Dash! & Beat!
夏コミ超暑かった。
ルカ達が行動に移す少し前。
エレナとシルヴィは遺跡をぽつぽつと歩きながら、互いに話を続けていた。
「なあ、ルカってどんなやつなんだ?」
「どんなやつ、って言われても⋯⋯」
エレナに問いかけられたらシルヴィがうーん、と唸る。
「優しい妹⋯⋯かな?」
「やさ⋯⋯しい⋯⋯?」
シルヴィの頭の中にあるルカはルカ・レシーアであって呉島瑠楓では無いのだが、そんな事は知らないシルヴィは素直に答えた。
「アイツ、あの勇者をボコボコどころの話じゃないくらいにはしてたが⋯⋯」
「それは⋯⋯多分勇者さんが悪い」
少し沈んだ表情のシルヴィは、周りを見ながら呟く。
「ルカは⋯⋯少し前、盗賊に家を襲われて逃げてきたんだ。ママも弟もみんな殺されて⋯⋯だから多分⋯⋯」
「もう奪われたくないからってか。それは殊勝な心が⋯⋯け⋯⋯?」
(いや、待て。アイツが盗賊なんかに負けるか?)
そんなごく普通な疑問を思い浮かべるも。
「だから私ももっと強くなって、みんなを守れるようにならないと」
俯きながら、ぐっと拳を握るシルヴィの決意に少しだけ揺れ動かされる。
「ま、お前が頑張るのは自由だがよ。アイツはお前の何倍も強いぜ」
「うぐっ⋯⋯だ、だとしてもぉ⋯⋯」
軽口を叩くエレナだが、その向上心は高く評価している。
恨みつらみよりも、追い付く為の努力をした方が建設的だということを理解しているのだ。
「というように〜⋯⋯この建造物は〜⋯⋯」
向こうではこの遺跡に対する先生の解説が行われているのだが、基本的に耳を傾けているのは男の子組であり、女性陣は他の事に夢中である。
「私はあんまり惹かれないかな。こういうのは見ても何にもわからないから」
「ルカだったら色々教えてくれるんだろうな。アイツはこういうの好きそうだし」
石や建物について早口で捲し立てるルカが脳裏に映る二人。
「そういやあの先生も錬金術使えるのか」
「わ、私もレシーアだから得意だよ!」
そう聞いたエレナは少しだけ悪い顔をする。
「じゃあお前も"ライトスラッシュ"使えんの?」
「うぐっ⋯⋯あれはルカが特別なんだって⋯⋯」
「そう言うと思った」
エレナの言う"光断"は光属性魔術のひとつ。光の斬撃を放ち、瞬間的に相手の肉体を切断するというもの。
光属性と闇属性の魔術はそもそもの種類が少ない為、下級や上級といった区分が存在しないのも特徴である。
少し悲しそうな表情をしながら、シルヴィはポーチから緑色の液体が入った一本の瓶を取り出した。
「錬金術っていうのは、こういうポーションを作ったり、食べ物から毒を排除したりする知的で戦闘には不向きな技なんだよ!」
「まあそれが一般的だろうな」
錬金術によって毒素を排除するにしても、昨晩シルヴィの担任がやっていたように、時間をかけて行うもの。
ルカが一瞬にして材質や形を作り替えている姿を見続けているエレナの感覚がおかしくなってしまっているだけなのだ。
「一般じゃないから、ああなってるんだろうけどさ」
ボーッと空を見つめ、今にも雨が降りそうな曇天の雲を眺めているエレナ。
二人は限りなく四角に近い岩の上に座り、水筒を呷る。金属製の水筒で、丸フラスコのような形をしているものだ。
「なんていうか、アイツって空気感が違うってかさ⋯⋯」
「その気持ちは⋯⋯わかるなぁ⋯⋯」
今のルカに対し、思うところのある二人の中にある意見は一致していた。
この世界にいても、どこか違う視点を見ている。違う場所に立っている。
上手く口には出来ないが、そのような形の無い雰囲気なのだ。
こうして思い耽っていると、突如として。
「なんだ⋯⋯か⋯⋯?」
ふと、シルヴィは自らの口の動きが重くなったかのような違和感を覚える。
「あ⋯⋯れ⋯⋯?」
そして瞼が重くなっていき、全身の力が抜けていく。
周囲はいつの間にか濃い霧に覆われており、声を出そうにも力が入らない。
空には雲がかかっていた為変化に気が付きにくく、環境の変化も急速だった。
「シルヴィ⋯⋯!」
揺さぶられる感覚と共にエレナの声が聞こえてくるが、既に方向感覚がわからない状態である。
「⋯⋯⋯⋯」
何が起きたのかすらわからないまま、シルヴィは微睡みに落ちていった。
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(ちっ、なんだこりゃ)
明らかに異常な濃霧に反応し、エレナは既に口元を手で覆っていた。
(この様子だとシルヴィは落ちたっぽいな)
呼びかけたはいいが成果はゼロな上、余分に息を吐いてしまった。
(吸い込んだらダメっぽいのは予想通りだが⋯⋯少し吸ったからか身体が重い⋯⋯)
拳を握りしめるが、イマイチ力が入らない。
(錬金術系のヤツか? 煙の中で火属性魔術は何が起こるか分からねぇし⋯⋯)
「だった、らっ!」
ズドンと足を地に叩き付け、その衝撃と風圧で霧を払おうと試みる。
