8 姉
姉
朝、いつも通りに二人で朝食を済ませ、愛妻弁当を持ってユタカが出掛けた。
ユタカが出掛けると、みすずは洗濯と部屋の掃除。
その後、適当に昼食を済ませ、庭の雑草取りをして、夕食の買い出し・・・のつもりだった。
ユタカが出掛けてから暫くして、チャイムが鳴った。
近頃物騒なので、カメラ付きのインターホンに取り替えた。
隣の大家さんである、みすずを大好きなおばあさんのプレゼントである。
防犯のため、いきなり扉を開けてはいけない。
画面で、来た人を確認するのである。
みすず、画面を見て驚いた。
あの、ロシア担当である。
「悪魔ナンバー 0123333333」である。
みすずより先輩の悪魔である。
例のダボダボの黒いシャツに、黒いズボンではなく、シックなスーツ姿だった。
外で悪魔だの何だのと言われるのは、田舎なので好ましくない・・・都会でも好ましくないが・・・
みすずは直ぐに扉を開けてロシア担当を部屋の中に引っ張り込んだ。
「何の用ですか?」
みすずが取り敢えず聞いてみた。
「分かってるでしょ?」
ロシア担当が言った。
「はあ? あんたに用事なんか無いんだけど・・・」
みすずが冷たく言った。
ロシア担当が言った。
「あんたは、悪魔界のナンバー3を狙っているんでしょう?」
「それに、あんたは大魔王と教育担当の隠し子でしょ。」
一瞬、みすずは固まったが、笑い出して転げ回った。
みすずはひとしきり転げ回って、呆れて食卓のテーブル前に座っているロシア担当の前に座った。
「ロシア担当! あんた、魔法の授業が落ちこぼれで、その授業だけ留年して、私と一緒に授業受けてたでしょ?」
そうなのである、ロシア担当は魔法の授業の出来が悪く、留年?したのである。
魔法の授業の時、二人は机を並べていた。
みすずは、あまりに出来の悪いロシア担当を自分の部屋に連れて行き、魔法を教えていたのである。
そのお蔭で、最終的に優秀な成績で、幹部になれたのである。
大魔王と教育担当の隠し子が、普通の悪魔と同じ寮の様な部屋にいる筈はなかったのである。
「ごめ~ん! 思い出した。 あの時の「悪魔ナンバー 0123456789」が、あんたなんだ!」
「昔から、おっちょこちょいよね~。」
あはははは・・・ 二人で大笑いした。
二人で仲良くコーヒーを飲んでいると、チャイムが鳴った。
「今度は誰だ?」とインターホンのモニターを確認すると、旦那のユタカである。
みすずが扉を開けると、ユタカとユタカの先輩が入ってきた。
ユタカがみすずに言った。
「みすず、悪いけど今日だけ先輩のお子さん、預かってくれない?」
ユタカの先輩は子持ちである。
結婚して、長野に転勤になり、子供が生まれた。
奥さんが買い物に出たとき、乳母車で横断歩道を渡っていた。
当然、信号は青であった。
横断歩道を渡り終える寸前に、信号無視の車に轢かれてしまった。
子供を守る為、母親は乳母車を強く押し、子供は無事だったが、母親は救急車で運ばれたが、助からなかった。
信号無視の車はそのまま逃げ、防犯カメラもあるので、犯人は直ぐに逮捕されると思われた。
しかし、何故か防犯カメラが故障で、映像は残っていなかった。
そんな事があって、ユタカの先輩は毎朝早く、保育園に子供を預けに行っていたのである。
はじめの頃は先輩の母親や、亡くなった奥さんの母親が手伝ってくれたが、いつまでも手伝ってはいられなかった。
何とか、保育園の入園が決まり、男親一人で頑張っていたのである。
奥さんが亡くなって、葬儀を行った際、みすずもお手伝いに行った。
みすずはおんぶ紐を用意し、先輩の子供を負ぶって働いた。
このまま自分の子にしても良いと思える程、まだ生まれて半年にもならない可愛い女の子だった。
今日の朝、保育園にその子を届けて、暫くすると先輩に保育園から連絡があった。
「心配するほどでは無いかもしれないが、熱があります。」
ユタカが先輩を車に乗せ、保育園で子供を受け取り、病院に行った。
特に原因はハッキリしないが、熱が出たという事であった。
小さい子供には良く有るパターンで、通常、保育園に子供を預けている母親は、月に何度も呼び出される事がある。
