鉄板建築
見上げる空は、青く、広く、何処までも続いている…。
異世界とやらに飛ばされても、空は変わらず空で、歩き続けたら知っている場所に、私を知ってくれている場所に着くのではないか…そんな感慨に耽ってしまう。
事前録音の音声案内だと思っていたヘルプが実は、神?からの通話での案内だったのに気がついて、思わず携帯を投げ捨ててしまって、数秒後には上着のポケットに戻ってきたのを確認した。数分程そんな感傷に浸り、これから先の展望を考える。
レベル・ステータス・EXP・アビリティ・スキル・称号…どう考えてもRPG系のテンプレ乙なのだ、これから導き出される答えは、1つ。中世っぽいだけであり、前の世界での中世時代とは違い、脅威になる存在とどのつまりは、『モンスター』的な何かが居るのであろう。
―――――流石に、人を殺してEXP等は貰いたくない、必要と在らば躊躇う訳にはいかないだろうが―――――。
そもそも、モンスターとやらが居たとして、戦えるか?と思量したが、まぁ駄目なら駄目で考えるしかない。得てして想像は想像の範疇を超えないのだから。
目下の課題は…、出鱈目に大きな城壁で囲われたあの街に行くか、それとも他の街を探して彷徨うか、だ。日の高さからして、常識が通用するのならばまだ日が落ちるまでは、時間がありそうだが、そもそも他の街への道が分からない。多分、ここから見える城門らしき所から続いている街道らしき物を辿れば行けるのだろうが、コンクリートで舗装は当然されておらず、草を抜かれ土を均されてる程度の道?を何処まで信用する事が出来るのか、疑問ではある。
更に言えば、現状の装備は、携帯と携帯から出てきた1000ゴールド(1枚が五百円大の金貨だった)それに、斜め掛けが出来るトートバックだけ。バックの中身は無くなっているし、尚且つ、カーキ色のジャケットに白のYシャツ、黒のジーンズに少し軍用チックなブーツという講義に出た後そのままの格好だ。街を練り歩くならまだしも、何時着くのか分からない旅は無謀すぎる。
「常識的に考えて、あの街に行けと言う事なのだろうが…」
眼前に分かりやすくあり、尚且つ活気が在りそうなあの場所が所謂、『私の世界』が始まる場所なのだろう。
だが、このまま進むのも癪ではある。そんな微妙な反骨精神と、あの神?に対するこれまた微妙な不信感で少し躊躇ってしまう。常時だったのならば、このまま居れば、『モンスター』みたいな物に出会ってデッドエンド。他の街に行くにも地理も知らず、少なくとも日本より治安が悪そうなこの世界で何も知らない状態で無事に辿り付ける可能性は低いのだから、あの街しか選択肢は、無い。それを邪魔するのは、あの神?の妙に高いテンションが心配なのだ。彼は、多分、テンションがあがり過ぎると周りの空気が読めなくなるタイプなのだろう、そんな彼のお勧めスポットなど怖くて行きたくない…というのが偽らざる心境だ。
「はぁ…案ずるより産むが易し、か諦めよう…」
結局のところ、一番安全な所と一番危険そうな所が一緒くたになっているのだ、アビリティの危機感知に期待をするとしよう。
そう結論付け、色々な事を諦めながら『よっこらしょ』と座っていた、携帯を見つけた切り株から腰をあげる。
~~~~♪
「ん…メールか…」
[From 神様モバイル
件名 クエスト発生!
