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レシーア本家での朝

本格的にスタートです。

 


 窓から差し込む朝日に当てられ、ルカ・レシーアは微睡みから目を覚ます。

「んっ、んー。久しぶりね、こんなにゆっくり寝たのは」


 少し背筋を伸ばした後に旧レシーア邸よりも大きなベッドから身を起こし、街中の時計台に目を向けた。

「七時ほぼジャスト。ここはすごく快適ね」


 あと日の夜から三日が経過した今、ルカはレシーアの本家にいる。

 初日に買い物した街の中心部にあり、屋敷というよりも城に近いと言っていい。


 物資は充実しており、使用人の数も多く、旧レシーア邸とは比べ物にならない程の規模だ。

「一応、間借りしているだけだから全てが自分のものという訳ではないのだけれど」


 そう言いながら外を眺め、ここから先のことを考えていると、ノックの音と共にスクワールがやってくる。

「おはようございます。本来は私の方から起こしに来るべきでしたが⋯⋯。申し訳ありません」


「おはよう。いいのよ別に。それにちゃんと来てくれるって事は私の起床には気が付いたのね」

「はい。こう、先程ビビッときまして⋯⋯」

「表現は乱雑だけど、まあいいわ」


 ルカはここに来てから三度スクワールの脳を弄っている。

 そのひとつがルカの状態の察知。ルカの起床時や就寝中といった場合に変化する脳波を受信できるように調整したのだ。


「私が起きるまでは寝ていても大丈夫よ。その為に弄ったのだから」

「は、はい。かしこまりました」


 ルカはスクワールに着替えさせて貰いながら今後の事を考える。

「やっぱり魔術学園に入学するのが一番いいのかしら」


 アルスマキア帝国の帝国魔術学園。

「お言葉ですが、今更ルカ様に必要とは思えないのですが⋯⋯」

「そんな事ないわよ? 国の現状を知るには貴族であり学生という身分はとても扱いやすいの」


 そもそも()()が持つこの世界の知識はルカ・レシーアが取得した五歳児相応のものでしかない。

 それ故にルカとしてはデータ以上に実際に見てどのような営みかを確かめたいというのもある。


 そして最大の理由。


「私、学校って好きなのよ」

「理由をお聞きしても?」

「科学者っていうのは、様々なデータから結論を導く生き物ではあるけれど、色々な視点が欲しい」


 数年前の事を思い出しながら、懐かしいなと噛み締めて呟く。

「だから共に高め合う仲間や⋯⋯話の合う先生がいるかもしれないあの場所はとてもワクワクする」


 記憶に残る人影と、思い出とも言えない記録。


「ルカ様と気の合う人など殆どいないと思いますが⋯⋯」

「いるかもしれないし、いないかもしれない。そういう場所なのよ。学校っていうのは」


 貴族の正装を着たルカは、颯爽と部屋を出る。

 とはいえルカは一人でいる事に苦痛を感じないタイプだ。研究に没頭し、熱中する時間こそルカの本領を発揮する場面。本来であれば助手や仲間といった存在は必要ない。


 つまるところ、ルカが求めているのは。


「お友達が欲しい、ということですか?」

「正解」


 誰かに理解されたいという感情。自分を知って欲しいという欲求。その上で認めて欲しいという我儘。


 本来必要の無い筈の孤独感。


「所詮は欠陥品」


「⋯⋯?」

「なんでもないわ」


 負の感情という欠陥。こういった悪感情もいずれは無くなればいいと考えている。だが、人の不完全性を証明する材料にもなりうる。


 だからこそ、現人類は欠陥品なのだ。


 ただ強くなる事が新人類という訳では無い。ルカの目的は『人類の進化の到達点』であり、中途半端な進化では無いのだから。


 そうこう考えているうちに、目的の場所へと到着する。

 ルカは明らかに他とは違う装飾を施された大きな扉を三度ノック。


「どうぞ」

 すると中からふたまわりほど歳上の好青年らしき声が聞こえてくる。


「失礼するわ、アーサーお義兄様」

 ルカが扉を開けると、そこは少し広めの執務室のような場所だった。

 本棚にはぎっしりと資料が詰まっており、遊びの一切ない真面目な仕事部屋。


 窓際には来客者が見えるような形でワークデスクが置かれており、そこにも一切の遊びが見られない。

「⋯⋯相変わらず人が変わったようだね、ルカ」

「お褒めに預かり光栄、と言いたいところだけれどあんな事があったのだから、変わらなければいけないでしょう?」


 それを言われると申し訳ない気持ちになるからやめて欲しいね、と呟いた彼の名はアーサー・テオ・レシーア。


 さっぱりとしたサンディブロンドの短髪に、整った顔立ち。座っていてもわかるくらいには高身長と世界に類を見ないほどの美青年。


 ルカと同じレシーア家の魔術師だが、本家の人間である上に次期レシーア家当主候補の一人でもある。


 そしてルカの従兄妹に当たる人物だ。


「さてと。君の方から僕に用事とは何かな? 遊んで欲しいのなら他を当たって欲しい。今はまだ仕事の途中なんだ」

「あらお忙しいのねお義兄様は。でも今回はそうじゃないの」


 来客用のソファーに腰かけながらテーブルのポットからコーヒーを注ぐ。

