逃げるは恥でもなんでもない
本当に時間が無い。
「⋯⋯それで、シルヴィお姉様を置いて逃げてきたって訳ね」
捜索に出ていた前半グループに合流したエレナは、起きた出来事を大雑把にだが報告しつつ、息を整える。
「わ、悪いかよ。あの時はそれで精一杯だったんだ」
「⋯⋯? 悪くないわよ?」
助けられなかった事を責められると考えていたエレナはあっけからんな顔をしていた。
だが、それでも収まらない者がいる。
「置いて逃げただって⋯⋯? それでもお前はスチュアート家の人間か!」
正義感の強いカナタはそうでは無い。"勇者"を志す彼からしてみれば、その行いは見過ごす事のできない事象なのだろう。
「あの時は⋯⋯こっちだって⋯⋯」
「言い訳を聞きたい訳じゃない! こっちはんぐんぐっ!?」
怒りをあらわにしているカナタの頬へと指を突き刺し、口を錬成で物理的に塞ぐ。
「一々目くじら立てて騒がないで。こういう時に大切なのは次に何をするのかでしょ。反省会は後でやりなさい」
そして再び錬成し、口を元に戻してあげる。
「⋯⋯それは⋯⋯そうだ」
「こういうのは良くないと思うけどさ、自分だけおめおめと逃げ帰ってきてて、気にしてない訳ないだろ」
エレナの歯痒い気持ちが伝わってきたのか、それ以上カナタも責める気は無いようだった。
「悪かった」
「⋯⋯ああ」
無理矢理蟠りを潰したところで、ルカがパンッ!と両手を叩き、ソネットへと視線を向ける。
「それじゃあ⋯⋯次はどうしましょうか先生?」
「⋯⋯そう、だね。正直な所を言えば、このまま全員で撤退も有り得ると思ったかな」
その発言にカナタが口を挟もうとするが、ルカがそれを静止する。
「見捨てるっていう判断になるけど、相手の戦力と、僕達の安全が確保されていない以上、戦力の分散は望ましくない。全員で退路を確保した上で捜索する方がいいかなって」
「その場合、捜索までは⋯⋯一週間以上かかりそうなのだけれど」
「そうだね。だからこの選択肢はあまり取りたくない。連れ去られた生徒や先生は諦めてもらう方針になるから」
だから、と一言加えた上で小さく笑い。
「君達に決めてもらおうかなって思ったんだ」
「なっ⋯⋯!」
カナタやエレナ、その他のルカ以外で残っている生徒達は驚きの声を上げた。
「もちろん責任は僕が取る。これ以上の損害が出るのは容認したくないけど、予想外のトラブルに対する考え方を養う場にしたい」
あくまでも生徒を育てる為に、とソネットは言う。
「⋯⋯正気じゃないわね」
「かもね」
だが、それ以上何かを言うつもりは無かった。
ただ、ルカの目には非道なやり方を容認するような人間には見えていない。何か意図があったとしても、危険な目にあって欲しくないというのは確かのようだ。
「まあいいわ。どうせ決まってるし」
そう一言呟き、ルカは歩き出す。
「お、おい!」
「危険があるなら少数の方がいいでしょう? なら私一人で行った方がいい」
また独断専行かよ、とエレナはボヤきつつも、自らの肉体が上手く動いていない以上文句は言えなかった。
「待て待て待て!」
そしてカナタは認められない、とルカに突っかかる。
「何?」
「何じゃない! ちゃんと作戦を⋯⋯!」
明らかに口数が足りていないルカが責められるのは当然なのだが、ソネットは特に口出ししないのがカナタは引っかかった。しかしながらそれはそれ。
「私が行って、解決する。それ以上でもそれ以下でも⋯⋯」
「それ以前の問題だ! お前一人で行ってどうにかなる訳ないだろ!」
「⋯⋯じゃあどうするの?」
実際問題、ルカは自分一人でどうにかなるとは思っているが、大切なのはそこでは無い。
