鉄板遭遇
道行く人や、これまで会った人達の服装からも判っていた事だが、この世界の服飾関係は、前の世界の水準を在る意味超えているような気がする。
前の世界でそれ程、服装に気を使っているという訳でもなかったが、最低限の身嗜みは整えていたので、ジャージで闊歩するという事はなかった。
それ故に、服はそれなりにお金が掛かると思っていた部分が在った、事実、前の世界でもYシャツ一枚に千円単位で掛かる事も在り、これも人付き合いの一貫かと思いながら友人の買い物に付き合って、涙ながらに数千円を見送りながら購入する事も多々あった。
しかし、この世界では、少し違った…。
それなりに良いものは高いのは当たり前だが、基本的に男でシンプルな服装を好む私が買い揃えた服はどれも、それなりの素材でそして安かったのだ。
シルクの様な手触りの滑らかなYシャツが三枚で10Zだとか…
確りした作りの下着が十枚で10Zだとか…
前の世界で買えば万単位で飛ぶであろうジャケットが10Zだとか…
余りの価格破壊に、二度三度と値段を店員に確認したのは、仕方のない事だろう。
結局私は、十数着の服を上から下まで新調し、下着も購入したのだが、それでも100Gと70Zと、今日稼いだ半分以上は飛ぶ覚悟をしていた分、拍子抜けした。
そして、結構な量になったので、宿に届けてくれるという店員に感謝しながら、店を後にしたのがつい先程なのだが…。
テンプレ乙が往くッ! 第六乙 鉄板遭遇
そもそもの発端は、この世界では普通でも私の価値観的に考えれば、良い買い物が出来たというのが私の心の度量を大きく広げていたのだろう。
だからだろう、こんな
「テンプレ乙」
「あぁぁん!?行き成りシャシャリ出て来てテメー!何訳のわかんねーこといってんだごらぁぁぁ!?」
―――今時、少年誌でも見掛けない気がする展開になっているのは…。
目の前には、青年と中年の狭間ぐらいの酒臭い男達3人、その男達と対峙している私の後ろには、三人の少女達。
そうなんだ…何処かの喫茶店-移動喫茶では在らず-で軽食でも食べて、探索装備でも新調するかと考えていた所に、目の前の男達が、後ろの少女達の1人に平手打ちを食らわせようとした所に割り込むという、テンプレ乙な展開を繰り広げてしまったのだ…。
「死にたい…」
「あぁぁぁぁん!?じゃあ俺さまが殺してやるよ!!!!」
ひゃっはーー!とでも言いたいのか、言語中枢に退行が見られる男A(仮名)がポケットからナイフを取り出してこちらを威嚇してくる。
しかし私は、そんな事を気にしている場合ではなく、自分がこれまで『テンプレ乙』と軽く見ていた場面を、他ならぬ自分自身で再現してしまった事に大きく凹んでしまっていたのだから…今の私の心境を表すなら『欝だ死のう…』これ以外にない…。
「テメー!無視してんじゃねーよ!?」
確かに、酔っ払いに絡まれている少女達を目撃したからには、放っておく事は流石にしない
それは神?から頂いたチート能力云々の前に、人間として当たり前の行動だ。
だからと言って、振り上げた男の手を掴んで―『何が在ったのか知らないが子供、それも女の子相手に手を挙げるのは、見過ごせない』―は無いだろう、私…。
常識的に考えて、遠くから声を掛けて周囲の注意を集めながら、近づいき警備の人間が来るのを待つのがベストだ。無駄に恨みを買う、今の行動は悪手…客観的に見たらさぞ寒い行動だろう…。
「テメェ!!!!おちょくるのもたいがいにしやがれ!!」
ヒートアップする酔っ払い、怒りに因ってだろうか?それとも血流が良くなってアルコールの廻りが速くなったのだろうか?顔は真っ赤になり、呂律も怪しく、手に持ったナイフで今にも切りかかって来そうだ。
私からすれば、チート能力の恩恵も有り、そもそも今日体感したゴブリン達との死闘の方が余程生きた心地がしなかった故に、自分を鑑みて落ち込むことも出来た。
しかし、助けに入った少女達。まだ幼いと言っても良い彼女達からしたら悪鬼羅刹の如くだったのだろう。小さく息を呑む音がする。
取り合えず、助けに入ったのは事実なのだ。ならば最後まで助けきらなければ…。
「あー済まなかった?いやこちらが謝る道理が在るかは、知らないが…」
そもそもどうしてこうなってるんだ?と少女達の方を向きたずねる。
茶髪のツインテールの子が、少し紫掛かっているロングヘアーの子を庇って、更にそれを金髪の子が庇っているという構図なので、自ずと、金髪の子が吼える。
「アイツらが、こっちは避けたのにぶつかって来たのよ!?跳ね飛ばされて、すずかが怪我したのに無視して行こうとしたのよ!」
打たれそうになっていたのも彼女だが、どうやら勝気な子のようだ、まさか酔っ払いに喧嘩を売るとは…。まぁ男共に過失があるのは十分に判ったのだが、無謀と言うか、何と言うか…。
~~~~~~♪~~~~~~~♪
そんな風にある意味関心していると、突然ポケットの中に仕舞っていた携帯電話が鳴る音がする。
「ガキがぎゃーぎゃーやかましいんじゃぁぁぁ!!!」
こんな時に何だ?と思いながらポケットに手を遣ったのが不味かったのだろうか?
