価値
エレナvsスクワールの模擬戦。
「あっちゃー、どうするか」
エレナは四方に囲まれた氷の壁を見ながら次の手を考える。
「上は明らかに誘ってる。拳で砕くか? いや、アイツは多分破片からアタシの位置を割り出してくるはず」
衝撃の位置から逆算してエレナの位置を割り出す事が出来るというのは推測ではあるがそれは事実。
氷属性上級魔術である"結晶氷壁"は中級の"氷壁"に比べても強度が段違い。
一撃で壊せるかはエレナとしても分からない上に、壊せたとしても衝撃を逆算してエレナに攻撃してくる事を加味すると、エレナが取れる行動は少ない。
そもそも四方のどこにスクワールがいるのかがわからないが、足音が壁越しに聞こえていない以上動いてない可能性が高い。
「こっちが動かなければ向こうは動かないのか? いやそういう訳じゃないか」
ルカが言っていた事から何となく向こうの目的を察してはいるが、この膠着状態が続けば『待ち』という選択がエレナの判断だと受け取られるだろう。
「っし。だいぶ痛みは引いたし、風魔術の切り傷も⋯⋯塞がってきたな。治癒魔術は魔力の効率悪いから使いたくないけど、出し惜しみして勝てる相手じゃねーし」
エレナが治癒魔術と呼ぶものだが、この世界における回復魔術は無属性魔術に分類され、基本的に自己回復魔術か他者回復魔術の二つしかない。
両方とも同じ仕組みであり、即座に傷を癒すようなものでは無く、魔力を自然治癒に必要な物質や自然治癒力を促進するエネルギーに変換する事で傷の治りを促するというもの。
自然治癒力が高まった結果の効果の為、パッと見では「治癒魔術を使ったら傷が治っている」ように見えているだけなのだ。
それ故に本来は"治癒魔術"では無く"自然治癒力向上魔術"という方が正しい。
そして"魔力という物質"を"自然治癒に必要な物質"に変換するという行為はエネルギーに変換するよりも効率が悪い為、戦闘中においそれと使う事は出来ない。
だがこういった膠着状態に陥った場合は魔力生成と人体の性質上治癒魔術を使う事が出来るのだ。
余談だが治癒魔術ではないものの対毒魔術や対病魔術があり、これらも原理的には似たような仕組みになっている。
「向こうがどう思ってようが、こっちは勝つ気で来てんだよ。アタシにプライドなんて無いからな」
何のために、という想いが無くただ勝つ為に鍛え上げてきた。
それ故に『待ち』による読み合いで次の相手の一手が固定化されているスクワールに対して全力で叩きに行ける。
プライドが無いというのはそういう事だ。相手の舐めプを本気で狩るという勝ちへの貪欲さを持っている。
ぐっと拳に力を入れた直後。
頭上に人影が現れる。
「上か! 翔拳!」
その人影に照準を合わせて虚空に拳を振るうと、魔力の塊が射出され、人影を捉えた。
壁越しで向かい合っている場合、先に壁を壊した方が不利になる。実質的な位置バレを避ける為にも、上から来るのが妥当な選択肢と言える。
それ故にエレナは上から来るスクワールを迎え撃とうとしていた。
しかし、その影は何か細長いもので魔力の塊を防いでしまう。
「⋯⋯マジかやったな」
燦々と輝く恒星、ヘリオスと呼ばれる太陽に似た星の光に当てられながら壁を越えてくるのはスクワールでは無く氷の騎士。
スクワールが生成した"氷剣の聖騎士"である。
「おらっ!」
"氷剣の聖騎士"が振り下ろす剣に対し、冷静に回避しつつ左脚で回し蹴りを繰り出す。
魔力によって強化されているとはいえど、"氷剣の聖騎士"の構造を崩す事は出来ず、腕の鎧部分に受け止められてしまう。
「硬ってぇ!」