まして生後半年くらいの子供である。
母親だけ、父親だけで育てるのは厳しい。
そんな訳で、今日のところは、子供をみすずに預かって貰おうという事にしたのである。
子供を受け取ったみすずは、ロシア担当に子供を抱かせて、子供を寝かせる準備をした。
準備が終わって子供を見ると、母親に抱かれたように安心して眠っていた。
みすずよりロシア担当の方が胸が大きい。
スーツの上着を脱いだ、ブラウスのその大きい胸を、母親の胸を掴む様に子供は眠っていた。
子供をベッドに寝かせようとしたが、ロシア担当はそのまま子供を離さなかった。
みすずはユタカと先輩に冷えた缶コーヒーを渡すと、言った。
「後は、安心して任せてね。」
ユタカが聞いた。
「どなた?」
みすずが咄嗟に答えた。
「姉です。」
「お姉さんでしたか、初めまして。 みすずの夫のユタカです。」
ロシア担当も咄嗟に答えた。
「みすずの姉のマリです。」
みすずがこのあいだ、電車で松本に遊びに行ったお土産の「松本てまり」を見て、ロシア担当は自分の名前を咄嗟に決めた。
「マリさんですか。 申し訳ありませんが、宜しくお願いします。」
そう言って、ユタカの先輩はユタカと現場に戻っていった。
マリお姉さん、いや、ロシア担当、子供好きである。
「マリお姉ちゃん! 子供、ベッドに寝かせても良いよ。」
「可愛いな~。」
ロシア担当、みすずの声は聞こえていなかった。
みすずはコーヒーを淹れ直そうと思ったが、マリに聞いてみた。
「子供にオッパイをあげるなら、コーヒーよりミルクの方が良いかな?」
みすずは冗談のつもりであった。
マリは真顔で言った。
「ミルク、ホットミルクにして!」
ポットで牛乳を温めた。
みすずが振り向くと、母親が優しく子供を抱いていた。
マリはみすずに言った。
「この子の母親が亡くなった場所って何処?」
「ここから、結構近くのバイパスの横断歩道だよ。 行ってみる?」
みすずは、マリがこの子の母親の事を何故知っているんだろうと思った。
しかし、マリは悪魔である。
何かを感じたんだろうなと気にしなかった。
ホットミルクを飲み終わると、渡された子供用品の中からおんぶ紐をマリは取り出した。
子供をおんぶ紐でオンブすると、マリはその横断歩道に行こうと言い出した。
みすずはお隣に行って、ワンコのタロウとニャンコのクロを呼んできた。
「おばあちゃ~ん! ちょっと出掛けてくるから、留守番にタロウとクロを借りますね。」
マリもおばあさんに挨拶した。
「みすずがいつもお世話になっています。 姉のマリと申します。」
みすずの家に来て、タロウとクロは同じ事を言った。
「みすずお姉ちゃんと同じ種類の人だね。」
「そう、みすずのお姉さんのマリよ、 宜しくね。」
そう言って子供を負ぶったマリと、みすずが出掛けていった。
その横断歩道に着くと、マリは涙を流した。
地方都市のバイパス、昼間である。
車の往来は多いが、人通りは無い。
マリにもみすずにも声が聞こえた。
「娘を、ヒカルをお願いします。」
マリは声の主に言った。
「私に憑依しなさい。 そうすれば、あなたと私でこの子をず~っと守って育てていけるのよ。」
マリは覚悟を決めていた、この子、ヒカルの親になる事を。
みすずも声の主に言った。
「あなたの恨み、絶対に晴らしてみせる!!!!!!!」
みすずから、怒りの炎が立ちのぼっていた。
マリが言った。
「そんなに怒ったら、ヒカルちゃんが起きちゃうでしょ。」
「はい、マリお姉さん!」
みすずはそう言うと、風で飛んでいかないように花束を置いた。
三人で、みすずの家に帰った。
ワンコのタロウとニャンコのクロがお出迎え。
二人、いや、二匹とも静かにしていたのに、ヒカルが泣き出した。
タロウとクロがオロオロする。
「オシメかな? 眠いのかな?」
「お腹が空いたのよね~。」
マリがベッドに腰掛けて、乳房を出してヒカルにふくませる。
ヒカルは母親の乳房に吸い付くように、マリの乳首をくわえた。
ウグウグと一生懸命「母乳」を飲んでいる。
オッパイを見てもイヤらしさなど無かった。
女性のみすずから見ても、美しい光景だった。
