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020 西園マリの物語

これにて、この章が終わります。

次の章を始める前に、1~2か月の休憩期間を取ろうと思っています。




 嫌いなわけじゃない。

 苦手なわけでもないし、行うことが難しいわけでもない。

 ただ、好きになれかっただけだ。

 そんな事を考えながら西園マリは今日も目覚める。


 一度も鳴らした事が無いアラーム機能。

 窓の外から鳥のさえずりが聞こえてくる。

 時計よりも正確に目覚められることに、高揚を感じることも無いし、あるいは失望を感じることも無い。

 いつも通りに目覚めるし、そんな日常を疑うことも無かった。


 淡々とした生活とそれに付随するリズム。そんなものを刻んでいる。

 裕福な家庭に生まれ、祖父母や両親、兄と関係は良好。

 多くの人が考える満ち足りた生活とは、こういう暮らしなのだろうかとマリは思う。

 それは絶望と言うには緩慢過ぎるし、平穏と呼ぶには味気が無かった。

 

 時計みたいに正確に、世界はマリが予想した通りに動いていく。

 時の流れを言い当てる事に対して、高揚を感じることは無いし、あるいは失望を感じることも無い。

 マリにとって未来の予想は、日常的な思考と同じようなものだ。

 止める事が出来ない。あるいは、ふとした瞬間に何気なく考えてしまう。


 未来の予想はそう難しいことでは無かった。

 それは水の流れと同じようなものだ。

 水は概ね、高い所から低いところへ流れていく。

 それと同じように人も、歴史も流れていくのだ。行きつく先など多くは無い。


 マリはベッドの上で上半身を起こし、目を閉じる。

 そして水と空の関係性をイメージした。

 未来を予測する時のイメージは雨に似ているとマリは思う。

 雨はやがて川となり、川はいつか海に流れ込み、そこから再び空に昇る。

 

 イメージする時のコツは、雨粒の一つ一つに意識を向けないことだ。

 そうすれば誰でも気付けるだろう。それらの向かう先は、ほとんど同じだという事に。

 水が海に落ちていくように、星が空に落ちていくように、人もまた落ちていく。深い底まで落ちるのだ。

 水面まで浮上したら蒸発し、やがて雲よりも高い場所まで昇り、そこからまた落ちて、再び人生を得るだろう。


 人が未来を難しく考えるのは、そこに特別な運命を求めるからだとマリは思った。

 上手く予想したいなら特別な出来事を考えないことだ。

 当たり前に起きている事象の繰り返し。そして連続性。そこには思い出となるものが何も無い。

 だからマリが行っている未来の予想は味気ないものだと言える。


 情報を集め、特徴を精査し、そこから未来を予知することは嫌いじゃない。マリはそう思った。

 苦手なわけでもないし、それを行うことが難しいわけでもない。

 ただ、好きになれかっただけだ。

 そんな事を考えながら、西園マリは今日も世界の行く末を見定めている。


 人生を雨粒になぞらえるのならば、とマリは思う。

 大切なのは、雨の一粒ずつに物語を夢想することだ。

 未来を知る事と幸せはイコールでは無い。

 ワタシにとっての幸せとは、大切な物語を作り上げる事だとマリは信じている。


 雨粒が川となって世界を渡り歩く仕組みには、物語の構築は不要なのだ。

 それは多くの人にとって裏切りのように感じられるだろう。

 誰だって自分自身を彩るための物語を求めているからだ。

 ワタシも、誰よりも物語を必要としているのだとマリは思った。


 西園マリの物語は、現在から数えれば未来に存在する。

 次元を超えた予測能力。

 それによってマリは、これから先の世界の出来事を履修済みだった。

 世界の行く末も、自分自身に起きる出来事も、ほとんどを把握している。


 だからマリは未来を思い出のように感じる事があった。

 今はまだ存在しない言葉。

 未来に自分が与えられるだろう言葉を思い返しながら、いつも朝を迎えている。

 その言葉にまつわる思い出がマリにとっての希望だった。


 そんな物語を支えにしてマリは生きている。

 淡々とした生活とそれに付随するリズム。

 絶望と呼ぶには穏やか過ぎるメロディー。

 そんな日常を変えてくれる、ただ一つの言葉。


 イメージの中でマリは未来を夢想する。

 あの人の人生はいずれあの場所に辿り着き、そして彼だけの歌を歌うのだろう。

 それはマリとっての祝福であり、同時に耐えがたい別れを意味していた。

 運命を変えなければいけないとマリは決意している。それが彼女のただ一つの望みでもあった。


(運命は変えられる。いや、変えてみせる)


