騒乱の火種
投稿ペースが月一くらいになってて悲しい。
「⋯⋯面白くない」
拠点に戻ったカナタは俯き、小さく呟きながら焚き火の炎を見つめていた。
現在は夕暮れ時。月のような星が顔を出しかけてはいるものの、日は落ちてはいない。
「そ、そうかな⋯⋯」
オドオドとしながらケインはカナタへと返答する。
「もっとこう、魔獣をバンバン狩って、戦闘訓練とか⋯⋯」
現在彼らは後発組と交代し、拠点で待機している。
盗賊や魔獣の襲撃といった事態が起こりうる場所である為、警戒を絶やしてはならないのだ。
「折角遺跡に来たのに⋯⋯忙しないわね」
と言いながら皿に魚料理を盛ったルカが二人の前に現れる。
「お前は随分楽しそうだったな」
「ええ。この世界の歴史的な遺産は未だに未知のものだもの。楽しいに決まってるでしょう?」
この世界の、という何一つ隠すつもりの無い言い方に対して引っかかりを覚えたカナタだが、反りが合わないルカとはなるべく会話をしたくないのかそっぽを向く。
「そうそう。昨日の残りで作っておいた南蛮漬けなのだけれど、食べる?」
ルカはケインに皿を差し出し、虚空からフォークを錬成する。
「あ、ありがとう頂きます⋯⋯」
そうして一口入れると、目を見開くような仕草を見せた。
「⋯⋯!」
「お口に合ったのなら何より」
昨日のクーラーボックスを魔術式を付けた簡易冷蔵庫として作り直して運んだ釣った魚の南蛮漬け。
必要な調味料や食用油は持ち歩けないが、ルカはその場で錬金術で作り出せばいい為、あらゆる問題がクリアされる。
「南蛮漬けは冷蔵環境さえあれば一週間は持つから、この世界の都市間移動時にはいいかもしれないわね。何より保存食より味がいい」
「な、なあ!」
「なぁに?」
「⋯⋯⋯⋯僕にもくれよ」
物欲しそうな犬と、少しの緊張が混じった視線でルカを見詰めるカナタに対し、ルカは特に気にした様子も無く。
「待ってて頂戴。今持ってくるわ」
サッと振り返り、南蛮漬けを盛り付けに行った。
「⋯⋯ルカさんってかっこいいよね」
「はぁ? アイツが?」
「こう、物怖じしない性格というか、堂々としている所というか⋯⋯」
ケインはあまり大きく言えず、社交性があるタイプでは無いが、同性であるカナタとはそれなりに話せるようにはなってきたのだが。
「アレはそういうタイプじゃないだろ」
残念ながら人を見る目はまだまだらしく、カナタに訂正されてしまう。
「物怖じとかそういう次元にはいない。アイツは自分一人でなんでも出来るって思ってる」
事実、ルカは生きる為に他者を必要としない。錬金術を手に入れた彼女は衣食住のあらゆる項目を自らの力で賄える。
「昨日今日の行動だってそうだ。アイツにとって学園は檻。据でしかないんだ。それなのにアイツは嬉々としてここにいる。単なる異常者って片付けたいが⋯⋯」
「異常者に見えるってだけなんだろうねきっと」
ルカにとっての当たり前は、他者にとってはそうじゃない。
認知の差というのは、どんな世界でも大なり小なり降り掛かるものなのだ。
「⋯⋯折角持ってきてあげたのに、陰口だなんて」
ふと顔を上げると、貼り付けたような困り顔をしているルカが立っていた。
「悪いかよ」
「いいえ? どんな事を思おうが貴方の自由だもの」
バツが悪そうな顔をするカナタに対し、何一つ気にしていない様子で皿とフォークを手渡し、無言で受け取らせる。
「そういえばケインは平民出身なのよね? どこで魔術を習ったの?」
ふと話題を振られたケインは驚きながらも、口に含んでいた魚を嚥下する。
魔術を使用するには生まれ持った才能が必要で、ルカのような例を除けば後天的に獲得できるようなものでは無い。