こういう光景を見て、エロいと思うヤツは、脳みそを洗濯機で洗い直した方が良いだろう。
みすずがマリに言った。
「お姉ちゃん、母乳、出るんだね?」
マリが答える。
「最初に、この子に会ったとき、「ママになって!」って言われたの。」
「いいわよ! って言ったら、オッパイが出る様になっちゃった。」
「お姉ちゃん! ヒカルちゃんの母親になるなら、ユタカの先輩と結婚しないと・・・」
「? 、どうすれば良いの?」
「まず、戸籍、作っちゃお!」
「そんなこと言ったって・・・」
「大丈夫。 あたしと同じ様に、大魔王様と教育担当の先生を両親にしちゃうの。」
「え~? それって、私もみすずみたいに、あの人達を、パパ、ママって呼んじゃうの?」
「そうよ。」
「あ~。 それでみすずが隠し子だと思っちゃったのね~。」
「そうすれば、マリお姉ちゃんも隠し子の仲間入りだね・・・」
「私たち二人、姉妹だもんね・・・」
あはははは・・・
二人で大笑い。
「あ~! ヒカルちゃん、ご免ね。 驚いちゃった? ママが悪かったわ・・・」
「マリお姉ちゃん、本当にママになったね。」
反対側のオッパイも飲ませた。
みすずから見ても、マリは普通に優しいママだった。
ゲップをさせて、ヒカルをベッドに寝かせる。
寝かしつけ担当はワンコのタロウである。
ひげだろうが、耳だろうが、尻尾だろうが、引っ張られても噛みつかれても我慢する。
特に尻尾は、ヒカルのお気に入りである。
みすずのお仕事のサポートは、ニャンコのクロである。
パソコンのキーボードの前に、偉そうに座ってキーボードを叩く。
「みすずのトコは、部下がいて便利ね。 毎日来ちゃおうかな?」
「良いよ。 悪魔界に行くときは一緒に行こうよ。」
「クロ! マリお姉ちゃんの戸籍、やっつけた?」
「終わったよ。 後は、旦那さんの高橋さんに婚姻届、出して貰うだけ。」
「マリお姉ちゃん! 婚姻届にパパの署名捺印貰わなきゃ。」
「そうだ! それより、ユタカの先輩、高橋さんがお姉ちゃんを好きになって貰わないと。」
みすずが考える・・・
「誰か、いい人いないかな?」
「あ! ママ、呼んじゃお! 海千山千だから。」
「クロ! ママ、呼び出して!」
「OK!」
ドレスアップしたママ、教育担当が現れた。
靴を履いているので、玄関からである。
鍵が掛かっていたが、ママの前では無いも同じ。
「もう! みすず! 人使いが荒いんだから! せっかく、一人でディナーを楽しもうと思ったのに~。」
「ママ~! 小さい子がいるんだから大声出しちゃ、駄目!」
「マリお姉ちゃんを結婚させたいの。 何とかしてよ。」
「あら、ロシア担当、、そんな名前になったのね?」
「そこのベッドに寝てる子は誰?」
「ママの孫になる子、 ヒカルちゃんって言うんだよ。」
「ふ~ん!」
ママ、教育担当、みすずのお蔭で、大概の事には驚かない。
ヒカルを抱っこしてみた。
「バ~バ。」
そう言って、ヒカルは可愛い手で、教育担当の顔を触った。
ママ、教育担当は相好を崩した。
「は~い! バ~バですよ~!」
マリはニコニコして見ていた。
みすずは呆れ顔で思った。
「ヒカルちゃんって、人たらし。 本当は悪魔か何かじゃないのかな?」
ため息をついてから、みすずが言った。
「ママ、何とかなる?」
「簡単よ。 別れさせるには、不倫をさせたり、殴り合いをさせたりしなくちゃいけないけど、一緒にするのは見つめ合わせるだけだから。」
「今夜、旦那候補が来たら、やってみせるから・・・ それよりこの子、可愛い! 私の子にしても良い?」
すかさず、マリが怒った。
「駄目! あたしの可愛いヒカルちゃんなんだから!」
「はいはい、冗談よ。 みすず、コーヒー頂戴!」
「は~い、ママ。」
ママ、教育担当がクロに言った。
「お前も、パソコンが得意だね。 何か欲しいものはない?」
「チャオ○○が・・・」
「OK! みすずのところに箱で届けるわ。」
「そっちのワンコ、お前はもう少し強くしてあげる。」
「私の孫を守って貰うには、車如きには負けないようにならなくちゃね。」
「あの~、僕もワンコ用の○○チュール・・・」
「それも、みすず宛に送っておくわね。」
ママは動物には優しい?
