釣りと姉
前回戦闘あると言ったな。あれは嘘だ。
あったはずなのですが次回にまわされました。
ゆっくりと馬車に揺られて二時間ほど。
何事も無く学園が保有するコテージに到着する。少し大きめな二十人程度が入れるような施設ではあるが、外から見るに内装も簡素なもの。
位置としては国境を塞ぐような場所にある大森林の手前。衛兵の駐屯地のような施設もある為、清掃や管理は彼らがやっている。
そうやってルカが眺めていると、Aクラスの馬車とは別の馬車から一人駆け出してくる少女がいた。
「ルカー!」
「お姉様」
元気良くルカに抱き着くシルヴィ・レシーアは、今回の同行クラスである三学年Bクラス所属。
「スクワール」
「はい」
「コテージに全員分の荷物を運んでおいて頂戴」
「かしこまりました」
一度集まって今後の事を話し合うのだが、スクワールは聞く必要が無い為雑用に回す。
「既にソネット先生が鍵を開けてくれているから」
ルカの発言に対して無言で頭を下げて返答し、馬車へと向かった。
昼下がりの陽光が照らされる中、二クラスが集まって思い思いのことを話している。
「それじゃあ今日はここで一泊していこう。森の中での夜営は避けたいし、ある程度時間を使って魔獣狩りをしてもらいたいしね」
魔獣という言葉に耳をピクリと動かすルカ。
「今回は食料を持ってきていない。みんなには自力で調達してきて欲しい。その辺りのノウハウは三学年の人達が詳しいだろうから、ちゃんと教わるように」
ソネットが生徒任せな指示を出すが、これも教育の一貫である。
「⋯⋯スクワール、私ちょっと野暮用。そっちの話は聞いておいて。狩りに行くなら私の代わりをよろしく」
「かしこまりました」
こうしてルカが茂みの奥に入ろうとした時、ソネットが慌てて手を向けたが、ルカが紙を生成し丸めて投げつける。
「あっ!」
と、更にシルヴィがルカに気が付き走ってくる。
ルカ自身気が付いてはいるものの、特に気にせず茂みを進む。
「ちょっとルカ! どこに行くの!」
「野暮用。お姉様も来る?」
コクコクと頷くシルヴィは、先程の指示が頭から飛んで行ってしまったかのように跳ねながらルカに近寄る。
「別行動でいいの?」
「いいのよ。私の代役はスクワールがしてくれる」
草木を掻き分けながら、というよりもルカは錬成で消滅させながら十五分ほど進んで行くと、そこには滔々と流れる大きな渓流があった。
森の手前ではあるが、コテージの裏手にある為、入口と言っていい。その場所は涼し気な空気に満ちており、落ち着くような場所だ。
「えっ!」
「お姉様知らなかったの?」
驚いて目を丸くしていたシルヴィに対して意外そうな視線を向けるルカ。
「う、うん⋯⋯何度か来たけどこっちの方には⋯⋯」
「そう⋯⋯勿体ないというか、仕方が無いというか⋯⋯」
呆れながらも手早く石と木を変換し、二本の釣竿を生成。
「やる?」
「えっ、でも私釣りなんてした事⋯⋯」
遠慮がちに断ろうとするシルヴィ。
「⋯⋯別に私一人でやってもいいのだけれど、お姉様は何をしてるの?」
「ええっと⋯⋯うーん⋯⋯」
「この川、比較的浅いし荒れてないから初めてなら好条件だと思うのだけれど⋯⋯」
「や、やっぱりやる!」
そして慌てたようにルカから釣竿を受け取ると、そのまま走って思いっきり先端を投げる。
「⋯⋯元気ねぇお姉様は」
小さく笑みを浮かべながらルカは錬成で椅子を二つ生成し、座ってから同じように並ぶ。
「このままだと一生ルカに追いつけない気がして」
「その向上心は嫌いじゃないけど、釣りで勝っても嬉しくないでしょ」
「おねーちゃんとしての意地ってだけだから」
そのくらいで保てる意地は意地じゃないと思うけれど、と口にするのは容易いがここでは口に出さなかった。
「この辺りの生態系を知らないから、これで釣れるのかはわからないけれど、ダメなら別の方法を探しましょうか」
