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T-01 私、義妹の身代わりに殺戮の王子に嫁いだら重宝だと溺愛される日々になりました

豪族の娘、吹雪ふぶきは肩身が狭い。元巫女の母は亡くなり、義母が実権を握っている。


ある時、義妹に縁談が舞い込んだ。

相手は蔦城つたぎ忍命しのぶのみこと。足柄平野を統治するために大王おおきみより遣わされ「殺戮の王子」と噂されている。嫁入りした娘を一晩の戯れの後に殺すという。


義妹は恐怖に荒れ狂い、義母は吹雪を身代わりにと考え、吹雪は承諾する。



忍命は閨で特技を訊いてきた。吹雪は巫女術と応える。神託を受けたり、供物を作ったり。


「供物? なんだそれは?」


忍命は興味津々だ。吹雪は小さな米粒を供物に変え差しだす。

ひもじかった吹雪は食材のカケラを使い、コッソリ供物を食してきた。


「こんな美味いものは初めてだ!」


巫女術は重宝で、忍命の性癖に共感する吹雪は溺愛されることに。

同行する吹雪の巫女術を使い忍命は戦に勝利。


だが朝廷からの更なる下命は激甚なものだった。

 迎えの者と共に、吹雪(ふぶき)は早朝から徒歩で足柄平野を横断していた。陽の位置はだいぶ高くなってきている。

 嫁ぐ命令とともに義妹に贈られた美しい絹の衣裳(きぬも)を着せられ、領巾(ひれ)を背から回して両腕に引っかけている。細長い領巾は風にひらひらと棚引いた。


 こんな豪華なものをわたしに押しつけるなんて。

 吹雪は、衣裳類の入れられた籠を渡されたとき、義妹の手が震えていたことを思いだす。義妹は余程、噂が怖いようだ。

 しかし首飾りや髪飾りを含め着飾る正装は、徒歩での旅に向かない。帯も上等。帯回りに付属の小袋。どれも、豪勢な綾絹や見たこともない羅が使われていた。吹雪は誤って落とさないように必死だ。

 くつは皮で作られているそうで、慣れないが思ったよりも歩きやすい。

 

 

 

 景行天皇には子が多く、朝廷は数十人の王子たちを統治のため各地に送り込んでいた。


 足柄平野へ来たのは、蔦城つたぎ忍命しのぶのみこと。朝廷から派遣された大王(おおきみ)の息子だ。近隣の裕福な豪族の娘を嫁がせては、一夜の戯れの後に殺してしまう。

 忍命が「殺戮(さつりく)の王子」と密かに呼ばれるのは、その所以(ゆえん)だった。


 殺されるにしても、あの家をでることができて良かった。

 吹雪は小さな安堵を感じている。

 もう限界だったのだろう。

 巫女である母の力が消えたと確信したとき父は、母と吹雪を奴婢にした。


わたし、巫女術使えるよ? 父上に言おう?』


 吹雪は母に囁く。密かに継がれた巫女術があれば、父は待遇を戻すだろうと。だが母は隠せと厳命だ。


 神の力で繁栄を得た父。なのに父は神を敬わない。

 父には二人の妻がいたが、継母は贅沢三昧な上、やはり神をないがしろにする。言葉にするのも悍ましい神への不敬がまかり通る家で、母は、ひっそりやまいで亡くなった。

 吹雪は神に申し訳なく必死で清めを続ける日々だ。放置したらとんでもないことになる。家を出ることも死ぬこともできなかった。

 

 

 

