018 妖精、魔法、人類
立花左京の一行の後を追って施設の二階にまで来た清士郎たち。
左京たちは観音開きな感じのドアの前で立ち止まる。多目的ルームを借りたと言っていたから、ここがそうなのだろうと清士郎は考えた。
多目的というより会議室と呼ぶ方がしっくり来そうなその部屋。
どうやら鍵は掛けられていないようだ。左京がゆっくりとドアを押し、そのまま開く。
我が物顔で会議室の中に入っていく左京のグループメンバーたち。
左京の周りには、清士郎が初めて見る人物たちが並んでいる。
彼らの年齢は比較的に若そうだったが、学生には見えない。
そして清士郎の目に立札が映る。入口の前にかけられていたのだ。そこにはこう書かれていた。
『第6回 現代の妖精を考えよう ~日本を開花させる会~』
どう考えてもヤバい会合にしか思えない。
こんな所に後輩や従妹を連れて行くのは嫌だなぁ。
一瞬そう思った清士郎だったが、助けてくれた左京たちを無視して帰る、というのも寂しい話に思えた。
第一、左京に助けを求めたのは清士郎の方だ。機会を与えてくれたのだから、ここは甘んじて誘いに乗るべきだろう。
今や、謎の会合に参加する以外の選択肢は無いように思える。
悲壮な覚悟を固める清士郎の目の前で、従妹のマリがスルリと部屋の中に入っていった。
後輩のレモンも普通の顔をして部屋の中に入っていく。
この子達には警戒心ってものが無いんだろうかと考えながら、清士郎も部屋の中に入っていった。
「まずは簡単に自己紹介をしておこうかな」
備え付けのホワイトボードの前に立ち、左京がそんな事を言う。
左京の周囲には、彼の活動の関係者らしき四人のメンバーが立っている。
その中には左京よりも年齢が高そうに見える男の姿も見えたが、どうやら主導権を握っているのは左京のようだ。
そんな推理を働かせる清士郎。左京は清士郎たちをイスに座らせた後、メンバーを横に立たせたまま説明を始めた。
「改めて言うんだけど、僕たちは『日本を開花させる会』という政治組織をやっていてね、ここに居るのは全員そのメンバーなんだよ」
そう告げると、左京はメンバーの中で一番年齢が高そうな男を手で示す。
年齢が高いと言っても、三十代前半くらいと言った所だろうか。
「まずは男性陣から紹介しようか。大きい身体をしてるのが富士くん」
分かりやすいだろう、と左京は告げる。
フジと呼ばれたスポーツ刈りの男が、快活な笑みを浮かべながら口を開いた。
「今日はヨロシク。いやあ、参加者が居るのは嬉しいなぁ」
カッターシャツにスーツのズボンという格好だ。
やたら体格が良く、ラグビーの選手でもやっていそうに思えた。
左京は続けざまに別の男を示す。
「次に、そこのツンデレっぽいのが木場くん」
「誰がツンデレだコラァ!」
キバと呼ばれた男が、変な紹介はやめろと叫んだ。
清士郎の目には、最初に紹介を受けた男よりもツンデレ男の年齢は低そうに見えた。左京と同年代くらいと言った所だろうか。
服装は左京やフジと比べてカジュアル寄りだ。無地のTシャツにジャケットを合わせている。
だけど、そんなファッションよりも重要なポイントがあった。
それは妖精の存在だ。キバの右肩の上に妖精らしき存在が腰かけている。
妖精のサイズ感は、清士郎がよく目にしている妖精たちと同じくらいだ。
つまり手のひらサイズの大きさで、見た目は武闘家のように見える。
そんな事を考えている清士郎の耳に、左京の言葉が聞こえてきた。
「それじゃあ女性陣の紹介と行こうか。そちらのパイナップルみたいな髪型をしているのが屋代くんだ。オシャレさんだね」
