空の器と深夜の女子会
すごく⋯⋯日常回です。
剣の素振りで汗だくのカナタは男性用シャワー室の扉を空け、正面にある魔法陣に手をかざす。
地球の公営プールにあるような一人用のシャワーではあるが、一人になりたい今の彼にとっては絶好の場所である。
「⋯⋯⋯⋯なんで」
魔法陣に魔力が吸い込まれると、それらが水に変換されて頭上から降り注がれる。
これらの基礎は始まりの賢人達が伝えたものであり、錬金術によって魔法陣を作成できる者は多いが、千年間未だに改良される兆しが無いほどに完成された魔術式が組み込まれている。
「俺は⋯⋯」
カナタ・Rフィールズには、明確な目標となる人物がいる。
高等部生徒会長であり三年次主席である兄の事だ。
「勇者を背負うには足らないって⋯⋯?」
出来損ないと呼ばれていた(本人は知らなかった)ルカに負け、その事で上級生には実力的に下に見られ。
踏んだり蹴ったりで散々だ、と内心思っている。
確かにルカが奴隷なのかメイドなのか曖昧なスクワールを連れていたのは事実だが、深い部分を知らないカナタ自身、今では口を出すべきではなかったのかとも思っている。
「俺には⋯⋯何が足りないんだ⋯⋯」
自らに足りないもの。
勇者と呼ばれるには何が必要なのか。
冷水を浴びながら鏡を覗く。
「酷い顔だな」
客観的に見ていた者がいたとすれば、特に異常はないと言うだろう。
だが、カナタからすればその表情は勇者に相応しくないのだ。
「兄さんはもっと自信に溢れていた。僕ももっと⋯⋯」
誰かを追う事が勇者足り得るとはカナタ自身も思っていないが、真に勇者と呼ばれている人格者である兄を追うことは、間違っていないのではないかと考えている。
「強さも、人望も、表情も性格も⋯⋯」
勇者と呼ばれたい者は、そうなる為であれば何でも行う。
それとは別に己の中の正義も持ち合わせている。
それがカナタ・R・フィールズという男の子だ。
暫く自らの考えを纏め、シャワー室から上がった後に着替えてコテージのフロントから男性用の寝室へと向かおうとしていた所。
「おや。カナタ様」
「⋯⋯スクワール」
丁度女性用のシャワー室へと向かっていた途中のスクワールと出会う。
「お早いですね」
「シャワーなんてこんなもんだろ。お前はどうしてここに⋯⋯って言うのは野暮か」
と言いながらスクワールが持つ籠に目を向けた。
黄色と紫、緑色の半透明プラスチックボトルが三つと、白いチューブ容器にはカナタにはわからない言語、日本語で文字が書かれている。
「これですか? ルカ様がお作りになられたシャンプーとリンス、洗顔料にボディソープです。何でも完全天然素材で出来ていて、水溶性でありながらも環境への被害が無いのだとか」
首を傾げるカナタだが、この世界では未だにシャンプーやボディソープというような洗浄剤は無く、高値の薬用石鹸がある程度。
それでも未だに川での水浴びという文化が残っている事からも使わない事も多いのが現状だ。
「まあ、錬金術による錬成を自然由来と呼ぶのは抵抗感ありますが」
「アイツ、何でも作れるな⋯⋯」
カナタは洗浄剤の中身自体は知らなくても、自然由来のものを自作できるという事に驚いている。
「私はあの人が扱う錬金術しか知らないのですが、普通はそうでは無いと?」
「そうだな⋯⋯普通は魔術式を組み込む職人だったり、金属を変形させたり⋯⋯後はポーションとかを作るような。どれも専門性が高いからいっぺんに全部できる人は多くない。ましてや完全に別のものに作り替えたり、自らが前線に出る事なんて普通有り得ないし」
スクワールはわかっていて聞いているのだが、改めてルカの異常性を理解する。
「ルカ様は人の肉体や光すらもその手中に収めていますからね」
「未だに魔術には信仰が不可欠だと言われている中で、アイツや錬金術師達は魔術の理論に手を伸ばしている。アイツの事は苦手だが、正直あそこまでやられたら実力は認めざるを得ない」
カナタの一言で、スクワールは驚きの表情を見せた。
「な、なんだよ」
「いえ、意外だなと。カナタ様は負けず嫌いでプライドの高い方だと」