親子3人?と子供が1人、オマケのワンコとニャンコが仲良く寛いでいた
楽しいときは直ぐに過ぎていった。
夕方、ユタカと先輩がそれぞれの車で帰ってきた。
みすずがヒカルを抱っこしようとするが、マリが離さない。
食卓用のテーブルにママとマリ、反対側にユタカの先輩が座った。
マリの胸にはヒカルが抱かれている。
ユタカとみすず、ワンコのタロウとニャンコのクロは、居間の畳の上の座布団に座って大人しくしていた。
ユタカの先輩が話し出した。
「高橋光司と申します。 今日はヒカルを預かっていただき、有り難う御座いました。」
ママが挨拶する。
「東京に住んでいる山田です。 こちらは娘のマリ、いつもお世話になっているこの家のユタカさんの妻、みすずの姉です。」
「マリ、自分から話しなさい。」
マリが話し出す。
「驚かれるかもしれませんが、今朝、ここにいるヒカルに、私にママになってくれと頼まれました。」
「私はヒカルと約束しました。 ヒカルを一人前に育てて幸せにすると。」
「ちょっと待ってくださいね。 ヒカルちゃん。お腹空いた?」
マリは、光司がいる前で乳房を出し、ヒカルに乳首をふくませた。
何事も無かった様に、マリはヒカルにオッパイを飲ませながら、話し始めた。
「ご免なさいね。 話を続けます。」
「あなたの奥さん、私と同じ名前のマリさんが事故に遭った場所にも行きました。」
「そこで、あなたの奥さんとお話をしました。」
「あの場所に、あなたの奥さんの気持ち、霊魂と言うんでしょうか、 それが残っていました。」
「ず~とあの場所にいると、悪いものに取り込まれる事がありますので、私に憑依させました。」
「あなたの奥さん、マリさんの事なら、何でもお話し出来ます。 何でも聞いてください。」
光司は顔色を変えずに言った。
「大丈夫です。」
マリは、ヒカルの抱く方向を変え、反対側の乳房をふくませた。
「お腹いっぱい、飲むのよ。」
マリは、ヒカルが安心してオッパイを飲み始めると、再び話し始めた。
「はじめに話した通り、私はヒカルを幸せにします。」
「その為には、私はあなたの妻になって、幸せな家庭を作る必要があります。」
「前の奥さんが亡くなって、時間が経っていませんが、あなたと一緒に暮らしてヒカルを安心させたいのです。」
「結婚式などやる必要はありません。 ただ、婚姻届だけは役所に提出させてください。」
「私からの勝手なお願いばかりですが、ご理解いただければ・・・」
涙を我慢して光司が話し出したが、鼻声だった。
「マリさん、あなたの言っていることが、全てよく分かります。」
「私も、ヒカルを連れてあの場所に行ったとき、妻の声を聞きました。」
「ヒカルを大事にしてくれる人、母親になってくれる人が、もうすぐ現れると言っていました。」
「あなたの表情、話し方、、全て亡くなったマリと同じです。」
「特に、ヒカルへの接し方、優しさ、 マリそのものです。」
「お会いして1日も経っていないのに失礼とは思いますが、あなたさえ良ければ、私と一緒になってください。」
腕を組んで聞いていたママが言った。
「これで、決まりね。 光司さん! うちのマリ、返品不可ですからね!」
慌てて光司が言った。
「と、とんでもありません。 一生大事にします。」
ママ、教育担当がクロを呼んだ。
「駅前のホテルのディナー、頼んでおいた?」
クロがママの耳元で、囁いた。
「人数分、頼んであります。」
「ついでに、ママの分の宿泊も頼んでありますから。」
ママがクロの頭を撫でた。
タロウもママに寄ってきて耳打ちする。
「僕もお留守番、チャンとやってるからね。」
ママがタロウも撫でてあげた。
ママが立ち上げって、言った。
「さあ、ホテルのディナーに行くよ。」
