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彼女に可能性は無い

今回はエレナのお話から。

 



 アタシが本格的にルカ・レシーア(コイツ)を気にかけるようになったのは入学式前日の事。

 それまではただのいけ好かないクラスメイトだと思ってた。


「なあルカ、飯食いに⋯⋯い⋯⋯こ⋯⋯」

 昼食で外に出るからと呼びに来たが、ルカの部屋を開けた途端中は生々しい鉄臭さが襲いかかった。


 初めて感じたこの鼻をつく臭いに吐き気を催すが、喉奥辺りで寸止める。


「⋯⋯ノックくらいしなさいよ、せっかちね」

 真っ白いローブみたいな服に、布製のマスクを付けたルカは困ったような顔であたしの方を見てくる。

「な、なにしてんだよ」


 自分の表情はよくわかんないが、多分目は引き攣ってたと思う。

 ベッドに寝かされたメイドの身体には何本も針が刺さってて、腹から切り開かれてる上に、そこを丁寧に素手で弄っている光景を見れば、何が何だかわからなくなるのはアタシだけじゃないはずだ。


「調整。今は主に肉体面のだけど。あ、ご飯行くなら少し待って頂戴。もうすぐ終わるから」

 何事も無いように続けるルカは、メイドの身体を触りながら呟く。


「⋯⋯気になるの?」

「気にならないヤツの方が少ないだろ」

「物珍しさしかないから当然よね」


 正直な話を言えば、コイツは苦手だ。

 思考を見透かしてくるかと思えば、茶化すようなことをわかってやってくるような性格の悪さもある。


「年齢に不相応な虚弱体質だったから、そこを錬金術で弄ってあげてるの。大雑把な肉体錬成は細部を見なくても出来るけど、細かい調整はまだまだ苦手で」

 マスク越しだからわからないが、苦笑いをしていたように見えた。


「⋯⋯なんでこんな事してんだよ」

 従者や奴隷をモノのように扱うヤツはいる。スチュアートの分家にもそういうヤツは何人もいた。

 それについては何も思わなかった。あたしは趣味じゃないが、弱いヤツを強いヤツが支配するのは当然だと思っていたから。


 でも、コレは流石に違うだろ。


 他のヤツはモノのように扱ってても、モノとして扱っていた訳じゃわない。人間であると理解した上で虐げていた。だからそこには相応の感情が宿るし、それがわかる目をしていた。


 だがコイツは違う。上手く言い表せないが、そんな次元にはいない。


「うーん、それが私のやりたいことだから?」

 そしてコイツは特に意味も無さげにそんな事を言いやがる。


「コイツを虐める事が?」

 自分で言っていても、多分違うんだろうとは思ってる。


 コイツがメイドを見る目は、虐めるなんて悪感情は込められて無い。

 嫌な奴らが下の階級のヤツを痛め付けて楽しむような快楽感も無ければ、支配しているという征服感すら無い。


「そんなわけないのはわかってるでしょ。はい、終わり。スクワールは三時間くらい寝っぱなしだからお姉様も呼んで三人で行きましょうか」


 そしてメイドの身体を弄り終わったら何事も無いように着替えて外出の準備をしようとしている。

 寝ているメイドは数秒前まで身体を切り開かれていた事すら無かったかのように、穏やかな寝息を立てていた。


 ハッキリ言って気味が悪い。


 何を考えてんのかわからない。


 だが、コイツについてわかる事がある。


「お前は⋯⋯何か目的があんのか?」

「目的⋯⋯? そうね⋯⋯無い訳じゃない。それを目的と言っていいのかは微妙な所」


 どちらとも言えない答え。


「昔言われたのよ。私の目標は夢と同義だと。目的も目標も夢も全部一緒でしかない。私は夢なんて無いと思ってるし、目標しかないとは思ってるけれど、他人から見ればただの夢でしかないみたい」


 コイツのことはイマイチよくわからない。


「届かない目標は所詮夢でしかない。でも私はそう思っていないから目標。私の目標が夢だと思うか否かは、貴女の判断に任せるわ。所詮他人の感覚でしかないし、お好きにどうぞ」


 結局コイツはその目標だか夢だかは言ってくれなかった。嫌なヤツだ。


 だが、ルカにはやりたい事があるってのがわかった。


 対してアタシはどうだ?


