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001 実は新手のチャーシューだったりするのかな




 今日はラーメンを食いたい気分というものは、誰にでも起こる事だと思う。

 これが季節の野菜を添えたグリーンパスタなんかになってくると、ちょっと話が違ってくる。

 身構えてしまうのだ。何となく自分の服装が気になってこないだろうか。

 周囲の目を気にして、街のオシャレさんとして見られたいわ……なんて具合に、普段着で食べに行きたいという気分にはならないと思う。


 汚れた服、汚れた手で、まあいいかと思えるのがラーメンだろう。

 もちろん手は洗うわけだけど、それもラーメン屋のトイレを借りれば良い。

 むしろトイレに寄るついでにラーメン屋に入るか、なーんて感じのオッサンもいるんじゃないだろうか。

 ヨレた雑誌が置かれた本棚なんかが店内にあると、ああ、ラーメン屋に来たな、という感慨もひとしおだ。


 私は家系ラーメンを知らない。

 スープにこだわらない。麺にもこだわらない。野菜マシマシというものは私とは別世界の話だと考えていた。

 田舎の片隅の、こじんまりとした、気兼ねなく行けるラーメン屋にこそラーメン性を感じている。

 ただし、そういう店は油分がキツイことがあるので、その点だけは注意が必要だ。


 年齢と共に身体がラーメンのチカラについていけなくなりつつある。

 だからラーメン屋に行く時には、まるで少年漫画の激闘シーンのような熱い思いを抱くことがあった。

 もってくれよ、俺の身体……!

 限界を超えた時に、ぐぎゅるると鳴るお腹。そして流れ出そうになる何か。それは涙のように美しいものでは決して無い。


 とある街の片隅に、安い、早い、美味いなランチを求める男がいた。

 彼の名は田原清士郎。大学二年生だ。

 清士郎きよしろうの特徴を一つ上げるとすれば、ズバリ卑しいことだろう。

 彼は他人にタカることを信念とし、人から何かを与えられる事を期待している。金を持ってそうな人と出会ったならば、とりあえずコネを作ろうとする男だった。


 そんな清士郎は、後輩である極楽寺レモンと一緒にラーメン屋に来ていた。

 カウンター席に座ると、メニュー表を睨むようにして眺めながら、一番安い部類を確認していく。

 ラーメンのトッピングなど付ける気は毛頭ない。ギョウザも注文しない。

 安さを求めた単品勝負が清士郎のモットーだった。メニュー表を見つめて悩む清士郎に対し、レモンが言った。


「田原パイセン、決まったッスか?」


 極楽寺レモン。彼女は清士郎の後輩であり、手下的な存在であり、清士郎の下心も含めて表現すると金ヅルだった。

 父親が日本人、母親がイギリス人という裕福な家庭の中で生まれたレモンは、日焼けした肌を活動的な服装でさらしながら、母親ゆずりの金髪をポニーテールにしている。

 実にラーメンを食べるのに適した髪型だと言えるだろう。

 別にラーメンだけでなくパスタを食べるのにも適した髪型だったが、清士郎と二人の時は滅多に外食のパスタを食べない。値段が高めな事を清士郎が嫌っていたからだ。


 レモンから話しかけられた清士郎は、少し焦りながらメニュー表を確認する。

 なんど見てもラーメン単品が800円を超えていた。

 メニュー表を返す返す見て、彼が求める値段のラーメンがどこにも無い事を確認すると、清士郎は虚無った表情を浮かべる。

 そして苦渋をにじませた声でレモンに告げた。


「ああ、決まった。決めたぞ。今日は俺も金を出す」


「別にオゴってもいいっスよ?」


 何度もオゴってるし、と言外に匂わせるレモンに対し、清士郎は爽やかな笑顔で答える。


「ありがとう。でも、いいよ。オゴってもらうには高すぎるし」


「そうっすか。じゃあ会計は別々っスね」


「ああ。ここはゴっちゃんの望むとおりにするとしよう」


「これってアチシが望んだことになるんデスか……?」


 などと返事するレモンであったが、頭の中には別の疑問が渦巻いていた。

 パイセンが時々発揮する、この奇妙なプライドってなんなんだろう……?

