たとえ居場所が変わろうとも
戦闘があるある詐欺になってしまったが、たまにはいいかなと。
「なあ、その⋯⋯スクワール⋯⋯だったか」
「どうされましたか、カナタ様」
ルカが離脱したコテージ前で残った生徒達は二つの班を作り、前半後半で狩りに出る事になった。カナタとスクワールは同じ班であり、残りが三年生。
この辺りを警備する衛兵の巡回によって踏みならされた道を歩きながら、周辺の索敵を行っている。
とはいえ、この辺りには危険な魔獣はおらず、生徒だけでも対処出来る上に万が一があってもルカの錬成で直す事が出来るため
、本来教師の一人が付き添っての固定ルート巡回では無く自由な探索が許可されたのだ。
「⋯⋯アイツはいないのか?」
「ルカ様は所用で別行動をされています。何か要件がありましたら私からお伝え致しますが」
「い、いやいい。いない分にはこっちとしても⋯⋯」
カナタは複雑そうな顔をしており、同時にルカがいないことに心底安心しているようにも見えた。
あの決闘後、ルカとカナタの仲が険悪になる事はなかった。というより、ルカは気にせず話し掛けに行っているのだ。
と言っても、勇者の出自や歴史について聞きに行っているだけなのだが、殺すような勢いで戦った相手に対して何事も無かったかのような関係を築き上げようとしているのはカナタとしても気味が悪いと言いたくなる。
「やはり、気持ち悪いですか」
ピクりと跳ねるようにスクワールの顔を見る。
「無理もありません。アレは常人の思考をしていませんし」
少なくとも。いや、少しだけルカを理解しているスクワールも同情してしまう。
「お前はあいつの側仕えじゃないのか? その言い方は⋯⋯」
「側仕えですが、ルカ様はこのくらいでどうこう言う御方ではありませんよ」
スクワールは軽く毒を吐きながらカナタの半歩後ろから着いていく。
(どうせこの記憶や感情も後で見られる訳ですし、気にする意味が無い訳ですが)
何度も脳を弄られているスクワールは、今更どうこう言っても仕方が無いと考えており、そもそもルカに対する気味が悪いという感情が弄られていない以上、それを容認しているに他ならない。
少なくともスクワールには地球における最先端の価値観がインプットされているが、それを持ってしてもルカは気味が悪いと言いたくなる。
「そういやさ〜、そこの勇者様は一年のレシーアに負けたんだっけ?」
「なっ⋯⋯いや⋯⋯あれは⋯⋯」
ふと正面を歩く三年生から質問を受けるカナタ。
「はっきりしないなぁー、どっちなんだ」
「⋯⋯ま、負けた」
「ハハッ、マジかよ! あの落ちこぼれ、貴族界隈じゃ能力無しで有名だったのになぁー?」
と、他の三年生二人も便乗する為に近付いてくる。
「えー!? 今年の勇者は不良品ってコト? ウケる」
「雑魚でもAクラスになれるんだな。血筋だけか」
集まってきた三年生は罵詈雑言の嵐。明らかに格下を見るような目でカナタを見ている。
「だ⋯⋯だったら⋯⋯」
ギリ、と歯を食いしばりながら剣を握るカナタだが⋯⋯。
「どうやらお客様がいらっしゃったようですので、私達はお強い先輩方の戦い方を学ばせて貰うとしましょう」
と、スクワールが一言。
「へ?」
「グルワァァァァァ!」
「ぎゃぁぁぁぁ!? 火吐き熊じゃねーか!」
そこに居たのは三メートル大はありそうな大柄な熊。一見してみると地球上の熊との見た目の違いは然程無いが、口元から炎が溢れるように漏れており、体格もどこか筋肉質。
「陣形! 俺が前に出る!」
先程までカナタに罵倒を飛ばしていた姿は無く、先頭に出て指揮を取っていた。
「まあ、私達はゆっくり見ていましょう」
「⋯⋯いいのかな、加わらなくても」
「変に参加してヘイトやフォーメーションを崩す方が足でまといになりそうな感じですし」
そうスクワールは呟く。
現に三年生三人で相手取り、的確に攻撃を防ぎつつ後方支援の魔術で火吹き熊の体力を奪っている。
炎を吐く熊ではあるが、人が扱う魔術のように分散させたり火球を放つようなものではなく、あくまでも呼吸の延長線上にあるようで、調節できるのは強弱のみのようだった。
「お前ならあのくらいの魔獣簡単に倒せるんじゃないのか?」
「そうですね。連携も必要ありません」
「じゃあどうして⋯⋯」
「私は狩りそのものに興味は無いからです」
スクワールは訳が分からないと言いたそうなカナタに説明する。