 マリは心の中でそう呟く。

 運命を変えられるという事を確信していた。

 雨粒たちの行き先は変えられないけれど、どの雨粒が、どんな経路を辿るのかは変えられるのだ。

 雨粒たちの物語が多少変わっても、それは些細な違いでしかない。


 そこに運命を変えるための余地がある。

 西園マリは田原清士郎の運命を変えようとしていた。

 そのことでマリは、彼女にとっての大切な思い出を、永遠に失う事になるだろう。

 それでも良いとマリは思った。


 ありえたかもしれない未来を想い、幻影と共に生きていく。

 それが西園マリが選んだ物語であり、彼女の選んだ愛のカタチだった。

 満ち足りた日々とは何であるかを問う時、マリはこう答える。

 それは愛する人への贈り物を考える時だ。


 そんな瞬間を積み重ねることで心の空虚さは満たされていく。

 マリが目を閉じて満ち足りた瞬間を過ごしている所で、スマホが鳴った。

 まぶたを開いてスマホを手に取り、発信元を確認する。

 画面に表示された名前は悠木葉平ゆうきようへい。彼はマリと同じ組織に属する人物だった。


 マリたちは妖精と同様のネットワークを利用する事ができる。

 つまり電話を使わなくても通信することが出来るのだが、だからと言って電話を使わないワケでもない。

 電話には電話の良さもある。

 そんな事を考えながら通話状態にしたスマホを耳元に近づける。スピーカーから相手の声が聞こえてきた。


『や、やあ。おはよう、西園さん』


 ヨウヘイの声は少し乱れていた。

 震える音程から彼の緊張が伝わってくるようだ。

 そんな事を考えながら、マリは淡々としたリズムで答えた。


「なにか用かな悠木くん?」


 マリにとって質問はいつも形式的なものだ。

 それは相手に対し、心の準備を促すための前フリのようなものだった。

 実際のところ、マリにはヨウヘイの目的はだいたい把握できている。

 それが彼女の持つ能力の一端であるし、そこに特別な思考は必要なかった。


 恐らくは、とマリは思う。

 自分の能力は、相手自身がまだ気付いていない心の深い部分まで把握してしまっている。

 それを口に出せば自分は嫌われるだろう。しかし、この場合は適度に嫌われた方が真摯な対応かもしれない。

 そんな事を思いながらマリは言った。


「それにしても、せわしないかな。まだ6時前だよ?」


 こんな朝早くから電話をかけてくる理由はなんなんだい。

 そんな事をマリは言外に示しているワケだ。

 さぞ大変な用事なんだろうね、という無言の圧力をかける。

 するとヨウヘイはますます萎縮してしまったのか、


『そ、そこはゴメンナサイなんだ、ですけれど……!』


 無茶苦茶な言葉遣いになって謝ってきた。

 しかし諦めずに、さらに言葉を続けてくる。


『えーと、その! 王様を決めるって話について、ちょっと話をしたいと思いまして!』


「ワタシの選んだ王様は変えないよ?」


『か、駆け引きとかじゃないよ。僕はコーヘイな民主主義を大事にしているから。そう言えば僕の名前はヨウヘイだよね。いやいや、今は関係ないんだけどさ!? 単なる相談、なんだそうだーん、なんちゃって』


 ギャグのようでギャグではない、奇妙な言葉を発表するヨウヘイ。

 意味不明すぎて空気はヒエヒエだ。

 自ら空気を盛り下げた事で頭が冷静になったのだろうか。

 ヨウヘイはそこで落ち着きを取り戻し、続きを話した。


『意外と意思はかたくなみたいですナ。西園さんはもっと考えてから選ぶと思ってたよ』


「ふふ、先手を打ってみたの」


 実は王様選びに関しては西園さんが一番悩みそうだと踏んでいた、と語るヨウヘイ。

 そう考えるに至った理由を口にした。


『だって一番多くの可能性を理解しているのは西園さんのハズでしょ? 僕としては、もっとこう、お悩みになられていると思いまして。だからこそ相談相手に良いかな~って思ったんですが……』