その上、教育環境が整っている貴族と、安定した生活を手に入れる事が出来る保証の無い平民ではどうしてもスタートラインに差が生まれてしまう。
そんな中でAクラス入学を果たしている平民出身のケインはどのような場所で修練をしたのかが気になってしまうのも無理は無い。
「ぼ、僕は平民だけどフィールズ家の孤児院出身で⋯⋯三年前に魔術の才能があるってフィールズ家の人に知られたから、その縁」
「ふぅん、なるほどね。なら親の顔も知らないのなら⋯⋯親が貴族の可能性も無きにしも非ずなのかしら?」
と言うと、ケインとカナタ二人は首を傾げる。
「どうしてそうなるんだよ」
「可能性があるってだけ。元は没落した貴族か、訳ありの子なのかも」
更に顔を顰める二人に対し、少しだけ口を挟むルカ。
「まず、優秀な魔術師が基本的に貴族なのは何故」
「それは⋯⋯アレだろ。四百年前の第一次大戦と四十年前のテラリアス王国との戦争で、大きな戦功を挙げた者には貴族としての位が与えられた」
それによって貴族位を得た歴史を持つ勇者の家の出であるカナタが答える。
「戦争で活躍できるのは僕の光属性魔術や、二属性や三属性を扱えるような魔術師になる。そういう人達は元々数が少ない訳だけど⋯⋯」
「全部答え言ってるじゃない。遺伝学上、魔術を使えない者から魔術師が生まれることは無いの。だから、二属性を扱える彼は貴族の血を引いている可能性がある」
これはメンデルの法則に基くものであり、脳の作りが違う魔術師と一般人とで比較した上での発言である。
「そんな保障は⋯⋯」
「無いわけじゃないけれど、確率は高い。少なくとも私の知る法則が合っているのであればの話ではそうなの」
メンデルの法則は人間にも当てはまる。それがこの世界でも同じかどうかは今の所未知数ではあるが、ある程度この世界の人間を弄ってきた結果として、この世界でも適応される可能性が高いと考えている。
強い魔術師の遺伝子は貴族に偏っており、平民からはどうしても産まれにくい。
それらが交配しながら今まで続くとなれば、平民からは強い魔術師が産まれる理由が無いのだ。
しかしながら。
「まあ例外はあるけれど⋯⋯論点はそこなの⋯⋯」
と更に口を開こうとした所で。
「遅いなぁ⋯⋯」
というソネットの声が聞こえて来た。
「もう三十分も過ぎてるんだけど⋯⋯一向に帰ってこない⋯⋯」
うーん、と唸るソネット。
「子供ですし、多少はしゃぐのも無理はないのでは?」
「君も子供だけどね。⋯⋯でも、それは無いよ。何せここは⋯⋯」
少し影が落ちるような顔を見せたソネットの言いたい事は、この場にいる全員が理解している。
この場所はテラリアス王国の国境付近に位置する場所の為、不穏な動きを見せれば争い事に発展しかねない。
「調査に来たはいいものの、立地が良くないのよね立地が。それに⋯⋯さっきそれっぽい人いたし」
と、ルカは先程少し話した男を思い出した。
「それっぽい人って?」
訝しげにルカを見るソネット。
「いえ、先程怪しい人物と交戦しただけなのですが、逃げられてしまいまして」
「⋯⋯どうして報告しなかったの?」
ソネットはじっと詰めるような目で見つめてくるが、ルカは淡々と何事でもないかのように答える。
「あの時点で報告していた場合、本日の調査が中止される恐れがありましたので」
「⋯⋯それで何も伝えなかった、と?」
「そうです」
ルカにとっては現状の優先順位において、他の生徒はただ一人を除いて決して高い訳では無い。
勿論使い道があるのは事実だが、基本的に替えが効くものだと考えている為、もし使い潰す場合があってもまた次の機会で、と考えていたのだ。
