ミリシュテラ遺跡と不穏な影
楽しい楽しい遺跡調査。でも⋯⋯?
コテージを早朝に出て早四時間ほど。
「飯食いすぎた⋯⋯気持ち悪い⋯⋯」
「直してあげましょうか? 私の錬金術なら体調を無理矢理⋯⋯」
「それは嫌だ」
朝食をおなかいっぱい食べた後、馬車酔いで苦しむエレナを揶揄うように笑いながら本を読むルカ。
「ルカ様、そちらの本は?」
「図書館から借りてきたの。魔人の国の国境付近だし、何か起きてからじゃ遅いでしょ?」
「⋯⋯戦争は四十年前に終結したと言っても敵国である事に変わりありませんからね」
スクワールは、被害が出てから対処するのでは遅いですよね、と頷く。
ここでルカが言う遅いというのは、被害が出てからという意味では無いが、特に指摘はしなかった。
「魔人。個人的に気になるのは獣化の力かしら。人間に近い肉体なのに変形させることが出来る。筋肉の構成はどうなっているのか、影響はどの程度なのか、魔力保有量も平均的に人間よりも多いみたいだし、一人くらいは欲しいわねぇ⋯⋯」
「お前なぁ⋯⋯」
その言葉に対してあまりいい感情を抱かなかったエレナだが、揺れる度に嘔吐くような仕草をする。
「知らない事を知らないままにする方が嫌でしょ」
と、本を読みながら淡々と答える。
元々ルカも揺れに耐性がある訳では無いが、錬金術によって三半規管そのものを弄っている為、無理矢理耐性を獲得しているのだ。
「そろそろ景色に飽きてきた頃だし、読み物を持ってきておいて良かったわ」
パラパラと捲りながら魔人に関する記述を読む。
「平均寿命は二十から三十程度。これについては仕方が無いのかしら」
中世ヨーロッパでも平均寿命は二、三十歳であり、この世界の人間種よりも少し短い程度。
そもそもヴァイラント理事長が規格外というのもあるのだが、人間種でも長くて四十が限度だ。
「種族差による寿命の長さで言えば、やはり霊人種が長いのでは?」
「そうね。アルスマキアとは国交が開かれていないから詳しい事はわからないけれど、二百歳超えがざらにあるなんて事は書いてあったし」
どのような進化でそこに至ったのか、ということは気になっている為、ルカも片手間に書物を漁っているのだが、あまり良い感触は無い。
地球では耳長族やらエロフというように、ファンタジー要素が強いながらも馴染み深いエルフだが、この世界では長命で賢者的扱いをされている。
北方に多くの集落を持つとされているが、実態がわかる書物はアルスマキアには少ない。
「そもそもあっちの平均寿命が異常なのよ。医学の発達はあっても人生の半分以上が繁殖に適さない時期なのはどうかと思うの」
「そうでしょうか?」
「生物学的に見れば繁殖出来ない時期が長いのは汚点でしょ。老後なんてのは独り善がりな時間でしかないのよ」
とはいえ、ルカ自身それだけが全てでは無い事は理解している。
「その点、魔人は繁殖できる時期に死ねるのだからいいわよね。老化が早いということもないのだし。竜人種や霊人種も中々興味深いし、一人ずつくらいは欲しいわぁ」
「⋯⋯そこに魔人種を含めるのは彼らの沽券に関わるのでは?」
「何故? 同じ人でしょう? 人類の進化を目的とする私として言わせてもらえば協力は義務でしょうに」
うわぁ、という視線を無視しつつも、現状気になる魔人に関しての思考を巡らせる。
(人という区分でありながらこうも寿命に差があるのは、やっぱり進化の過程の違いなのかしら?)
