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004 ヤマアラシの親子




 働きたくて夜も眠れなくなったことはあるだろうか?

 居酒屋でバイトするのもええ、正社員として勤務するのもええ。

 仕事を通じて社会とつながり、人と触れあっていたい。

 そんな熱い思いを抱いたことはあるだろうか。


 契約を結ぶことで人は、働くヒトになる。

 つまり契約を通じて人間は自分の居場所を作るのだろう。

 社会の中には幾つもの契約があり、あるいは約束があって、それらは互いに線のように結びついている。

 見えないきずなが絡み合った世界。ワイヤードされた世界の中で、人は今日も働くのだ。


 田原清士郎という男もまた、働くヒトであった。

 彼は一見して普通の大学生なのだが、ある時はその立場を豹変させ、契約の名の下に任務を遂行している。

 しかし働いている時とそうでない時の、どちらが本性と言うワケでも無い。

 どちらも清士郎きよしろうという人物の一側面ペルソナであり、人間は実に多面的な性格を持つ生き物なのだ。


 清士郎はオフィスビルの一室でソファーに腰掛けていた。現在は彼一人しか部屋の中にいない。

 ちなみにさっきまで清士郎を取り巻いていた妖精たちは、自分たちには仕事があるからと言ってどこかに消えてしまっている。

 妖精も働いているのかと思うと、清士郎は妙な世知辛さを感じた。

 やがて部屋のドアが開き、このオフィスビルの主である極楽寺モンドが入室してきた。


「やあ、田代清士郎くん。元気にしていたかな?」


 極楽寺レモンの父親である極楽寺モンドは、スラリとした立ち姿であり、今日も絶好調のようだった。

 初手から清士郎の名前を堂々と間違えてみせる。

 これは嫌がらせの一環なのか、それとも本気で自分の名前を憶えていないのかと清士郎は考えた。

 そのどちらであっても問題ではないと判断し、清士郎はモンドのセリフをやんわりと訂正する。


「田代じゃなくて田原です。それと、元気にしてましたよ」


 清士郎の対面にあるソファーに腰掛けた極楽寺モンドは、ニコニコと笑っていた。

 まったく悪びれる様子が無い。

 これは確信犯的にやってますねぇと清士郎は思う。

 だがしかし、別に相手とケンカをするために来たワケではないのだ。清士郎はこの場の空気を変えるために話題を振った。


「あ、そうそう、極楽寺さんも元気ですよ」


 その言葉にモンドはピクリと反応した。

 しかし表情は変えないまま、凍えるように穏やかな声で告げる。


「名前を間違えてしまって申し訳ない。それと、極楽寺さんとは娘の事かな? 私の名前も極楽寺なんだがね」


 相変わらずニッコリとした笑顔だ。それなのに重箱の隅をつつくような指摘をしてくる。

 さらに言えばこれは罠だった。

 ここでスミマセンと謝り、慌てながらレモンさんの事です、などと言おうものなら、極楽寺モンドの機嫌は一気に悪化することだろう。

 彼は娘に近寄る男を悪い虫だと認識しており、清士郎のような人物が娘に近づくことを不快に感じているからだ。


 もっとも、虫のような存在を全て許さないというワケでもないらしい。

 モンドが絶対に許さないのは、彼が娘にとって害のある存在だと認識した人物に限られてくる。

 トンデモない男だと定評がある清士郎は、害のある存在に該当しそうなものだったが、今のところはギリギリ許されているようだ。

 可哀想な父親であるモンドは、娘から軽く着信拒否されている。住む家も違うので会話もままならない。そこで娘の情報を知るために清士郎を使っているのだった。


 レモンの情報と言っても、清士郎がモンドに対して話しているのは、一般的な学生生活に関することに限られる。

 他愛ない話をして心配性なパパを安心させているだけのことだった。

 なにより清士郎の本命は、レモンを口実にしてモンドとの会話の機会を作ることである。

 エリートでハイパーな経営者である極楽寺モンドとのつながりは、あればあるだけ良い。そのように清士郎は考えていた。


 だから多少の無礼を働かれても聞き流すし、あからさまに嫌がらせをされても受け流す。

 モンドの方も、清士郎のそういう意向を把握している様子である。

 その上で清士郎に対して、延々と嫌味を言えるのが極楽寺モンドという男だった。

 他人を手下のように扱うことにも、その手下の忠誠心を疑うことにも慣れている。そんな性格をしたモンドは、ごく自然な調子で清士郎との会話を再開した。


「最近のレモンは、少々、素行が良くなかった子と仲良くしているようでね。キミの方からも注意を払ってもらえると助かる」


「素行が良くなかった子?」


「名前は片桐リナ。レモンと同じ学部の娘だ。この子は中学生の頃に家庭の事情で荒れていたようで、いわゆる不良少女というやつだな」


 この男はどうやって、見知らぬ他人の経歴を調べたのだろうかと清士郎は思った。

 極楽寺モンドは、彼の持つ諜報力を誇るでもなく、淡々とした口調で片桐リナに関する説明を続ける。


「その後、更生して生活を一新。勉学に励み大学に合格するも、親とは疎遠になっているらしい。まあ、それはどうでも良い。問題は彼女が苦学生だという点だ。生活のために妙なアルバイトに手を出すようなら、レモンとの関係も考えてもらわなければならないだろう」