座布団に座って見ていたみすずは、マリ、ロシア担当はみすずに会いに来たのではなく、ヒカルの母親に呼ばれたのだと思った。
旦那さんと奥さん、そこに可愛い子供。
どう見ても、普通の仲の良い家族にしか見えなかった。
車2台で駅前の駐車場に到着。
ユタカの車は2人乗りだが、光司の車はBMWのスポーツタイプの4ドアで5人乗り。
ユタカと同じで、光司も仕事ばっかりで、車にお金を掛けてしまった。
オートマでは無くマニュアルである。
駅前のホテルでディナーである。
ニャンコのクロが気を利かして、個室を予約していた。
オマケにベビーベッドも用意されていた。
運転手以外、ビールで乾杯。
ヒカルに母乳を飲ませる、マリもアルコールは禁止である。
みすずがマリに言った。
「お姉ちゃん、ビール飲めなくて残念ね。」
マリは平然と答えた。
「ヒカルの母親だもの。 授乳中はアルコールなんていらないわ!」
「お姉ちゃん! 偉い!」
そう言いながら、みすずはビールを飲み干した。
宴もたけなわ? の時に、みすずが提案した。
「うちの隣も貸家なんだけど、丁度空いているんだよね。」
「大家さんは隣のおばあさんだから、お姉ちゃん達、引っ越してきたら?」
光司が言った。
「マリさんがその方が良いと思うんなら、引っ越しても良いよ。」
マリが言った。
「「さん」は要らないわよ。 でも、みすず、 引っ越しって大変じゃない?」
みすずはアッサリ言った。
「大丈夫! 楽勝よ!」
ママ、教育担当とマリ以外は「?」であったが、ママが言った。
「みすず! あの手ね?」
みすずは言った。
「そう! アレで一発!」
(注) アレ=魔法
ベビーベッドの周りに、ママ、マリ、みすずが集まった。
男二人は運転手であるが、シラフで仕事の話で盛り上がっていた。
オヤジくさい!・・・話題が仕事しかないのか?
マリが聞いた。
「引っ越すって、どうして? 別に光司さんの借りてるトコで良いじゃない?」
みすずが説明する。
「人間って、愚かなのよ。 前の奥さんが亡くなって、直ぐに再婚したって聞くと、色々言い出す人が出てくるの。」
「お姉ちゃんや光司さんの為もあるけど、ヒカルちゃんの為よ。」
「ヒカルちゃんが大きくなって、何が引き金になって、イジメられるか分からないんだから・・・」
「うちの大家さんは、隣のおばあちゃんで「本家」なの。 田舎で本家って凄いのよ。」
「はじめの頃、私がゴミ出しとか、何か失敗しても、おばあちゃんが私をお気に入りだから、誰にも何も言われなかったの。 本家のお気に入りには文句は言えないみたい。」
「お姉ちゃんもおばあちゃんの家に遊びに行ってれば、直ぐに孫みたいに可愛がってくれるわよ。 ひ孫みたいなヒカルちゃんもいるしね。」
ママ、教育担当がため息交じりに言った。
「人間の方が、悪魔よりタチが悪いね。」
みんなが席に戻った。
みすずが今後の予定を説明する。
「明日中に、引っ越しの手続きをして、明後日には引っ越します。 不動産屋さんのお姉さんはお友達だから、大丈夫!」
「それからは、私がみんなのお弁当を作ります。 私がパートの時は、ママにもお弁当作ってあげる。」
「ママのお弁当」に疑問は湧いたが、今日は不思議な事だらけだったので、気にしないことにしたユタカが聞いた。
「そんなに沢山、、大変じゃない?」
「今だって、3人分作ってるのよ。 ユタカと私と隣のおばあちゃんの分。」
「大した事無いわよ、あと二人分増えたって。」
「お姉ちゃんはヒカルちゃんの事、シッカリやってね!」
「勿論よ! 慣れてきたら、私も愛妻弁当作っちゃうんだから!」
和やかにディナーの夜は更けていった。
ママはそのままホテル。
別れ際に、みすずとマリが呼ばれた。
「隣の大家さんに、東京土産買ってきたんだから、忘れずに渡してね!」
「は~い!」
みすずはいつも通りに返事をして駐車場に向かった。