そうこうしながら三分程でルカの釣竿に一匹引っ掛かる。
「随分早いの⋯⋯ねっ!」
力を込めて竿を引くと二十センチ程度の魚が釣れた。
「知らない魚⋯⋯夕飯の時にソネット先生に聞いてみましょうか」
ルカは慣れた手つきで魚を外し、足元に石の箱と水を生成し、その中に放り投げる。
「⋯⋯凄いね」
一匹釣り上げたルカを見てシルヴィはどこか哀愁漂う目を向けて呟いた。
「そうかしら」
ルカは気にせず先端を投げて続きを行う。
「⋯⋯うん」
シルヴィの瞳には迷いが映っているようにルカは見えた。
「選別試験もそうだけど⋯⋯なんだか⋯⋯ルカが遠くに行っちゃったような気がして」
寂しそうにボソリと呟く。
「勇者の試練も突破して、カナタくんも倒して。どこか私の知らない雰囲気で⋯⋯知らない間に強くなってて⋯⋯」
「別に私はそれが凄いとは思わないけれど⋯⋯」
「でも⋯⋯!」
なるほど、とルカは思う。姉の迷いというのはルカとの実力差が起因していたものなのかと。
「お姉様からの評価は痛い程伝わったわ。でも私のこれは偶然なの」
「偶⋯⋯然⋯⋯?」
「だって私の知っている知識に当て嵌めた錬金術は、全て偶然の産物でしかない」
似たような物理法則。その延長線上でしかないのがルカの錬金術。
「まあでも、その偶然を掴めたのは努力の結果かしら」
ぴょいと川から同じ魚を釣り上げ、箱へと入れる。
瑠楓がもし仮に科学者じゃなかったとしたら、ルカはここにはいなかっただろう。
瑠楓が探求という努力をしてきたからこそ、錬金術という『偶然』がその手にある。
瑠楓に知識が無ければ、ルカは別の結果を迎えていた。
科学的な知識が錬金術に応用出来たのは『偶然の産物』だった。
しかし、そもそも努力し科学的な知識を手にしていなければその『偶然の産物』すら無かった。
「結局は積み重ねなのよ。仮に私と同じ事が出来たとしても同じ事をしようとするかは別の話。仮説と検証は大切だけど、そもそも仮説を立てるに至るまでの経験が必要なの」
一匹の小鳥がルカの肩に止まる。
「お姉様に必要なのは知識と経験。少なくとも、自らの我を通そうとするのであれば、そこから始めるべき」
その小鳥がドロドロと溶け、ルカの衣服へと染み込んで行く。
「⋯⋯じゃあ、もっと色々頑張れってこと⋯⋯?」
「そうね。お姉様らしい表現けど、その通り」
方針。やりたい事。そういった行動力は己を高める為に必要な事。
知識を深め、経験を積めばより大きなものを目指すことが出来る。
それはルカも同じ事で。
(やっぱり計画は変更するべきかしら)
ここ最近、図書館に入り浸っていたルカはそんな事を思っていた。
(ある程度は仕方の無いことなのかも知れないけれど、地球の計画を流用する必要は無いのかも)
文献を読み進めた末の仮説を今すぐにでも実証したい。
だが、それはそれとしてこの遺跡調査も重要なファクター。
「わ、わかった。できるだけ努力してみる⋯⋯!」
「できるだけじゃないわお姉様。死力を尽くして努力して」
さらにぴょいと再び魚を釣り上げる。今度は先程とは違う魚だった。
「⋯⋯⋯⋯私はね、人には誰しも役割があると思っているの」
ポツリとルカが呟く。
「その役割は生まれながらにして決まるものじゃない。全ては己の努力次第」
それはあの夜襲撃してきた傭兵やチェルノ・レシーアもスクワールも変わらない。同じように役割が与えられ、同じように役割を果たす。
「だからお姉様がどうなるか⋯⋯楽しみにしてる」
その言葉に嘘偽りは無い。
科学者である呉島瑠楓の記憶を持つルカ・レシーアの本音。
その役割に応じた使い方で使用するだけ。
ルカが役割を与える事が出来る。
ただそれをするつもりは無い。
理由は単純、それでは面白くないからだ。
全然進まないのどうにかして欲しい。本当はもっとサクサク進むはずだったのですが⋯。