 そうやって娘の交友関係に口を出すからアンタはダメなんだ。

 などと気楽に思う清士郎だったが、決して表には出さない。

 何故なら極楽寺モンドは金ヅルだったからだ。下手に機嫌を損ねるわけにはいかない。

 確かに、清士郎はモンドに嫌われている。だけどそれは、協力関係になれないという理由にはならなかった。


 モンドの腹の底は分からないが、少なくともこちらが味方であろうとする限り、俺たちは敵対していないはずだと清士郎は考えている。

 その上でレモンの味方もしないといけないのがツライところだ。

 二兎にと追う者は一兎も得ずとは言うが、二兎を得られる可能性があるのは二兎を追う者だけである。

 清士郎は、困ったパパであるモンドと、その娘であるレモンのどちらとも仲良くしておきたい。一兎だけじゃ寂しいもんな、という考え方なのだ。


 そのために必要となる策を頭の中で組み立てていく。

 清士郎はモンドが問題視している点を分析した。

 それは片桐リナとかいう娘が今後、レモンに悪い影響を与えないかどうかだろう。

 そしてモンドがそういう可能性を思い浮かべるのは、それが誰であるかに限らず、他人のことを信用していないからだ。


 カネが絡みそうな場合は特に、と清士郎は内心で付け足しておく。

 だったら話は簡単だ。清士郎はモンドと視線を合わせながら思う。作戦は決まった。

 作戦を成功させるために大切なことは順番である。焦らず、恐れず、相手の興味を惹くように言葉を重ねていく。

 それが自分には出来ると感じながら、清士郎は作戦のスタートとなる言葉を発した。


「片桐リナさんですか。変な噂は聞かない子ですね」


 まずは軽く現状を確認。

 そして主語を抜いたセリフを放つ。


「まあ、なんですね。女の子の友達がいた方が、俺と一緒に居る時間が減ると思いますよ」


 ピクリ、とモンドが小さく反応する。

 誰が、という事は口に出さない方が相手の心に響く時があると、清士郎は考えていた。

 極楽寺モンドは明らかに、レモンの傍に清士郎が居ることを嫌がっている。

 それを抜け目なく見抜きながら、清士郎は言葉を続けた。


「上手いやり方がありますよ」


「……言ってみたまえ」


「片桐とか言う子に対して、環境が良くて賃金が高いアルバイト先を用意するんです。それくらいの事は、あなたにとっては簡単な事でしょう?」


 そうすればあなたが心配するような事は無くなると清士郎は言った。

 つまり片桐リナに対し、生活を支えるのに十分なアルバイト先を斡旋してしまえばいい。

 それで誰もがウィンウィンの関係になれる。

 清士郎の提案を聞いた後、モンドは苦笑混じりに答えた。


「それはとっくのとうに試してみたよ」


 もう試してんのかよ。だったら俺の立てた作戦は始まる前から失敗してたんじゃねーか。

 鳥のように空を飛べたらなぁ、などと現実逃避しても無意味なので、清士郎は現実的な事を考えた。

 極楽寺モンドという男は、そうやって娘の友達にホイホイ干渉してるからダメなんだ。

 だから娘であるレモンから、道端のゲロでも見るような視線を向けられるハメになるんだろう。


 割と辛辣なことを考えている清士郎だったが、決して表には出さない。

 金ヅルの心に踏み込み過ぎると、ツルが飛び立ってしまうかもしれないからだ。

 もっとも、金ヅルの語源は植物のツルだと思われるため、鳥のツルを想像する清士郎はちょっとズレているのかもしれない。

 押し黙ってしまった清士郎。それを気にすることなく、極楽寺モンドは結果を告げた。


「私なりに良い提案をしたつもりだったんだが、断られてしまった」


「断られたんですか?」


「ああ。友達の父親から、そこまでしてもらうのは気が引けると言われてね」


 そして次の瞬間、モンドは今日一番の笑顔を浮かべる。

 やけに機嫌が良さそうな態度で言った。


「それに、レモンとは対等でありたいと言われたよ。キミとは違い、損得勘定で動くことを良しとしなかったんだろうな」


 隙あらば精神攻撃をしてくる。ようするにモンドは、清士郎は損得勘定で動くような人間だと指摘したかったのだろう。

 そのネチネチとした攻め方は老獪ろうかいそのものだった。

 ただし清士郎は知っている。

 この男は、本音を隠す時ほど笑顔が深くなるということを。


 極楽寺モンドは今のやり取りの中で一体何を隠しているのだろうか。

 俺のことを徹底的に嫌っている事だろうか、と清士郎は考えたが、即座に否定する。

 今さら隠されるようなことでも無い。

 次に思い当たるのは、片桐とか言う名前のレモンの友達のことだった。


 この男は、片桐とかいう女の子の事を嫌っているのだと清士郎は考えた。

 それは直感的に思いついたことだったけど、悪くない推測に思えた。

 思いついた推論に辿り着く過程を、一つの論理として組み立てていく。

 なるほどね、そういう事か。見抜いたと思える秘密。その答え合わせをするために、清士郎は口を開いた。


「あなたが片桐って子のことを、気にかけている理由がわかりましたよ」


 損得勘定で動かない人間はコントロールすることが難しい。

 だから嫌っているんだろう。心の臆病さが透けてみえるぜ……。

 そう考えていた清士郎だったが、素直にそれを告げると、ビビった金ヅルが大空に飛び立ってしまう可能性がある。

 そこで少しばかり違うカタチでストーリーを構成し直してから言ってみた。


「以前にもあったんでしょう。対等でありたいと言ったはずの人間が、想いを裏切ったことが」


 主語を省略しているが、話の対象となるのはレモンのことである。

 清士郎は、極楽寺モンドという男が、他人から裏切られることに慣れた人物だと考えていた。

 だからモンド自身が裏切られたところで、彼は大して気にはしないだろう。

 この男が気にするのは、娘であるレモンが裏切られた時だ。そのように清士郎は確信していた。


 極楽寺モンドは、清士郎の質問に答えなかった。

 常套句じょうとうくの代わり浮かべていた笑みも今はない。

 モンドは、硬く鋭く、どこか悲しみを帯びた目を清士郎に向けていた。

 そんな瞳の色と似た深さの声音で、警告を発する。


「あの子を傷つけるものを私は許さない。キミも気を付けておくことだ」


 空気がきしんだ気がした。

 おお怖い怖いと思いながらも、清士郎は心の中でさらに一歩を踏み込んでいく。

 対立することは正解では無い。

 相手の感情を理解し、共感すら覚えながら、あえて受け流す。


 そして別の角度から話題を振って心を揺さぶる。

 モンドの心を震わせることが出来なければ、自分の目指す物は得られないと清士郎は考えていた。

 相手の心を揺さぶる言葉を。今まで自分が与えられてきたのなら、与え返すことだって出来るはずだ。

 それが自分には出来ると信じながら、清士郎は口を開いた。


「ヤマアラシのジレンマって話を知ってますか?」


「もちろん知っているよ。あまりに有名すぎて、心理学を学びたての子供が喜んで話す類の話だね」


 清士郎の言葉にカウンターを合せるような形でモンドは言い放った。

 そしてそのまま饒舌に説明を続ける。


「確か、ヤマアラシは温め合おうとして近づきあうけど、お互いのトゲで傷つけあってしまうという例え話だったかな。人間関係は、お互いの心の距離を適切に保つのが難しいという、心理学的な観点からの指摘だったね」


