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005 可愛げのない小僧




 清士郎は後輩である極楽寺レモンの父親、極楽寺モンドと取り引きを行っている。

 その取り引きで彼が得るのは金銭では無かった。

 清士郎は「パパとは話したくない!」状態であるレモンの、大学での様子を定期報告することで、モンドから割りの良いアルバイトを紹介してもらっているのだ。

 労働の対価は何もお金だけではない。新たなツテ、有利な立場、そういったものもある。


 ただし極楽寺モンドは、彼の娘に近づく清士郎のことを嫌っていた。

 だから当然のように、清士郎に対して斡旋されるバイトは、ネチッこい嫌がらせとセットになって提供されている。

 それがこの、限界アパートとも言える極楽荘の管理人補助の仕事だった。

 鉄筋コンクリート製のアパートである極楽荘は、清士郎が見た所、少なくとも築年数50年以上は経っている。


 その上、ちょっと変わった作りになっていた。そのせいか、通路が薄暗い。

 アパートの持ち主である極楽寺モンドとしては、さっさと建て替えたり、いっそ更地にして再利用したい気持ちのようだったが、そう簡単にもいかないようだ。

 都市計画に関連する法律だとか、その他モロモロの関係で再開発がままならず、塩漬け状態が続いている。

 そういう理由でモンドは、このどうにもならないアパートの管理の手伝いを、一つの仕事として田原清士郎に斡旋していた。


 清士郎はこの仕事を受けるにあたっての契約条件として、わざわざアパートの一室に住み込んでいる。

 オンボロなアパートだけあって家賃が安い。

 それは部屋を当てがわれている清士郎には関係ないことだったが、彼はそれが他人の事であったとしても、格安の家賃である事が嬉しく感じる。

 それはそれとして、清士郎は住人の一人に用があったので、もう夜ではあったけど、玄関の前で呼びかけていた。


「おーい、キリンのおっさん。居ないのかー?」


 インターホンは反応が無い。住人の反応が無いのではなくて、そもそも音が鳴らないのだ。

 意図的かどうかまでは分からないが、インターホンが鳴らないようになっている。

 まあキリンのおっさんが、インターホンが鳴らないように小細工したんだろうなと思いながら、清士郎は扉をドンドンと叩いてみた。

 オンボロなアパートのすす枯れた通路に、扉をノックする音が響く。

 ジジジ、と通路の電灯が鳴るのを聞きながら、清士郎はしばし待った。


 通路の天井付近で揺れる影は、常夜灯に誘われた蛾のはばたきが見せるものだろう。

 夜の暗闇の中で、安っぽい電灯の光がアパートの通路を照らしている。

 文明の利器は、闇夜にわずかに抵抗しながらも、押され負けそうになっているようにも思えた。

 あるいは文明の利器そのものが、朽ち果てて変容し、闇夜の生き物の仲間に入ろうとしているのかもしれない。

 

 ここは限界アパート、極楽荘。

 古ぼけたそこは、誰もが懐かしむようなものが存在している。

 なんなら建物自体が歴史の雰囲気を醸し出していると言えた。

 ただし、何かを懐かしむことしか出来ない人間には、耐えられないほどのオンボロさだ。

 

 ノスタルジーを感じるよりも先に、焼きそばのソースの香りを楽しむような、たくましさを持つ人々だけが暮らしている。

 住人は誰もが変わり者ぞろいで、一風変わった信念を持つクセ者だらけだった。

 清士郎は思う。まったく、このアパートでまともなのは俺だけか?

 キリンのおっさんからは相変わらず返事が無い。まあ居留守だろうなと考えた清士郎は、さらに呼びかけた。


「おっさーん、居たら返事しろー」


 返事は返って来ない。

 しかしそれを気にすることなく、清士郎はちょっと視点を変えた呼びかけ方をした。


「おっさーん、居なかったら返事しろー」


「はっ……ぅ」


「おい聞こえてたぞ! ハイって言いかけただろ!」


 どうやら間抜けは見つかったようだ。

 居留守を使いながら、思わず返事をしかけてしまった住人に対し、清士郎はまくし立てるようにして言った。


「どうして途中で諦めるんだ! 諦めるんじゃない! 返事をするなら最後までハイって言おう。そしたら俺はとりあえず部屋に入るから、おっさんが滞納してる家賃をどうするかの話し合いをしよう」