内容 迷宮都市郡「ローランド連合国」に潜入し、「シーカー」登録を済ませるのだ。
※「ローランド連合国」とは?大迷宮「リンバス」を中心に出来上がった幾つか
の勢力郡が集まり、戦争と協定の果てに出来上がった連合国である。
商業資格を持っている商人以外は、入国に100Gな為、城壁の外はスラム化し
ているが、城壁内、外も警備兵が警邏をしている為、治安はそれ程悪くない。
契約CP:10CP 報酬CP:20CP 受注しますか?→はい はい ]
「……はい、しか無いぞ」
CPを貯める方法というのは、コレの事なのだろう。しかし、あの街に行かせる気、このクエストを受けさせる気が満々で、あの街で起こるであろう『クエスト』に頭が痛くなる。
「取り合えず、行くか」
不条理なメールだが、助けてくれては居るのだから無碍には出来ない。
二つ有る『はい』のコマンドの一つをクリックして、『クエスト受領しました』の音声をBGMに白亜の城壁を目指して、私は、小さな山を下っていく。
テンプレ乙が往くッ! 第二乙 鉄板建築
携帯の時計から判断するに一時間程で山を降りきり、そこで自分の体力等が変わっている事に気がついた。
CPで買ったゴールドは1000G、100枚程度の金貨だったので1つが10Gなのだろう、1000枚よりは少ないと言え、結構な量になる。それを鞄に背負って休憩を挟まず、降りきって息切れ一つしなかった。鞄の重さも気にならず、と来れば更に異常さが際立つ。
運動が不得意という訳ではなかったが高校を卒業し既に3年近く、まともな運動と言えば、夏に海に行ったりと、普通の人間と大して変わらない生活だったのだ、この体力と金貨を背負える筋力は神?の言うステータスの恩恵なのだろう。
そういえば、少し悪くなり始めていた視力も良くなっている…。
「至れり尽くせりだな」
白亜の城壁を見上げながら呟くが返事は無い。
大きな掛け橋が降りている左右で門番らしき人間が、入国者の相手をしているのを眺めながら今後の展望をより詳しく組み立てていく。
この至れり尽くせりの現状が、そもそも『何時まで続くのか?』という事に思い至ったのだ。
死後の世界、『上位存在』とやらに『時間的概念』が通用するのかは、判別が付かない
しかし、神?が言っていた『大抵の場合は異世界に送ってそのまま』というのが本当だとすれば、現状は、文字通り『神の戯れ』に過ぎないのだろう。
あの人間味があり過ぎる、神?が何時飽きるかも分からない。
仕事が忙しいだとのた打ち回っていたのだから、こちらに手を掛ける暇が無くなるかもしれない。
そして、
携帯とそれに通ずるツールが無くなったら?
CPシステムが無くなったら?
それまで上げたLVなどが消えないなら、特に困りそうでは無いけれども、現状はLV1で何の身分も保証も無い身である。
英雄願望も無ければ、人並みに暮らせれば良いと思う、出来れば老後の心配も無く…だが今の状態では、CPを全額ゴールドにしても一生は、暮らせまい。
ツールが使える現状で、ある程度の生活の糧を確保する必要があるだろう、惨めな余生を送らない為にも。
「その為にも、シーカー…テンプレ乙だがそれが一番手っ取り早いか?」
メールの文面とテンプレ的に考えて『大迷宮リンバス』とやらを攻略する人間の事を指すであろう、シーカーという役職?に付けという指示を考えると、まぁ、そういう事なのだろう。
「潜れ…と」
ゲームや小説ならば、良かろう。
だが、現実問題、薄暗い洞窟の中を何十階も何時間も、上がるか下がるかすると考えると常人の所業では無いと思うのだが…。
「あ~~~君?次、君の番なんだが?」
「嗚呼申し訳ない、初めて訪れるもので勝手が判らないのだが…」
「成る程な、商業手形持ってないなら入国には100G掛かるぜ?」
これでお願いする、と予めポケットに取り分けておいた金貨10枚を私より頭二つ大きい、真っ白に輝く不思議な甲冑を着込んだ門番に渡すと、隣の小屋の中にいる人間に渡して何かの装置に掛けているが、大丈夫なのだろうか。少し不安だ。
「と、確かに受け取った、手続きが在るからこのまま橋を渡った所で頼む」
平静を装って、ありがとうと告げながら先を進むが、背中は嫌な汗でびっしょりだ。
これは、通貨偽造になるのだろうか…?
そんな事を「駄目だ駄目だ!入国金が払えない人間はどうやっても入れねぇ!」という怒声を背に考えながら不審に思われない程度に足を速める。
「こんにちは、ようこそ迷宮都市郡『ローランド連合国』へ。歓迎致します。
先ずは、こちらの書類にご記入ください。」
足早に付いた城門の入口と出口の間に設置されている受付に並び、挨拶と共に用紙とペンを差し出される。
ペン…?紙…?というか日本語を喋って、漢字と平仮名?
