地球を見つめながらツバキに答えた。

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