T-21 荒ぶる乙女は恋に焦がれて青く燃ゆる。
「往け、帝都治安維持部隊弐番隊。君達の恋路と帝都の平和を守る為に──」
泰正時代、帝都東京。
人の負の意志から生まれる妖魔を討伐すべく結成された帝都治安維持部隊が平和の裏で暗躍する時代。戦う事しか知らない弐番隊所属の女学生達はある夜、「恋がしたい」と奮起していた。
「──というわけで。私達、情熱的な恋を始めます」
恋に夢見る式紙使い。
男を誑かす快感を覚えた拳銃使い。
自分より強い男を求める刀使い。
そして、偏屈を極めたお偉いさんの三男坊。
奇抜なキャラクター達が織りなす和風ファンタジーここに開幕。
「──ねぇ、ハル。サキ。私達も女学生なのだし、そろそろ情熱的な恋をするべきだと思うの」
「それって今この状況で話すべき事なの?」
「仕方ないわ。千代子ってば、先週一目惚れした陸軍の方が既婚者だと先刻知ってチョレてるのよ」
泰正時代、帝都東京。
そんな夜の帝都に楽観的な話をしている袴姿の女学生の姿が三つ。その周囲には、人間ではなく鬼のような形をした異形達が唸り声をあげて取り囲んでいた。──妖魔。人の負の意志から生まれる一般的に妖怪と呼ばれる類の生き物である。
「違う違うの。話を聞いて──ってちょっと、あなたたち五月蠅い! センチな乙女の夜を台無しにした罪は重いわよ!」
袴に編み上げブーツ。そして月夜に映える綺麗な黒髪はまがれいと。
典型的な女学生といった風貌の千代子が怒りと共に妖魔目掛けてわら半紙を投げつけた。
わら半紙にはそれぞれに文字が書かれている「火」や「雷」等単純な漢字だ。
だが、わら半紙が鬼に触れた瞬間、本当に火や雷が紙から現れて鬼の体を燃やしていく。
「今日はえらく簡素なのね。全然妖魔が死んでないわ」
「失恋して間もないのに、長い文章なんて書ける筈無いでしょうっ!?」
「いつもの拗らせた俳句が恋しくなってきた。この前は【火柱よ 妖魔と燃やせ 失恋も】だっけか。あれはとてもよく燃えた」
「勢いあまって近くの学校まで燃えたものね。泣きべそかきながら【大雨よ とにかく早く 降ってくれ】も傑作だったわ」
「酷いわ! いつも二人で私の事を馬鹿にして! 二人だって大慌てで水を汲みに行って川に落ちたじゃない!」
人類が古来より妖魔と戦うために編み出した呪術という技がある。
才覚ある人間にしか発現せず、その力は正に一騎当千。
故に歴史の表に出る事はなく、人と人が殺し合う裏で妖魔との戦いにのみ使われて来た力だ。千代子が使う呪術は【式紙】と呼ばれる呪術だ。紙に霊力と念を込めて文字を刻む事により、超常現象を起こす術である。
炎に怯んで少し下がった妖魔達に対し、今度はハルとサキが前に出た。ハルは異国の血が入っているのか髪の色に朱が混じり背が男性並みに高い。一方でサキの方は千代子と変わらず小柄な日本人だが、くるりと丸まったおかっぱ頭である。実に対照的な二人だがハルは日本刀を構え、サキは回転式拳銃を手にしていた。
「ハルは恋に興味が無いの?」
「わからない。ずっと修練だけしてきたから。そんな事考えた事もなかった」
「私もよ。貴女達とこの弐番隊で治安維持の仕事をしている事が楽しかったのよ」
帝都治安維持部弐番隊とは三人が所属する組織の名前だ。
帝国陸軍参謀部内の組織で、彼女達は幼少期より訓練を重ねて所属している。
「でも、私達ももう十六歳。呪術の力はこれから年と共に弱まっていくって先輩達が言ってたね」
「あれだけ暴れたい放題暴れていて、急に女の顔になるのだから最悪よ。可愛かった下の子達も前線に出てくるようになったし、私達も先輩達みたいな時期が来たのかもしれないわね」
二人は淡々と会話しながら妖魔の群れへと斬り込んでいく。呪術によって肉体を限界まで強化した二人の前では妖魔も紙屑のようなものだ。嵐のように斬っては吹き飛ばされ、銃声が響き渡る。無言で斬っていたハルだが、やがて足を止めて一度大きく深呼吸して構えをとった。
「そう、この生活も何時か終わりが来る」
言葉に熱は無い。だが次の瞬間にはハルが両手持ちにした刀が絶叫と共に轟音を立てて振り下ろされた。自顕流に呪術を足した必殺の一撃が、妖魔が衝撃波と共に一匹だけでなく纏めて粉々になって飛散していく。残りの妖魔はサキの拳銃が正確な射撃で頭部を破砕していった。
圧倒的な強さである。たった三人の弐番隊であるが、彼女達の強さは治安維持部隊の中でも指折りだ。その強さ故に男からは敬遠されてしまい、今までまともな恋すら知らずに彼女達はここまで来てしまったのであった。
「だから恋をするの! こんな戦いばかりだったけれど、素敵な友達と素敵な旦那様に出会えたから良かったって、おばあちゃんになっても思いたいじゃない!」
「わ。千代子が復活した」
「一理あるのがいやらしいわね。何も知らないお偉いさんのイデオロ姫達に、""卒業面""って小馬鹿にされるのも癪だしやってみない?」
「……私も別に、興味がないわけじゃない」