「ルカ様が求めているのは魔獣の生態や細胞。それらは私自身が体験しなくとも視覚的な情報や解剖した肉体から得られるもの。他には三年次の生徒達の戦闘力や戦術レベルも気になるかも知れません」
「なんか曖昧だな⋯⋯」
「私はルカ様の全てを知っている訳ではありませんので」
「それもそうか⋯⋯で、それを知ってあいつはどうしようっていうんだよ⋯⋯」
「さあ? どうでしょうね」
梯子を外されたような表情でスクワールを見つめるカナタ。
「ただの興味本位の可能性もありますから。貴方との決闘のように」
「⋯⋯俺の決闘が興味本位だと?」
「まあ⋯⋯あの人は他人の感情を理解した上であのような振る舞いをしていますし、怒るのも無理は無いです」
少なくともあの時のカナタは人は平等という理念の元に、スクワールを助けようとしていた。
しかしながらルカがしたかったことはカナタという勇者と呼ばれる者の性能テスト。錬金術の応用である光の斬撃についてはオマケに過ぎない。
そしてスクワールやルカはカナタが勇者に対して明確なイメージや理想を抱いている事を理解しているし、ルカが勇者に対して何かしらの感情を抱いている事も知っている。
(勇者の適切な運用方法⋯⋯? いえ、そうじゃないはず。あの人は明確に役割を見定め、当て嵌めて他者を扱う。そこに勇者や強者という拘りは無い⋯⋯)
そして人間を兵器として運用するような事も無いと識っている。生前はそのような事はできてもやらなかった。そしてスクワール自身はあくまでも新人類としての器という役割だ。
(だとすると⋯⋯やはり⋯⋯)
そうスクワールが思い耽っていると、どしんと重たい何かが倒れる音が辺りに響く。
「っしゃぁ! 見たか雑魚一年!」
「⋯⋯。はいはい。見てましたよ」
全く見ていなかったが適当に返答するスクワールに対して不満気な表情を浮かべる三年生達。
「チッ、お前ら⋯⋯」
その後、ソネットを呼び解体作業を教えて貰った後、コテージで別の作業をしていたもうひとつの班と交代する事になった。
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「なあメイド、この熊食えるのか?」
「エレナ様は食べたことが無いのですね。熊肉は私も初めて見ますが、魔猪は何度か食べたことがあります」
スクワールとカナタの班が帰還してから二時間ほど。交代したエレナの班も魔猪を二匹程調達した為帰還し、現在は調理の過程に入っていた。
既に解体した火吹き熊を三年生の担任が錬金術で下処理を行い、魔猪はソネットが一年生に解体の仕方を説明している。
コテージには簡易的ではあるが調理場があり、ルカとシルヴィ以外の生徒は何らかの作業に勤しんでいる。
「貴族の方々は食べた事があるんじゃないかな? 基本的に魔獣と動物の違いは文字通り魔力の有無しかないから、適切な処理を行えば普通の肉と同じなんだ」
貴族家であるスチュアート家やフィールズ家は教育の過程で森へと狩りに出ることもある為、魔猪のような狩りやすい魔獣はよく食卓に並ぶのだ。
「火吹き熊の肉はちょっと固いから錬金術である程度柔らかくしないと味が染み込まないケースがよくある」
火吹き熊の体内には熱変換器のような器官があり、その影響で全体的に熱に強く、その耐熱成分を取り除く為に錬金術が使われる。
「なんか変な使い方してるな」
「人体を弄ったり光の斬撃を飛ばすのは本来の使い方じゃないんだよね⋯⋯」
と、こうして魔猪の解体をしていると、釣りに出ていたルカとシルヴィが帰還する。
「ただいま。ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったかも」
「うぅ⋯⋯おもたい⋯⋯」
プラスチック製のクーラーボックスを抱えた二人はその中身を見せるような形で戦果を披露する。
「どうですかソネット先生、食用に向きますか?」
「どれどれ〜、うん、危険な魚はいないね。でもそれ以前に勝手な行動は慎んで欲しいなぁ⋯⋯」
「⋯⋯善処します」
苦虫を噛み潰したような顔で返答するルカ。
「ルカ様納得してなさそうですね」
「善処する気無いだろこの女」
そんな小言を無視しつつ、ルカは釣った川魚の下処理に取り掛かる。
「そっちの説明はスクワールに聞くから、私は私で自分の事をやってるわ」
「あ、えぇっとぉ⋯⋯私は?」
「お姉様は三年の方でしょ」
「そ、そうだね!」
シルヴィは急いで三年生グループに混ざりに行き、ルカは慣れた手つきで川魚の下処理を始める。