「……ええ、まあ、そうっす」


「その程度のことは配慮しているよ。わざわざキミに説明されなくてもね」


 清士郎は自分自身の知識の浅さを指摘されていた。凄い恥ずかしい気持ちだった。

 今から帰ろうかな、などと思う清士郎だったが、決してそれを選択しない。

 この状態で話を打ち切ってしまうと、ちょっぴり心が切なくなってしまうからだ。

 こうなったらもう、話をズラそう。そう清士郎は結論しながら言った。


「ヤマアラシのジレンマの話を考えていると、どうしても疑問が湧くんですよね」


 それは前々から感じていた事だった。

 ありふれた問いかけでもするように、清士郎は語る。


「だって、ヤマアラシの親子って普通、トゲを引っ込めた状態で暮らすんじゃないですかね。親子なんだし、お互いの身体を寄せ合ったりもしてると思うんですよ」


「それはそうだろうが、例え話にケチをつけても仕方がないだろう」


 ちなみにヤマアラシはトゲを引っ込めるのではなくて、寝かせておくのである。

 しかしそんな事に気付くこともなく、清士郎は自らの疑問を話し続けた。


「トゲを出すのは敵に遭遇した時だけで、家族同士で過ごす時には出してないと思うんですよ。だからヤマアラシの親って、敵から子供を守ろうとした時にトゲを逆立てたりするんでしょうね」