魔人種はともかく、竜人種のような存在はもはや起源に人を持つのかすら怪しい種族である。
二足歩行の蜥蜴で言葉を介し、身体能力も極めて高い。
ルカとしてはそれらを人として扱いたくは無いと思っているのだが、残念ながらこの世界では人という括りになっている。
「⋯⋯⋯⋯んむむ」
と、唸っていた所、ガツンという音と共に馬車が小さく跳ねる。
「むぉん、あいたっ」
どうやら馬車が石を踏んでしまったらしく、胡座で本を読んでいたルカは謎の鳴き声と共に跳ねたかと思えば、そのままお尻に小ダメージ。
「⋯⋯ちゃんと道の石くらい拾って欲しいわね」
そんなこんなで馬車に揺られながらも、目的地へと到着する。
「あ、見えてきたよ。あれがミリシュテラ遺跡だ」
ソネットが指を向けた先には遺跡がある⋯⋯のだが。
「⋯⋯ルカ様、あれは⋯⋯⋯⋯」
「うーん、遺跡⋯⋯?」
そこにあったのはルカが思っていたものよりも現代的な建造物が、手入れもされずに廃墟となった姿の数々。
大型のマンションのような建物には、割れたガラスや崩れたコンクリートの柱。蔦や木々が生い茂り、至る所に絡み付く姿は想像とは逆の幻想性すら内包している。
「のっとふぁんたじーですね」
「これはこれでファンタジーでしょ」
ルカとしては、思っていた方向とは違っていたものの、その可能性は充分に考慮していた。
(始まりの賢人が高度な文明を持っていた事は授業でもやっていたし⋯⋯いえ、でもそうなると⋯⋯)
「ここは数少ない建造物が多く残っている遺跡なんだ。創世記以前の文明の跡地であり、僕らが明かすべきもの」
そう締め括ると開けた場所で馬車が停止し、全員が一斉に降りる。
「それじゃあ、拠点を作ろうか。男女に別れて⋯⋯」
と言った辺りでルカはその集団から離れていく。
スクワールに対しタブレット端末で指示を飛ばし、黙々と遺跡へと歩いていく。
「待って待って! ルカさんも今回は単独行動はナシ!」
それに気が付いたソネットが焦ってルカを呼び止めた。
「何故ですか?」
サラッと止まるルカへと一呼吸置いて話す。
「前にも言ったと思うけど、ここはテラリアス王国の国境付近にある場所だからね。流石に単独で先行されると問題が起きかねない」
口にはしなかったが、ソネット目には「ルカさんの性格だと特に、ね」という意図が含まれていた。
「はぁい⋯⋯」
と、しょんぼりしながら拠点に戻った。
辺りは木々に囲まれ、早朝に出立したコテージよりも視界は狭いものの、十五人にも満たないメンバーが上手く活用するには適した広さとなっている。
「お、戻ってきやがったな。流石に今回は止められたか」
「悲しいわねぇ⋯⋯私って信頼無いのかしら?」
「勝手に釣り行って戻ってくるようなヤツに信頼なんてあるわけないだろ」
「⋯⋯⋯⋯それもそうね」
正論パンチでボコボコに殴られたルカは、大人しく作業をする。
今行われているのは現地拠点の作成、と言ってもテントを建てたり、荷物下ろしというような簡単なものである。
「⋯⋯そっちの人手は足りてそうね」
キョロキョロと周囲を確認し、野営の為のテントを設営している男性陣で一番近くにいたケインに声を掛けた。
「う、うん。レシーアさんは⋯⋯あれ、水関係は先生がやるんだっけ?」
「そうね、衛兵の駐屯地がこの近くにあるからそこで水を貰えるそうね」
では何故駐屯地に泊まらずに野営をしているのか、という理由は至極単純でこのような野営のケースの予行演習である。
街から街への移動で二日かかるという場合も少なくは無い上、こうした旅をする者もいる。
そういった事情もある為、一年生と三年生で数度体験する事が義務付けられている。
「ちゃんとした水を飲めるのも魔術のおかげなのよね」
「魔術というよりも錬金術ではあるけど⋯⋯」
本来、この文明力では水の確保は難しく、中世ヨーロッパでは水の安全性が保証されていなかった。代わりにワインやエールのようなもので喉を潤していた。
しかしながら、この世界では錬金術で作成される魔道具で粗方解決してしまう。
シャワーや水道のような水源、明かりのような光源、様々な調理に使う火の元も魔道具で補える。
やはりと呼ぶべきか、これらも全て始まりの賢人由来であり、製造方法はわかっても改良の余地は無いのだとか。
「それなら私は手持ち無沙汰になっちゃうわ。他の子達は⋯⋯」
現在、女子グループは魔道具主体の簡単な調理場の作成を行っているが、ルカとしてはあまり惹かれない。
「なら適当に何か作りましょうか」
「う、うん。そっかレシーアさんは錬金術師だもんね、色々出来るんだよね⋯⋯」
と、羨望が混じった瞳を見せた。