それとも金髪の子が、言い分が余程気に食わなかったのだろうか?
そんな事を喚きながらナイフを持った男が突っ込んでくるのを切っ掛けに、他の男2人も突っ込んでくる。
悲鳴を挙げる少女達と周囲の人々。
しかし、結構な騒ぎになっているのに、未だ警兵は来ないのか?と嘆息しながら
「ガフッ」
振り返り、丁度突き出してきたナイフを持っている腕を流し、そのまま腕と襟首を持ち上げ、(一本背負いはこんな感じだったか?)と思い出しながら投げる。
地面に叩きつける寸前で、畳は畳でも、石畳だと思い出し、頭が落ちないように気をつけたが、男は白目を剥いて、沫を吹き伸びた…。
凍る空気…殴りかかって来ようとしていた残りの二人も、その場で足を止めていた。
「……凄い…」
目を丸くして驚いている風な、紫色の髪の子が呟くのが聞こえるが、そもそも高校時代の選択教科の一科目として受講していただけ、-それも二年生の時の1年間だけ-の私が、教師と柔道部員の模範試合で見ただけの技を適当に再現しただけなのだ、何処が凄いのか、周囲のこの空気は何なのか、少し私の理解が追いつかない。
「なのは!?」「すずか!!」「お嬢様!!」
「お兄ちゃん!」「お姉ちゃん?」「鮫島!」
どうやら保護者なのだろう、取り巻きに見ていた人の輪から、上から下まで黒服の青年とロングヘアーの女性、そして執事服の老人が出てきて三者三様に感動の再会シーンを繰り広げていた。
そんな凍った空気を打ち砕く、感動の再会シーンを余所に立ち竦んでいた酔っ払い二人は、伸びた1人を回収して逃げ出していたのだが、まぁここは戦場でも無いのだから追撃する必要も無いだろう…。見逃すことにした。
仕方なかったとは云えども、暴力を奮って仲裁したのだから、私も咎められる可能性が在るか?そこまで考えて私も逃げ出す事にした…
「君、少しいいかな?」
どうやら遅かったようだ…。
白銀に光る甲冑に身を包んだ警備兵らしき人達に声を掛けられてしまった。
「あ~…お手柔らかに…」
本格的な荒事は今日が始めてな以上、この警備兵達から逃げ出せるか判断が付かない上に、
そもそも国家権力に楯突くのは、これからの生活上とても好ましくないので、大人しく連行される事にした。
幾人かの警備兵が、周囲で見ていた人達や絡まれていた少女たちにも話しを聞いている様子を見て、大事には成らないだろうと希望を抱いて、警備兵に促されながら道を行く。
「ふむ…あそこに居た野次馬と被害者の子達からの証言とも一致するし、問題は無いね」
「覚悟はしていたが、あの場での事情聴取でも良かったのでは無いかと思うのだが?」
「普通なら…それで良いんだけどね。君、シーカーだったでしょ?我々警備の人間も日々訓練は欠かしてないけれども、やっぱりリンバス内部で活躍するシーカーが不意に暴れたら、外だと直ぐ逃げられるからねー」
「嗚呼、成るほど確かに…そうか?」
「まぁ君はまだLV1桁だからね、実感は薄いかもしれないけれど、二桁なら軍に入れば高給取りだし、三桁になると天災クラスだよ?」
「そんなものか…」
一般人との能力差は隔絶するものが在るらしい。
周囲の目に晒されながら、近場の派出所で調書を取られ面倒だな、と思っていたが調書を取られる間に挟まれる、目の前に居る警備長である、クロイツとの雑談は矯めになる。
