人には隠したいことのひとつやふたつある
ルカはそこそこ言葉足らずなのでちゃんと伝わっているのか心配になる時があります。
「なんだ、ちゃんと美味しかったじゃない」
夕食を終えたルカはコテージ前に作成したベンチで一人夜風に当たりながら珈琲を飲んでいた。
川魚に関しては日本でのやり方しか知らなかったのだが、案外上手くいくものなのかと満足気である。
「なんとなくでわかるとは言っても、学ばないという選択肢は無いのよね」
それは先程食した火吹き熊についてである。
体内に火炎袋のような器官が備わっているとの事で解体処理された後に詳しく見た所、人間が魔術を行使する為に必要な器官と似たような仕組みで動いる可能性が高かった。
魔猪に関しては魔力を推進力や馬力に使用する、無属性魔術に近いエネルギーに変換する器官が備わっているのはスクワールの記憶から理解している。
「でも所詮魔獣は魔力を持っているだけの獣。人の領域に辿り着く事はできない。残念ねぇ⋯⋯」
その言葉に少し面白さを感じたのか小さく笑いながら、珈琲を一口含む。
「こちらにいらっしゃいましたか」
「⋯⋯もうお話は終わったの?」
スクワールは明日の流れについての全体説明を聞いていたが、それが終わりルカを探していたのだ。
「明日もまた馬車移動が大半。遺跡に到着したらテントの設営から始まるのね」
ぴとりと人差し指をスクワールに当て、記憶を遡る。
「私はどうしようかしら。設営はスクワールに任せて私一人で遺跡に向かうのも悪くないかも」
「何があるかわからないのに独断専行とは中々ジャンキーですね」
「わからないことは直接確かめたいの」
と言いながらコーヒーカップをありふれた石に変化させ適当に投げ捨てる。
「⋯⋯ひとつ、聞いても⋯⋯⋯⋯」
そうスクワールが言葉を紡いだ所で、コテージの中から慌てた様子でソネットが飛び出てくる。
「あっ、スクワールさんにルカさん! カナタくんを見なかったかい? 見える範囲にいなくて⋯⋯」
「そういえば先程の話し合いにも顔を出していませんでしたね。申し訳ありませんが、私は存じ上げません」
思い返すようにスクワールが答える。
「そうだよねぇ⋯⋯ルカさんは?」
「さっき嫌そうな顔であちらに」
ルカは最初に釣りへと出かけた川の方を指差しながら立ち上がった。
「私が連れ戻して来ます」
有無を言わさず指を向けた方向へと歩いて行くルカを一瞬止めようとするソネットだったが。
「君がそう言うなら、信じて待っているよ」
「⋯⋯」
背を向けながらヒラヒラと手を泳がせるルカと、一言も言葉を発さずに付き添うスクワール。
「今回は私の案件だから別にいいのに」
「そうはいきません。私はルカ様のメイドなので。それに⋯⋯」
「それに、何?」
揶揄うように笑いながら視線を向けるルカは、スクワールが気になっている事を既に察しているようにも見えた。
「⋯⋯⋯⋯」
嫌味ったらしい視線を向けられたように感じたスクワールは、呆れたような表情で返答する。
「なになに? 言葉にしてくれないとわからないわよ?」
「⋯⋯もうご存知なのでしょう?」
はあ、と溜息を吐いたスクワール。
「まあ、そうね。貴女なら気になるでしょうし、断片的なものでいいのなら教えてあげる。私も計りきれてないし」
そして河原に着くと、カナタが剣の素振りをしている様子を確認できた為、それを肴に雑談する事に。
「結論から言えば、私は"勇者"に人類の進化の可能性を感じているの」
その言葉は、スクワールが知りたがっていたカナタの使い道について、大雑把ではあるが答えた事になる。
「勇者の起源は約四百年前。第一次大戦期の末期、魔人との戦争が引き金となっている」
「以前ルカ様が読んでいらっしゃった勇者に関する文献の話ですね」
ここ最近、ルカは隙間時間が出来ては図書館に通い詰めている。
それも勇者関連の文献が主であり、歴史書や伝承についてを重点的に読んでいた。
「様々な記述の違いがあっても、だいたい同じ事が書いてあるの。勇者の第一子は"聖女"と呼ばれる存在から産まれたと」
「聖女⋯⋯ですか?」
スクワールやルカの知識からすれば、聖女といえばジャンヌダルクやバルバラのような、神聖な乙女というイメージである。
「まあ、だいたい合ってるわよそれで。戦火に巻き込まれ、多くの兵士が死んだ第一次大戦期において、ただただ神に祈りを捧げ、希望の光を齎してくれる存在を願い続けた者がいたの」