マリが聞いた。
「ママって、律儀なのね?」
みすずが即答。
「だから、ナンバー2にいられるのよ! 本当はナンバー1だけどね。」
生まれて半年のヒカルがママ、いや、祖母?の教育担当に手を振っていた。
ママが強くマリに言った。
「来るときはヒカルちゃんを、絶対に連れてくるんだよ!」
マリもヒカルに合わせて手を振って答えた。
「は~い! おばあちゃん。」
次の日、みすずはヒカルの今の家とみすずの隣の家の概略図をユタカにCADで書かせ、自宅のパソコンに送らせた。
現在の家具の配置をみすずが書き込み、新しい家の何処に置くのか、マリと相談した。
旦那達に任せると、見栄えだけで使い勝手を考えない。
みすずは男性の考え方をよく知っていた。
実際に使うのは家庭に長くいる人である。
マリの希望通りに家具を図面上に配置した。
「よ~し! 後はこれ! 一発よ!」
みすずはマリに指を鳴らす真似をした。
「キャッキャ!」とヒカルが喜んだので、決定である。
善は急げ、ユタカとマリの旦那さんに、みすずがラインで連絡した。
「段取りが付いたので、明日、引っ越しをします。」
引っ越しの決定をしてから、みすずは権堂の不動産屋に出掛けた。
丁度、お姉さんがお昼に出掛けるところだった。
みすずは不動産屋のお姉さんと昼食を食べ、自分のカードで二人分を支払った。
「あら、ご馳走になって良いの?」
「ええ。 この前、ご馳走になってますし・・・」
とだけ答えて、不動産屋へ戻った。
みすずはお姉さんに言った。
「今度、うちの隣に、姉を引っ越しさせたいんです。 今、住んでいる家も、この不動産屋さんの管理だと聞きました。」
お姉さん、住所を聞いただけで書類を確認した。
「ああ、これね。 それでいつ引っ越すの?」
「えへへへ! 明日。」
「え~! 本当はもう少し前に言って貰わないとマズいんだけど、、お昼、ご馳走になっちゃったしな・・・」
「作戦、成功!」
みすずは、心の中でガッツポーズをした。
「新しい家の方は、大家さんが隣だから、話はしてあります。」
「もう! 確信犯ね!」
そういう訳で、準備は全て終了!
次の日、本当にみすずが指を鳴らすと、図面通りに家具やモロモロが移動した。
マリとヒカルをみすずの家に置いて、みすずはヒカルが住んでいた前の家に出掛けた。
前の家の掃除を終わらせ、鍵を掛けたみすずは、周りの家に挨拶をして回った。
「姉夫婦がお世話になりました。急ですが引っ越すことになりましたので・・・」
詳しい事は言わない。
相手にものを言わせる前に、サッサと退散した。
帰り際に、例の事故現場を通った。
「絶対に犯人を見つけて、ぶっ殺してやる。」
みすずから、怒りの炎がたち昇った。
引っ越しも全て終わり、大家さんのおばあさんに挨拶に行く。
ヒカルを抱っこして、マリが挨拶をした。
「色々、有り難う御座いました。 これからも宜しくお願い致します。」
「この子はヒカルと言います。 私が産んだのではありませんが、私がこの子の母親です。」
おばあさんはニコニコしながら言った。
「ご丁寧にありがとう。」
「マリさん、ちょっと話しておきたいことがあるの。」
「マリさん、あなたがヒカルちゃんの母親、それはよく分かりました。 ただ、あなたが生みの親で無い事は、話さなくてもいいのよ。」
「聞かれないことは言わなくてもいいの。 言わないという事は、嘘をついてる訳じゃないんだからね。」
「ヒカルちゃんに教える時が来るかもしれないけど、この子はもう分かっているみたいだね・・・」
マリとみすずは二人並んで座っていた。
おばあさんは話している時に、時々、マリの横の誰もいない方にも笑いかけていた。
おばあさんにはもう一人のマリが、そこに座っているのが見えていたのかもしれない。