「ちょっと待ちい! 誰がパイナップルヘッドやねん!」
ヤシロと呼ばれた女性が左京にツッコミを入れている。
年齢が分かりにくいが、左京と同じくらいか、それより下と言った所だろう。
ヤシロは麻のシャツにロングスカートのような物を合わせていた。
何やら服装にこだわりを感じる。そんな感想を持つ清士郎の前で、左京がラストを飾る一人を紹介した。
「最後に、一番大人しそうに見えるのが折川くんだね。見た目が大人しくても、性格も大人しいとは限らないけれど」
「知らない子たちの前で酷いこと言わないでくださいよー」
オリカワと呼ばれた女性は、どこにでもありそうな紺色のスーツ姿だった。
地味な見た目で、どこか衣装に華やかさを感じさせるヤシロとは対照的に思える。
見た目はヤシロよりも幼く見えるが、それは雰囲気による錯覚の可能性もあり、ヤシロとオリカワのどちらが年下なのかは微妙な所だ。
年齢順に紹介していそうなので、オリカワさんの方が年下かな、などと清士郎が推理していると、左京が清士郎に視線を合わせてくる。
「ああ、キミたちは別に自己紹介はしなくても良いよ」
そこで一度、言葉を切りながら、左京が面白がるような口調で言ってきた。
「それとも自己紹介したいかい?」
「自己紹介したいです」
キリッとした顔で答える清士郎。
こういう時は顔と名前を憶えてもらう事を日課としている清士郎は、堂々とした態度で主張する。
だが清士郎の思いとは裏腹に、隣に座るレモンとマリからは微妙な空気が流れていた。
それどころか、左京すらも苦笑いを浮かべていやがる。なぜだと清士郎は思った。
「俺たちも自己紹介したいよな?」
そう言いつつ、レモンの方を向く清士郎。
そこにあったのは微妙な笑みを浮かべたレモンの顔だった。えー、マジっすか、みたいな声がイメージとして脳内に聞こえてくる。
何か言えよと思いながら、清士郎はマリの方にも目を向ける。
マリも似たような表情を浮かべていた。しばし黙り込んだ後、清士郎は挙手しながら言う。
「俺が代表ってことで。ちゃっちゃと自己紹介しちゃっても良いっスかね?」
「まあ、キミがやりたいなら良いんだけどね」
左京チームの面々も困ったような笑いを浮かべていた。
どうやら自己紹介にかける積極性は望まれていなかったらしい。
フジという人だけが清士郎の積極性を歓迎しているようで、盛大に拍手をしてくれている。
それを真似するように、他の三人もおざなりな拍手を清士郎に送ってくれた。
なお、左京は拍手には参加していない。両手を後ろに組んでニコニコと笑っている。
このメガネは司会進行役を気取っているようだ。清士郎はそう判断した。
左京は相変わらず笑顔を浮かべている。会場の皆さん、温かい拍手をありがとうございます、とでも言いたげな表情だ。
密かに左京への反感を強める清士郎だったが、粛々と自己紹介を始めた。
自己紹介と言っても、そんなに大した事は話さない。
伝えるのは自分の名前と大学二年生という事くらいだ。
ついでにレモンが大学生だとか、マリが中学生だという事も紹介しておく。
清士郎が自己紹介を終えた後、左京は、内緒話を打ち明けるような態度で言ってきた。
「あの場では内々の会合だなんて言ったけれど、本当は参加自由なんだ。子供から大人まで大歓迎さ」
「そうなんスか」
特に思うところも無く、淡々と返事する清士郎。
それに対し、左京は少しカゲのある顔で言った。
「ただね、一般の人が参加してくれたことは、これまであんまり無いんだよ」
不思議だね、と呟く左京に対し、そりゃ参加しないだろうなと清士郎は思う。