 酒匂(さかわ)川を小舟で渡れば、王子の住まう館は近い。

 慣れない衣裳と領巾や飾りをなんとか保ちながら、吹雪は必死で歩いた。


 見えてきたのは、今まで暮らしていた豪族居館とは比べものにならない大きさと豪華さを備えた館のようだ。


「女神のように美しいではないか」


 敷地に入っていくと美豆良(みづら)に結わず、長いままの黒髪を風に靡かせた美青年が弾む声をたてた。

 布袴(ぬのばかま)に、手結(たゆい)足結(あゆい)の尾や飾りも帯も極上で神々(こうごう)しく目が眩みそうだ。


 蔦城つたぎ忍命しのぶのみこと様ですよ、と、同行していた迎えの者が小さく告げてくれた。御自(おんみずか)ら迎えにでてくれたらしい。よく到着が分かったものだ。

 吹雪は、丁寧に礼をする。


「贈っていただいた一式のお陰です。忍命様」


 吹雪も長い黒髪だ。結いあげずに背でまとめている。義妹の嫌がらせで切られた前髪は、撫でつけてきたのに風にさらされて額に下りていた。


「しので良い」

「はい。では、しの様」

「その前髪は良いな。オレも、お前に揃えよう」

「は? あ、いえ。ご随意(ずいい)に」


 美豆良に結うときに困るのでは? とは思うのだが。ここでの最大の権力者である王子自らの意志を誰に止めることができると言うのだろう。


「名は?」

吹雪(ふぶき)です」

「では、吹雪。ついて来い」


 義妹への縁談だが名は知らなかったようだ。栄華を誇る地方豪族の父は、娘が二人いると世間に隠していたのかもしれない。

 

 

 

 いそいそした気配の忍命の後をついて敷地を歩く。多種な建物は、どれも見たことのない立派さだ。

 忍命は、高殿(たかどの)と呼ばれる館へと階段を上がって行った。手すりつきの縁を備えた立派な建物。

 沓のまま板床にあがり、忍命は引き戸を開け吹雪を室内へと招く。


「沓はぬいでしまっていい」

「はい。しの様」


 引き戸を閉めた忍命は部屋の真ん中へと進んだ。厚みのある広い敷物へと座り込み、手招きする。

 広い敷物に、向かいあって座れということらしい。


「吹雪は、何か特技があるか?」


 座るのを待たず、忍命は訊いてくる。


「巫女術です」


 ふわふわの感触に慣れず困惑していたせいか、吹雪は無意識に応えてしまった。

 巫女術を隠せと母の言葉を思いだし、吹雪は蒼くなる。

 だが、すぐに思い直した。

 生き延びるため、今こそ巫女術を披露すべきでは?


「巫女術? 何ができる?」

「神からの神託を受けられます」

「未来がわかるのはつまらん。が、時には必要だろうな。他には?」

「……供物」

「供物? なんだそれは?」


 忍命は興味津々な表情になっている。


 これは良い機会? 語るより試したほうが早いかな。

 吹雪は飾りのように帯に着けられた小袋から、一粒の米を取りだし手のひらで供物に変えて差しだす。

 義母が実権を握る地方豪族の家で奴婢にされ、ずっと、ひもじかった。ときどき少しだけの食事を、美味な料理や菓子に変えてコッソリ食べ凌いだ。


 今回、手のひらに現れたのは菓子だった。外側はサクサク触感の干菓子のようなもので、中に絶妙な甘さの潰した煮豆のようなものが入っているはず。

 忍命は、不思議そうにしながら、無造作にかじりつく。

 ざっくばらんな印象や仕草なのに、やはり高貴なのだろう。食べている顔も美しい。綺麗な貌は、すぐに驚きを宿すものへと変わった。


「なんだこれは! こんな美味いものは、初めてだ! 有り得ないぞ、この濃厚な甘味は」


 嬉々とした声。


 そうだろう。吹雪は食べ慣れているが、母が存命な頃でも、栄華を誇っている地方豪族でも、このような味わいのものは食べられなかった。

 供物と呼ぶが真逆で、天か神からの授かりものだ。一粒の米を差しだす代わりに、天から恵みとして与えられる。


「たぶんですが、天上の食かと」


 吹雪の言葉に、忍命は納得したように頷いた。


「巫女術、気に入ったぞ」


 忍命は満面の笑みだ。

 すぐには殺されずにすむかも?