「ええ。でも、そういうものでしょ?」


『?』


 戸惑いをみせるヨウヘイに対し、マリは何の迷いも持たない。

 よどみ無く流れる渓流のように、滑らかな声で告げる。


「誰が王様になっても結末は大きく変わらない。それなら迷いをみせる必要性も無いし、選択を変えることに大きな意味は持たせられない」


 だから誰を選んでも同じだとマリは言った。

 しかしヨウヘイはその説明に納得いかないようだ。

 少々硬い声になって自論を展開した。


『こんな忠告をするのは心苦しいし、ブーメランになっているとは思うけれど、僕はそういう選び方は良くないと思うんです。僕たちが誰かにチカラを貸すって事には、いつだって危険が伴うし、その、賢い選択って言うんですかね? 誰を選んでも同じだとか、そういう傲慢な態度で選ぶのは、いかがなものかと……』


「ワタシからも悠木くんに一つ忠告」


『はい?』


「ワタシ達は人類の支配者。その運命は変わらない」


 マリは、相手を突き放すような冷たい声を出した。

 その温度の冷たさに黙り込んだヨウヘイに対し、単調なリズムで言葉を続けていく。


「ワタシ達が何をどう気を付けた所で、人類は私達の振る舞いを傲慢だと感じる。それは仕方の無い事で、変えられない運命」


 そうだろうかなぁ、とヨウヘイは弱い声で応える。

 救いを求めるような言葉に対し、マリはさらなる過酷な情報を示した。


「正確に言えば支配者にならない道も選べる。その場合、人類の滅びが確定するだけ」


 実験室のシャーレの上で培養され、何不自由なく生きた原生生物は、最後に自滅していく。

 自滅すると分かっていても増殖を制御できないのだ。

 それと同じように、生物は自らの運命を制御することが出来ない。

 だから生物の行きつく先はそう多くは無かった。増え過ぎた生物は滅びの運命から逃れられない。


 マリ達が人類の運命を制御するだけの能力を持ったことは偶然の産物だろう。

 しかし、その偶然は一種の運命かもしれなかった。

 人類が滅びを免れれるための一筋の希望。

 その希望は、マリ達が人類の支配者になることでしか叶えられない。


 種の保存のために大切な事は相互関係と偶然性だった。

 人類の行く先を偶然に託すことは、人類の英知を否定することでもある。

 あるいは、支配者を前提とする仕組みは、公平さと自由の否定でもあった。

 そんな物語には耐えられないのだろう、ヨウヘイは声を荒げる。


『滅びのビジョンは僕も見ましたよ。見させられた。でも半信半疑っていうか……』


 最後は言葉を濁す。

 結論を先延ばしにしたいのだろう。

 そしてマリに向かって問いかけた。


『僕たちの能力はそこまで確かなモノかな、なんて言ってみたり』


「悠木くんが疑うのは自由。でも、ワタシはワタシが見たビジョンを信じている」


『じゃ、じゃあさあ! 言わせてもらうけど、ヒトってそこまで愚かなんだろうか?』


 その後に、僕たちも半分はヒトなんですけど、と続けて言う。

 縋るような声を出すヨウヘイに対し、マリは冷徹な態度を崩さないまま告げた。


「アナタにも分かっているはず。これは賢さだとか愚かさの問題じゃない。水が落ちるように、星が落ちるように、人も国も落ちていく。巡る時が過ぎれば、いつかはね」


 マリからの返事を聞いても、なおも迷っているのか、ヨウヘイは黙り込む。

 それに対し、マリはそれまでとは視点を変えた言葉を投げかけた。


「ワタシ達が優れているから支配者になるワケじゃない。ただ偶然にも、その役割に適した能力と特徴を持っていただけ。そう考えてみたら、どうかな?」


 マリが言葉を変えたことを、彼女なりの優しさであると感じたのだろうか。

 ヨウヘイもまた態度を変えて、ポツリと呟いた。


『……確かに、そう言う考え方が正しいかもしれないですナ』


 僕はただ感傷に浸っているだけなんだとヨウヘイは言う。

 やり取りの中で昔のことを思い出したのか、そのまま懐かしむように語り出す。


『いつだったか西園さんが言っていた言葉を思い出したよ。支配者は決して満たされないまま孤独の中に取り残される。不満の中で生きる下僕だけが、微かな満足を見つけられる……だったかな』


 そこからヨウヘイは声のトーンを変えた。

 重苦しい思いを吐き出すようにして語る。


『僕はね、最初は西園さんが言ってる事が分からなかったんだ。だけど、なんとなく実感してきたって感じてる。弱音を言えばね、支配者になんか成りたくない。そりゃあ僕だって、昔は少し憧れた事もあるよ。人々を導くヒーローみたいな存在にさ。でも、今では逃げ出したくてたまらない』