 田原清士郎という男は、金持ちに媚びる生き様からしてプライドを捨てているように思われがちだが、それは違う。実はプライドが高い男でもあった。

 誰かに何かをプレゼントされたら黙ってはいない。彼なりの基準でお返しはするし、高すぎる物を贈られそうになると遠慮することもあるのだ。


 お返しは、ありがとうの言葉だけで終わる時もあれば、後でジュースをオゴってくれる時もあった。今のように、オゴりの話を遠慮することもある。

 ただし、清士郎の判断基準はレモンにとっては謎であるし、それは世間一般で考えても謎のままだろう。

 極楽寺レモンは、田原清士郎が持つ謎の思考回路に興味を惹かれていた。

 彼女は観察者なのだ。内に秘めた野心的な試みとして、田原清士郎の生き様を観察して、その生態をいずれ何かに利用できないかと考えていた。


 店員に注文を伝え終えると、時間つぶしのために二人は語り合う。

 ヨーヨーが持つ回転力を何かに活用できないだろうか。

 例えばトゲを付ければスゲー武器になるんじゃないか、と清士郎は提案する。

 一方レモンは、そんなモン使ってたら自分の手に穴があかないッスかね、と反論した。


 結論としては、取り付けたトゲの部分がいつかヨーヨーの糸に引っかかって切れて、ヨーヨーは自由の身になる。

 しかし人の支配から逃れるのと同時に、ヨーヨーは回転するチカラを与えられなくなり、自らの存在意義レゾンデートルを失うという事になった。

 隣の席からは、この店はテンテンセットがお得なんだよ、という話し声が聞こえてくる。

 そうこうしている間に、店員が二人の元に料理を運んできた。塩ラーメンの小サイズにコーンとモヤシがトッピングされたものがレモンの前に置かれる。それを眺めながら清士郎は言った。