「嬉しゅうございます」

「そうだ! 吹雪。お前の着替えがとばりの向こうにあるはずだが。借りても良いか?」

「借りるも何も、しの様が所有のものです。お持ちします」


 吹雪は立ち上がり、垂れ絹の向こう側へと歩む。幾つも籠があり、それぞれ何らかの一式が揃えられていた。豪華な衣裳、寛げそうなもの、用途が謎な代物……。

 吹雪は忍命のために、もっとも豪華な籠を選んで運んだ。


「お前のものだが、借りるぞ」

「しの様がお召しに?」

「そうだ」


 吹雪用だというなら、衣裳(きぬも)など一式だ。

 帯で調整できるけど、しの様、わりあい体格が良いのに大丈夫かしら?


 手伝おうとしたが、忍命が籠に触れた瞬間に着つけは終わっていた。

 目深に頭巾をかぶった姿。

 あら? 背が低くなってる?

 見上げてくる顔は、目眩(めまい)がするほど綺麗な美少女だった。


「まぁ、とてもお似合いです。なんて美しいのでしょう!」


 思わず瞠目し吹雪は感嘆の声だ。


「ふむ。オレも大丈夫そうか。兄上は童女の姿で敵に近づき、見事討ち取ったというからな」


 口調は変わらないが、声は少女のもの。

 変身したの?


「そうでしたか。はい。これなら、気づかれず敵に近づけます。でも、できたら、そんな無茶は……」

「ククッ。そうだな」


 可憐な声と、忍命の面影が残る綺麗な貌。豪華な衣裳は似合いすぎ、天女か、神か、そういった存在を思わせる神々しさなのだが、きゅんと来るような愛らしさに吹雪はめろめろだ。


「ああ、なんて可愛らしいの」


 余りの可愛らしさに、くらくらしながら衝動的に少女を抱きしめていた。腕の中で、少女めいた忍命は笑い声を立てている。


「そんなに気に入ったか? 敵地よりも、吹雪と出かけるとしようか」


 うきうきとした声はくぐもっている。吹雪は、ハッと我に返った。


「申し訳ございません! なんて失礼なことを……」


 抱きしめていた腕を解こうとすると、逆に少女の腕に捕まり抱きしめ返された。


「いや。この姿を気に入ってもらえたのは初めてだ」


 とても嬉しそうな声。

 え? 嫁いできた者に、いつも女装を見せてるの? 嫌がられたら殺すの?

 忍命は吹雪を抱きしめたまま、元の姿に戻っている。


 気づけば柔らかく厚い敷物の上に、押し倒されていた。

 ……ここ、閨?


「あ、あの、しの様……、夜伽は巫女術が消えてしまうかも?」


 慌てて吹雪は告げた。巫女術を失えば命の取り引き材料がなくなる。戯れの後に殺すなら、戯れを避ければ命は助かる?


「消えてもかまわん」


 間近で顔を見下ろしながら忍命は笑みを深める。


「供物、作れなくなりますよ?」


 床入りを引き延ばそうと吹雪は重ねて訊く。


「既に美味なるものは堪能した。悔いはない」

「いえ、私には、悔いが……! だって殺すのでしょう?」

「いや? オレは、誰も殺しておらんぞ?」

「は? でも、殺戮の王子って呼ばれてますよ?」

「確かに、つまらん奴は皆戯れの後、下女におとしたが。お前は面白い。オレの妻になれ」

「巫女術を失ってもですか?」

「そうだ。一緒にいちにでかけよう」


 女装で? と、口には出さなかったが、そうだ、と、心へと言葉が響いてきた。忍命は変身もするし、不思議な力を使えるようだ。身体は光に包まれ衣装は弾けて消えた。

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[一言] T−1 私、義妹の身代わりに殺戮の王子に嫁いだら重宝だと溺愛される日々になりました タイトル:タイトルに関係性がてんこ盛り。波乱要素満載やん。 あらすじ:嫉妬と不信の展開という予測とは違…
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