だって集会の名称が怖いもん。一応、清士郎は前向きな提案をしてみる。
「集まる時の名称を変えてたりしてみたらどうっスかね」
妖精って言葉を使わないようにするとか、と口にした清士郎。
それに対し左京は、過去に思いを馳せるような仕草を取って言った。
「試してみた事はあるんだけどね……」
それだと手段と目的が入れ替わってしまう。その事に気付いてやめたらしい。
確かに、参加者を増やすために話す内容を変えてしまっては本末転倒ではある。
突き詰めてしまえば、妖精について語り合いたいという目的自体に問題があるのではないか。
そんな事を清士郎が考えていると、レモンが素朴な疑問として左京に質問する。
「ここって何を話し合う所なんデスか?」
扉の前の立札を見ていなかったのだろうか。
レモンの顔を見ながらそんな事を考える清士郎。
一方、左京は何やら得意気な顔になり、メガネの位置を直しながら告げた。
「この催しの目的はね、情報の共有と啓蒙だよ。妖精に関する知識の、ね」
その言葉に対しレモンが反応を示す。
「はいハーイ! 質問しても良いっスか?」
以前から妖精について関心を持っていたレモンには、この集まりは渡りに船だったのだろう。
どうぞと答える左京に対し、レモンは意気揚々と問いただした。
「なんで妖精が見える人と見えない人がいるんデスか?」
「ふふ、確かに気になる所だね」
しかし言葉とは裏腹に、左京は質問への即答を避ける。
「その辺りの事はおいおい説明するとしよう」
などと語ると、まずは妖精について基本的な情報からおさらいしようと言った。
左京はホワイトボードマーカーを手に取ると、清士郎たちに対して背中を向けながら説明を始める。
「僕が思うに、妖精がどういう存在であるのかを、キミたちは分かっていない」
左京は喋りながらホワイトボードに図形を書いているようだ。
人っぽいカタチ。その上に小さな丸のカタチ。
さらにその上に雲のようなカタチを描いている。
多くを説明しないまま図を描きながら、左京は話の続きを語り出した。
「キミたちが分かっていないのと同じくらい、僕たちも妖精について知らない事が多い」
それぞれの図形の横に文字が付け足されていく。
ヒト、妖精、魔法と書かれた。
そこで左京は清士郎たちの方を少しだけ振り向いて言う。
「僕は同士を集め、ネットワークに参加し、少しずつ妖精のこと調べたんだ。そして一つの仮説に辿り着いた」
それだけ告げると、左京は再びホワイトボードに向き直る。
今度は描いた図形の間に線を引き始めた。
ヒトと書かれた図形からは別の方向にも線を引き、その上にネットワークと書く。
つまり左京の描いた線はネットワークを意味しているのだろう。
ヒトと、妖精と、魔法と書かれた図形がネットワークで結ばれている。
そこでようやく全てを書き終えたのか、左京はホワイトボードマーカーを置いた。
清士郎たちの方を向いた左京は、やりきったような表情を浮かべている。
やがて左京は、まるでこの世界の秘密を打ち明けるように、厳かな口調で語り始めた。
「僕たちの仮説では、妖精は魔法に通じている存在なんだ。魔法とは現在の僕らの世界には無いチカラであり、おそらくは、かつて存在したチカラなんだろう。妖精が語る世界とは、僕たちが居るこの世界のことだけでは無くて、魔法が存在する世界のことをも指している」
左京の説明を聞いて、清士郎はラーメンの妖精、ラメとの会話を思い出す。
出会った瞬間から、世界を救って欲しいと彼女は言った。
もしかして、と清士郎は思う。
その世界って一つじゃなくて、複数の可能性もあるのかい?
