表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/27

T-22 陰陽の大工 政信

 土御門家の長男として生まれた土御門泰信には、陰陽師としての才が無かった。五行の内「木」の術しか使えず、さらに木を槍のごとく飛ばす基本の術でさえ、素早く動かすことができない。彼の取り柄と言えば精々器用さくらいであった。恐らく土御門家は弟の泰重が継ぎ、自分は家から追放され居なかったことにされるのだろう。そう思っていた時、泰信は謎の陰陽師の女性、マリと出会う。彼女から「鳥居之術」を教えられた泰信は、建築の世界へとのめり込んでいく。

 やがて泰信は平内家に引き取られ、木の術を活かしながら棟梁として修行を積んだ。それから八年。関ヶ原の戦いが終わった頃、マリは彼を陰陽師の世界へと誘う。彼は大工としての経験と「木割」の知識を使い、新たな術で妖に対抗する。江戸の泰平の世の裏にあった、陰陽師達の戦いの物語。


 文禄四年某日、尾張国。

 豊臣秀吉公に流されてから、彼の父はずいぶんと荒れていた。

「なぜこんなことも出来んのだ! 我が家の恥晒しめが!」

 罰として、飯抜きと晩までの修行とのこと。しかし修行といっても、彼を見る者は誰もいない。皆、弟の教育にご執心である。

(恐らく土御門家はアレが継ぐのだろうな)