第一次大戦期と呼ばれる時代には、多くの種族がその戦火に焼かれ、あらゆる種族で半数の死者を出し、この世界では疫病以上の被害が出たという暗黒の時代。
その最中、小さな教会で毎日のように祈り、平和を望んだ信仰者がいたのだ。
「そしてある日突然、その母体に子が宿ったの」
「⋯⋯⋯⋯はい?」
突拍子も無い出来事に思わず間抜けな声を出してしまう。
「記述だと家族も戦争で全滅、結婚すらしていなかったし、聖女自身魔術は使えなかった。そんな彼女に子が宿り、その子供が光属性魔術を行使し、魔人との戦争を終結に導いた。中々夢のある話でしょう?」
「夢はありますが⋯⋯無理がありませんか? そもそも歴史書なんてねじ曲がって伝わるのが当然ですし⋯⋯」
普段とは逆にどこか浮き足立っているルカと、冷静に窘めるスクワールという図が出来上がっていた。
「私的には聖女に関しては特に気にしてないのよね。重要なのはそこから光属性魔術が生まれたという事と、光属性魔術は勇者の血筋を引くものにしか発現しないという事」
スクワールは未だに半信半疑だが、ルカの目は期待に満ちたものだった。
「まだわからない。でも希望があるのなら試してみる価値はある。それに、そんな記録が無くとも彼の精神性からは面白いものが伝わってくるから、結局サンプルとして欲しかったというのもある」
人という種に望みを抱き、進化に恋焦がれるルカらしい発想。それは狂気的な思考に囚われた乙女のそれ。
「まだその先の先の話ではあるけれど、つまるところこの世界では⋯⋯⋯⋯」
「おい! お、お前!」
と、ルカが本題を言い終える前にルカ達に気が付いたカナタが叫び声を入れる。
「あら、剣の稽古はもういいの?」
「お前には関係無いだろ! なんでこんな所にいるんだ!」
カナタは赤面しながらルカへと非難を飛ばす。
「ソネット先生に貴方を連れてきて欲しいと言われたの。剣の稽古で外に出るのならせめて大人に声をかけるべきね」
「⋯⋯ここまで来て説教かよ」
「説教も何も、正しい事を言っているだけなのだけれど」
ルカが半歩後ろに立つスクワールを横目で覗くと、心配を含んだ目線をカナタへと向けていた。
「うるさいうるさい! 僕は時間を無駄にしている場合じゃないんだ⋯⋯!」
「そんなにイライラしてたら稽古の効率もあったものじゃな⋯⋯」
「誰のせいだよ!」
「私のせいかしら?」
コテージを抜け出したのはカナタとはいえ、怒らせたのはルカである以上効率を落とさせた事は否定しない。
「こっのっ⋯⋯!」
「就寝時間までは時間があるけれど、そろそろ潮時じゃない?」
ルカの宥めるような一言に反応したカナタは睨むような視線を残してコテージへと戻って行った。
「⋯⋯子供の相手も楽じゃないわね」
「⋯⋯⋯⋯」
その背中を視線で追うスクワール。
「シンパシーを感じるのよね?」
「⋯⋯やっぱりルカ様は嫌いです」
スクワールが先程から感じていた、というよりもスクワールがカナタへと向ける感情を、ルカは理解している。
「どちらもルカ様に人生を狂わされた身ですから」
「その言い回しはロマンチックね。プロポーズに取っておいた方がいいんじゃない?」
「マトモな結婚をさせてくれるのですか?」
「その時次第かしら。今の所交配実験が八割ってところ」
冗談めかして言うが冗談では無い事を混じえながらも、スクワールはルカが言ったシンパシーという意味について考える。
「彼は勇者として。私は復讐者としての人生、末路を辿るはずでした。それが、今や落ちこぼれに負けたというレッテルを貼られてしまった者と、次世代人類のモデルケース」
脚光を浴びる存在であった者と、願望を叶え、館の炎と共に心中するはずだったもの。
狂わされたとは言っても様々だ。
「ルカ様はどの世界に居ても変わらない。そこにいるだけであらゆる未来を歪ませてしまう存在なのでしょう」
スクワールが持つルカの記録は、それを断言させるに至るもの。
「大袈裟ね。私はそんなつもり無いのだけれど。でも都合の悪い事は自分で変えようとしてきた結果なのかしら?」
その評価もあながち間違いでは無いのかもしれない、と自嘲気味に笑うルカは帰路につきながらでも、と付け加える。
「カナタに関しては別に何も変わってないわよ」