「あのさ⋯⋯いや、ルカさんはそういう人か」
「そういう人なので、諦めてください」
それは君が言うことじゃないよね? という視線を向けるが、諦めたように溜息をひとつ吐いてから。
「⋯⋯教師としては見過ごせないけど、起こっちゃったことは仕方ない。ここで分散するのは悪手だろうし⋯⋯今から全員で捜索に出るから、君達はここで待機してて」
ソネットは散らばっていた生徒達を集める為にこの場から去っていった。
「ルカさんには後で少し叱らせてもらうよ」
そう言い残して。
「ルカ様の無関心で良くない所が出ましたね」
「なぁにその言い方。私としては良い方向に進んでると思っているのだけれど」
その言葉に一瞬だけ思考を回転させ、なるほど、と小さく言葉を吐いたスクワール。
「ぶっちゃけ遅かれ早かれって感じではあるのよね〜」
ルカは笑顔で悪戯っぽく舌を出すが、それをカナタに見られており。
「⋯⋯何が面白い」
「別に面白い訳じゃないわよ?」
「じゃあなんだよ! 先輩達とアイツらが⋯⋯もしお前の言葉が本当なら、笑っていられる状況じゃないだろ!」
カナタの言葉は正しい。
「よりによってお前が先生に伝えてれば、こんな事にはならなかったんだ!」
ルカが伝えていれば、ルカのせいで。
誰がどう見てもそれは正しい。覆しようのない程に。
「もし居なくなったのがそこのメイドだったらどうなんだよ! お前の大切な人だったら! あの中には姉だっているんだろ! なんで笑えんだよ!」
「単にはしゃぎ過ぎてるってことも⋯⋯」
「お前がさっきここが敵地の目の前だって言ったんだろ! 攫われたのか襲われたのかはわからないけどさ! お前の言葉とか推測が正しいんなら⋯⋯」
「エレナやお姉様達は攫われた可能性が高い。どんな扱いをされているかは知らないけれど」
「わかってるなら⋯⋯なんで⋯⋯」
カナタはルカの事が好きでは無い。だが、それはそれとして能力は理解している。
だからこそ解せないのだ。それだけの知識や力がありながら、クラスメイトや学校の仲間に危害が加わる可能性を排除しなかった事が。
「別に理解してもらおうなんて思ってないのだけれど⋯⋯」
と、一言前置きして。
「私としてはこれがベストな選択だと思っているの」
「⋯⋯連れ去られたって結果がベストだって?」
「ええ。貴方の中では違うらしいけれど」
アイスクリームコンビを連れて駆け寄ってくるソネットを見ながら、ルカは平常心のまま呟く。
「貴方の価値観は行動で示すべきでしょ。起こった事で私に当たり散らしても意味無いわよ。それに、可能性が高いだけで杞憂の可能性だってあるじゃない」
「それは⋯⋯そうだが⋯⋯」
ハッキリとルカの心情を表すのであれば、カナタとの話にはまるで興味が無い。
現状ルカが望んだとおりに進んでおり、それを批難されるのはわかっていた事だからだ。
「話題逸らしを確認しました。ルカ様レスバに負けましたね?」
「別にいいのよ」
「効いてます効いてます」
「私前から思っていたのだけれど、その言葉こそ話題逸らしだと思うのだけれど⋯⋯。まあ煽りに使えればいいからなんでもいいのよねそういうのは」
実際、正論を振りかざされた所でルカは意に介すつもりは無い。
「お互い独善的な正義なのは⋯⋯理解しているのかしら?」
聞こえない程度の小さな呟き。
理解している者と理解していない者。
二人が交わるタイミングは、もう目前まで迫っている事を、一方だけが理解している。
メンデルの法則っていつやったっけ⋯⋯昔勉強した記憶がある⋯⋯。
ネットでよく見る「効いてる効いてる」って言葉嫌い。議論の議も無い。