「ん~っと、証言では、君がポケットの中に手を入れたから~ってのも在るみたいだけど、これは?武器は持ってないのを入る前に確認したけれども…」
「ん?嗚呼、その通りかもしれないな?ポケットの中に入ってたのは、コレだ」
携帯を取り出し机の上に置く。
簡単な荷物検査はされたが、没収される物も無く終わったので、ポケットから出しても不思議は無いので、正直に出してみる。
「…?鉱石?板…?」
携帯を手に取り、しげしげと灯りに掲げて見る、クロイツを観察しながら思う。
私以外にも視認は出来て、触れるが一つの物体には見えないし、ディスプレイを開ける事も出来ずにいるようだ。
「ありがとう、で、それは?」
「唯の鉱石の板。お守り代わりで、私が存在したという証…になるか?」
携帯を差し出してくるクロイツから受け取り、そう返答をしながら考える。
少し情調的だが、前の世界を生きていた証、という証左に違いは無いだろう。
記憶だけなら、思い違いかもしれない。
感情だけなら、夢かもしれない。
だが、確かにこの手にある、この携帯は、私の記憶を、感情を肯定してくれる。
唯何もなしに放り出されたら、自分の正気を疑っていたかもしれない。
だが、確かにこの手にある、この携帯は、私を確立させてくれる。
それは、与えられたツールと同じくらい心強い物だ…。
「そうか…こちらも仕事とは言え、すまないね。手間を取らせたね、ありがとう」
私の携帯への思いをどう受け取ったのか知らないが、クロイツは一瞬暗い顔をしたが立ち上り、取調室のドアを開け頭を軽く下げた。
「構わんよ。珈琲もそれなりに美味かったし、何より人を助けるというのは、そこから起こりうる全てを容認するという事だ。少なくとも私に取ってはね」
これも、偽らざる私の本音だ。
此処に来ることになった原因である、事故も、人を助けたことに因って起きたものだが、誰も恨んだりはしていない。私が助けたくて助けた、ただそれだけの事なのだから…。
ただ、願わくばトラックから私が助けた少女が、私の死で挫けないで欲しい。
特に夢も希望も無くただ、死んでいないから生きているだけの私が、誰かを助けて生を全うできたのだから…。
部屋から出た私に降り注ぐ、太陽の光に目を細めながら、最期のあの時、血を吐きながら横たわる私に、泣きながら謝っていた、彼女を想う。
「あ、あの!」
「ん?」
小さめのビジネスホテル並みの派出所から出て、そういえば、携帯が鳴っていたなと思い出し、確認しようとポケットに手をやった所で、後ろから声を掛けられた。
「ああ、君たちか、大丈夫だったかね?」
「はい!あの…ありがとうございました!」
後ろを振り返ってみると、助けた少女達と、保護者らしき人達が勢ぞろいしていた。
「そうか、大丈夫だったなら構わない」
テンションをあげ過ぎてあんな醜態を晒して、実は手遅れの傷が出来てました等と言われたら、それこそ首を吊るしかない…。
そう言えば、『違うルールの中で』云々を言っていたが私の終わりきった魂とやらはこの世界で死んだ場合どうなるのだろうか?
再びあの白い空間に追いやられるのだろうか?
それとも完璧な消失?
若しくは、この世界の輪廻転生というシステムは、前の世界とは違うのだろうか?