人間界とか妖精界とか魔法界とか。
多元な宇宙とかマルチバースとか言い出したら終わりがないじゃんと思う清士郎。
契約を交わした妖精の数だけ世界があるってノリなんだろうか。
俺は三人と契約しているワケだから、ラーメン界とチャーハン界と卵スープ界を救う事になるのか、と考える清士郎の前で、左京が説明を続ける。
「僕らの世界と対になる世界が存在すると仮定していてね。彼岸と此岸、あの世とこの世、なんて言われているけど、そういう二つの世界を想像しているんだ」
そして、もう一つの世界に魔法が存在するのだと左京は言った。
まるで教師のような能弁さで左京は語り続ける。
「かつて一つだったかもしれない世界。二つに分かたれた世界が、妖精の導きにより再び結びつこうとしているんだ。あるいは、つながりかけている事の影響として妖精が現れているのかもしれない」
そこでツンデレ系ことキバが、説明に飽きたのか野次を飛ばした。
「話が長ったらしいんだよ」
さっさと結論を言えと左京に告げるキバ。
左京はキバに対して素直に謝ると、話の末尾になるだろう事を口にした。
「もうじき、この世界の物理法則が書き変わると僕らは予想している。二つの世界がつながり、新たな物理法則として『魔法』が出現するんだよ」
世界が複数あると分かり難いんで、どうせだったら一つにつなげてしまえ、という事なんだろうかと清士郎は考えた。
ラーメンとチャーハンと卵スープが、単品では無くて一つのセットメニューになって出てくるようなものだ。
それにしてもと清士郎は思う。魔法が出現するって何なんだよ。
妖精についての説明だったんじゃあないのかい。さてはツッコミ待ちかな?
清士郎は左京なりのジョークだと思い、笑いかけた。
だけど左京の周りに立つ人たちの空気はやけにヒリついていて、とても笑えるような雰囲気ではない。
口を開きかけて、そのまま止まる清士郎。
やり場を失ってしまった言葉の代わりに、質問ゼリフを口にする。
「なんスかそれ。手から炎でも出せるようになるんスか?」
清士郎の言葉に対し左京は、少し含みがある笑みを浮かべた。
どことなく上から目線の態度を感じる清士郎。
左京は謝る代わりに、丁寧な態度で質問に答えてきた。
「きっと冗談で言っているんだろうけど、それならキミは妖精のことをどう説明するんだい? いきなり現れたり消えたりと、まるで魔法みたいじゃないか」
返答に窮する清士郎。
これはオトギ話の出来事では終わらないと左京は言った。
「手から炎が出るような現象だったらまだマシさ。原理の解析は別にしろ、対処方法は分かりやすいからね。しかし、現れたり消えたりはどうだろう。キミは妖精たちの神出鬼没さに対処できているかな?」
確かに妖精の行動ついては、清士郎にとって謎が多かった。
いつだったか、妖精ラメが勝手に清士郎の交友関係を広げていた事もある。
思わず妖精について考え込む清士郎。
その殊勝な態度に満足を覚えたのか、左京は楽し気な様子を見せた。続けて言う。
「妖精による情報ネットワークは確かに存在しているんだ。だけどその原理がよく分からない。では、魔法なる謎のチカラがあって、それが現実的な力場として作用しているのだと仮定してみよう」
それは、とても恐ろしい事だと左京は言う。
調子が出てきたのか、両手を大きく広げながら話を続けた。
「なぜなら、魔法なんて物理現象はこの世界には存在しないハズだからだ。僕たちは科学の考え方に従って未来を予想してきたワケだけれど、その推論の中には魔法なんて言う力場は含まれていないんだよ。仮にこの世界に魔法が現れたとしたら、この先の世界に何が起こるのか、予測が全く出来なくなると言えるね」
例えば、と前置きしてから左京は言った。
「僕たちが魔法を扱えるようになる事が、戦略兵器を持つ事と同義だとすれば世界はどう変わっていくかな」
「さすがに冗談ですよね?」