 ただ強くなりたい。強くあれとスチュアートの教えを受け継いできた。



 何の為に?



 そこが抜けている。


 ただ漫然と身体を鍛えて、魔術を覚えて、決闘だって歳上に負けるような事も無いような自分に欠けているのはそこだ。


 アイツの事はよくわかんないし、性格は好きじゃない。


 でも、やりたい事がハッキリしてる。


 他人に夢だと思われるようなデカイ事をやるために進み続けてる。



 そんなヤツが錬金術で鍛えてるメイドと戦いたいって思うのは、ただ戦う為に鍛えてきたアタシなら当然の思考だろ?




 -----




「実はさ、お前とは一回戦いたいって思ってたんだよな」

「⋯⋯⋯⋯まあ脳筋ですからね。力以外の序列を知らないようですし、そう思うのも仕方ありません」


 スクワールは表情を変えずに罵声を飛ばすが、エレナは意に介さない。

(ルカ様が知りたいのは無属性魔術でしょう。そこは気にすること無く見せられるはずです。彼女の戦闘スタイル的は近距離の格闘戦が主体。そして牽制程度の中距離火属性攻撃魔術もあるかもしれませんね)


 こうしてデータを頭でおさらいしているが、少なくともスクワールとルカが欲しいのはそれ以外の未知の領域であり、データで対処されるだけで終わって欲しくないとも思っている。


「さて。魔術を使用した対人戦は初めてですし、私も上手く身体を動かせるといいのですが⋯⋯」


 対するエレナは冷静にスクワールを観察しながら試合の開始を待っていた。

(メイドが選別試験で使ってたのは炎、氷、風の三属性。氷に関しては上級を複数回使ってたことを考えると使い慣れてる感が出てるよな。風は中級の風刃(ウインドブレード)を使ってたから、中距離でも安定した攻撃技を()()()のは厄介だな)


 エレナは何故勝ちたいかという点は抜けているが、勝ちへの嗅覚は幼いながらも同家の中でもズバ抜けている。

(あとあの武器。鉄の塊を飛ばしてくる殺意の高いアレはちょっとキツイか。光属性魔術なんかよりずっとマシだが、連射されるとキツイ事に代わりないし)


 腰のホルスターに装備している拳銃については、何となく選別試験で見たアサルトライフルと同種の武器であると推測する。


 総じた要素で考えた結果、エレナはある程度戦闘の方向性を決め、ソネットに目線を向ける。

「ま、気軽に行くか」


 勝っても負けても授業の内、そう割り切って臨むことに。


「それじゃあ、始めっ!」


 ソネットの掛け声と共にエレナとスクワールの決闘が始まった。


「そらっ! "魔撃(マジックシュート)"」

 指先を向けたエレナがスクワールへと透明な弾を放つ。


「ん? ⋯⋯あだっ」

 透明故に反応が遅れたスクワールの額にクリーンヒットするが、目立った外傷は無く、痛覚も殆ど無い為エレナが立っていた場所へと目線を向け直す。


 が、そこにエレナの姿は無い。

「先手必勝だオラっ! "翔撃(しょうげき)"」

 一気に詰め寄ってきたエレナは、スクワールの視界の左下からの蹴り上げで顎を狙う。


 無属性魔術である"翔撃(しょうげき)"は脚に魔力を纏わせ、蹴り上げると同時に魔力をエネルギーに変換し、脚部にかかっているエネルギーに加算させることで、通常よりも威力の高い蹴り技を放つことが出来る。