ケインはAクラス唯一の平民出身であり、努力家だという。
「大したことじゃないわよ。知ってる事しかできないもの」
その場を後にするルカは、適当に木を錬成。
「なんだかこの運用方法も久しぶりな気がするわね」
二十メートル大の木を引き抜き、重力や体幹を調節し、持ち上げる。
数本引き抜いたところで直径十メートル程度のスペースを作り、木材を壁のように形を整える。
「DIYは好きなのよね。もっとやっておけば良かったかも」
そして木材を薄いカーボン布に変化。そして木の壁に防水加工を施し、個室のように四つ並べる。
「別に金属じゃなくてもいいのよね。拘り程度なのだけれど」
そう呟きながら木材から金属製のシャワーヘッドを取り出し。
「この世界のシャワーシステムがとても楽でいいわぁ」
水道が無く、ただ魔力を伝達し触れた箇所から頭上へと水が降り注ぐような機関を作り上げる事ができれば、それがシャワーとなる。
「水を生成する魔術スクリプトはもう頭に叩き込んであるし⋯⋯」
そして錬成で魔術式を書き込む事で。
「よしっと」
簡易シャワーの完成である。
一人用の簡易シャワーがパーテーションで区切られており、一度に四人まで使う事が出来る。
木製とはいえども、ルカの手によって防水加工されている為、水に対する耐久性能も高い。
ここまでシャワーにこだわる理由てしては、やはりルカが元日本人だからだ。
一日、二日入れないだけで不快感を露わにする人種である為、なるべく川での水浴びのような事はしたくないのだ。
「一応拠点からは少し離れているし⋯⋯不安ならテント式にすればいいから、取り敢えず報告⋯⋯」
ルカが歩き出すと。
ガサリ、という木々が揺れる音がルカの耳に入ってしまう。
それはルカが発した音ではなく、ルカの動きに合わせて他者から発生した音である。
「こんな子供の覗きだなんて。何方かご存知無いかれど、趣味が悪いわね」
ルカが尋ねるように振り向くが、そこには誰もいない。
それでも、ルカは首元に視線を感じた為。
「殺気」
「────ッ!」
ルカは首に生成した第三の目でその姿を確認する。
黒いローブを羽織った男が、ナイフをルカの首へと振り下ろす真っ最中であった。
「⋯⋯⋯⋯」
視認した時点で既にルカは行動に移しており、ナイフが首に突き刺さる直前で相手の手首を掴み、左足を軸に身体を三十五度程度回す。
「ぐおっ」
ローブの男とルカの体格差が大きい為、そのままでも引っ張られるような形で男が前に受け流される。
咄嗟の行動で投げ飛ばすような体制を取っていなかった為、ローブの男が地面に叩きつけられるような事は無かったが、奇しくもルカと男が対面する形となった。
「受け流されたのか⋯⋯子供に⋯⋯?」
「合気道知らない? まあ別にいいのだけれど、"錬成"しなかった事に感謝して欲しいわね」
本来の形では無いが、あまり技を見せる機会が無かった為少しだけ嬉しいルカ。
ルカは生前から他者の記憶を覗いていたが、その情報は多岐に渡る。
釣りや野球のようなレジャー的なものから、剣術や柔道、合気道のような実戦的なものまで。
それらは全て潜在記憶に染み付いている為、ルカ自信がやったことがなくとも、他者の技を盗むような形で再現出来るのだ。
ルカが修めている分野は無数にあるが、本職である脳科学は他の追随を許さない研究を重ねており、スクワールの改造もそのノウハウがあってこそ。
もし仮に他にもルカと同レベルで錬金術の運用が可能な者がいたとしても、スクワールのように脳を改造するという行為は不可能であり、少しでもミスをすれば廃人待ったナシの超絶技巧に他ならない。
「それで、おじさんは私に何か用なのかしら?」
「⋯⋯⋯⋯」
何一つ変わらない笑みと、凍てつくような視線を向けるが、男は沈黙を貫く。
「⋯⋯ならいいわぁ。直接脳に聞けばいいし」
そう手を伸ばした直後。
ズン、と空気が重くなり、男が跳躍する。
その高さは木々を超え、一気に上空へと消えていってしまった。
「あらら⋯⋯」
頭上を見ても大きな木々に囲まれてしまっているため、視線で追うことは出来ない。
が、明らかに学園側に味方する勢力ではなかった。
「⋯⋯ちょうどいいわね」
そしてルカはこれから起こるであろう事に期待を膨らませながら、シャワールームの完成を報告しに行くのであった。
呉島瑠楓は大体の事を擬似的に経験しているので、生前から「もうあいつ一人で良くないか?」という枠です。でも知識チートってそういうものだと思っています。
他をよく知らないので、おすすめの作品がありましたら是非教えて欲しいです。あ、でもDRIFTERSは好きです。




