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T-10 桃太郎

昔々、とある村に子供のいない老夫婦が住んでいました。ある日、老夫婦は川辺で大きな桃を見つけ、それを家に持ち帰り切ってみると、中から元気な男の子が現れました。老夫婦はその子供に「桃太郎」と名付け、大切に育てました。


老夫婦に可愛がられてすくすくと育った桃太郎は、鬼ヶ島に住む鬼たちが村を襲っているという噂を聞きました。桃太郎は勇者になる決意をし、旅立つことにしました。老夫婦はそんな桃太郎のためにいくつかのきび団子を持たせました。


道中、桃太郎は出会った仲間たち――犬、猿、雉――と共に鬼ヶ島へと向かい、様々な試練や戦いを経て鬼たちと戦いました。


最終的に、桃太郎と仲間たちは力を合わせて鬼たちを打ち破り、村を守りました。帰還した桃太郎は勇者として村人たちに歓迎され、老夫婦と共に平和な日々を過ごすことができました。


これが初代桃太郎の話です。


 日の本の国に生まれ、正義を意識しない男児は果たしてどのくらいいるだろうか。


 鬼の蔓延るこの世で、弱きを助け強きを挫く……そんな存在に憧れないが果たしてどのくらい存在するだろうか。


 怠惰の星の下に生まれた俺でさえ、正義という言葉を聞くと全身の血が滾る。


 だから、だからこそ――――。




『――――!!』


 血が揺れるほどの歓声に、遠くへやっていた意識が戻る。


 前を見ると、俺にとって唯一親友と言える男が""二尺六寸四分七厘の刀""を地面から引き抜いているところだった。


 その刀は元々柄の根本……上身かみ部分までが地面に突き刺さっており、現在はその見事な刀身が中程までその姿を見せている。


「鬼彦、桃太郎の資質として大事なのは膂力じゃなく技だ」


 そう宣言していた人間と同一人物とは思えないほど手足に力を漲らせており、腕には血管の筋すら浮いていた。


 間違いなくやつは過去最高の桃太郎になるだろう。


「はぁ……はぁ……」


 やがて桃太郎科の卒業式たびだちのひに『歴代で最も長く刀を引き抜いた桃太郎』となった俺の親友は、割れんばかりの歓声に包まれながらこちらへやってきた。


「桃介、お前なら何か凄いことをやるんじゃないかって思ってたよ」


「……ありがとう、鬼彦。どんな歓声よりも、君の言葉が胸に沁みる」


 そう言葉を交わすと、桃介は振り返りもせずに歩き去る。俺たちにこれ以上の言葉は要らなかったし、何より次は俺の番だ。


「次!」


 教官に呼ばれた俺は無造作に突き刺さる刀の前に立つ。


 見た目は何の変哲もない太刀だ。やたらと柄のボロさが目につくが、酔っ払いが昨晩突き刺しましたと言われても信じてしまいそうなほど、刀身だけが綺麗に輝いている。


 先ほど桃介に中程まで引き抜かれていたが、今は刀身が僅かに見える程度の位置まで戻っていた。


――――何百年も前に、初代の桃太郎が鬼の首領を討ち果たした際に使われた刀とは思えない。


「……ふぅ」


 柄を全力で握る。初めて握ったそれは、驚くほど手に馴染んだ。


 そして俺は、確かめるように大地を踏み締めると勢いよくそれを、


「――――っ!?」


 ぬるり。


 まるで、ぬかるんだ泥から引き抜いているかのように。


 それがまるで生きているかのように。


 輝く刀身が姿を現し――――俺は思わず手を離した。


「……それじゃ、これ持って次に進んで」


 呆れたような顔でそう言った教官は、俺に包みを手渡す。


 中身は初代の桃太郎が旅立ちの日に頂戴したきび団子を模した木製の球で、中心には「を」という文字が刻まれている。


「………………はぁ」


 意図せず深いため息が漏れ出た。


 この「を」は桃太郎の等級を意味しており、上から「いろはにほへとちりぬるを」となっていた。正確には不明だが、大抵の桃太郎は「ぬ」級から始まると思っていい。


 親友である桃介はおそらく旅立ち時点では過去最高の「と」級、そして俺は辛うじて旅立ちが許される程度の「を」級といったわけである。


 怠惰な俺は真面目に桃太郎を目指すつもりはなく、あくまでも正義に従って鬼を駆逐するだけの生涯を終えるつもりだった。


 しかしそれも難しいだろう。


 俺は重くなってしまった足を引き摺って次の目的地へと向かった。


「桃太郎さん、桃太郎さん、お腰に付けたきび団子をくださいな」


 そこには俺と同じように学園を旅立つ大量の「犬」がいた。


 本来ならここで桃太郎科を卒業した人間に犬科を卒業した人間が声をかけるのだが……。


「……いない、か」


 これ見よがしにきび団子をぶら下げて歩くが、当然ながら「を」級の桃太郎と旅に出たがる酔狂な犬は存在しない。


 仕方なしに俺は先へ向かう。


「見ろよ、あれ」


「あれが今代の服部半蔵か」


 話題になっているのはやはり桃介……と、歴代最高の「猿」を輩出し続ける服部家の当主、服部半蔵。


 現服部半蔵は小柄な少女だが、一度彼女の忍術を見たことがある。


 その時の彼女は教官の放つ「り」級の火遁を「を」級の火遁で吹き飛ばしており、忍術に詳しくない俺でもその強さは一目瞭然だった。