思わず反論した清士郎だったが、左京は笑わなかった。
クセにでもなっているのか、自らのメガネを右手で整えつつ、左京は口を開く。
「魔法は、ある意味で何でも出来てしまう能力なんだ。たとえば僕はメガネの妖精と協力関係にあるんだけど、この妖精を通して相手のステータスを見る事ができる」
「ステータス?」
問い返す清士郎に対し、左京は簡潔に答えた。
「その人物に対する外形的な情報だよ。たとえば名前とか傾向とか。もしかしたら年収も知る事が出来るかもしれないね」
まるで冗談を語るように話しながら、左京は説明を続ける。
「この程度の魔法のチカラでも、使いようによっては恐ろしいことが出来てしまうんだ。キミはコールド・リーディングという言葉を知っているかな?」
野球のコールド・ゲームを連想する清士郎。
でも多分これは違うなと即座に判断する。
だけど他に思いつく事がない。いっそボケる気持ちで野球の話を言ってみようか。
そんな事で悩む清士郎に先んじて、なぜかマリが質問に答えた。
「ワタシの見解では、話術師が使うハッタリ。あるいは魔術の始まり。それがコールド・リーディングという言葉の意味」
左京は少し驚いたような表情を浮かべた。
しかしすぐに調子を取り戻すと、落ち着き払った態度で説明を続ける。
「そういう言い方もあるね。僕の認識では、コールド・リーディングは奇術師がよく使う手法だよ。何気ない会話の中で相手の性格的な傾向を見ぬき、それを一般的な心理学の知識に基づいて判断する事で、本人にしか知り得ない事を見通しているかのように見せかける。そんな技術だ」
そこまで解説を終えると、左京はそれまでの説明を否定してみせる。
気を落ち着かせたいのか、指先でメガネのフレームを触りながら言った。
「でも、僕はそんな事をする必要はないのさ。なぜなら、妖精のチカラを介して相手の情報が読み取れてしまうからね」
部屋の照明が光を発し、左京のメガネがそれを反射している。
照明を反射して光るメガネは、そこに宿る妖精のチカラを誇示しているようにも感じられた。
今も妖精のチカラを通じて何かを読み取っているのだろうか。それは左京のみが知る事だろう。
キミたちは僕の心を読み取れるかい、とでも言いたげな表情を浮かべながら、左京は説明を続ける。
「会話の中で情報を集めるコールド・リーディングに対して、事前に相手の情報を集めるのはホット・リーディングと呼ばれるんだ。ところで僕は、『見通す妖精』のチカラを通じて、事前の準備なしにホット・リーディングを仕掛ける事が出来る」
それは極めて単純な話だ。
コールド・リーディングの手法は無自覚に使われている事も多い。
相手と会話を続けたい時、私たちは必然的に、相手から話題を引き出そうとするだろう。
その行為は相手の胸の内にある情報を抜き出すことになるのだ。
日常生活においても、広い意味でのコールド・リーディングが行われていると言える。
相手から引き出した情報があるのなら、次の機会からそれを利用するのが会話というものだろう。
つまり妖精のチカラによって他者の情報を得てしまう事が出来る人物は、その情報に基づいて会話を行うことになっていく。
左京が言っているホット・リーディングの説明には、そういう意味が込められていた。
「外形的な情報を得ることで、僕は相手の過去を知ることになる。相手の過去を知れば、将来どうなりたいと考えているのかも予想できていくね。そこまで行かなくても、何らかの推測が立てやすくなる」
子供の頃の夢に関する話題は、大人になってからも意外と心を刺激するものさ。
そう言ってから、左京は自嘲するように苦く笑いながら続きを語った。
「つまり僕は、妖精を通して魔法のチカラにアクセスし、相手の過去や未来を見抜けることになる。僕の周囲にいる人に対して、その願望に沿った言葉を考えだし、与える事が出来てしまうんだ。これは、振る舞い方によってはとても危険なチカラだと思うよ」
