T-25 【鬼姫と冴えない陰陽師】の -都(みやこ)救済日記-
このお話のあらすじだよ。
これを見てる、おにーちゃん、おねーちゃん。よーく聞いてね!
京の都を騒がす、それはもう優雅でうつくしーい鬼が人を殺しまくってたの。
みんなに『鬼姫』なんて呼ばれてるんだけど、それが私、蝶ノ森家の生き残り、綾姫ちゃん。
お父様もお母様も屋敷のみんなも……検非違使に取り囲まれて、おまけに陰陽師の使う式神ってやつに殺されちゃった。
そんなことされたら、絶対鬼になってでも復讐して全員コロシテやろうって思うよね、でしょ?
なによ、永浬、もっと真面目に説明しろって?
うー。ご主人様ってだけで、なまいきー! ……わかったわよ。
偶然出会った朱雀の陰陽師とーりの式神になった私は、二人で都の悪に立ち向かっていくことになったの。
そしたら青龍の陰陽師の陰謀とかー、蝶ノ森家の秘密とかー、野良鬼退治とかー、復讐とかー復讐とかー、色々あるわけ。
ほら、これでいいでしょ?
眼下に広がるのは、夕日を湖に溶かして流し込んだみたいな大量の篝火。
その色は、私の心を代弁するかのように真っ赤な血の色。
「見つけたぞ、京の都を恐怖に陥れし『鬼姫』よ!」
「悪しき鬼よ、今日こそは貴様に引導を渡してくれる!」
そう勇ましい声を上げているのは、この屋根まで上ってきた屈強な検非違使達だ。
「おじちゃんたち、だあれ? オニヒメって、なあに?」
「な!? 子供?」
「変だな……鬼姫は一体どこに……」
私の姿を確認した検非違使達が、さらにその目を丸く見開く。
うふふ、そんな顔しないでよぉ。
私は『ここ』にいるよ? ちゃんと……ね?
「お嬢ちゃん、君は一体……いや、そんなことはどうでもいい。さあ、危ないからこちらに来るんだ!」
「見たところ、どこぞのお姫様かな? どうやってこんな屋根の上に……」
「やぁだぁ! 私ここでおじちゃんたちと遊ぶのぉ~」
そう言って、私はクルクルと回る。
羽織った細長がはためく様は、まるで色とりどりの蝶々が舞っているかのようでしょ。
「まて。その姿……その舞……思い出したぞ。まさか蝶ノ森家の息女――」
そいつのセリフが言い終わらないうちに、私は跳んだ。
一気に奴らの目の前まで迫った私は、爪を鋭く伸ばして、胴を二つに引き裂く。
「気安く私の名を口にするなぁ!」
そして、目にも留まらぬ速さで検非違使を切り捨てていく。
その度に舞う、鮮やかな鮮血。
「変化しおった……その爪……その牙……その角……貴様が『鬼姫』か!」
「蝶ノ森家の宝と言われた、『綾姫様』に取りつくとは、まさに鬼!」
「あははっ、鬼が取りついた? おじちゃんたち大人のクセにバカなの?」
「な、なんだと?」
私は、おじちゃんたちに向かって、ニッコリと笑う。
でもね、本当はこれっぽっちも笑ってなんていないんだ。
心の中にあるのは、憎悪と憤怒だけ。
「この角はね、私を逃がそうとした父上様の首がはねられた時に生えてきたの……」
「何?」
「この牙はね、私をかばった母上様の手足がちぎられた時に生まれたの……」
「……では、その血に染まった長い爪は?」
「この爪はね、私の目の前でみんな喰い殺されて、炎上する屋敷を見ていたら伸びてたの……」
「喰い殺された……だと?」
私は、両手を高く天に掲げる。
そして、満月の光で輝く血塗れの手を見せびらかした。
「鬼はね……人の憎しみから生まれるんだよ。大人なのにそんなことも知らないんだぁ~?」
「ヒッ、ヒィィ!」
「た、助けてくれぇ!」
「ダメだよ。おじちゃんたちは私たちを助けてくれなかったよね? 父上様も母上様も、兄上様達も、みんなみんな『助けて』って言ったのに!」
そう、みんな言ったんだ。死にたくない、助けてくれって。
でも……誰一人、その言葉に耳を傾けてくれなかったよね?
「あはっ、さあ……もっと遊ぼうよ。もっともっと、私を楽しませて!!」
「そこまでだ、悪鬼『鬼姫』よ。必ず調伏させてらうぞ」
検非違使達に代わって、今度は狩衣姿の人たちが私を取り囲んだ。
胸に輝いてるのは、青色に輝く五芒星の印。
あはは、こいつらは知ってるよ。さっき殺しにいった陰陽師の仲間だよね。
「我が式神たちよ、『鬼姫』の動きを止めろ!」
奴等がそう叫ぶと、私の周りに無表情な鬼たちが次々と現れた。
見たこともない青鬼や赤鬼、大きなヤツも小さなヤツもいる。皆、生気がなくてまるでお人形のようだけど……。
「アハハハハハハ! それ新しいお友達? いいよ、さあ、私と遊びましょう?」
「このバカがっ! 皆の者、生意気な鬼姫を倒せ!」
「グォォォォォォ!!」
一斉に襲いかかってくる鬼たち。
でも、意思を持たない鬼なんて、私の敵じゃないよ。
鬼の群れを飛び越えて、後ろにいた陰陽師の首を爪で掻っ切る。
「な! 結界が!?」
「追いかけっこするの? 大人のくせに楽しそうだね!」
「鬼ども、何をしておるのだ! 早く我らの盾とならんか!」
―――ドクン……ドクン……ドクン……
心臓の鼓動が、次第に大きくなっていく。
その鼓動は私に教えてくれるんだ。
ああ……もう限界。……もうすぐ鬼化が解ける時間かぁ、残念。もう帰らなきゃ。
「……はい、終わり! どきなさいよね、ざーこ!」
「な!?」
「がぁっ!!」
私は、一気に跳躍して先頭にいた陰陽師の首を爪で跳ね飛ばした。
そしてそのまま、都の空を駆け上がる。
「貴様、逃げる気か!」
私は牙をむき出しにしてニッコリと笑うと……手を広げて叫んだ。
「大丈夫! また遊んであげるよ! 都にいる検非違使も陰陽師も、みんな、みーんな殺してあげるから!」
後ろから聞こえる怒号と悲鳴に心地よさを感じながら、私は進む。
大きな屋敷の屋根に降り立った私は、月を背にして大きく夜空に舞い上がった……のに。
足は、いつものように空中を蹴ってくれない。
嘘でしょ!?