 家賃の滞納についての話し合いを提案すると、扉の向こうで広がる沈黙の種類が、それまでと変わった。

 誰も居ないことを強調するような静けさだったのが、どうにかしてこちらを説得しようとする時の静かさになっている。

 沈思黙考。考え込む時に特有の静かさだ。

 やがて何かの作戦が決まったのか、扉の向こうから声が聞こえてきた。


「ワタシ、キリンの友達だけど、キリンは出かけてるみたいよ」


「友達かー。へぇー……」


 清士郎は思う。

 このオッサンは、こんな見え透いた嘘で俺が立ち去るとでも思っているのだろうか?

 やはり、このアパートでまともなのは自分だけだなと思う清士郎。

 しかし清士郎も、あまりまともな人間とは言えない。


 なぜならこの男は、アパート管理の仕事として家賃の徴収に来ておきながら、まともに家賃を徴収する気が無いのだ。

 清士郎が考えているのは、家賃の徴収を名目にしてキリンと話し合いを行い、滞納を見逃す代わりに頼みごとをするということだった。

 家賃がもらえなくて困るのは極楽寺モンドだし、と清士郎は考えている。

 この行動指針は、モンドからの嫌がらせに対する意趣返しの意味もあった。


 もっとも、そのモンドにしても、このアパートを真面目に経営しているとは言い難い。

 清士郎が少しばかりモンドと対話をすれば、住人の家賃の滞納も許されていた。

 そこら辺の寛大さはモンドさんの良い所だよなと思いつつ、清士郎は、部屋の住人であるキリンをどうしようかと考える。

 見え透いた嘘に対して、どう対応するか。作戦は決まった。清士郎は、キリンさんに伝えておいて下さい、と前置きしてから言った。


「俺も他人の趣味にケチを付けるのは嫌なんですけど、キリンのおっさんって、変わった趣味してるじゃないですか。大人の女の人が、子供が好きそうなデザインの服を着る姿にグッとくるって言うんスよ。別に誰が何を着ても良いと思うんですけど、ミスマッチな服装にだけこだわるのは違うんじゃないかと思うんですよ、俺は」


 あなたもそう思うでしょ、と最後に付け加えて言った。

 しばし、無言の時間が過ぎる。

 やがて火山が鳴動するような空気の震えがあり、それが臨界に達したと思えた次の瞬間。

 部屋の住人であるキリンが玄関の扉を勢いよく開く。それと同時に絶叫した。


「わかって無いな小僧! 大人のお姉さんが、似合わないと思いつつもフリルを着るのが良いんだろ!」


 限界アパートの住人の一人、通称キリン。四十歳くらいのオッサンである。

 本名かどうかすらよく分からない名前を用いるアラフォーの男は、叫びたがる心のままに吼えた。


「フリル付きへの憧れを止められない、大人のお姉様方の純情を知れ!」


 その一言に全てを込めたのか、キリンは疲れ果た様子で、ゼーハーゼーハーと肩で息をする。

 ぐったりとした様子のキリンに対し、清士郎はさり気なく聞いた。


「最近のマイブームはなんでしたっけ?」


「高身長にゴスロリ服! 恥じらいが大事ね!」


 元気を取り戻したキリン。

 それに対し、清士郎は普段からの疑問を投げかけた。


「ミスマッチな服装が好きなクセに、モデルが仕事としてやるコスプレ衣装は嫌がるじゃないっスすか。趣味が細かすぎじゃない? 俺には違いがわかんないんですけど」


 清士郎にはゴスロリとコスプレの違いが分からぬ。

 コスプレにおける素人とプロの違いも分からない男だった。

 キリンは、清士郎を許してはおけないと思った。

 心の中で毅然と立ち上がり、言葉を返す。


「カーッ! 小僧のような人間が地球をメチャクチャにしてしまうね! 仕事でコスプレするのはビジネスライク過ぎてダメダメよ! そこにはトキメキや胸の高鳴りが無い! それに何故気づかないか!?」