「……確かに、頂戴いたしました」


 半蔵は桃介から渡されたきび団子を受け取り、おそらく犬科の人間だろう少女を伴って先へ進む。


 俺はといえば、やはりここでも声をかけられない。


「先に……ん?」


 桃太郎と猿がごった返す中、異国の少女が独り離れた場所で読書をしていた。


「あれは確か……えるふ、だったか」


 忍者のように素早く木々を駆けられ、「猿」としての要件は達成しているが忍術ではなく魔法というものを使う異国の人間だ。


 猿といえばやはり忍者という固定観念からか、他の桃太郎が彼女にアピールする様子はない。


 俺は彼女ならば、という下心を持って近付く。


「……んんっ、なあ、そこのお猿さん、きび団子が欲しかったりしないか?」


 無言のアピールならまだしも、本来桃太郎から声をかけるのは御法度だ。しかしこのままだと俺は高確率で単身で鬼と戦う桃太郎となってしまい、正義を果たせないまま死ぬだろう。


 幸いにして誰も彼女には注目しておらず、これが仲間を得る最後の機会かも知れない。


「……えっと」


 木陰で座って読書をしていた彼女は、声をかける俺を見て小首を傾げた。


 改めて間近に見てみると、こちらの国では見られない黄金色の髪に透き通るような白い肌が眩しい。


「桃太郎さん、桃太郎さん、お腰に付けたきび団子をくださいな……?」


 何故か彼女は疑問形で定型文を口にする。


「えっ……それは、仲間になってくれるってことか……?」


 えるふの少女は小さく頷いた。


「ま、マジか……! えっと、このきび団子、『を』級なんだけど……」


「構わない。どうせ他にあてはないから」


 確かにえるふの使う魔法は忍術とは毛色が違うから、妖術だと蔑まれているのを見たことがある。


 彼女には悪いが、そういうものを一切気にしない俺にとって幸運かつ都合の良い出会いと言えた。


「えっと、改めまして……俺は鬼彦。君は?」


「シルフ。風魔法が得意」


 風魔法……風遁のことだろうか? いずれにせよ補助系の忍術が使えるのは純粋に助かる。


「これからよろしく、シルフ」


「……よろしく、主様」


 こうして俺は、旅立ちの仲間を得た。





「……結局、犬と雉無しの旅立ちか」


 学園を後にし、町外れの寂れた道を歩きながら俺は思わず呟いた。


 俺は運良くシルフという猿を獲得したが、当然そんな幸運が連続することはない。


 鬼退治の仲間といえば昔から「忠義に厚く信仰心の強い僧侶である犬」と「身軽で偵察から攻撃までこなせる猿」と「空を制する弓兵の雉」と決まっているが……まあ二人でやっていくしかないだろう。


 せめてシルフだけでも守り切らないとなぁ、と後ろ向きな旅の決意をしていると、そのシルフが俺の袖を控えめに引っ張った。


「どうした?」


「主様。エルフは弓が得意。回復魔法もできる」


「えっ!?」


 そんなの、一人『犬猿雉』じゃないか!!


「す、すごいな。旅立ちの仲間、桃太郎とえるふ三人でいいんじゃないか?」


「えっへん」


 まあ伝統を命より大事にするこの国でそんなことは許されないだろうが。


「おっ、ここか」


 寂れた越後屋を前に、旅立った桃太郎たちが列をなしていた。


 ここの越後屋ではもらったきび団子を金貨と交換してもらえるため、皆それ目当てというわけである。


 伝統を大事にすると言っても本当にきび団子だけで旅に出ると死んでしまうので、伝統を守りつつ桃太郎の支援をするための苦肉の策というやつだ。まあ『を』級のきび団子が果たしていくらになるか、期待はできない。


「主様」


 なんてことを呑気に考えていると、シルフが俺の裾を強く引っ張ってきた。


「主様、逃げてください」


「え?」


 瞬間、俺の隣を桃太郎だった肉塊が飛んでいった。


「お、オークだ!」


「早く逃げ――――げぼっ」


 大鬼苦オーク、十二尺ほどの巨体で「と」級の鬼。残念ながら旅立ったばかりの桃太郎に太刀打ちできる相手じゃない。冒険はここまでだ。


「私の魔法なら主様が逃げる時間を稼げるはずです。早く逃げて!!」


 死を悟ったかのような面持ちでシルフは叫ぶ。


「っ、主様、早く――――」


 ごう、と音を立てて大鬼苦オークがこちらにやって来た。


 シルフは震える足で俺の前に立つ。


 しかし彼女は何故、そうまでして俺を守ろうとしているのだろうか。まだ出会って一刻ほどの関係だというのに。


「■■■■■!」


 意味ない言葉を喚きながら、大鬼苦が手に持った金棒を振り上げる。


「くっ、風よ……!」


 分からないなら、知ればいいだけのことか。幸いこれから先時間はいくらでもある。


 俺はシルフを押し退けて前に出た。


「主様、何を……!?」


 そして大鬼苦が振り下ろした金棒を片手で受け止め、腕力に任せてそれを奪い取る。


「悪いね。多分、力だけなら桃太郎一なんだ、俺」


 俺は困惑しているかのように顔を歪める大鬼苦を一太刀……ならぬ一金棒で叩き潰した。


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