「だってまだ時間じゃないのに!!」
そして私は、真っ暗な闇の中に落ちていった……。
***
――深い闇が私を包む。
『……殺セ』
……誰?
『ソイツラヲ殺セ……全員……』
……父上様? それとも母上様?
ううん、違う。声は父上様や母上様よりももっとずっと低いし……それに二人ならそんな風に命令したりしないもん。
じゃあ誰だろう?
私は、そっと闇の中に手を伸ばした。すると、伸ばした手の先が少しだけ明るくなった。そこに見えたのは……。
「あ……れ……?」
「ああ、よかった。気が付いたようだね」
うっすらと目を開けると、知らない男の顔が目の前にあった。
どうやら私は、この男の人の膝に頭をのせて横になっているらしい。
「う、うわっ!?」
「こらっ! そんな急に動いたらダメだよ」
男の声を聞いて、私の記憶が徐々によみがえってくる。
あれ? なんで私……生きているんだろう?
突然鬼化が切れちゃって……空から落ちて、深い闇の底に落ちて……えーとえーと……。
頭を抱えて思い出そうとしていたら、突然お腹が『くぅ~』と小さく鳴った。
「お、お腹すいた……」
私がそう言った途端、目の前の男の人がクスクスと笑い始めた。
「あははっ! 面白い子だな」
「わ、笑わないでよぉ!」
私は思わず男の膝から起き上がると、プイッとそっぽを向く。
そっか。私、お腹がすいてたんだ……。だから鬼化も解けたのかもしれない。
すると、再びお腹が『くぅ~』と小さく鳴った。
二度も聞かれるなんて、最悪だよ……もういっそ、この男も殺しちゃおうかな……ひょろっとして弱っちそうだし。
「ははっ、ごめんごめん。とりあえず何か食べ物を準備するよ」
「お前、ご飯作れるのか?」
やっぱり、復讐と関係ない人は殺しちゃだめだよねー。ヒトゴロシになっちゃうところだったよ。あぶなーい。
「うーん、僕には作れないんだけどね、式神が準備してくれるさ」
「式神?」
私が言葉を繰り返すと、男はニッコリと笑って言った。
「ああ。僕は陰陽師だからね」
「オンミョウジ?」
よく見ると、男の胸に赤くに輝く五芒星の印が浮かんでいる。
うそでしょ。完全に油断してた。
陰陽師はみんな敵だから……殺さなくちゃ! 私は、男に飛びかかると首筋を狙って爪を伸ばそうとした。でも……。
「無駄だよ、綾姫ちゃん。この屋敷は結界で守られてるからさ、鬼化はできないと思うよ」
「な、どうして私の名前を! うわっ!」
爪は伸びないし、見えない壁のようなものに弾き飛ばされて、逆に尻もちをついてしまった。
「痛っ! もう……なんなのよ!」
「あははっ、元気があっていいねぇ。ウワサだとおしとやかなお姫様って聞いてたんだけどなぁ」
「うっさい。それは昔の話だし!」
私は立ち上がると、男に向かって構えた。
「まあまあ。おちついてよ、綾ちゃん」
「綾ちゃん!? それは父上様と母上様しか言っちゃダメな呼び方なのに!」
「あーそうなんだ。ごめんねー綾ちゃん」
何コイツ、馴れ馴れしいにもほどがあるでしょ!?
でもなんでだろう……なんだか、すごく懐かしいような……安心する……そんな温かさを感じる。
「それじゃあ僕も自己紹介しておこうかな。僕は佳元永浬。都の南を守護する朱雀の陰陽師だよ」
「すみもと……とおり?」
「とーりでいいよ、綾ちゃん」
「ちゃんって言うなー!」
うう、なんなのコイツ! もう我慢できない!
私は地面を思いっきり蹴ると、再び間合いを詰めた。そして、勢いそのまま首にかみつこうとする。
でも……また見えない壁に弾かれてしまった。
「ねぇ、綾ちゃん。君は蝶ノ森家が何故滅ぼされたか、考えてみたことあるかな?」
「何故って……どういう意味よ」
「物事にはね、すべて理由があるんだよ。見てて」
とーりが、独り言みたいにぶつぶつと呪文を唱えると、目の前に大きな鏡が出現した。
「これは『遠見』の術と言ってね、遠くを映すことができるんだ。ほら、上座の付近をよく見てごらん」
鏡の中には大きなお屋敷の中が映っていてる。
上座には青い五芒星を胸元につけた陰陽師。いつも見る連中とは違って狩衣じゃなく直衣を着てる。
その横にたたずむのは、母上様……。
ううん、母上様じゃない。もっと若い人だ。
「この人は誰?」
「これはね、君の姉君……東を守護する青龍の陰陽師が使う――最強の鬼……式神だよ……」