遅ればせながら、一番大事な所が抜けていた事に気が付いた。
先の甲冑の兵士や並んでいた人たちもそうだが、この受付の女性も髪の色や目の色が全く持って日本人じゃない、『異世界』だからと納得していたが、その『異世界』なのだから言葉が通じない可能性も在ったのだ。
日本語しか喋れない人間が、ホワイトハウスに乗り込むかのような無茶をしていた事に今更ながら気が付き、橋を渡った先に居た警備兵の持っていたハルバードを思い出し、止まった筈の冷や汗が再び出てきた…。―――――テンプレ乙と流していたが、言葉が通じないのも在る意味テンプレなのだ―――――
「あの…?どうかしましたか?」
「あ、いや、この出身地というのが、私は村というより集落と表す方が近い所で育ったので、どう書けば良いのかと思ってね…」
心配げに、こちらを伺う薄緑色の髪をした受付の女性の視線から逃げるように、名前、年齢、と書きながら誤魔化すようにそう言う。
「そう…なんですか。出身地は空白で構いませんよ。私が処理しときます!」
「ああ、助かるよ、ありがとう」
薄っぺらな嘘だったがどうやら信じてくれたようで、一瞬暗い表情を見せ、それを振り払うかのように殊更元気に振舞う受付の女性に、少々罪悪感を感じながら、入国理由の項目にあった『シーカー登録』の部分に丸を付け、不備が無いかチェックし渡す。
「はい、不備はありません。こちらの冊子の通り、国内滞在中に幾つか注意があります。これが守られない場合は強制退国と入国禁止措置などの罰則がありますのでご注意ください尚、都市内の諸手続きの大部分は、そちらの冊子の最後のページに載っています、都市地図に記載されいる『都庁』で可能ですので、何かございましたらご利用ください。」
「この冊子は貰っても?」
「はい!入国金の一部で支払われる形になっていますので、お持ちになってください。暦様は『シーカー』登録ご希望という事ですので、直ぐに登録されるのでしたら、そちらの大ドアから出られて、真っ直ぐ進んだ場所に『リンバス』の入り口があります。その近くにあります、大きな白い建物が『探索者協会』になっておりますのでご利用ください」
「ご丁寧にどうも、ありがとうございます」
「いいえ、それでは、宮部様の『ローランド連合国』での生活がより良い物になることを祈って居ます。いってらっしゃいませ。」
「私もそう願っているよ…」
打てば響く、と言う様な女性の対応に感心して、「中世」と思っていたのは大間違いだなと頂いた『ローランド王国の進め』という冊子を捲りながら、足を進める。
『異世界』だからこそ、なのだろう。文明の進み方に対する、私の常識との大きな隔たりが
見えるのは、学ぶことがこれから沢山あると考えると億劫になるけれども、完璧に違う国に来たのだと考えれば『異文化に触れ合える楽しみ』というのにもなるだろう。
『異文化』というのが即ち『異世界』の『異』であり、この旅行先で骨を埋めるということに目を瞑れば、楽しみも見出せるだろう。
「人生楽あれば苦あり、だな」
先ずは、あそこの木陰のベンチに座って冊子を熟読しよう。
「兄さん、兄さん!そこのカッコいい兄さん!」
冊子を読んで、簡潔ながら確りした賞罰体制に感心しているとそんな風に声を掛けられた。
明らかにこちらに向けて、声を掛けているのだが、ベンチには私しか座っていない。ので、はて?と思いながらも冊子から目を離して声がする方を見る。
「ぉぉ!そうそう!そこのお兄さんだよ、先からその冊子見てる所をみると初めてこの街に来るんだね?」
「ああ、そうなる、今まで故郷から出たことが無かったのでな、行き成り牢屋に放り込まれたり追い出されたら堪らないから目を通しているんだが、貴女は売り子かね?」
「そーだよ!この街に来たら一度は飲まないと損をする!『ローランド移動喫茶』のメイさんだぃ!」
「喫茶というのは誇大広告のような気がするが…」
「酷いッ!この春の陽気の中、木陰で読書をする良い男を見つけたと思って声を掛けたら、傷つけられたッ、ォーィォィォィ」
何時の間に現れたのか、屋台が出来て居た。
その店主であろう、赤毛の女性に声を掛けられたのだが、喫茶というより、運動会や祭りで見かける露天だろう。と思い突っ込んだら、思いっきり地雷だったようだ。
しかし、顔は美人だが、態度というかリアクションというかテンションが残念な感じだ。
ネーミングセンスも神?に通じる物があり、頭が痛くなる。
「あー、そのなんだ、飲み物を買うから業とらしい泣き真似を止めてくれ…目立っている」
「そう?いやー悪いね!お兄さんカッコいいだけじゃなくて、気前も良いね!」