「なんでかな? 俺にもよく分かんない」


 はぁ~、とキリンは深い溜息を吐く。

 出来の悪い生徒に対する教師のような気持ちになりながら言った。


「これだから常識人気取りはダメだね。いつも自分の心にフタをしてる」


「いや、別に心にフタをしてるわけじゃ……」


「黙って聞く!」


 ぴしゃりと一喝すると、キリンは酷く真面目な視線を清士郎に向ける。

 いいかー、と前置きしてから彼は語り出した。


「憧れのままに着てしまったミスマッチな服や、素人のギコちない手作り感には、人の心の暖かさがあるね。心の暖かさが消えたらどうなる? 地球がヒエヒエになってしまうだろ?」


「なんでそこで地球が寒冷化するんスか?」


「そういうものね。もっと大局的な視点を持つことよ、小僧」


 自分は地球規模で物事を考えてます、みたいな態度を取るキリン。

 それで語る事が己の性癖なのだから、ある意味で大物ではあるだろう。


「愛は心の聖域よ。命の輝きよ。それが無い地球は、ワタシ達が生きられる世界では無いだろ?」


「ちなみに聞くけど、キリンのおっさんにとっての愛ってなに?」


「愛とは叡智えいちな気持ちよ。ワタシが生き延びるためには、持続可能な叡知の環境が欠かせないね」


「なんでかな、俺の知ってる叡智とは意味が違ってる気がする」


 叡智とは性癖と関連する用語だっただろうかと考える清士郎。

 そんな清士郎の前で、キリンはまるで先人の教えを説く老紳士のように語った。


「世界の叡智は時代の先に進んでるぞ。何のために人類が生成AIを開発したと思ってる? もっと学べやー」


「いや、世界の人はそんな理由で人工知能を開発してないから……」


 いい加減に疲れてきた清士郎は、家賃の話はさておいて、己の利益に結び付く話題に切り替えようと考えていた。

 それは妖精向けの動画配信を行うことだ。

 しかし清士郎は機械全般が苦手だった。

 そこでサイバー関係の話題に強そうなキリンに頼ろうと考えたのである。清士郎は単刀直入に切り出した。


「キリンのおっさんは確か、昔はシステムエンジニアだったんスよね?」


「はて? 何の話ね?」


「とぼけてるみたいだけど、アンタはしこたま酔っぱらった時は本当のこと話すんで、今から誤魔化そうとしても無意味だとは言っておきますぜ」


「いやいや、本当に知らないヨ?」


 シラを切るキリンに対して、清士郎は、とつとつと語って聞かせた。


「確か小さな会社でシステム開発してた時、大企業からの無茶な仕事を下請けされたんでしたっけ。ヤケクソになってプログラミングするものの、納期が短い上に要求が高すぎたんで、これはもうダメだと感じて、完成したプログラムをチェックする前に高飛び。その勢いで各地を転々としながらこの街に行きついたんでしたかね」


「なんでそんな事を知ってるね!?」


「だから酔っぱらった時のアンタから聞いたんですよ。俺が何の見返りも求めずに酒を振る舞ったとでも思ってたんですか?」


 ちなみに清士郎が振る舞ったモノは新潟産の高級な地酒である。

 極楽寺モンドから譲り受けた酒だったが、清士郎は特に酒を好んでいなかったので、そのままキリンへの贈り物になっていた。

 キリンは、いつの酒だっただろうかと振り返ろうとしたが、酒を飲んだ後は記憶が残らないタイプなので、上手く思い出せない。

 ただし清士郎からもらった酒を飲んだという記憶は確かにあった。だから吐き捨てるように言う。


「カーッ! 可愛げのない小僧ね!」


 酒をもらった時は嬉しかったのに! 裏切られたね!

 でも、また酒をオゴってくれたら許さないでもないよ!

