順風満帆な学園生活
あけましておめでとうございます。
「失礼します」
決闘翌日の朝。
ルカが足を踏み入れたのは学園の医務室。
決闘が多いという事から、ベッドの数は二十近く置いてあり、広さも地球の学校とは比較にならないほど大きい。
病院独特の薬っぽい匂いと少し籠った空気感が鼻を通って行く。
そのままの足取りでひとつ閉まっているを開くと。
「はぁい。調子はどう?」
「⋯⋯⋯⋯お前か」
そこに居たのはルカが決闘で腕を錬成し退場させた先輩のリグリットがベッドで寝ていた。
「もう一人は?」
「⋯⋯あいつはもう昨日のうちに帰った。じっとしてられる性格じゃないからな」
それは残念、と果物が入ったバスケットを空いているスペースに置いた。
「で、何をしに来た? 負けた俺たちを笑いに来たのか?」
「そんなんじゃないわよ。折角付き合って貰ったんだし、もう少し付き合ってもらおうかと思って」
ルカの言葉に訝しげな目線を向けるリグリット。
「そんな風に見ないで頂戴。簡単なアンケートをして欲しいだけ」
「どうして俺がそんな事をしないといけないんだ」
「嫌ならいいわよ。治っているのに横になっているのは暇なんじゃないかなっていうちょっとした心遣いなのだけれど」
勿論嘘である。
リグリットは少し悩むような仕草をしてから溜息を吐いてから、目線で急かすような仕草をする。
「ありがと。⋯⋯それじゃあひとつめの質問なのだけれど」
徐にタブレット端末を取りだしたルカは、リグリットに対していくつかの質問をしていく。
内容としてはPTSD診断のようなものが殆ど。
中には出生や生活環境についての質問を織り交ぜながら話を進めていく。
「うん。うん⋯⋯なるほどねぇ⋯⋯」
「⋯⋯ズカズカ入り込んでくるな」
「必要な事だもの。あ、答えたくないものは答えなくていいわよ」
「言い終えてからいうなよ⋯⋯」
数十近い応答を終え、ルカはタブレット端末を鞄にしまう。
「ありがとう。無事でもちゃんと療養するのは偉いわね」
「⋯⋯当然だ」
「これは食べていいから。私は行くわね」
と言ってルカは医務室から出て行く。
「あれだけのことをされて精神的な後遺症を残さないのは⋯⋯この世界の基本的な倫理観から来るものなのかしら?」
ルカの戦い方が常軌を逸している事はルカ自身がよく分かっている。
あのような負け方をすると強烈な恐怖やトラウマが記憶や精神に刻み込まれると思っていた為、少しだけ認知を改める。
「自分のやり方を過信していたのか、或いは⋯⋯」
「ルカ様」
ルカが振り返るとそこには手ぶらのスクワールが立っていた。
「あら? 図書館で借りてきて欲しいものがあると言ったはずなのだけれど⋯⋯」
「本を借りる時は本人が来て欲しいとの事です」
ルカは苦虫を噛み潰したような顔をするが、それはそれとして図書館には行ってみたいと思っていた為、あまり気にしない事にした。
「そう。⋯⋯またあの二人に言わず早く来てしまった事については後で謝らないとね」
「仕方がありませんよ。予定が合わない事もたくさんありますからね」
スクワールから見れば、そういう所が孤立する原因になるのだと思っているのだが、特に口出しはしない。
「レシーア家の⋯⋯」
「フィールズの新入生を一方的に⋯⋯」
「錬金術で⋯⋯」
廊下を歩いているとすれ違う生徒達が口々に言い合っている。
「ルカ様はこういう事を気になさらないのですね」
「まあ、他人からの評価なんてあっても意味無いし」
あくまでもやりたい事をやる。その結果付いてきた名声や悪名は知った事では無いというのがルカのスタンスだ。
それ故に地球では天才と呼ばれ、同時に悪魔と呼ばれていたのだが。
「他人がどうこう言ったところで私のやるべき事は変わらない。まあ、内容は変わるかもしれないけれど」
「⋯⋯ルカ様は自分がやっていることが絶対に正しいと思っていらっしゃらないのですね」
やるべき事は変わらないが、内容を変えることがある。
それは単純に人間という種がより進化する為に動くということであり、その為なら目的や手段を変えることも辞さないという意味である。
「やる事成す事思う事、全てが正しい人がいるのならきっと目に映る景色は面白くない」