しかし受け止められてしまう、というよりも"氷剣の聖騎士"の行動は受け流すに近いものだと推測したエレナだが。
突如エレナの背後にある氷の壁が盛大に砕ける。
「"風刃"」
エレナの背後から右手を構えたスクワールが風属性魔術を使用。
真空の刃がエレナの首元を捉えるが、纏っている魔力を着弾地点に集中させ、威力を抑える。
「メイド、お前複数属性使える上に並列詠唱も出来るのかよ! 魔術序列二十位近い強さとか流石に引くぞ」
並列詠唱は魔術の同時使用の事であり、現在スクワールが使用している"氷剣の聖騎士"と"風刃"の同時使用はそれに該当する。
"氷剣の聖騎士"のような常在型の魔術は『勇者の試練』でも使用していたが、常に脳内処理を強いられる為相当の負担がかかる。
通常であればその負荷によって他の魔術を使用する事は困難になるのだが、脳を調整、現状出来る最適化を施されたスクワールはそれを可能としているのだ。
勿論調整の基盤にあるチェルノ・レシーアも同じ技を使うことが出来たのだが、今は故人。
しかしながらそのノウハウは全てスクワールに受け継がれている。ルカによってチェルノが保持していた潜在記憶に眠る経験や感覚がそのままスクワールという器にコピーされたという事だ。
チェルノは元魔術序列十七位だった凄腕の魔術師であり、更にペンラントが保持していた魔術的な属性や技能もその潜在記憶に加えられている。
そして最も恐ろしいのがチェルノが十七位だった理由の中には何かに突出した技能が存在しないという事。長命の魔術を開発したり、召喚魔術によって大軍勢を生み出す事が出来る訳でも無い。そういった特異性も無く、十七位。
つまりチェルノは魔術の技量のみで最上位にくい込んでいた怪物なのだ。
本気では無いとはいえ彼女に迫っていたペンラントも大概なのだが、今重要なのはそれらがスクワールにあるという点。
「魔術のキレも捌き方もバケモンだろ!」
「そちらこそルカ様が注目なされるだけはありますね」
生成した氷壁が自然と崩れる事は無い為、現在は一面だけ穴が空いた状態。
其処彼処に氷の破片が散乱しており、それを注視してみると、内側にあたる部分には網目状の管が作成されていた。
それはスクワールが壊した未だ健在の氷壁にも同じような管が幾つも空いている。
つまりスクワールは即興で壊しやすいように壁を造り上げたという事だ。
「私の拳一発でこの分厚い壁を壊せる訳がありませんし⋯⋯"風刃"」
と言いながら魔術で横槍を入れる。
実質二対一。競り勝ち過ぎない絶妙な距離感とタイミングで魔術を放ちながら、エレナの対応を見ていく。
スクワールが放っているのは主に"風刃"と"氷晶槍"の二つ。
いずれもエレナは難なく対処する。真空の刃はその拳で弾き、飛来する氷の大槍は足を振り払い、撃ち砕く。
気になるのは"風刃"に触れた時の事。
本来真空状態のものに触れれば互いにかかっている圧力の差から触れた箇所が裂けたり出血したりといった現象が起きる事がある。
スクワールは何発も真空の刃を放ち、それらの殆どを拳で打ち消している為、手が怪我していてもおかしくは無いのだ。
しかしながらそういったことも無く、手にはそれらしき傷は無い。
つまるところエレナはなんらかの手段で対応している可能性が高いという結論に至った。
「後でルカ様に聞いてみましょう」
そして、丁度"氷剣の聖騎士"の剣がエレナの踵によって折られた。
「おらァ!」
更に高速の三連打によって"氷剣の聖騎士"を完全に砕く。
しかし。
「この手の魔術は手数の多さが売りなので」
すかさず二体目の"氷剣の聖騎士"を生成。