「あの、大丈夫ですか?」
「ん?ああ、すまない。考え事をしていたな…失礼だったな」
どうやら考え事をして黙り込んでしまっていたようだ、紫髪の子が心配してくれる。
心配そうな顔だったので、頭を撫でて「すまんな」と謝ると、照れているのか顔を真っ赤にして俯いていた。その姿が愛らしくて猫でも撫でるように、撫で続ける。
「あら?すずかがお気に入りなのかしら?」
「ふむ、すずかと言う名前なのか。いい名前だ、で、そちらの子達は?」
「あの!私、高町なのはって言います!」
「アリサ・バニングスよ!」
すずかと呼ばれた子を撫で続けながら、他の子の自己紹介も受ける。
茶髪でツインテールの子が高町 なのは、酔っ払いに噛み付いていた金髪の子がアリサ・バニングスという名前らしい。
何やら、すずかを羨ましそうに見ていたので、二人も撫でてやる事にした。
あう、やらにゃーやらと鳴き声?を挙げているがまぁ嫌がられていないようなのでこのまま会話を進める事にする。
「で、そちらのお三方は?この子達の保護者なのだろうか?」
「ええ、私は、そっちの貴方に撫でられてるのを羨ましそうに見てる、月村すずかの姉で月村 忍よ、でこっちが…」
忍と自己紹介した美女が横に立ちながら、なのはを複雑そうな顔で見ている黒服短髪黒髪の青年を指差す。お姉ちゃん!?と悲鳴を挙げる妹を無視するとは…顔に似合わず豪胆だ。
「…高町 恭也 だ、なのはが世話になった…」
「ごめんなさいね?なのはちゃんの危機に駆けつけるのが遅れて、不貞腐れてるのよ。で、そちらの方が…」
「執事の鮫島と申します。この度は、アリサお嬢様を助けて頂いて、本当にありがとうございます」
忍!と、裏切られたっ!?と表すのが適切な声色でじゃれている保護者二名。それをバックに深く頭をさげる老執事という構図は可也、レアな光景ではないだろうか?
「先程も言ったが、構わんよ。介入したのは私の意志だしな、礼は今ので十分だ」
しかし…と私は、続ける。
「赤の他人が言うべき事ではないだろうが、アリサ?勇気と無謀は違う、友達を傷つけられて怒るのは当然だ。だが、正しい行いが更なる悲劇を生むこともある。気をつけるように」
撫でるのを止め、目線を合わせてアリサに話しかける。
「う…、皆に怒られたわ…ごめんなさい…」
「ふふ、そうか、なら余計なお世話だったな。しかし、君達は良い子だな?私が君達の位の頃は、そんなに確り礼等できなかったが…」
しゅん、と落ち込むアリサの撫で心地の良い頭を撫でながら私は、笑う。
年の頃は10歳くらいだろうか?確りした子達だ…。私がこの子達と同じ位の時はどうしてだろうか?本の虫で良く、母親に公園まで連れ出されていた覚えしかないが…。
「さて、私は、そろそろ行くよ?」
「あの!この後、ご予定とかありますか?」
「ん?特に無いが、嗚呼、探索用の雑貨を見て回るくらいかな?」
「でしたら、お時間は取らせませんので、お茶でもどうでしょうか?」
鮫島が慇懃にそう言って来る。
確かに、何処かで軽食でも食べて…とは思っていたが、地味に旨い珈琲をクロイツから飲ませて貰ったので、どちらでも良いのだが…。
「ん?」
「あの、お礼もしたいの…」
そう考え込んでいたら、裾を引っ張られる感触に顔を向けるとなのはが、期待した顔でこちらを見ていた、すずか、アリサを見ると同じような顔。
「っく、こんな可愛らしいお嬢さん達の誘いを断る訳にはいかんな…」
「やったーーー!こっちなの!」
「なのはちゃん、まってよーー」
「なのは!まちなさい!」
そういうと走り出した三人を追いかけてゆっくり歩き出す。
「俺の家が喫茶店なんだが、そこで良いか?」
「シュークリームが凄く美味しいのよ?」
「構わんよ…しかし、大人びているかと思ったら、まだ元気な子供だな…」
一礼して三人娘を追いかけた鮫島に軽く会釈しながら後を追うと、夫婦漫才を繰り広げていた忍と恭也が私に追いついて話しかけてくるのに軽く返しながら思う。
こうやって私の日常は、造られていくのだろう…。
立ち止まってこちらに手を振る三人娘に軽く手を振り、こんな日常もまた良い物だ。と思い急かされ足を進める。