と言っても錬成で魚脳を潰して絶命させ、錬成で腹に切込みを入れ、錬成で摘出した内蔵を捨てやすい形に整える程度の事であり、最後に串に刺して塩を振れば完成だ。
シルヴィは勝手な行動をして先生に怒られていたが、それ以上は無かった。
「アイツら、お前の事ナメてたぞ」
「私の事? それよりそっちの作業はいいの?」
ある程度解体の説明が終わった為、エレナがルカの元へとやってくる。
「いいんだよ。ああいうのはメイドにやらせとけ」
「それもそうね。で、あの人達は私のことを話していたと」
ルカはシルヴィが混ざりながら仲良さげに話している二人組の女の子に目を向けた。
「聞けば勇者にマグレ勝ちだの、レシーアの出来損ないの世話も大変だの、デカい顔し過ぎだの。まあ最後のは否定材料ないけどさ」
つまるところ、今回シルヴィが軽い注意で終わったのは何も出来ないルカのお守りだと思われていたからだという。
「⋯⋯まあそれでお姉様が怒られずに馴染めたのならいいじゃない」
「いいかぁ? こういうのは強くても弱くても面倒事になるらしいぞ」
「⋯⋯ひとつ疑問なのだけれど、私の噂って結構な人が知ってるの?」
手を止めずに作業を続けながらエレナに問う。
「そこそこ力ある貴族なら聞いた事あるくらいには浸透してるな、レシーアの分家にいる出来損ないの話は」
優秀な錬金術師の家系であり、魔術においても貴族家トップクラスの実力がある四大貴族のレシーア。そこに産まれた才能の無い一人の少女。誰もが一級の戦力となりうるレシーアの中にいる異物。それがルカの評価だった。
「そうなのね。まあ私は気にしないわよそれくらい」
その言葉に怪訝そうな表情を見せるエレナ。
「お前の事わかんねぇや」
「他人のことなんてわからない事の方が多いでしょ」
釣り上げた川魚の処理を終えたルカはクーラーボックスを数枚の大皿と食品用ラップフィルムに形を変え、串に刺さった魚に塩を振ってから積み上げていく。
錬金術と呼ぶべきでは無いような錬金術を使用しつつ、釈然としない顔をしながらエレナに問う。
「前から思っていたのだけれど、他者からの評価ってそんなに大切かしら?」
「あ? あたしはそんなに気にした事は無いかもな。でもオヤジや兄貴からは色々口酸っぱく言われてたな。お前には貴族らしさが足りない、みたいな」
「確かに四大貴族ともなれば多少の悪名でも失うものがありそうね」
貴族とは多くを積み重ねてきた者達である。
信用や信頼、武力や財力。より多くの知識を蓄え、国に貢献してきたからこそ今貴族という立場にあり、民を導く側に立つ事が許されているのだ。
「それに、アイツとか結構気にしてるだろ」
と言ってエレナがチラリと目を向けたのは果敢に魔猪の解体作業をしているカナタだった。
「彼は勇者に対する気持ちが強いからこそ、他者からの評価は人一倍気にする質よね」
「あとは⋯⋯ケインなんかもそうだな」
ケインはAクラス唯一の平民出身者ではあるものの、魔術においては二属性扱える秀才でもある。
「自身は無さげだが、話してる感じアイツはアイツで平民でもやれるんだってのを見せ付けたいタイプだ。だから周りの評価を気にしてる」
「⋯⋯私は話した事が無かったからどうも思わなかったけれど、そういう子なのね」
自分の生まれが貴族では無いからこそ、実力で成り上がりたい。その原動力でAクラス入りを獲得した。
「やっぱり多少なりとも気になるのかしら」
「お前はどうなんだよ、って言ってもどうせ気にしないんだろうけど」
そう言われたルカは、思い当たる節があったのか、口にしたのは意外な回答だった。
「気にしないけれど、気持ちはわかる」
「は?」
全く気にしない、というのは当たっていたがそう考えてしまう気持ちはわかるのだという。
「含意は狭いけど、誰かに認められたいという気持ちは知ってるのよ?」
「マジ⋯⋯?」
「だって私追われる側だったもの。追う人の気持ちくらい考えたことはあるわ」
そういう事かよ、という嫌な奴を見る目を向けるエレナだったが、ルカはどこか複雑そうだった。
ルカが天才であったが故に、数多の科学者から羨望の眼差しを向けられていた、という意味では無く。
その時浮かんだ彼女の顔は、ルカにとっても馴染み深く、それでいて唯一と言っていい後悔の感情を思い出させるものだった。
スクワール「ルカ様は物扱いしません」
エレナ「ルカは完全に人をモノとして見てるよな(自己紹介参照)」
書いてたら築地のニュースの画像を思い出してしまいました。
他者への印象は人それぞれですからね。