崩れ落ちて、『イヤイヤ』とでも表そうか?目元に手をやり泣き真似をしていた女性は、目立つのだろう、そう多くは無いが、少なくも無い人数が門から出てくる以上、少し離れている場所にあるベンチとはいえ、衆目の目に晒されたのだが、件の女性は何も無かったかのように立ち上がり、笑顔を振りまく。
矢張り、女性は怖い…。
「色々言いたいことはあるが、取り敢えず冷たいお勧めの飲み物を頼む」
「はいは~~い、じゃあお勧めと言えばやっぱりコレだね!産地直送のサルタオレンジの絞りたてオレンジジュース!1ゼニーだよ!」
サルタというのは地名か品名だろう、オレンジというのは、売り子の女性が出した350ml程度の大きさのビンに入っている液体の色から、知っている物と変わりそうにないと推測できるが、ゼニー…?通貨単位だろうが、持っていない。
「あ~済まないが、コレしか持ってないんだが大丈夫だろうか?」
「あ、ゴールドね!お兄さんおっかねもっち~ハイ、じゃ~お釣りの9ゼニーと特製オレンジジュース!」
CPシステムで出てきた通貨がゴールドだけなので、少し焦ったが良く考えれば1枚が10ゴールドなら端数はどうするのだ、という話だ。と自分で納得しながら、返ってきた9ゼニー(9枚の十円玉大の硬貨だった)とオレンジジュースのビンを受け取る。
「どう?美味しいよね~?美味しいぞ~って言っちゃえ~」
「普通に美味いから、返答に困る」
10ゴールド硬貨1枚が1ゼニー硬貨10枚なら、最低単位はゼニーなのか?と思いながら木のコルクを抜いて、喉を潤すオレンジジュースは、普通に美味かった。
お歳暮で貰った数千円もするフルーツジュースの瓶詰めセットが、これまでの飲み物の最高位に存在していたが、これはそれに勝るとも劣らない味だ…。
「え、あぁ、、そうでしょ!そうともう!私の特製ジュースなのだから、当たり前じゃん!」
「うむ、言うだけある、23年生きて来て一番美味かった飲み物と為を張る、ありがとう」
照れた様子で、誤魔化そうとする売り子の女性に、飲み終わったビンを渡しながら賞賛する。よく考えたら、化合物が多く含まれている食品に囲まれた前の世界では、食べられないような天然物の食材で作られる物が食べられるのだ、特段の美食家という訳ではないが、衣食住足りて礼を知るという言葉もある、食べ物が美味しいという可能性は、明るい未来にも等しいだろう。そんな事を気づかせてくれた事も含み、礼を言うと、ビンを受け取った女性は顔を真っ赤にして、アウアウアウアウと奇妙なうわ言を唱えはじめた。
「おい?どうした?」
「ま、、、、、、、、、、また来てねェェェェェェ!」
心配になって声を掛けた瞬間、身を翻したかと思うとそんな言葉を残して、屋台を引きながら凄いスピードで駆けて行った。
「……流石異世界、テレ隠しも派手だ…」
ダンプにぶつかったかのように、空を飛んで地面に『ぐちゃ』と擬音を響かせて落ちる幾つかの物体。屋台が通った後の惨劇を見て、そう呟く。
「ジャアアアアアアアアアアアアアックゥゥゥゥ!!!!!」
「ゴフッケッフッあぁ、、、ジョン、、、そこに居るのか、、、、目が、、、」
「マイケル!おい!マイケル確りしろ!!!傷は浅いぞ!?」
「ゴフッゴッフ、、、すまねー、、、フランク、、、アイツに、、、これを、、、」
「ああ、ああ!ジャック俺はここにいるぞ!大丈夫だ!今、助けてやるから!」
「ゲホッゲッホ、、、、ジョン、、、お前と、、、友達になれて、、、俺は、、、」
「マイケル!テメーが!自分で!渡せよ!!結婚するんだろ!?プロポーズするんだろ!」
「フランク、、、、、アイツを、、、、頼の、、、、」
この世界にも、人の数だけ人生があり、星の数だけドラマがある…。
そう考えると、失った世界は、寂しいけれども、進む事が出来るだろう…。
この見上げた空の下、何処かで誰かが物語りを紡いでいくのだろう…。
「「メェェェェディィィィーーーーーーーーック!!!」」
「テンプレ乙」
感想にございました、十握剣ですが、諸説様々な漢字の表記で、物語の幾つかに登場する為、一つの剣ではないというのが通説です。
前回登場した、十握剣ですが、別名伊都之尾羽張と同じ読みの剣ですが、違う逸話で登場した剣の漢字となっています。
都布御魂、天羽々斬、伊都之尾羽張これらは、振るわれた舞台が違いますが、どれもトツカノツルギ という名前なので、十束剣と呼ばれています。
要するに、力を持った十本の剣があり、その内の別称が無い剣の一本が十握剣と書き記されているそうです。
ここで、表記名称が違うだけで一本の剣ではないのか?という疑問がありますが、とある説話には、釣り針を無くし仕方なしに剣を鋳潰して、針を作ったという事から、それぞれ別の剣だ。という事にさせて頂きました。
感想ありがとうございました。