閑話 スクワールの休日
今回は久しぶりのスクワール視点です。
ルカ様が選別試験をAクラスで合格した翌日。
私は学園の周辺を散策していた。
今日は普段のメイド服では無く即席で見繕ってもらったワンピースを着ている。外でメイド服は目立つとルカ様に言われたからだ。
旧レシーア邸から殆ど出る事が許されなかった私から見れば、街中の景色というのはとても新鮮で色鮮やかに見えたのかもしれない。
「⋯⋯あんな出来事が無ければの話ですが」
旧レシーア邸での一件は私の価値観を大きく変えた。
知らない知識を流され、魔術が使えるようになり、そして悲願を果たした。
チェルノ・レシーアは私が殺し、あの家は消滅。
残ったのはルカ様と研究データのみ。
最初はルカ様を街中で殺す予定だった。
傭兵を雇い、街中で襲わせたのもそれが理由。
母を奪ったあの家を許したくなかった。
そして私自身も同じように。
「死ぬ予定でした、なんて」
偶然が重なった結果だった。
むしろこの偶然でチャンスを作るしか無かった。
だからこそ今がある。
「くだらないですね」
視野が狭かったとは思っていない。
復讐は当然の権利だと言いたい。
でも、今にして思えばくだらない。
小さな尺度。その果てに何があるのか。
「何も残らない」
チェルノが死に、傭兵が死に、私が死ぬ。
あそこで起きたことの果てにあるのは何も残らないつまらない結果。
「あの人がいたから、ですか」
ルカ・レシーア。
いえ、呉島瑠楓。
私の知らなかった法則や明かされていない理を理解していた異世界の人格。
地球と呼ばれる星で知識培い、そこで明かした理を利用していた錬金術師の少女。
「誰にも理解されなかった⋯⋯怪物」
ルカ様は文字通りの怪物だ。
人類を消耗させることに一切の躊躇は無い。
必要とあらば躊躇いなくその命を使うだろう。
ここには人の命を奪う事を楽しむ者は多くは無いが一定数存在する。奴隷として売られてきた自分はそういった者たちを何人も見てきた。
だが、ルカ様はそうじゃない。
人を愛し、人の可能性を信じている生粋の人類信者だ。
それ故に躊躇いなく人を殺す。
今生きる者を使って未来を作る為に。
「未来で全てが幸せになる事を信じているから」
ある意味では科学者らしくない。
信じている、という希望的観測に基いている思想は、実に非科学的だ。
それでいてある意味科学者らしい。
幸せになる為に技術を開拓する事は科学者の本懐だから。
今の人類をいくら使い潰してでも、未来で繁栄していればそれでいいのだと。
「⋯⋯⋯⋯なんだか、私までルカ様に毒されているような気もしますが」
私はルカ様が定めた新人類のモデルケース。
彼女がそうあれと定めたのであれば私の役割はそうなのだろう。
「ルカ様が目指す所は私も理解していますが⋯⋯」
あまり考えたくは無いが。
「ルカ様は⋯⋯絶対に幸せにはなれない。いえ、むしろその道があの人にとっての幸せなのでしょうね」
望んでそのやり方に走っている。
あの人が幸せと定める道には、あの人の幸せは存在していない。
「私は理解出来ませんね」
少なくとも私はそっち側にいない。
つまるところ、幸せとは千変万化。人と数だけ求めているものはちがうのだろう。
「辛い方がお好きだということですね。ルカ様はMの気質がありそうです」
そんなことをトボトボ歩きながら考えていると、視界にお菓子屋が見える。
「少し寄ってみますか」
せっかくの休日。こんな機会は滅多に訪れないと思うので、やりたい事をやってみたい。
扉を開くとカランカランという軽快な音を立てる。
「あっ! いらっしゃいませ!」
中には店番らしい少女以外に誰もいなかった。
内装は至って普通、と言っても地球での普通では無い。あの星で言う所の昔ながらの洋風と呼ぶべきだろう。
「⋯⋯いえ、休日ですのでもう少し別の事を考えるべきです」
見回りながら色々と見ていくことにする。
アップルパイ、クッキー等の小麦粉を原料としたものが殆ど。
「⋯⋯新鮮味が薄れていますね」
以前来た時はこうした場所による余裕など無かった。
今回来た時はもう既存の知識となってしまっていた。