「はっ。⋯⋯あんな負け方してプライドが残ってると思うのか?」
嫌味ったらしく言う姿に哀れみを覚えたのか、頭を下げるスクワール。
「申し訳ありません」
「別に怒ってる訳じゃない」
とは言うがどこか空気が悪くなってしまうのは当然の事である。
「⋯⋯それでは私は失礼します。良い夜を」
「あ、待ってくれ⋯⋯!」
スクワールが歩き出すと、カナタが呼び止める。
「どうされましたか?」
「最後にひとつだけ⋯⋯アイツ⋯⋯ルカといてお前は楽しいか?」
ふと。そんなことを尋ねるカナタは自分がどんな事を考えているのかイマイチわかっていない。
だが、なんとなくではあるが、スクワールも自分と同じようにルカに運命を狂わされた者である、同類なのではないかという推測が彼の中にはあったのだ。
それ故に、何か答えをくれるのでは無いか、という直感はあった。
「そうですね⋯⋯」
スクワールは一呼吸置いた後。
「楽しいか楽しくないか、で言うのは難しいですが、悪くないとは思ってます」
「悪くない⋯⋯?」
「私は彼女の近くにいる事でアイデンティティが満たされますから」
空っぽのアイデンティティ。そこに役割を注いだルカ。
例えそのアイデンティティがルカからして見ればちっぽけでくだらないものなのだとしても、ルカのように切り捨てられるほど人は大成していない。
「私は彼女の半歩後ろにいたいと思っていますよ。叶うのであれば、自らの役割を終えるまで」
「役割だと⋯⋯?」
「はい、私は新人類のモデルケースだそうです」
特に口止めをされていない為、スクワールはカナタの目を見て告げる。
「本人は誰でもよかったと仰っていましたが、私を選んでくれたというその事実が、彼女の隣にいる理由です」
誰でもよかった。それでも、ルカは唯一性を与えてくれた。
空の器にとってはそれこそがルカに着いて行く理由なのだ。
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「どうすっか」
「私は別に床でもいいわよ?」
コテージの女子宿泊部屋。簡素なベッドが五つと共用の大きくないテーブルがひとつあるが、スクワールを含めると六人になってしまう為、ベッドが足りないという問題が起きた。
「いや、流石にそれは⋯⋯」
「ならスクワールを床に寝かせる?」
「⋯⋯それがご命令とあらば」
何もかけず床に寝ようとするスクワールを肩に手を当てて止めるエレナ。
「待て待て待て。⋯⋯センパイ方は⋯⋯」
「えっ? ウチらが床で寝ろって? 冗談でしょ?」
ピンク色の髪をした歳にしては派手な少女が不快そうに表情を歪めた。
「却下」
水色短髪の先輩にも冷たくあしらわれてしまう。
「だよなぁ⋯⋯」
「わ、わたしはルカと一緒に⋯⋯」
シルヴィはルカと寝るならば、というがそれだと面白みがないというのがルカの正直な感想である。
「何あのアイスクリームみたいな髪色。地毛?」
「そ、そうよ! 悪い? というかアイスクリームって何?」
「私は染めてるけど」
ピンク色の長髪で少し派手な方は地毛であり、大人しめな水色の短髪は染めている。
「アイスクリームコンビ先輩には悪いけれど、ここは平等にゲームで決めましょうか」
ルカがそう言って徐に取り出したのは。
「あ! トランプだ!」
「イチゴアイス先輩よく知ってるわね」
「なんかバカにされてるような気がするけどとりあえずイチゴアイスって何!?」
なんだか年相応にはしゃぎだしたイチゴアイス先輩が言うように、ルカが取り出したのはトランプだ。
トランプという娯楽も始まりの賢人が考案したものだとされている為、世間一般には広く知れ渡っている。
「せっかくの遠出なのだから、レクリエーションも大切でしょう?」
と言ってルカはシャッフルを始める。
「ルールは何がいい? 指定が無いなら私が決めるけれど」
そうこうしている内に、スクワールが共用のテーブルを部屋の中心に運んでいた。
「えっ、ウチらもやるの?」
「イチゴアイス先輩がやらないのであれば床で寝るか最下位と共寝するかのどちらかになりますが」
カードを痛めそうな派手なシャッフルをしつつ、ルカはイチゴアイス先輩に選択を迫る。