「そんなサイズでよく腹がもつなぁ」


「パイセンだって似たようなもんじゃないっスか」


 レモンは清士郎の前に置かれたラーメンを見つめながら言う。

 それは店名入りのラーメンであり、この店の看板メニューである。その中サイズだった。


「俺の場合はコスパ重視だから。満腹感と金額の差を考えると、これがベストなんだ」


「セットメニューの方がお得な気もしますけど?」


「ゴッちゃん、それは罠だ」


 訳知り顔でそう言う清士郎。

 はてな、という表情を浮かべるレモンに対し、彼は語り始める。


「こういうラーメン屋ってのは看板メニューを割安で出すと思う。そこで損した分を取り戻すためどうするのか……」


「どうするんスか?」


「そのためにセットメニューを組むんだと思うんだよ。だから一見お得に思えるけど、実はセットメニューはコストとパフォーマンスがトントンになっているハズなんだ」


「そんなもんッスかねぇ」


 別にそんな事も無い。ラーメン屋ごとに方針は異なっているだろう。

 さて、清士郎が自らのラーメンを食べようとした時、ラーメンの上にナニカが浮かんでいるのが見えた。

 それはまさに浮かんで見えている。ラーメンの具材では無いように見えた。

 むしろ知的な生命体に見える。しかも半透明だ。中華風のヒラヒラとした赤いドレスを身にまとった、手のひらサイズの少女の姿が見えていた。


「お……おぉ?」


「どうしたんスか?」


「ヨウセイだ。妖精さんが見える」


「ようせいさん?」


 具材に紛れて幼虫でも入っていたのだろうか、と考えるレモン。

 ポカーンとしているレモンの表情を見て、言葉が伝わっていない事を理解したのか、清士郎は説明した。


「ラーメンの中に半透明のちっちゃい女の子が浮かんでる。そう見えるだけで、実は新手のチャーシューだったりするのかな」


「ちょっと何を言ってるのか分かんないっスね」


 清士郎が理解不能な発言をすることは珍しくなかったが、論理的に齟齬そごがある事を言い出すことは珍しい。

 これからは清士郎きよしろうとの間に距離を置こうかな、と考えるレモンだったが、あることに気付いてスマホを取り出した。

 そして『現世虚構げんせきょこう:ホロウ・リアクション』アプリを立ち上げる。

 それは肉眼では見えない妖精を検出して画面に映し出すというアプリだった。


「ちょっち待って下さいね~……ほいっと。あ、見えました。ガチじゃないっスか」


 『現世虚構げんせきょこう:ホロウ・リアクション』は中国のメーカーが開発した、謎のスマホアプリである。

 そのアプリを使って自然を眺めていると、異常にクオリティの高い、妖精みたいな姿が映る事があった。

 しかしその仕組みが分からない。マーカーレス拡張現実の技術を実現しているのではないかと言われているけど、詳しく知る者は誰もいなかった。

 現状では企業秘密という事で納得されている。基本無料なこともあって、面白半分に使われていた。


 このアプリがヒットする前提として、今から15年ほど前から、妖精が見えると言う都市伝説がソーシャルなネットワークで流行していた。

 当初の世間の反応は冷たいもので、妖精を見たと言う発言に対しては「お薬出しておきますねー」と揶揄やゆされたものだったが、ある時に状況が一変する。

 流れを変えたのがそう、『現世虚構:ホロウ・リアクション』のリリースだ。今から2年前に登場したこのアプリにより、目に見えない存在がこの世にいるという考え方が一般的になりつつあった。

 特に若い世代ほど柔軟に対応している。そんな社会の流れの中で、レモンも妖精の存在を受け入れていた。


「それにしてもパイセンって、見える人だったんデスねぇ」


「なにそれ?」


「妖精が見える人っスよ。パイセンの奇妙な能力が一つ増えましたね」


「ゴッちゃんには見えてないの?」


「そうっスね。見える人の方が少ないと思いマスよ」


 ふーん、と返事しながら、清士郎はしばしラーメンの上に浮かぶ妖精を眺める。

 そうしてから、スマホ越しに妖精を確認しているレモンの方を向くと、疑問を口にした。


「アプリで読み取れるってことは、パターン認識の一種なのかな。何のパターンを検出しているのかは分からないけど」


「いや、それをアチシに聞かれても……」


「今の俺なら肉眼でQRコードを読み取れるかもしれない」


「うん? う~ん」


 妖精とQRコードって同じジャンルなんだろうか?