「僕も行く。お前と行くのは気に入らないけどな」
「ふぅん。なら行きましょうか」
ルカは気にした様子も無く、ふと思い出したかのようにスクワールへと顔を向ける。
「スクワールは⋯⋯どうしましょう? 戦力を分散させるのなら待機がベストなのよね。私は詳しい戦力状況を知らないし⋯⋯」
「ここは救出に専念して欲しいから、彼女も連れて行って欲しいな」
ここでソネットが口を挟む。
「そう。⋯⋯6時間経っても戻ってきてなかったら撤退して」
「わかった。ここは責任をもって僕が指揮するよ」
ソネットは力強く頷くいた。
それを横目に、ルカは一言。
「貴方の意図はわかるけれど、今回のは少し行き過ぎじゃなくて?」
「⋯⋯君がいるからね」
少し気まずい表情を浮かべているが、特に気にしない。
「ちなみに⋯⋯作戦とかある?」
「あると言えばあるし、無いと言えば無い」
特に振り返ることも無くルカは蔓が生い茂る市街へと向かって行き、それを追うようにカナタが走る。
「お、おい! ルカお前⋯⋯!」
「なに?」
「勝手な⋯⋯いや、作戦⋯⋯いや、なんて言えばいいんだよ!」
「逆ギレされても⋯⋯言葉が纏まってからでいいのに⋯⋯」
ルカは呆れたように小さな笑みを浮かべる。
「⋯⋯お前、率先してこういうの行くタイプだったっけ」
なんとか捻り出した言葉は、ルカから見ても意外なものだった。
ルカは何故そんなことを聞くのか、という言葉を飲み込み、何一つ変わらない表情で答える。
「必要だからよ」
「⋯⋯ああ、お前の姉も捕まってるんだよな。それはそうか⋯⋯」
話が早くて助かる、と思いながらもそれは別に重要な要素では無い。
(お姉様はスクワールみたいに換えが効くけれど⋯⋯重要なのはそれじゃなくて)
「それはそうと、貴方こそ私と一緒に行くのは嫌じゃないの?」
「嫌⋯⋯嫌だけどな。俺は"勇者"だから⋯⋯助けに行かなきゃいけないんだ」
俯きながらそう答えるカナタには並々ならない想いがある事が伺えた。
そう伺えた上で。
「ふぅん。それなら頑張りましょう。ちゃんと助けられたのなら、勇者になれるんじゃないかしら?」
という言葉をかける。
ハッと顔を上げ、一瞬呆けた顔をした後、ルカを鬼の形相で睨み付けてきた。
「やっぱりいいわね。人の感情が揺れ動く様を見るのは」
「お前に何がわか⋯⋯」
「貴方の事なんて知らないわよ。ただ、欲しそうな言葉をあげただけ」
少なくともこの感情をスクワールは見せない。
「一体何がしたいんだ⋯⋯」
「何がしたいのかを貴方に話すのは、もう少し先になりそうね。それよりも」
ルカは古びたビル群を歩きながら視線で促す。
その先には地下へと続く階段があった。
入口はコンクリートで出来ており、日本の都心でよく見る地下街の入口のようにも見える。
「この先にいる」
「なんでわかるんだよ」
「音と振動よ」
一時的に自身の肉体を錬成し、空間把握能力を拡張させることで規格外の探知能力を獲得しているのだ。
「かつての建築物をそのまま使っているのかしら? 大胆というか、考え無しというか⋯⋯」
「とにかく、この先にいるんだな? だったらすぐに⋯⋯」
「スクワール、先導して」
「かしこまりました」
有無を言わさず階段を降りさせるルカ。
「メイドに先行かせていいのか⋯⋯?」
「それなりの探知機能は積んであるもの」
その後、二番目に近距離戦闘を得意とするカナタ、最後尾にルカとするように進んでいくことになった。
勿論、ルカの役割は観察と分析である。
実は無事大学卒業できました。嬉しいですね。
その代わり就職したら時間が無くなりました。悲しいですね。
今後も稀に更新します。