 逃げたくなるのは仕方の無いことだとマリは思う。

 誰だって自分の人生を幸せで満たしたいと考えているはずだ。

 だけど、支配者はそうはならない。決して幸せで満たされる事は無い。

 相手を支配しきってしまえば、自分自身のための物語を作れなくなるからだ。


 物語を語るためには何かに支配されている必要がある。

 そして、人生に意味を見出すためには物語が必要なのだ。

 雨粒たちの物語は、空と重力に支配されることで成立し、語られるだろう。

 そんな事を考えながらマリは言った。


「だからこそワタシ達は王様を選ぶの。ワタシ達にとっての希望は、ワタシたち自身の支配者を選ぶという選択の中にある」


 その選択こそがワタシ達の重力となり、ワタシ達の物語を作るだろうとマリは語る。

 ワタシ達は誰よりも物語を必要としている。

 そんな事を考えているマリに対し、ヨウヘイが言葉を投げかけてきた。


『正直に言えば今も迷ってるんだ。どうしても僕らが選ぶ必要があるのかな?』


 なおも寝ぼけた事を言うヨウヘイに対し、マリは助言を出す事にした。


「もう一つ忠告しても良い?」


『うん?』


「悠木くんが納得できてないのは、本当はね、王様を選ぶことじゃないと思う」


 電話の先の相手が、こちらの言葉を待っている気配を感じながら、マリは言う。


「ワタシがあなたを選ばない事。それが不満なんだと思うよ」


 しばらくの沈黙。

 そんな時間を挟んだ後にヨウヘイは叫んだ。


『ちょっと意味が分かんないんだけど!?』


「分からないと思うよ。今までなら」


 相手の戸惑いを無視しながら、マリは淡々とした口調で告げる。


「でも、ワタシが指摘した今なら分かるんじゃないかな?」


『待って待って、話を整理させて欲しい!』


 ヨウヘイは慌てふためきながら言葉を発した。


『僕たちは人類の中から王を選ぶんだよね!? だから西園さんが僕を選ぶという事は選択の範囲外って言うか、それで合ってるよね!?』


 マリはその言葉に対して「そうだね」と答えた。

 そして続けざまに指摘する。


「でもアナタはその事に対して不満を持っている」


 言葉を無くして黙り込むヨウヘイ。

 マリはあくまで淡々とした声で言う。


「ワタシの見立てでは、悠木くんはワタシに好意を持っている。それは特別な好意だと思う。だからアナタは、ワタシから選ばれたがっている」


 再び沈黙の時間を挟んでから、ヨウヘイは言った。


『冗談で言っている、ワケじゃあないっぽいですナ?』


「うん」


『そういう未来を見ちゃったと?』


「正確に言えば予測、かな。悠木くんの行動と言動、思考パターンの特徴からの判断」


『ああ、さいですか……』


 西園さんの能力なら分かっちゃうよねと、ヨウヘイはひとり納得していた。

 そりゃそうだ、そりゃそうだと、心ここにあらずな感じで呟く。

 そうした後、ようやく心が落ち着いてきたのか、ヨウヘイは言った。


『そっか。そうだったのか。いや、しかし、今の気持ちを言っても良いですかな?』


「どうぞ?」


『キッツイですナ! 言われてみると確かに、確かに恋心的なものが無きにしもあらず! それが分かるから、もう気持ちがズタズタですわ!』


 あっはっは、と泣き声のような笑いを上げるヨウヘイに対し、マリは謝る。


「ごめんなさい」


 しおらしい態度を見せるマリ。

 それに対し、ヨウヘイは心のうるおいポイントを回復させながら言った。


『いや、西園さんは意味のない事をしないハズだ。だから、僕の気持ちを指摘したという事にも意味がある。そうなんだよね?』


 そうじゃ無かったらツライんですがと、チカラ無く呟くヨウヘイに対し、マリはキッパリと告げた。


「うん。一つはアナタの感情をワタシから遠ざけるため」


『直球過ぎる!』


 回復したポイントを再び急激に減らしていくヨウヘイ。

 傷つくヨウヘイを気遣うような声になって、マリは告げた。


「もう一つは、誠意が無いと思えたから。ワタシの能力は、悠木くんの気持ちを、ほぼ正確に推察できてしまう。アナタの気持ちを分かっていながら、分かっていないフリを続ける事は出来なかった」


『西園さんの熱い友情に思わず泣きそうですナ。……出来ればここから恋愛ステージにクラスチェンジしたいと思うんですが?』


「ゴメンナサイ」


『まだ告白する前なんだけど、フラれたって事で良いのかなコレぇ!?』


 マリは改めてゴメンナサイと言った。

 その言葉には、彼女自身が意識できていない心細さが込められていた。

 そんな切ない態度に感じ入り、心のポイントを回復させていくヨウヘイ。

 ヨウヘイは思う。僕ってヤツは、こんな状況からでも喜びを感じられるのかよ。


 それは自分自身でも異常な心理に思えた。

 ほぼフラれているんだぞ。心をトキメかしている場合では無い。

 女性は星の数ほど居るし、僕の好きな相手だって西園さんだけじゃ無いハズだ。

 だから、冷静になって考えてみよう。チクショウ、やっぱり好きかも!