 父・久脩ひさながから褒められるのを待っている、弟の泰重やすしげを横目で見てから、修行場へと向かった。


 野原について、彼は藪からいくらかの太い枝を拾い、呪符を取り出した。

 投げられた槍が岩を穿つ様を頭に浮かべ、唱える。五行の木、基本の一。

「──槍之術」

 眼の前に落ちていた枝が、ゆるりと浮き、ふらっと動いて、コトンと岩へ当たった、

「……うん。全くできる気がしない」

 彼は早々に諦めた。いつものごとく一人遊びを始める。

「──のみ之術」

 基本の二。枝の形を整え、均す。

「──槍之術」

 枝を浮かし、縦に積み重ねていく。

「凄い。こんなものは初めて見た」

「ひっ!?」

 突然掛けられた女の声に、彼の集中は途切れた。枝が地面へと崩れる。

「すまん、驚かすつもりじゃなかった」

 見たところ十代後半という所だろうか。その出で立ちは陰陽師のものであった。女の陰陽師は珍しい。

「……どちら様?」

「マリと言う。貴方は?」

「土御門泰信やすのぶです」

「……あれ? もしや嫡男? でも泰重様が嫡男と」

「私はすぐに家から追い出されるのでしょう。元服と共に」

「なぜ」

「私に才がないのです。五行の内、木の術しか使えません」

「ふむ。だがそれを極めれば」

「あと打ち出すのも遅いです。攻撃できません」

「ああ……」

 マリは頭を抱えた。それは確かにほとんど何も出来ない。まさに木偶である。

「……でも、器用ではあった。なら、できることはあるかもしれない。見ててくれ」

 彼女は転がった枝を見ながら、呪符を取り出した。

「──鳥居之術」

 応用術の一つ。鳥居を模した形を組む。簡易的な結界となり、妖怪を拘束する際に用いる。ゆえにどの術よりも速さが物を言う。

 だが彼女が見せたそれは少し様子が違った。ただ丸太を組み上げただけではない。のみ之術により整形された、反りのある美しい鳥居だ。

「すごい、ですね」

「これ、普通の『鳥居之術』と比べて少し力が強いんだ」

 まあ遅いから今は役に立たない術だけど、とマリは自嘲した。

「多分本物に近ければ近いほど力が増す。器用な君なら、新しい『鳥居之術』を生み出せるかもしれない」

 マリの言葉は、彼にとって希望の光だった。それから数日、彼らは新しい術の開発に力を注いだ。

 ──その年。泰信は、政信まさのぶへと名を変え、土御門家の系譜から消された。



 八年後。

 慶長八年某日、紀伊国。

「おう。ずいぶんと進めたな」

 とある書をしたためている折、土御門泰信改め平内へいのうち政信は、養父である吉政よしまさから突然声をかけられた。

「いつできそうだ?」

「まだ数年はかかりますね。とりあえず門と社だけは何とか」

 振り返ると、養父殿は難しそうな顔をしていた。

「ちと厄介な客が来とる」

 はて。棟梁となるため彼の元で修行して八年。厄介な客は腐る程見たが。

「そういう意味じゃない。俺はあの方に恩があるから断れん。だが絶対に厄介事だ」

「恩? 養父殿が」

「てめぇを養子に紹介してもらったのが、その方だ」

 政信は大変に驚いた。つまりその方とやらは、政信にとっても恩人である。


「お久しぶりだね」

「どうも」

 八年経って大人びたが、当時の面影が残っていた。

「マリさん」

「うん。改めて自己紹介をしよう。幸徳井家に仕える賀茂マリだ」

「……賀茂?」

 といえば、安倍家と賀茂家の賀茂だが。

「まあ、普段はただのマリと呼んでくれ」

「貴女が養父に私の紹介を?」

「たまたま伝があってね。君の境遇には親近感があったから。それで、用件というのは君を妖退治に駆り出せないかと思って」

 政信はあんぐりと口を開けた。

「私が?」

「そう君が」

「陰陽師に戻れと、今更」

「いや、一旦私が仮で雇った労働力ということで。実は人手不足でね。将軍様が幕府を作るにあたって、陰陽師を再建させるおつもりらしい。妖も続いた戦乱の世でまともに討たれず、力を増している」

「だからといって私を駆り出さなくとも」

「新しい『鳥居之術』、できてる?」

 まるで確信があるかのように、彼女は言った。その圧にやや腰が引けつつも、政信は頷く。マリは満足気に笑った。

 かくして平内政信は、八年越しに陰陽師の世界へと踏入り、初めての妖退治へと赴く事となる。



 妖退治、当日。

 彼女は集めた術師に告げた。

「この山に巣食う妖は、親玉が一つ、子分が三つ。その内一つを、今日やる」

 マリは幸徳井家の中でも要職に就いているようである。今日の戦は、彼女が取り仕切るらしい。

 参加する陰陽師がかなり多い。少なくとも十人はいる。陰陽師でもない政信は肩身が狭かった。

 規模が大きな戦だ。妖も相応に強力だろう。

「その、妖というのは」

「怨霊、菅原道真公」

「!?」

 大物どころではない。

「の、分霊だよ。そして今日はそのまた子分。だから大丈夫」

「なるほど?」

 それは安心できるのだろうか。

 とりあえずできることをしよう。政信は自身のしたためた書を片手に、地面に石を並べ始める。周りの術師は、それを怪訝そうに見ていた。


 やがて、晴れているのに雨雲でも近づいてくるような、湿気と重い風が、山の上から吹き下ろしてくる。葉がざわめき、雷の如き地響きが徐ろに大きくなる。

「来るぞ! 構えろ!」

 そして妖は森の木々を掻き分け姿を表した。牛の頭をした、六つ脚の蜘蛛のような、名を牛鬼。

 陰陽師達の術が襲う。火、水、土、木、金の槍や球。しかし勢いは止まらない。

「縛るぞ──五行の木、鳥居之術!」

 牛鬼の脚や頭を地面に縫い留めるように、鳥居を模した木組が現れ地に突き刺さった。

(あれが実践における「鳥居之術」……凄まじい早業だが)