「フリーラ、やろう」
「ソフィー?」
「ミントアイス先輩」
意外にもやる気だったのは物静かそうに見えたソフィーこと水色の髪のミントアイス先輩だった。
「ここで引いたら上級生として負けたような気がする」
「そ、そうだ。アタシ達は立派な先輩なんだ⋯⋯!」
謎の意地を見せたアイスクリームコンビはやる気になったようで、イチゴアイス先輩ことフリーラがベッド後方からカードを寄越せというような仕草をする。
「待って頂戴。ルールは?」
「なんでもいい。後輩に主導権を渡すのも先輩の余裕」
「なら⋯⋯ダウトにしましょうか」
「だ、ダウトって何!?」
「嘘つきを当てるゲームだよ、フリーラちゃん。えっとね⋯⋯」
ルールを知らなかったフリーラに優しくルールを教えるシルヴィ。
「さっきお前を馬鹿にしてたセンパイ方だ。コテンパンにしてやろうぜ」
「⋯⋯私そういう意図でトランプがしたい訳じゃ無いのだけれど⋯⋯」
今回のトランプにはとある目的がある。
⋯⋯という訳でも無く、単に遊びたいのだ。
生前にはこういった機会が無く、小学校の修学旅行は風邪で休み、中高の修学旅行は研究発表で欠席している。
小学校時代から公欠も多かったルカにとって、こういった場で楽しめる機会は少ないのだ。
「ルールはだいたいわかったわ!」
「それじゃあ配るわ」
ルカは手際良くカードを配る。
こうして、深夜の女子会が始まる。
が。
「はいイチゴアイス先輩ダウト」
「にゃぁぁぁぁぁ!?」
フリーラの手札が増え。
「ダウトねお姉様」
「ふぇっ!?」
シルヴィの手札が増え。
「ダウトだろ! 今ちょっと渋い顔してたぞ!」
「残念。ジョーカーなのよねぇ⋯⋯」
「そういう事かよチクショウ!」
エレナの手札が増える。
それもそのはず。
(初めて触るから私有利なルールにしたのだけれど⋯⋯表情一つで嘘か誠かわかっちゃうから、私が楽しむには運要素が足りないわね⋯⋯)
ルカの六戦六勝。最下位の数が多かったのはシルヴィであり、その次がフリーラだ。
「もっかい! アタシまだ勝ててないし!」
「⋯⋯そろそろいい時間だから明日にしましょう」
「勝ち逃げ⋯⋯」
ルカを不満気に睨むアイスクリームコンビ。
「イチゴアイス先輩もミントアイス先輩もあまり睨まないで頂戴。今日は私とお姉様が一緒に寝るから」
「えっ、いいの!?」
「本番は明日なのだから、先輩方には広い場所で寝て欲しいし⋯⋯それに、勝ち負けも大切ではあるけれども、先輩には余裕と度量の大きさも必要なのよ」
先程の先輩の意地に対する返しで、アイスクリームコンビはハッとする。
「むむむ⋯⋯」
「それはそうだね」
「ルカは先輩じゃないけどな」
「ルカは私の妹なんだから背伸びはダメだよ!」
「精神年齢はそうとも言えないしノーカンよ」
「「???」」
何を言っているのかわからないシルヴィとエレナを横目に、魔力で動く光源を消し、微睡みに耽る。
「えへへ⋯⋯」
「⋯⋯お姉様、近い」
「近くていいんだもーん」
ルカの腕にしがみつくような形で、シルヴィが口角を上げながら横に寝転んだ。
「なんだか、寮は同じなのにこうして一緒にいることが少なかったから⋯⋯おねーちゃんとしては少し寂しかったんだ⋯⋯」
「そういえば⋯⋯そうね?」
「だから一緒にいる時間が増えるのはとっても嬉しい!」
「そういう事なら、気が済むまで掴んでいるといいわ」
ルカは小さく笑いながら片腕を握らせる。
「もー、なんだか冷たいなぁー⋯⋯」
「そんな事ないと思うけれど⋯⋯」
互いに小声で呟きながら、二人は微睡みに落ちていく。
余談だが、シルヴィは翌朝まで腕にくっ付いており、結構大きめな痺れ、所謂サタデーナイト症候群に陥っていたのだが、初めての体験だった為かすぐに錬成で直すことは無かった。
ルカは悪魔ですが鬼では無いので、こういう場では自由にさせます。
この世界の髪染めについて言うと、基本的に植物塗料を使っており、元が白髪の人が使っています。
この世界、若い人で髪色が白いとちょっとめんどくさい事になる為、白髪の人は染めるような風潮があります。