「何故でしょう?」
「世の中正論パンチが一番強いのだから、全部それに押し潰されちゃうもの。人間は多種多様だからこそ面白いし、進化する価値があるのだから」
「ルカ様は自然体ということですか」
「そ。まあ、出来ない事は無いけれど貴女が言いたい事はしないつもり」
ルカが言いたいのは動かしたい人を強制的に動かすような事だ。
記憶や思考といった電気信号で成り立つ部分すら錬金術で操れるルカは、触れるだけで他者を思うがままに歪める事が出来る。
でもそれでは面白くないと思っている。
「貴女にしたみたいに私は唆すだけ。その後の決断はその人次第」
「⋯⋯ルカ様にああ言われてしまえば答えは決まっているようなものですが」
そうこう話しているうちに教室まで辿り着いてしまった二人は、そそくさと扉を開ける。
「あら、おはよう。傷は大丈夫?」
「⋯⋯平気だ」
教室にいたのはカナタだけであり、算術の教科書と睨めっこをしていた。
「勤勉ね」
「⋯⋯⋯⋯」
一言呟いたルカだったが、無視されてしまった為大人しく席に座る。
「でもこの教科書面白いのよね」
「どの辺りがですか?」
と、タブレット端末の画面をスクワールに見せながら意気揚々とルカがある部分をタッチする。
ちなみに何故タブレット端末に教科書がダウンロードされているかというと、ルカが見た教科書の記憶を脳波から読み取って写し取ったという流れである。
そしてルカがタッチしている場所には。
『6+3』
と書かれていた。
「⋯⋯? ただの足し算では?」
「そう! ただの足し算なの!」
ルカは興奮気味に話す。
「これのどこにルカ様の興味が⋯⋯あっ」
「わかった? 教科書という多くの国民が手本として学ぶモノにアラビア数字で計算しろと書かれている。街中ではよく見たけてたし、英語を古代語と言っている以上数字に関してはまだ半信半疑だったけれど⋯⋯」
少なくともアラビア数字が国内で広く使われている、という事に驚きを隠せなかった。
「もしかして淘汰されたのでは?」
「その可能性はありそう。印象に残りやすい形と、簡単に書けるっていうのは大きなアドバンテージだし」
実際の歴史でも日本では元々漢数字が使われていたが、ルカの記憶に残る限りの時代では明治で広く普及したアラビア数字が基準になっている。
それは数字の表記法としてアラビア数字の方が優れていたからに他ならない。
「漢数字は日本じゃ使われているけれど、ここ特有の数字は見たことが無いわね」
「そういえば私もアラビア数字しか見た事がありませんね。完全に廃れたという線は有り得ない話では無いと思いますが⋯⋯可能性は低いのでは?」
「じゃあどうして⋯⋯あ、こういうのは⋯⋯」
「なるほど⋯⋯いえしかし⋯⋯」
物事ひとつひとつから歴史的な背景を考察し、想像を膨らませていく。
「こういう時にあの人が居てくれたらって思っちゃうのよね⋯⋯」
ふと、ルカが過去話を振る。
「あの人⋯⋯ああ、ルカ様が手放しに尊敬していたあの人ですか」
「そう。先生」
ルカは生前誰にも理解されなかったが、決して孤独という訳では無かった。
「記憶の限りでは相当慕っていましたよね?」
「ええ、なんというか⋯⋯私の母親みたいな人だったから」
「身長は小さいのに⋯⋯」
「大きさじゃないわ。母性の話よ」
スクワールはルカの記憶をある程度受け取っているとはいえ、感性がそのままコピーされた訳では無いし、記憶を全て持っている訳でも無い。
「ルカ様には実の母はいないも同然でしたからね」
「⋯⋯」
小さく眉を顰めたルカは、余計な記憶を植え付けてしまった、と少し後悔しながら窓の外を向いた。
「失礼しました」
「⋯⋯これに関しては判断ミスかしら」
珍しく不機嫌なルカ。
(何故?)
ルカは何故自分がスクワールにこの記憶を写したのかを考える。
「⋯⋯⋯⋯馬鹿らしい」
そして浮かんできた考えを一蹴する。
そんな事を思うような資格は自分には存在しないと言わんばかりに。
三章にも入りましたし、そろそろルカの過去も掘り下げていこうかなと思いました。とはいえ思い出話に浸るくらいなので、大きく関係してくるという事はないのかもしれません。