 そんな事を思いながらキリンは言った。


「それで小僧、話はなんだ? 言ってみろ」


「いやあ、動画の配信とか始めてみたいんだけど、やり方が分からなくてさぁ」


「……それがプログラマーと何の関係がある?」


「え? そういうのに詳しいんじゃないんスか?」


 まあ分かると言えば分かるけど、と思いつつ、キリンは叫んだ。


「カーッ! 学のない小僧ね! プログラミングと動画配信は、ゼンッゼン、話が違うだろ!」


 パソコンに詳しいからというだけの理由で、いつの間にか社内システムエンジニアにされる事がある。

 そんなツライ記憶が蘇ったキリンは、トラウマを刺激されて興奮していた。

 どうしてワタシがそんな事までしないといけないか、という痛烈な想いだ。

 怒り心頭のキリンに対し、清士郎は冷静さを崩さない。むしろ、こんな展開を待ってましたとばかりに鋭い声を放つ。


「キリンのおっさん」


「なにか!?」


「確かに俺は知識が無かったかもしれない。だけど、素人の手探り感の大切さを説いたのはキリンさん、あなた自身ですよ」


「!!」


 キリンの脳裏に電流が走る。

 トラウマとは違うナニカが刺激されていた。

 それは、とてつもなく美しいイメージだ。

 夢のような景色の中で誰かが自分に微笑みかけている。


 淡い青春。

 存在しなかった記憶の中。

 美しい思い出の中に立つ一人の女性から、春風のように吹き抜けてくる、憧れの匂い。

 その人物に走りかけるように、笑いかけるようにして、キリンは口を開いた。


「ふっ……。小僧の話を聞いて、不覚にもガジェット系ヨワヨワお姉さんを想像してしまった」


「俺はその感想を聞かされて、どう反応すれば良いんスかね?」


「仕事がバリバリに出来そうなお姉さんが、家電屋の店員に向かって、動画配信くださいとか言うね。バーチャル配信者くださいも捨てがたいよ」


「それって大事な部分なんスか?」


「当然よ。お姉さんのイメージを決める大事な部分だろ?」


「うん、まあ、いいけどさ」


 他人の趣味にケチをつけても仕方が無い。

 清士郎は、自分が動画を投稿しようと考えたキッカケを思い出した。

 ラーメンの妖精であるラメ。あと、チャーのハーンくんにスゥちゃん。

 彼女、彼らは一体なんだろうと考えながら、清士郎はキリンに問いかけてみた。


「ところでキリンのおっさんは、妖精とか見たことある?」


「妖精?」

 

 その言葉にキリンはしばし考える素振りを見せた。

 しばらくしてから、あっけらかんとした口調で答える。


「あるある。あれね、仕事が修羅場って徹夜が続くと見えてくるね。だけど、仕事を手伝ってくれるワケじゃないよ」


「ああ、うん」

 

 そういうアレか~、と思う清士郎。

 ちょっと違うんだけどな、と考える清士郎の前で、キリンは語り続けた。


「酒を飲んでる時も見えてた気がするね。まあ酒を飲んでる時は記憶がよく飛ぶんで憶えてないない。どっちみち、体には良くないと思うよ」


 思っていた妖精とは違う概念の妖精の話だった。

 そこで清士郎は、妖精が見えるアプリが流行っていることを思い出す。

 プログラマーにならそっちの方が話が伝わりやすいかもしれない。

 そう考えた清士郎は、『現世虚構げんせきょこう:ホロウ・リアクション』についての話を振ってみることにした。


「最近じゃスマホで妖精が見えるらしいですぜ? そういうアプリがあるってゴッちゃんが言ってたんですよ」


「奇妙なアプリケーションもあったものね」


 そんな話から、何か思い当たることでもあったのだろうか。

 キリンは、考え事を思わず漏らしてしまったような感じで、ぽつりと呟いた。


「小僧、そもそも見るとはどういう事か考えた事があるか?」


「うん?」


 キリンが何を言わんとしているのか分からなかったが、単純な意味での見るという意味では無さそうだった。

 そこで清士郎は、彼なりに考えて答えてみる。


「心の目とかの話っスか?」


「次元と空間の話ね。ワタシ達が普段から見ているのは何次元だと思う?」


「三次元……ですかね?」


「本当にそうかー?」


 キリンとしては三次元は不正解のようである。

 回答を待つ清士郎に対し、キリンは少しだけ真面目な態度を取りながら口を開いた。


「ワタシは仕事柄か、そういう事を考える時があるね。例えばゲームのプログラムは、二次元的な言語記述でもって、三次元モデルのキャラクターを動かすのが仕事ね。こう、グリグリっと回転させて」