 つまるところ、魔力によるブースト。

 速度は変わらずとも変換した魔力分のエネルギーが込められている為見た目以上の威力になる。

 ここは地球の物理法則には無い要素、というより地球の人体では真似出来ない点だ。


「っ⋯⋯」

 その一撃を右の掌底で弾き軌道を逸らす。

 蹴り上げたエレナの脚はスクワールの顎には当たらず、顔の左側に空を切る結果となった。


 すかさず脚を受け流した右手で裏拳の形を作り、エレナの頬へと最短で差し込む。

「ぐっ⋯⋯!」


 想定を上回る反撃の速さと拳の速度を目の当たりにしたエレナは、頬への攻撃を受ける覚悟で衝撃を受け流す体勢に入るが、その動きを想定していたスクワールは直撃(インパクト)の寸前でボソリと一言。


「"氷護篭手(アイスガントレット)"」

 右手の甲に頑強な氷の鎧を生成。その結果受け流すべく動いていたエレナはタイミングをずらされ、更に鈍器で殴られたような痛みが彼女を襲った。


「いったぁっ!?」

「⋯⋯?」


 拳を叩き付けた瞬間、スクワールはその威力について疑問を抱く。

 が、今は追撃に専念するべきだと頭を切り替え"氷護篭手(アイスガントレット)"がまだ完全に生成されきっていない事を確認しつつ、左脚出の垂直蹴りを放つ。


「おっふ⋯⋯!」

 体勢の崩れたエレナの腹部にクリーンヒットし、更に右脚による回し蹴りを肩に食らわせる。


「⋯⋯っ!」

 連続二発の蹴りがエレナに多大なダメージを与えた上で、回し蹴りによって軽く吹き飛び両者の少し距離が空いてしまう。


(ちっ、離されたらアレが⋯⋯)

「"風刃(ウィンドブレード)"」

 スクワールの氷を纏った右手から真空の刃が数発放たれ、エレナへと迫り来る。


「そのくらいなら⋯⋯!」

 と、エレナは無属性魔術を使って生身で受ける。

 三発食らった所で風の刃が収まりはしたが、顔の皮膚と制服が一部裂けてしまった。


「余裕なん⋯⋯」

 不敵な笑みを零して正面を向いた瞬間に、ゴシャア! という音が鳴ったような衝撃が空気を揺らす。


「油断ですね」

 魔術攻撃が収まった瞬間を狙った右手の正拳突きが中央寄りの右頬にストレートで入る。


 氷属性上級魔術"氷護篭手(アイスガントレット)"はその名の通り両手に氷の篭手を生成する魔術。名前の通り防御系魔術に分類されるが、鎧の代用という事もあり打撃力は高い。氷の塊を人間が拳を振るう速度でぶつける事が出来る時点で物理的な威力は相当なものだ。