 そんな事で頭を悩ませるレモンを尻目しりめにしながら、清士郎は店長に向かって、すみませーんと声をかける。


「この店ってラーメンの中に妖精とか入れてます?」


「は?」


 一瞬空気が止まる。

 気まずさを感じ始めた清士郎に対し、元ヤンキーっぽい風貌をした若い店長が、胡散臭いものでも見るような表情で告げた。


「……いや、ウチはそういうサービスはしてないですね」


「あっ、ハイ」


 小声ですみませんと謝り終えると、清士郎はレモンの方を向いて言った。


「やべえ、怒らせたかもしんない」


「まあ、アチシもラーメンから妖精が出てくるとは思わなかったっス」


 ネットの評判によると、自然豊かな場所ほど妖精が見えやすいらしい。

 それよりも、と前フリをしつつ、清士郎は言った。


「これどうすれば良いと思う? すごい食べづらいんだけど」


「く、食うんスか……!?」


「そりゃ食べるよ。お金出すんだもん」


 当たり前のようにそう告げると、清士郎は割り箸を手にした。

 どこから手を付けようかと狙いを定めていると、半透明な少女と目が合った。その瞬間、少女が口を開く。


『初めまして。私の名前はラメ』


「うおっ!?」


 驚きの声を上げる清士郎。

 状況が理解できていない様子のレモンに対して、彼は今しがた起きた事を手短に語った。


「しゃべったぞコイツ」


「しゃべった?」


「ああ」


「う~ん、アチシには何も聞こえないっスね」


 アプリでも音を拾えないデス、と嘆くレモン。

 妖精から意思疎通を持ちかけられた清士郎は、とりあえず話の続きを聞くことにする。

 そんな清士郎に対して妖精は、厳かな声で告げた。


『この出会いは運命。私と契約して下さい。そしてこの世界を救ってください』


「ちょっと話の規模が大きすぎるなぁ……」


 何気なく入ったラーメン屋で、世界を救えと請われる事があるとは、考えたこともなかった。

 自分の気持ちに素直に従うなら、これからも考えたくない。

 ヤベエ、どうやって断ろうか。

 それだけを考えながら、清士郎はパーフェクト・コミュニケーションを目指した。


「もしかしてキミは、わざわざ俺を選んだってことになるのカナ?」


『はい、そうです』


「それは残念だなぁ。俺は選ぶ方であって、選ばれる方じゃないって決めてるんだ」


 誰かにオゴってもらう時と、その場所は、自分自身で決める。

 それが清士郎が定めているルールだった。ついでに、お金を出して買った料理には、こだわりを持つというルールも定めている。

 その覚悟と気迫が、清士郎が持つ割り箸の先から伝わったのだろうか。

 ラーメンの妖精、ラメは何かを察する。そして清士郎に対して問いただした。


『私を、食べるのですか?』


「キミというか、ラーメンを食べたいんだ」


『それがあなたの選択ですか?』


「そうなるのかな。悪いんだけど、ちょっとそこをどいてくれる?」


『それは出来ません。今の私はラーメンそのもの……。私はあなたとラーメンの狭間はざまに存在しているのです』


「マジかぁ」


 意味はよく分からないものの、妖精を避けながら食う事が不可能だと理解した清士郎は、別の質問をすることにした。


「ちなみに、このままラーメンを食べるとキミはどうなるの?」


『あなたと一つになります』


「はっ?」


 予想外の答えに動揺する清士郎。

 妖精ラメは清士郎の戸惑いなど気にしていないのか、すらすらと続きを答える。


『あなたに食べられることで、私という存在は消えるでしょう。そしてあなたと一つになります。死が二人を分かつまで、私たちは運命を共にする……それは素敵なことです』


 最後に頬を赤らめて告げてくる妖精に対し、清士郎は恐怖を覚えていた。


「それって多分、元に戻れないやつだよなぁ……」

 

 このままラーメンを食べると人類種のカテゴリーから脱却してしまう予感がした。

 自分から人間を辞めることを選択するヤツは、他人に対してもそうさせるんだろうなと考えながら、清士郎はメニュー表を手に取る。

 もっとも、種族や系統にこだわる意味は無い。人間をどう定義しても良いし、人間を辞めても続けても良い。大事なのはそこで何を選ぶかだ。

 そう、何を選択するのかが重要だった。真剣に考えた後に、清士郎は店員に向かって言う。その言葉に迷いは無かった。


「すみませーん、この卵スープ付きのチャーハンを頼めますか?」


『?』


「た、田原パイセンが二品目を注文した!?」


 レモンは驚いた。なぜなら、清士郎が二品目を注文するという現象は観測したことが無かったからだ。

 ラーメンから妖精が出てきた上に、ありえない清士郎の行動。そこから推測される変化。

 よく分かんないっスけど、新時代が来ようとしてるデスねこれは……! 

 心臓がバクバクですわ状態に陥りつつ、スマホ越しに妖精を見ると、彼女はきょとんとした表情をしていた。

 田原パイセンはこの妖精をどうするつもりなんだろうと思いながら、レモンは清士郎に問いかけた。


「どどど、どうする気なんスか田原パイセン!? なにゆえにチャーハンを!?」


「そりゃ食べるためだよ。ゴッちゃんも早く食べないと伸びちゃうんじゃない?」


「このラーメンちゃんはどうするんスか!?」


「ハハ、どうしたって言うんだよ。俺の目には何も見えない」


「パイセーーン!?」


 清士郎は決断していた。注文したラーメンそれ自体を無かったことにしようと。

 それは代金を払いながら食べないという、清士郎にとっては屈辱の結果になるが、仕方が無かった。

 ラーメンの妖精と合体してラーメン妖精マンになるのか、それとも世界を救うと約束するのかの二択なのだ。

 ただラーメンを食いに来ただけなのに選択支がエゲツなさ過ぎる。出来れば聞かなかった事にしたかった。


 あわあわしているレモンの前で、卵スープとチャーハンが運ばれてくる。

 ここからが俺のリスタートだ。そう意気込む清士郎の目に、見えてはいけないものが見えていた。

 なんか、チャーハンの上に半透明でちっちゃい男の子が浮かんでいる。

 卵スープもだ。卵スープの方は和服を着た童女だった。それぞれの妖精が清士郎に向かって言葉を発した。


『オイラと契約してくれよ! オイラはチャーハンの妖精、ハーン様だ!』


『……スウ』


 清士郎はしばし目をつぶった。

 ほぅ、と息を漏らすと、冷静さを取り戻した頭脳でつぶやく。


「これってアレか。契約するまで終わらないやつだ」


 選択支があるからと言って、その先に理想の未来があるとは限らない。

 無視してみても、問題が増え続けるだけの時もある。

 清士郎は、人間から卒業して妖精マンに変身するのか、それとも得体の知れない存在との間で、内容があやふやな契約をするのかの選択を迫られていた。





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