清士郎はこれまでの左京との会話を思い出していた。
やけに自分たちの事に詳しいことを不思議には感じていた。
もしかして、と思い、清士郎はその事を口にする。
「俺とかゴッちゃんの事を知ってたのは、魔法のチカラなんスか?」
「違う、と答えておこう」
もっとも、と左京は言う。
キミが僕の言葉を信じるかどうかは、キミ次第と言ったところだね。
そんな結論を口にした後、左京は少し寂しそうに笑って話を続けた。
「妖精を通した魔法へのアクセスについてなんだけど、これは僕たち自身にも制御が難しいように思える。無責任な言い方になってしまうけれど、止められないんだ。それに、妖精との契約の有無はあまり関係ないように思える。どうにも、僕たちが妖精を見たり、妖精と会話した瞬間からそれが始まっているようでね」
マジっすか、と思わず質問する清士郎。
それに対して左京は、マジだよと答える。
「妖精と契約を交わしていなくても、魔法のチカラとしか思えない現象に悩まされている人もいるんだ。まあ、そこにいる屋代くんの事なんだけど」
チラリとヤシロの方に視線を向ける左京。
それに釣られてヤシロの方に視線を向ける清士郎。
そこでヤシロと目が合った。
しかし清士郎はヤシロと目が合ったことよりも、同時に目に入った彼女の髪型が気になって仕方が無い。
中途半端に金色に染められた髪が、頭頂で大胆に束ねられている。
本当にパイナップルみたいな髪型に見えてきたと思う清士郎。
そんな事を清士郎が考えているとは読み取れないヤシロは、清士郎に対して小さな声でハローと呟いていた。
ヤシロの話題には深く触れないまま、左京の説明が続く。
「妖精との契約の意味を、僕らはまだ完全には理解できていない。残念ながら今は情報不足なんだ。ちなみに、姿を隠すことが出来る妖精の存在も確認している。なにせ、魔法は何でも出来てしまうからね。むしろ妖精の姿は見えないのが普通なんだと思うよ」
左京はそこで、極楽寺さんと呼びかける。
突然に名前を呼びかけられたレモンは「ひゃい!?」と返事をした。
そんなレモンの態度に驚くこともなく、淡々とした口調で左京は言う。
「キミの疑問に一つ答えておこう。妖精が見える人間と見えない人間の違いについてだね。その事は、考え方を逆転させた方が分かりやすいと思う」
「逆転デスか?」
問い返すレモン。
左京は鷹揚に頷いてから話を続けた。
「妖精が僕たちの前に姿を現しているのは、妖精側の好意によるものだと考えられるんだ。つまり妖精が見えるか見えないかの違いは、僕たちの側ではなく、妖精の側に原因が存在すると思う」
左京の説明を聞き、しばし考え込んだ後、レモンは叫んだ。
「それってアチシが妖精に嫌われてるってことっスか!?」
何やらレモンはショックを受けているようだ。
そこで左京は何事かを考え始めた。
レモンの理解の仕方が、想像していたものと違っていたのかもしれない。
そして左京は別の言葉を使って解説をやり直す。
「僕の言い方が悪かったね。極楽寺さんに妖精の姿が見えないのは、妖精たちが極楽寺さんに干渉できない事が原因だと思うんだ」
解説し直す左京だったが、まだ考え方がまとまっていないようだ。
何らかの条件が必要なんだろうかとか、干渉できる環境が魔法へのアクセスの条件なんだろうかとか、独り言を呟いている。
オシャレなパイナップル頭さんが、シャキッと説明せえやと横から野次を飛ばした。
左京は、いちゃもんを付けてくるヤシロを睨み返しつつ、レモンの方に向き直って告げる。
「すまないね。偉そうな態度を取ってはみているけれど、僕らも妖精については知らない事が多い」
そこで説明に一区切りをつけようと決心したのだろう。
左京はホワイトボードに描いた図を指し示しながら言った。