 そしてスクワールは攻撃に転用する為に"氷護篭手(アイスガントレット)"を使用した為、初撃は右手の甲から先に氷を生成する工夫を施している。


 更にスクワールは左正拳突きで追撃を図った。

「ぷっ⋯⋯ッたいなぁ!」

 正拳突きを食らって折れた右の第一小臼歯を吐き出しつつ、頭突きで左拳を受け止めてしまう。


「えっ」

「おらぁ!」


 あまりの光景に驚いて一瞬硬直してしまったスクワール。

「歯ァ食いしばれよ! "翔拳(ひけん)"」


 その隙にエレナから魔力を纏った全力の右正拳突きが放たれる。

「っ! "結晶氷盾(クリスタルシールド)"!」


 咄嗟に生成した分厚い氷の盾がエレナの拳を防ぐ。


 しかしバキン、という氷が割れる音と共に氷の盾が砕けてしまう。そこでエレナの拳の勢いは止まるが。


「ぐっ⋯⋯!」

 スクワールの鳩尾に透明な何かがクリーンヒット。スクワールは歯を食いしばり、混み上がる不快感を我慢しながら地面を踏み込んだ。


「"結晶氷壁(クリスタルウォール)"」

 その呟きの瞬間、足元から三メートル近い大きさの壁が現れ、エレナとスクワールの間を遮断。


「"結晶氷壁(クリスタルウォール)""結晶氷壁(クリスタルウォール)""結晶氷壁(クリスタルウォール)"」

 更に三度"結晶氷壁(クリスタルウォール)"を発動させ、エレナを高さ約三メートル、横約八メートルの四方に閉じ込められる。


「ふぅ⋯⋯」

 一度エレナから距離を置いたスクワールは、一度冷静になり呼吸を整え、次の手について考える。


(相手の出方を伺いましょう。相手の手の内を見たい私側としては好都合)


 どの壁を壊して出てくるか、或いは飛び越えるか。いずれにせよ選択肢の少ないエレナがスクワールの有利な状況下でどのような選択をするのか、どう突破してくるのかといった観察を行えるのは、スクワールだけでなくルカにとってもメリットだ。


「⋯⋯それにしても」

 スクワールは無属性魔術による攻撃について思考を巡らせる。


 魔力を属性エネルギーに変換せず、総合的な運動エネルギーに変換することで蹴りの威力や全身の肉体能力を向上させる無属性強化魔術。


 拳に魔力を乗せ、その魔力物質を衝撃に変換し擬似的な二連撃を繰り出す無属性攻撃魔術。


 そしてもうひとつ。

「攻撃の効きが悪かったのは⋯⋯」

 スクワールは頬から顎を完全に砕くつもりで正拳突きを放ち、頭蓋骨をカチ割る威力で左拳を叩き付けている。


 しかし結果として現れているのは小臼歯一本だけであり、拳は額で受け止められた。

 その事から無属性魔術には防御系のものも存在しているのだと推測する。


 そして致命傷を負わせる気でエレナを殴っている件については、どれだけ傷付いていても死んでさえいなければルカが治すと思っている為だ。加減はしていないが、スクワールとしては想像以上にエレナが動けている為問題無いと結論付ける。


「魔力を弾性のエネルギーに変換したか⋯⋯或いは空気の密度の上昇か。⋯⋯いえこういうのはルカ様に考えて頂きましょう」


 思考をエレナに戻す。

 そしてスクワール自身も想像以上に動けるという事。

 ルカによって痛覚や運動に関わる神経線維の一部をほんの少し大きくしており、神経伝達速度の向上を図っているのだが、その効果が出ているかはスクワールにはわからない。


 ただ体感としてスクワールは身体が軽いというだけだ。


「⋯⋯そこはルカ様が見て下さるでしょうし、気にするだけ無駄ですね」


 そして膠着状態のエレナの方を向く。

 彼女の肉体性能を向上させる無属性魔術の『強化魔術』は魔力を操る事が出来る魔術師であれば誰でも使用が出来るものだが、エレナの練度は年齢で見れば相当洗練されたものだとスクワールは見ている。


 強化魔術を使えば肉体を()()()()()スクワールにすら負けない速度と出力を得られるのだ。

 逆に言えば、強化無しで現状有利を取れているスクワールは異常と言っていい。


「私には現状あるものでやりくりするだけしかありません⋯⋯これは全て()()()()()ではありませんが⋯⋯」


 スクワールの戦闘知識はあの夜の三人から受け継いだものと、ルカから与えられた知識による擬似的な経験。


 自分で手に入れたモノは何も無い。


 だがスクワールはそれでいいと思っている。



「所詮私は人の可能性を見る為に生きている()()()ですから。人の可能性を引き出す為の試金石になれるのであれば、喜んでその役目を果たしましょう」



 あくまでも自分は被検体であり、そこに自己は存在しないし、してはいけない。



 それ故に自分の可能性は存在しないのだ。




ファンタジーらしくない⋯⋯純然な⋯⋯殴り合い⋯⋯!


スクワールには可能性が無いというのは、ルカの経験に基くものなので彼女に『自立的に起こる内部の性能的な』成長は無いです。精神面や外部からの調整による成長はありますが。

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