 そこまで話してみて、清士郎は、不思議と手ごたえのような物を感じつつあった。

 それは手ごたえというよりは、目の前に座るモンドから、今までとは異なる雰囲気を感じ取っただけなのかもしれない。

 気付いてなかった事を、話している内に気付くような感覚の中、清士郎はなんでも無い事のように言った。


「ああいうのって、親がトゲを逆立てちゃうと、子供も親に近寄れなくなっちゃうんですかね?」


 これは当然ながらある関係性を隠喩するセリフになっている。

 モンドとレモンの親子関係をヤマアラシの親子になぞらえているワケだ。

 これは結構、心に響くセリフじゃないかな。

 そんな期待を抱いている清士郎の前で、モンドは一瞬だけ虚を突かれたような表情を見せたあと、


「……ふむ、忠告として受け取っておくことにするよ」


 やけに素直な態度でそう言った。

 それに気を良くした清士郎は、少し調子に乗りながら言う。


「結構、上手い例えだったと思うんですけど、どうですかね?」


「下手な例えだったよ」


 モンドは清士郎の自慢をバッサリと切り捨てた。

 そして満面の笑みを浮かべている。

 清士郎の目には、それはいつもの本心を隠す笑みと言うより、モンドの本心そのものに思えた。

 こういう心の震わせ方は望んでた形とは違うなあと清士郎は思った。


「わりと自信があったんだけどなぁ……」


 本気でヘコみながら清士郎は言う。

 しかし働く人間は落ち込んでばかりもいられない。

 なぜなら、ツラい時でも働かなければ、お賃金を得られなくなってしまうからだ。

 当初の目的を思い出しつつ、清士郎はモンドに提案した。


「片桐って子へのバイトの斡旋の話、もうちょっと検討してみてもらってもいいですかね? 俺が説得してみます」


「別に構わないが、キミはそれで何を得るつもりなのかね?」


「それはもちろん、あなたと、あなたの娘さんの笑顔を得るつもりですよ」


 清士郎は、あえてモンドの猜疑心に触れるようなワードを選んで言った。

 それはヘコまされた事に対する一種の意趣返しだったが、笑顔を超えて殺意を向けられそうな予感がしたので、早々に言葉を撤回する。


「冗談です。極楽寺さんが気分よく過ごしている方が、俺が得られるものが多いってだけですよ」


 そして嘘偽りのない気持ちで言う。


「片桐とか言う子に説得を試すのは簡単な事でしょう。ダメで元々です。あなたに恩を売るために、手頃な仕事だと思ったまでですよ」


 清士郎の言葉に対し、モンドは一応の納得をする。

 裏切られる事には慣れているし、この青年に過大な期待もしていない。


「まあ、やってみたまえ」


 どっちみち私としては急ぐ話でもない、と続けるモンド。

 それに対し、清士郎は爽やかな表情を浮かべて言った。


「期待して待っていて下さい。俺の話は人の心に刺さりますからね」


「ハハッ、面白い冗談だね。私は失敗に終わる可能性の方が高いと思っているよ」


 この野郎め、と清士郎は思った。

 だがしかし、別にモンドとケンカをするために、この場所に来たワケではないのだ。清士郎は憤りをグッとこらえた。

 モンドに別れを告げると、清士郎はオフィスビルを後にする。

 エントランスの外には綺麗に整備された街路が延びていて、そんな瀟洒な雰囲気の道を歩きながら、清士郎は独り言を口にしていた。


「前々から思ってたけど、ゴッちゃんのパパさんは一体何がしたいのかねぇ」


 そんな時、ポケットに入れていたスマホから音が鳴る。

 メッセージの着信を知らせる音だ。

 スマホの画面を確認しながら清士郎は呟いた。


「おっ? タイムリーと言うか、ゴッちゃんからか」


 レモンからのメッセージには、パパがヤバイと書かれていた。

 ゴッちゃんのパパならさっきまで俺の隣に居たよ、とメッセージを送り返す。

 すると今度は電話がかかってきた。