 美しくない。すぐに破られてしまうだろう。

 政信の懸念の通り、まるで決壊する堤のごとく砕かれる木々。

 次々と砕かれるたびに鳥居が生み出されているが、いずれ限界が来よう。

「政信」

「はい?」

「出番だ。あれを抑えてくれるかな?」

 マリ曰く、出番らしい。宙にふきとばされた丸太の中から、政信は丁度いい長さのものを数本見繕った。

 呪符代わりに、書を構える。最初の方の紙片を開いた。

「──五行の木、社記集『花表とりい』之術」

 ゆるりと、決して早くはなく、だが淡々と、丁寧に鳥居が組まれていく。柱には転びをつけて、笠木は反らせて。

 術師達の拘束がついに砕かれるとき、完成したそれは、見紛うことなき伝統の社殿建築、鳥居である。

 牛鬼はその鳥居を破ろうとして、まるで壁に激突したかのように弾かれた。


「なっ!?」

「あれはなんだ!」

 術師達が驚愕する中、マリだけが口角を上げていた。

 それだ。それなのだ。政信に求めていたものは。拘束するのみの形だけの鳥居ではなく、完全に結界として成立する「鳥居之術」。水の領域であった結界術に、木が立ち入った瞬間である。

「よくやった。政信」

(これを私も習得して、土御門に対抗する)

 幕府は宗家に土御門を据えた。しかしまだ隙はある。この術の発見によっては、あるいは。

 わざわざ各地から術師を呼んで集めたのだ。さあ精々この術の噂を広めてくれ。できれば将軍様のお耳に入るまで。

「次、行きます」

「──ん? 次?」

 吹き飛ばされた木々と、ついでに周囲の森の木も刈っている。材質の良い物を選び、政信は浮かせる。

 あらかじめ地面に置かれていた石は、「礎」である。

「──五行の木、社記集」

 もや柱、向拝柱、縁、高欄、垂木、長押。

 鳥居など比較にならぬほどの複雑さと精度を持って、木々が組み上がる。

 それは古代より形を変えずに残り続ける、社殿建築の基本形。

「『壱間社』之術」

 「本殿」の完成と共に、空気が晴れた。

 先程までの重い湿気は消えて無くなり、清涼な風が涼やかに髪を撫でる。

 妖の領域であったが故、龍脈を拾いきれていなかった術師達の力が桁違いに向上する。その感覚を彼らは身近に知っていた。この戦の前、そこで身を清め、祓いをしていたのだ。

(こ、こいつ)

 賀茂マリは体の奥底から湧き出る感情に、震えが止まらなかった。

(この短時間で──「聖域」を作り上げた)

 どうやって? あの「鳥居之術」ですら神業と言えるものであるのに。

 理屈はわかる。しかしわからない。

 本物に近づくほど力を増す。だがそのためには、鳥居という単純な形ですら限りなく高い精度がいる。「鳥居之術」とはいうが、組み上げているのは術師なのだから。それを社という複雑なものでどうやって組み上げたというのか。

(恐らく、アレだ)

 彼が片手に持って、呪符代わりにしていた書。アレに答えがあるとマリは直感する。


 平内政信は、陰陽師の才はなかったが、建築の才は類を見ないものであった。

 「木割」というものがある。各部材の寸法を柱の直径との比率でもって割り付ける、古来より伝わる手法。

 彼は木割に目をつけた。柱間の長さから直径を定め、全体に至るまでの比率を全て決定していくことにより、半自動的に建築を組み上げる。


 近世初期にして、すでに後世と比しても勝るほどの完成度を持つ木割書があった。

 『匠明』五巻。その著者、平内政信。

 この物語は、彼の歴史の裏にあった足跡である。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
  ▼▼▼ 第二十回 書き出し祭り 特別会場の投票はこちらから ▼▼▼ 
投票は1月13日まで!
表紙絵
― 新着の感想 ―
[一言] T−22 陰陽の大工 政信 タイトル:大工さんそして陰陽師。 あらすじ:落ちこぼれ陰陽師が得意分野に全振りする話だね! ひと言感想:能力がないと諦められて外に出されてしまうのは辛い。才…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