「僕の結論としては、妖精の存在は前触れを意味しているのさ。ホワイトボードに描いた図の通りに、人は妖精と結びつき、妖精は魔法と結びついている。少なくとも僕はそう考えている。つまり、この世界は魔法のチカラと結びき、変貌しつつあるんだ」
そして、と前置きしてから左京は告げる。
「僕たちの目的は日本を魔法に適合させ、新たな状態に導くこと。それと、魔法のチカラの暴発を防ぐ事なのさ」
これも一種のニューノーマルとでも言うのだろうか。
魔法が現れた後の世界の日常と、その安定性について語る左京。
そこでレモンが疑問の声を上げた。
「あの~」
「なんだい?」
「世界がどう変わるのか分からないって言ってませんでしたっけ?」
レモンの問いかけに対し、左京は「良い質問だね」と返した。
そして先ほどからちょこちょこ話題になっているヤシロの事を示して言う。
「そこで屋代くんの協力が重要になってくるんだ」
「やっとウチの出番か」
よろしゅうな、と告げた後、ヤシロは「おいでませ!」と叫んだ。
するとヤシロの周囲に小さな何かが出現する。
たぶん妖精だろうと清士郎は思った。
仏僧みたいな見た目の妖精が出てきた後、ヤシロは改めて名乗りをあげる。
「ウチは屋代夏凛。ほんでこっちは風車の妖精のフーガや。まあウチがそう呼んでるだけやけどな」
妖精と聞いて、肉眼では妖精が見れないレモンがスマホを準備している。
一方、肉眼で妖精が見れる清士郎は妖精フーガを観察した。
すると、妖精が何やら呟いている事に気付いた。
そっと耳を澄ませる清士郎に、こんな言葉が聞こえてくる。
『風の声に耳を傾けなさい……』
この妖精はオシャレな俳句でも目指しているんだろうか。
よく分からなかったので、清士郎は再度、妖精フーガの言葉に耳を傾けて待つ。
『時の鳴動、回る車輪、鮭の還る故郷。そこは北陸の風物詩……』
ふるさとを目指しているんだろうか?
喋っていることを聞いてもよく分からなかったので、清士郎はヤシロに質問してみた。
「この妖精は俺たちに何を伝えようとしているんですかね?」
「アカンアカン。聞いてもムダや。意味わからんで」
手を横に振って否定的な意見を口にするヤシロ。
そして、妖精と契約していないという現状について説明し始めた。
「ウチは妖精と契約してへんのやけど、それは会話が成立せんからやねん」
ただな、と言ってからヤシロは話を続ける。
「フーガと出会ってから変な夢が見えるんよ。ウチはそれをビジョンって呼んでるんやけど、これが未来の予知になってるみたいなんや」
「予知?」
「嘘みたいやろ。でも、そうとしか思われへん」
ヤシロの表情が少しだけ暗くなる。
それは彼女にとって、愉快ではない出来事なのだろう。
魔法のチカラに悩まされているという左京の説明を思い出す清士郎。
そこにタイミングよく左京が割って入り、解説を付け加えた。
「僕たちの活動の方向を決めているのが彼女の予知夢なのさ。つまり妖精フーガと関係する魔法のチカラは、未来の情報へのアクセスと言ったところかな」
それと、一つ伝えておこうと言ってから、左京が妖精についての新たな説明を付け加える。
「妖精が持つ能力は限定的なんだ。魔法に対するアクセス権限のようなモノを想像してみてもらうと分かりやすいかもしれない。それぞれの妖精は、アクセスできる範囲が限られていると推定される。もっとも、それが不変の事なのかどうかまでは分からない」
分からない事だらけさと、左京は嘆いた。
そこから先の話を引き継ぐようにして、ヤシロが口を開く。
「そんでなあ、ウチが見た夢の中で、未来はトンデモ無いことになっとる」
そいつは大変そうですねと、清士郎は他人事のように答える。
この時の清士郎は微塵も想像していなかった。
ヤシロが見た未来の中に自分が登場して、自分こそがトンデモない事態の一つになっていることなど、全く想像もしていなかった。