 電話の発信元がレモンであることを確認して、清士郎は電話に出る。するとレモンの叫び声が聞こえてきた。


『パイセン! アチシを裏切ったんデスか!?』


「裏切り?」


『アチシの情報をパパに売ったでしょ!?』


「そりゃあ売ったけど……ちょっと待て、誤解がある」


 少し説明の仕方がマズイと感じた清士郎は、訂正するように言った。


「俺がゴッちゃんの事を話してるのは否定しないよ。でもゴッちゃんのパパは多分、俺以外にプロの探偵とかを雇ってるぞ」


『ハァ!? マジデスか!?』


「多分だけどね。俺が話してるのは当たり障りのない事だけだよ。ゴッちゃんは元気にやってますよ、くらいの近況報告だけ。それくらいならセーフでしょ?」


『うぐぐ……』


 果たしてレモンが何に対して唸り声を上げているのか、清士郎には理解できない。

 しかし言うべき事が他にあったので、清士郎は自分の話を優先することにした。


「いいかゴッちゃん、どうか冷静になって聞いてくれ。ツライかもしれないけど、こういう時はあえて情報をオープンにするんだ。大学生活を内緒にするから探られちゃうんであって、ある程度の状況を伝えてしまえば、心配性なパパもきっと満足することだろう」


『…………』


 しばらく無言になるレモン。

 やがて、低めの声になりながら清士郎に返事した。


『アチシからパパと話すのは嫌ですよ。今は本気でパパのことキライになりそうデスから』


「俺が間に入るよ」


『パイセンからパパに話をするって事デスか?』


「まあそういう事。実は今までもやってたし」


 いけしゃあしゃあと裏切り行為を告げてくる清士郎に対し、レモンは怒りよりも呆れを感じていた。

 まあパイセンはこういう人っスからね、と思いながら言う。


『なーんか裏でこそこそ変なバイトやってると思ってたんデスけど、それだったんデスね』


「俺のせいでゴッちゃんちの親子関係がこじれたかと思うと、放っておけないじゃん。金持ちなモンドさんから嫌われたくないしさぁ」


 レモンが一人暮らしするキッカケを作ってしまった責任を、清士郎なりに感じていた。

 そこでレモンとモンドの親子関係の修復を試みていたのだ。

 どうやらまだまだ先は長そうだと思いながら、清士郎は言った。


「でも俺だけじゃ情報源としては不十分なんだろうな。だから探偵なんだよ、きっと」


『パイセンはどうする気なんスか?』


「悪いが片桐って子を巻き込んでしまおう。モンドさんから聞いたんだけど、友達なんでしょ?」


『……なんでリナちゃん?』


「男友達と女友達の違いってヤツだナ。娘の女友達から話を聞けば、世の中のお父さんはだいたい安心するんだよ。パパさんの立場からすれば、伝言役が男っていうのが不満なポイントなんだろう。だから探偵を雇わないと安心できないんじゃないかな?」


 本当はもっと根深い猜疑心があるのだろうけど、レモンに対して彼女の父親を悪く言うのも気が引けて、清士郎は適当な理由を口にした。

 それが果たして、極楽寺モンドへの援護になっているかどうかは不明である。

 マジでパパの事が気持ち悪くなってきたんスけど、と告げるレモンに対し、清士郎は、そう言ってやるなと返した。

 お金持ちには色々あるんだよと、清士郎なりにモンドへの擁護を続ける。しかしレモンには通じなかった。


『この話って、お金持ちであるかどうかが関係してますかね……?』


 正論で返してくるレモンに対し、清士郎は何も言い返せない。


『パイセン? おーい、返事してくださいよー』


 レモンの説得に失敗しつつある清士郎は、思った。

 もっとこう、簡単に言葉が心に響いてくれる子が好きだなぁ。

 レモンからの追求の声を耳にしつつ、清士郎は見上げた空に心を羽ばたかせていた。





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