"氷剣の聖騎士"による剣戟がエレナを襲う。
「くそっ、近付けな⋯⋯」
その対処に追われるエレナに向け、スクワールは魔術を使用。
「"雷散撃"」
この試合初の雷属性魔術。自身を中心として無差別に拡散する稲妻を放った。
「っ⋯⋯!」
ソレは即座に着弾。エレナの全身に雷に打たれたような激痛が走る。
チラリと"氷剣の聖騎士"の方を見ると、無傷という訳では無いが、稲妻によるダメージは軽微だった。
「魔術による氷は純水の可能性があるというわけですね」
そう呟きながらも既にエレナへと駆け出している。
雷属性魔術の強みは速度と副作用。
光属性よりも遅いとはいえ、回避不可能な速度で放たれた雷に触れれば身体に電流が走り、神経系に多大なダメージとスタンを与える事が出来る。
だからこそ魔術師同士の戦いでは相手の動きを見切り、盾の魔術や魔力による防御を使いこなす必要があるのだ。
「さあ、どう対処しますか?」
即座に腰のホルスターから拳銃を抜き放ち。
ドパン、という空を焼くような衝撃と音が鳴り響く。
「っ! ぁ"あ"あ"っ"!」
それを見たエレナは銃口へと手を伸ばして自ら左手を差し出し、前へと進む。
爆ぜるように左手が吹き飛び、左手から激痛が走るが、千切れてはいない。
「⋯⋯!」
ドパン、ドパン、ドパン。
「っ"だら"ぁ!」
三発の銃弾が放たれるものの、全て左腕を盾に進み続ける。
その鬼気迫る表情に気圧され、一歩下がるスクワールだが、エレナはその隙を見逃さない。
「っりゃあぁっ!」
未だ痺れる足で踏み込み、拳を突き出す。
だが。
「惜しかったですね」
未だ冷たく輝く"氷剣の聖騎士"が篭手で拳を受け止めた。
「そこまで!」
スクワールが再び拳銃の引き金を引こうとした所で制止の合図。
「流石にこれ以上はね⋯⋯雷属性魔術を使われた時に止めるべきだったかな⋯⋯」
ソネットは自嘲気味に苦笑いをしながら近付く。
「えっと、医務室に行った方が⋯⋯」
「必要無いわよ。私が直すから」
と言って、ソネットの背後から現れたルカがボーッと立っているエレナに触れ、傷口や腕に刺さった弾丸、衣服等を元に戻していく。
「ナイスファイト、エレナ」
「あー、お、おう⋯⋯」
ルカの口調は柔らかく、何かに感心しているような声色をしていた。
そしてまだボーッとしているように見えるエレナは、覚束無い口調で返答する。
「あそこまで脳内物質ドバドバで戦ってたら反動もあるでしょうし、一度反省会でもして落ち着きましょ」
「⋯⋯悪いな、身体は治っても頭はまだハイになってるみたいだし、そうさせてもらうか」
トントンと背中を叩かれたエレナは、ソネットと共にベンチの方へと向かっていった。
「スクワール」
「⋯⋯はい」
「貴女、楽しくなっちゃってたでしょ」
先程のエレナと話していた時とは違った、冷たい口調でスクワールに釘を刺す。
「はい」
だが、スクワールは冷たいとは思わなかった。
それが本来のルカであって、こう問い詰めるのは当たり前の事だからだ。
「そう」
今回ルカがスクワールに掛けた言葉はそれだけだった。
その一言に含まれた意味を、スクワールは理解しきれたとは思えなかった。
だが、スクワールは理解している。
それが自分の価値なのだということを。
そろそろ遺跡調査に行かせたいけど、もうちょっと書いておかないといけないことが⋯⋯。
次回は図書館での一幕になりそうです。
もしお時間がありましたら、ルカ・レシーアが皆様にどのような人物像として映っているのかを感想に書いて頂けると今後の補足や表現に繋がりますので、是非よろしくお願い致します。