「っしゃぁ!」
響き渡る轟音と、魔力によって強化された衝撃によって完全に消せた訳では無いものの、周囲だけ霧を払う事に成功する。
コンクリートを思いっきり踏み締めた硬い感触が足に響くが、それを気にしている余裕は無い。
(どうする? 寝落ちしたシルヴィ抱えて逃げるにも限界が⋯⋯)
実質的な檻の中にいるエレナは、打開策を打ち出す為に思考を巡らせていると、正面から足音と大柄な男が姿を現した。
「まだ息があるとは。この年頃の子女は中々どうして厄介だな」
その男は真っ黒なローブを羽織っており、更にはカラスを模したマスクで顔を隠している。
身長は二メートル近く、体格も大柄で基礎的な肉体性能では彼に分があるだろう。
言わずもがな、先程ルカと交戦した男だ。
「⋯⋯どうも。顔くらい見せてくれてもいいんじゃねぇの?」
「流石に外す訳にはいかない」
呆れたようにカラスを模したマスクの顎部分が開き、息を吐き出すような仕草をとる。
(アレも魔道具か。霧の効果を受けずに中を歩ける能力⋯⋯だけじゃないんだろうな)
流石に策略を起こす側が霧の対策を行っていないという事は無いだろう、と考えつつ。
「それで? アンタは何が目的なんだ?」
「⋯⋯」
(返答無し。まあ、十中八九アタシらの誘拐か。殺されはしないだろうし)
実際のところ、正体不明な彼らの目的は誘拐であり、エレナ達を殺害しようという意思は無い。
エレナが殺されることはない、という結論に至ったのは己自身やシルヴィの価値にある。
まず第一に魔術的な高い才能を持つ者達は貴重た存在だ。その為、アルスマキア帝国内でも奴隷として売りに出されれば、相当な額となる。
そして魔術の腕が立つという点。
エレナはAクラスという括りに入っているだけでもわかる通り、戦闘能力に秀でた生徒。
そしてシルヴィも学年内では高いとは言えないものの、年齢を考えれば今後化ける可能性は十分にある。
この要素は今後のアルスマキア帝国を考えた時に重要な要素となってくるのだ。
もうひとつが目の前の男がアルスマキア帝国の民では無い場合だが、これも旨味がある。
現状を鑑みても、この国境付近で有り得るのは目の前の男はテラリアス王国の兵である事。
そしてテラリアス王国とアルスマキア帝国は現在冷戦状態にあり、条約を交わしていると言えど、いつその均衡が破られるかは定かでは無い。
こうした状況下における交渉材料としてエレナとシルヴィは有用であり、更に二人のバックには四大貴族の二家がついている。
そして最後に⋯⋯。
(女⋯⋯だしな。でも考えたくはねぇ)
シルヴィとエレナの性別を考えれば、慰み物として弄ぶという選択肢も当然存在する。
以上の事から、死ぬ事は無いと思っているが、それでも絶対では無い。
大人しく着いて行けば最低限は約束されるのだろうか、などとエレナは考えていたが。
男が戦意を見せた為、思考を切り替える。
「"雷撃"」
バチィ、という空間が爆ぜるような音と共に、男が構えた右指先から雷が一直線に放たれた。
「ぐっ!」
その閃光は一瞬にしてエレナの右肩へと当たり、数秒間肉体に巡る強い電流を浴びてしまう。
雷属性魔術はその特性上ほぼ必中と言っていい強力なものである。
威力も強大であり、実際の雷程ではないにしろ、数秒間動きを止めさせるには十分なものだ。
それを受けて尚、エレナは足を動かし。
「おぉっらァ!」
一気に踏み込み、気合いで霧を抜けるべく加速する。
その方向は男のいる方向とは反対側。
完全な逃げの一手である。
「煙に囲まれてても閉じ込められてる訳じゃねぇしなぁ!」
と言って分厚い霧へと駆け込んで行った。
反撃の為に構えていた男は、いきなりの反転し逃げに徹するという行動に対し、拍子抜けといいたげだった。
「あ〜らら。逃げられちゃった」
そして男の背後から、ふたまわりほど小柄な影が現れる。
真っ黒なローブは変わらないが、マスクはカラスではなく猫のもの。声は幼げではあるものの、そこには冷静さが備わっていた。
「⋯⋯ぺシュリア」
「追わないの? 私が追ってもいい?」
ぺシュリアと呼ばれた少女は、男に対して問いかける。
「却下だ。恐らく彼女はこちらの狙いを理解した上でこうした手に出たと考えられる。直線距離なら分があるとしても、頭の回転が早く、正面戦闘でも苦戦を強いられる気がする」
狙いとは、なるべく傷を付けないようにして捕獲するというもの。今回の侵攻の意図を考えれば、なるべく穏便に済ませたいというのが彼らの本音なのだ。
「苦戦は⋯⋯直感?」
「直感だ。だが⋯⋯」
男は意識を失っているシルヴィを見る。
「仲間を置いていく判断が早い相手だ。打算込みとはいえ厄介そうだ」
先程出会ってしまったルカの顔を思い出しながら、男はシルヴィを抱える。
「そろそろ睡眠ガスとやらの効果が切れる時間だ。寝ている者たちを回収し、速やかに撤収しろ」
歴史的な建造物に惹かれないのは小学生的な感情ですね。