「話は決まったわね! これから三人で素敵な恋をするわよ! ──さぁ、皆であの朝日に向かって競争しましょう!」
△△△△
「──というわけで。私達、情熱的な恋を始めます。そんなに心配そうな顔をしなくても大丈夫ですよ。結婚しても、毎年必ず顔を見せに来ますので」
役所の地下の一室。椅子と机が一つしか存在しない簡素な部屋。そこは帝国陸軍参謀部の拠点の一つである。千代子達の正面に座った彼女達の管理者である宗像勇五郎少佐は、両腕を組んで何とかため息を押し殺した。
「四ノ原千代子君。確かに報告は受け取った。──君はまぁ良いとして、三津間ハル君。一歩前へ」
「はいっ!」
「相変わらず元気がよろしくて結構だ。昨日の話だが、君は男子学生達を全員木刀でなぎ倒したと聞いたが、この話は本当だろうか?」
「はい。間違いありません。私の理想の男性は、自分よりも強き男でございます。この学区で名の通った強き学生達に恋文を送って、試合をした結果にございます」
「それは、所謂果たし状ではないのだろうか?」
「いえ、違います。恋心を込めて書いたので恋文で相違ございません」
「わかった。ただし、矢文で学校に撃ち込むのはやめなさい。怪我人が出てからでは遅い」
ハルの顔は何時ものように真剣だ。ここまではっきりと言われてしまってはそれ以上宗像少佐は何も言えなかった。文面も回収したが、どう見ても内容は果たし状である。だが、これ以上追及しても平行線だと判断し次の問題児へと目を向けた。
「五十鈴サキ君。一歩前へ」
「私、何もしてませんのよ?」
「いや、この街の風紀を乱している。君から情熱的な手紙を貰った男達が決闘をして病院送りになる事件が昨日だけで三件起きた」
「良い女を巡って男達が争うのは仕方のない事でしょうに。歴史がそれを証明していますわ」
恋愛事に興味が無さそうな顔をしていて、いざ実際男を誘惑させたら一級品の悪女となってしまったサキは当たり前のようにそう言ってのけた。それどころか仲間内で「ずるいわ一人だけ!」だの「それは背信行為」だのぎゃあぎゃあとじゃれあっている始末である。全く悪びれるそぶりもないので、最後の頼みの綱として宗像少佐は千代子に視線を向けて問うた。
「君の隊の二人がこう言っているが、隊長として君はどう思う?」
「──最高の仲間だと心より思っておりましてよ!」
宗像少佐の言葉に、一切の淀みなく三人の中で一番はっきりとした快活な声で千代子はハルとサキの事を肯定した。どうしようもない連中だ、と歯噛みしたが子供の頃からずっと目をかけてきた事もあり、また女学生の身ながら危険な行為をさせている負い目もあって強く言えない。何より今の帝都東側における最高の戦力だ。陸軍の中でも評価が高いし、宗像がこの地位までこれたのも彼女達の力が無かったとは思っていない。
「わかったわかった。昨日の件は不問とする。だが、君達は隠密の人間だ。あまり派手に目立つ行為は自重してくれよ」
「かしこまりましたわ。では、そろそろ失礼致しますね。今日はこれから三人で銀ブラですの。逆にこちらから殿方に声をかけてみようと思っています」
「それは結構。銀座に行くのであれば伍番隊に顔を出してくれ。諸々あって、現在隊員が男一人になってしまってな。人員補充されるまで一時的に君達の隊に組み込まれると先刻決まった」
「……伍番隊ですか。あまり知った仲ではございませんね。顔が思い浮かびませんもの」
「それもそうであろう。お偉方の三男四男のお坊ちゃま達の受け皿のような組だ。表向きは探偵をやらせているので、使い走りぐらいにはなるだろう。とりあえず、顔合わせをしてきなさい」
宗像少佐が嫌悪の感情を少しだけ漏らした。あまりいけ好かない男らしい。
だが、それを全く気にせず千代子達は三人で輪を作り作戦会議を始めた。
「どんな人かな? 本物の侍みたいな強い男だったら嬉しい」
「いや、男は顔よ顔。どんなに優秀でも顔が好きでないと暮らしていけないわ」
「二人とも即物的ね。やはり私をどれだけ愛してくれるかが一番大事よ」
きゃっきゃ笑いながら一礼をして宗像少佐の書いた住所を受け取ると、千代子達は部屋を出ていく。彼女達の出て行った後、宗像少佐は一人部屋に残り天井を見上げた。先達が切り開いた新時代。帝都の暗部ともいえる治安維持部隊の子供たちが恋に焦がれる時代が来たかと薄く笑いながら──
そして、彼女達は出会った。
真新しい近代建築の一角。一之宮奏之介探偵事務所と札が貼られた煙草臭い部屋の中で──
その男は、スーツにハット。丸眼鏡で理知的な顔立ちをしていて──
強気を挫き、弱気を助ける任侠の気風を持っていて──
酔って暴れる博徒ですら片手で外まで吹き飛ばせるような強い呪術を会得していて──
そして何より──
「何なんだ女三人雁首揃えて騒がしい。──私は君達のおもりなんてする気は毛頭ないぞ。とっとと家に帰りたまえ」
兎にも角にも、女が大嫌いという感情を一切隠そうとしない男であった。