こういう時に限っては、知識をインストールされたことを恨みたくなる。
「どうかされましたか?」
ふと振り向くと、そこには先程の元気の良い店員。
綺麗な赤毛を下ろした長髪に、私と同じくらいの背丈。
顔付きは少し大人びているが、年齢は恐らく私と同じかひとつ上か。
「いえ、少し気になったものがありまして」
「⋯⋯あ、こっちのクッキーですね! 私は詳しくないですけど、お母さんが作ってるんです! 美味しいですよ!」
彼女は楽しそうに説明してくれる。
「ではそれを三つほど。それとそちらのアップルパイも頂けますか?」
「はい! ありがとうございます!」
テキパキとバスケットに詰めていく中、幾つかオマケして付けてくれているのだろうか、マドレーヌやマフィンらしき物も入れてくれている。
「はい! こちらサービスです!」
「⋯⋯よろしいのですか?」
「はい! うちは人も多くありませんから⋯⋯。それに余ったらそのまま捨てちゃうので⋯⋯」
と、少女は悲しそうに俯く。
「そうですか。でしたら作り過ぎない事をおすすめしますよ。大量生産大量廃棄は悪しき文化ですので」
と、アルス金貨を貰った分よりも多く置いていく。
「あ、あの⋯⋯」
「お釣りは要りません。ちょっとしたサービスです」
私はそのままバスケットを持って店を出る。
「私は⋯⋯ルカ様のようにはなれませんね」
あの人は人を愛しているが、優しくは無い。
大量生産にも何かしら理由があるのだろう。
「まあ、今度休みがあったらまた寄りましょうか」
バスケットからマフィンらしきものを取り出し、歩きながら一口食べる。
「⋯⋯悪くありませんね」
この世界の産業形態はあまり詳しくないが、時代背景に比べてもレベルが高い。
「⋯⋯コンビニで売っててもおかしくない味ですね。まあ私自身はコンビニを見たことありませんが」
この時代でこのクオリティは何故人が寄り付かないのかわからないくらいだ。
次からは同情ではなく味で寄ることを決めるくらいには美味しかった。
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レベルの高いお菓子を幾つかお土産に残しつつ、私は昔を思い出す為に街の外れに来ていた。
廃墟も多く、道の端々で寝転んでいる子供ややせ細った家族もいる。
ハエが集り、薄汚い、私の故郷。
「戸籍⋯⋯に近いものに登録されていない者たち」
彼らはいつ居なくなってもおかしくは無い、上流階級の者たちにとっては道端の石ころ程度の認識。
「以前までは私もそうでした」
毎日を辛うじて食い繋ぎ、泥をすすって必死に生きる。
母が盗んできたパンを貰っては、それを分けて食べていた。
むしろ奴隷として捕まり、レシーア家に買われてからの方が生活は良かったと言える。
「恩人だと思っていましたよ。母が死ぬまでは」
未だに未練タラタラな私だが、今だけは許して欲しい。
この場所で産まれた私には母しかいなかった。
「⋯⋯まだ残っていましたか」
私はとある場所で足を止める。
廃墟と廃墟に挟まれた狭い路地の途中にある更に細い道。
私は更に奥へと足を進めた。
するとだんだんと道が開けていき、行き止まりに着くとそこには生活出来るくらいの空間があった。
「懐かしい」
この詰まるような汚い空気。
雨すらマトモに凌げない天井の無い空。
スペースがあるというだけで選んだ場所。
そして周囲には布や割れた小物のように、昔は見なかったものがある。
「ということは⋯⋯」
誰かがここを使っているのだろう。
「⋯⋯少しではありますが」
と、私は持っていたバスケットをその場に置いておく。
「これは縁というものですよ。その偶然に感謝してください」
この場所に今尚住んでいる誰かへの言葉。
私がルカ様の気まぐれで変われたように。
この人も運命の気まぐれで救われる事を祈っている。
「私はルカ様と違って優しいので、幸せになって欲しいと願っていますよ」
彼女がルカと出会い、何を見つけたのか。
何が変わったのか、何を捨てたのか。何が残っているのか。
今回はそんなお話でした。
次回は入学式。実は大波乱があるかもしれません。