『いや、いいんだ。いいんだ……』


 心と身体の両方でサメザメと涙を流しながら、ヨウヘイは拳を握りしめる。

 泣かないぜ僕は、もう泣いているけどな!

 行き場のない変な活力が胸の内に渦巻いてくる。

 やってやるぜ、やってやるぜ僕。男はバカなんだ。そんな心でヨウヘイは叫んだ。


『でも多分、僕の気持ちは変わらない。変わらないさぁ! アッハッハ!』


 マリのやり方は不器用過ぎだとヨウヘイは思う。

 いくらなんでも彼女自身を悪者にし過ぎている。

 そこに傷ついたマリの姿を想像して、ヨウヘイの心は締め付けられた。

 西園マリはきっと、自分自身を悪者にすることで僕の気持ちを慰めようとしているのだ。


 甘く苦い想いがあった。

 この気持ちがある限り、自分は西園マリに惹かれてしまうのだろうとヨウヘイは思う。

 つながれなくても良い。触れられなくても良い。

 ただ、この気持ちを大切にしたいんだ。そんな想いを抱えながらヨウヘイは言った。


『だけど、僕はキミと同じヒトを王様には選ばないよ? 嫉妬とかを抜きにしてだね』


「それで良いと思う」


『気を悪くしないで聞いて欲しいんだけど、西園さんの選んだ王様は他のメンバーからは選ばれないと思う』


 きっと愛戦士くん辺りは僕と同じヒトを選ぶと思うとヨウヘイは語る。

 そんな言葉を、マリは目を閉じながら聞いていた。


「なんとなく分かるよ」


 クスクスと笑った後、マリは毅然とした態度で言う。


「相手が誰になろうと、やるべき事は変わらない」


 それは決意であり、同時に確定した未来だった。

 決然とした態度でマリは宣言する。


「ワタシ達は渡すべき相手を決めて、能力の一部を手放さなければいけない」


『僕たちが持っている魔法へのアクセス権を譲り渡すってワケだね』


 そうだよ、とマリは答えた。


「そうすることでしか、ワタシ達が幸せになれる道は無い」


 しばらく押し黙った後、ヨウヘイは口を開いた。


『キミが言っていた事の意味を、僕は最初は分からなかった。いつだって分からなかった。だけど今は、だんだんと分かりかけている』


 相手の答えを待たずにマリは告げる。


「ワタシ達は支配者である事をやめられない。大事なのは二人の関係であること。二つの種族の共生であることが大事なの。ワタシ達自身も滅びの運命から逃れられない。だからこそ、制約を受ける必要がある。支配し、支配される必要があるの。そうする事でしか、ワタシ達はワタシ達自身を制御できない」


『そのための王様選びかぁ……』


 やれやれと言わんばかりの口調でヨウヘイは言った。


『願わくば、僕らが選ぶ王様が良い王様であって欲しいね』


 そこでヨウヘイからの電話は終わった。

 マリは閉じていた目を開き、思う。

 本当の愛は与えることだ。

 それは失うことを意味する。


 生き物たちは所有欲に支配され、幸せを握りしめようと欲した。

 だけどそれではダメなのだ。

 握りしめようとするほど、人は不幸せになっていく。

 なぜなら、全てを握りしめてしまえば、もうその先の物語を生み出せなくなるからだ。


 自分自身を失っても良いと考える事ができること。

 その想いが心の空隙を満たす時に、人は喜びを感じられるだろう。

 父親と母親が子供に未来を託すように、その子供が成長して他の誰かに運命を託すようにして、物語は続いていく。

 誰かに想いを託す事でしか得られないものが、ワタシたちが必要としているものなのだ。


「清士郎、お兄ちゃん……」


 マリは清士郎に贈るものを考えていた。

 それを考える瞬間に彼女の空隙は満たされる。

 果たして清士郎は贈り物を喜んでくれるだろうか?

 その時に自分はどうなっているのかを想像して、マリは微笑んだ。





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