 手でグリグリ感を表現しながらキリンは言う。

 やがてその動作を止めると、話の続きを語り出した。


「じゃあゲームで再現されている三次元モデルのキャラクター達は、三次元の存在と言えるか? 三次元空間の中を飛んだり跳ねたりするけど、元が二次元の記述情報に過ぎないし、あれは二次元が正解だと思うよ」


 ゲームの世界は、たとえ三次元に見えたとしても、それは二次元的な記述であると言うのがキリンの意見のようだった。

 そこから最初の話にどう結びつくのかを待っている清士郎に対し、キリンは、やれやれと、徒労感を表わすような仕草を取りながら言った。


「結論から言えば、行列計算のプログラムはクッソ面倒だって話ね」


「その結論に辿り着く理由が、ちょっとよく分からないんですけど……」


「ふん、これだから学が無い小僧は話が通じない。少しは自分でプログラミングを勉強するといいよ」


 俺が知りたいのはプログラミングの方法では無いんですけど、と清士郎は思った。

 しかしせっかく教えてくれているので、黙って話を聞く。

 与えてくれるのだから、喜んで受け取る方が楽しいだろう。

 清士郎のそういう姿勢を汲み取ったのか、それとも単に暇をつぶしたいのか、キリンは続きを話し始めた。


「例えば右目を閉じてみるといいよ。別に左目でも良いけど、片目になると距離感を掴むのが難しくなるだろ?」


「まあそうっすね」


「つまりワタシ達の目は、三次元そのものを捉えているワケではないね。これは何年も前に実証された事みたいよ」


「でも俺は視覚を三次元として捉えてますけど?」


「右目と左目から入ってきた情報を、頭の中でどうにかして組み立てて、三次元的な立体像として構成しているらしいよ。ワタシも詳しくは知らないね」


 だがしかし、とキリンは続けた。


「ワタシたちが現実だと認識している世界は、頭の中で構成された物に過ぎないね。これ知ってるか? 人間の目の網膜は、二次元的な情報しか脳に送れないみたいね」


「そう言われるとまあ、網膜って、膜って言うだけあって平面なのかもしれませんね」


 何となく平べったい物を想像する清士郎。

 厳密に言えば網膜は何枚かの層になっているらしい。

 それはさておき、キリンの解説が続く。


「網膜に映った二次元的な情報が、大脳における演算によって、三次元の情報にシフトされてるよ。それが今の科学の学説ね。じゃあワタシ達が認識してる世界は、ゲームの世界と何が違うか? やってることは、ほとんど同じだろ。二次元的なデータ……つまり二次元の記述から、三次元情報を構築してるよ。そこにある違いは、言語の記述の仕方が異なるだけに思えるね」


 そこまで語り終えると、キリンは、末尾を締めくくるようにして言った。


「世界とは、映像言語の記述が見せる空間の夢に過ぎないのかもしれないね」


「なんか不思議な感じのする話っスね」


 キリンの話は与太話の類だったが、まあまあ面白かったと清士郎は思った。

 なんとなく気になって、清士郎はキリンに問いかける。


「そういう事をプログラミング中に考えてるんですか?」


「いやこれは、仕事が嫌になって、しこたま酒を飲んでる時のことだと思うね。たまに記憶が残ってるよ」


 なにかを思い返している様子のキリン。

 そして自然な仕草で清士郎に向かって言った。


「酒の話をしてたら飲みたくなってきたよ。たまには付き合うね」


「あっるれー? 酒の話をしてたかなー?」


 まあいいやと思いつつ、清士郎は安酒をオゴってもらう事にした。

 その代わりに、極楽寺モンドから譲り受けた酒でも進呈することにしよう。

 それにしてもと清士郎は思う。モンドからやけに酒をもらう事が多いけど、もしかしてモンドは酒が嫌いなのだろうか。

 今度確かめてみるのも良いだろう。自室に酒を取りに行きながら、清士郎はそんな事を考えていた。





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