「⋯⋯何故そう言えるのですか?」
とぼとぼと歩きながら、ルカは一言溜めて言う。
「断言してあげる。私が歪ませない限り、彼が勇者と呼ばれる未来は来ない」
「⋯⋯!」
「その言い方だと、私が歪ませたら勇者と呼ばれる者になる、なんて考えてる?」
逆説的にはそうだ、と思いながらこくりと頷く。
「残念ながら、選択をするのは彼自身になりそうなのよね」
スクワールにはその意味が理解できない。
彼女にはルカの記憶と記録がある。
それでも尚、ルカが見ている景色を見ることはできない。
精神性の違いで片付ける事は容易い。視野の広さで括る事もできるだろう。
しかしながら、スクワールとルカでは根源的なものが違っている。
それは恐らくスクワールだけでは無い。
この世界、そして地球であったとしても彼女と同じ光景を見ている者はいないと言える。
もし仮に同じような未来を見ているものがいたのであれば。
瑠楓がいた世界であのような事が起こるはずがないのだから。
そんな事をぼんやりと考えながら歩いていたスクワールと、それを見てニヤニヤと楽しむルカは、いつの間にかコテージに到着していた。
「おかえり、二人とも」
そしてそこにはソネットが立っており、二人の帰還を待っていたらしい。
「悪いね、任せちゃって」
「いえいえ、先程も言いましたが私が行きたいと申し出たので気にしないで下さい」
「カナタくんはシャワールームに向かったよ。と言ってもあまり大きくないけどね。貴族様にはお気に召さないかな」
どこか含みのある言い方をするソネット。
この世界には水道が存在せず、かと言って水汲みの必要や井戸といったものも無い。
しかしながら、シャワーは本人の魔力や空気中の魔力を変換して使う事ができる。
「浴びられるだけいいと思った方がいいでしょう。明日は良くて水浴びかしら」
「衛生観念的には良くないんだけど、遠出した時はこういったことがあるからその一環で体験させなきゃいけないんだ」
文明レベルが似ているからといっても、魔術の活用ひとつでその文化傾向は大きく異なる。
ルカが驚いた事のひとつには、ソネットが言った衛生観念の基準が挙げられる。
地球では似たような時代、水源の影響もあり水浴びの機会も多くはなかった。
しかしこの世界では頻繁にシャワーを浴び、形は違えども水洗トイレのようなものもあり、清潔を保つ事が文化的に推奨されている。
深い理由は無いが、これはルカとしても有難い事だった。
様々な事情で世界を飛び回っていたとはいえ、元々は日本人であり、毎日シャワーを浴びる習慣がついている。
「スクワールは先にシャワー浴びて休んでいいわよ。今日もお疲れ様」
「はい、それではお先に休ませて頂きます」
と、ここでスクワールが離脱。シャワーを浴びるというからか、明らかに上機嫌で去っていった。
「それで、僕に話があるんだよね」
それと同時にソネットが口を開く。
「ええ。これについては担任である貴方に聞きたいことなのですが」
という前口上と共にお手製の缶コーヒーを差し出す。
「⋯⋯⋯⋯これは?」
「ノンカフェイン珈琲。缶から私の手作りだから、賞味期限は長くありませんが」
缶は釣りの最中、魚が引っかかるまでの待ち時間で作成し、珈琲は先程入れたものに錬金術で蓋をした。
「あ、ありがとう⋯⋯」
「ちょっとした御礼って事で」
ベンチに腰掛け、カシュ、という音を立てて缶を開けるルカ。
「⋯⋯⋯⋯」
それを見ながら同じように開けるソネット。
「そういえば、誰かから直接聞くというのは体感で久しぶりです」
「そうなのかい? 君の事だからよくヴァリュアベルさん辺りに聞いてそうだけど」
「そういう興味本意のものじゃなくて、重要事項に関してですよ。直接触れて脳から情報を貰って終わりなのが多いので」
サーっと血の気が引くような事を言われたソネットは顔を青くするが、ルカの表情を見て平常心を取り戻す。
その後、十分ほど話してから、ルカとソネットはコテージ内に戻った。
えー、非常に申し訳ないのですが、訂正させてください。
以前光と闇属性魔術も『始まりの賢人』が齎したと書いたのですが、こちらは誤りです。光属性魔術の起源は"勇者"が始まりとなっております。本当に申し訳ございません。
闇属性魔術に関しては⋯⋯こちらも特殊なのでもう少しお待ちください。