「私を帝国魔術学園に入学させて欲しいのよ」


 帝国魔術学園。初等部、中等部、高等部で構成されるこの学園は魔術を学び、研究する学校ではあるものの、魔術師だけでなく勉学に励む為に入学する者もいる。

 適正な書類や戸籍があれば誰でも入学する事ができる為、平民貴族分け隔てなく在籍している。


「⋯⋯僕としては構わないけど、理由を教えて貰えるかな?」

「理由なんて、ただ勉強したいからってだけじゃダメかしら?」

「それで通してもいいけど⋯⋯もっと理由がありそうな気がして」


 その言葉を聞きながら、ルカは入れたコーヒーを一口含みながら、アーサーの顔を横目で見る。

 相当優秀なのね、とアーサーの評価を下して口を開いた。


「単純に友達が欲しいのよ」

「⋯⋯友達⋯⋯かい?」

「ええ。それに、ずっとここにいるのは他の方にもあまりいい顔をされないんじゃないかと思って」

「僕は気にしないけどね」


 少し胡散臭そうな笑顔をルカに向けてくるが、無視。というより胡散臭そうというだけで、本心から言っているように感じたのだ。


「レシーア家の分家、それも襲撃事件の生き残り。厄介事を持ち込んだと思われそうで。一部屋荷物置き場として使わせて貰えているだけで有難いわ」

「僕は気にしないと何度も言っているというのに⋯⋯まあ、君の気持ちは理解したよ。こちらで書類を用意しよう。従兄弟とはいえ、ルカはレシーア家の一員だ。無下にはしない」


 コツンとカップを皿の上に置き、書棚の方へと向かう。

「学園は寮生活と聞いているけれど⋯⋯」

 目的の本を手に取り、文字を眺めながらアーサーへと尋ねる。


「そうだね。入学式は丁度一週間後。運がいいね」

「程々かしら。家が襲撃されている時点で運がいいとは言えないけれど」

「⋯⋯返答に困る事を言わないで欲しいな」


 少しの間アーサーと接してルカが抱いた印象としては「善人」であると感じている。

 何か出来ることがあったというだけで負い目を感じてしまうようなお人好しだ。


「これが"でぃすこみゅにけーしょん"ですか」

「違うわスクワール。これは嫌味よ」


 これもスクワールの脳調整のひとつであり、一部知識の譲渡を行っている。その為科学的知識や別言語を扱える。

 しかしながら記憶をそのまま移植すればもう一人の()()が生まれるだけである為、一度必要な知識のみを機械で抽出し、電気信号に変換した上で脳に書き込んでいるのだ。


 そもそも瑠楓の自我は強すぎるらしく、脳にそのまま記憶を書き込むと瑠楓に乗っ取られてしまうという。

 これはスクワールがレシーア邸で寝ている間にペンラントや残党の残っていた脳を使って実証済みで、現状では必要の無いやり方の為、一手間加えなければならないのだ。


「それは⋯⋯その⋯⋯」

 表情変化に乏しいものの、スクワールがしゅんとしていた。

「僕も申し訳ないと思っているよ。分家であってもあんな辺境に置くべきじゃないって前々から言っていたのに⋯⋯」


「別に誰かを責めたい訳じゃないから安心して。アレは偶然起こったことだもの」

 と、ルカは小さく笑う。


 実際、襲撃の元凶はスクワールだが、この結末はルカの気まぐれ(偶然)である。


「それよりも入学における要項によれば、私は五歳だからあと一年待つ必要がありそうな気がするのだけれど⋯⋯」

「その辺は問題無いかな。貴族特権を使えばある程度認められるはず。問題は⋯⋯」


 と、アーサーが考え込むような仕草を取る。

「選別試験。所謂成績順のクラス分け」

「正解。魔術適性の無い君は生身で試験を潜り抜ける必要があるから、上位のクラスに入りたいのなら少し頑張る必要があるね」


 帝国魔術学園への入学は書類審査と簡易的な面接で決まる。

 と言ってもこれらは形式的なものであり、所属を明らかにするものだ。


 つまり書類が通った時点で入学は決定しているという事になる。

 問題はその次に行われる選別試験だ。


 選別試験とは、文字通り入学者をクラス分けする際の試験であり、その成績でAからFのクラスに配属される。

 Aクラスであればより高度な授業を受けられ、Fであれば基礎の基礎からというように、能力の高さが重要視される。


 そして扱える情報もクラスによって違う。


 例を挙げるのであれば、図書館にはBクラス以上の者にしか読めない本やCクラス以上専用の施設といったものもあるという。


 施設に関しては分からないが、知識を欲している以上、初手Aクラスでの入学がベストと言える。


「魔術の才能が無くてもAになれるのは有難いわね。才能の無い者に魔術実技の試験は課されない」

「その代わり自分の実力を試験官に見せる必要がある。それが⋯⋯」


「戦闘試験ね。お義兄様はコレが最大の難関だと言いたいのかしら?」

「勿論だよ。見ないうちにルカが賢くなっていたのは驚いたけど、身体は強くないから心配なんだ」


 一般的にこの時期の一歳差というのは肉体的に大きな差が生まれてしまう。

 運動能力を始め、感情制御力、魔術的戦闘力といったあらゆる場面で顕著に現れる。


「大丈夫でしょ。武装の持ち込みは3つまで許可されているもの」

 と言ってスクワールを見る。


 戦闘試験の相手は試験官を務める大人。大人であれば拳銃のような致命傷を与えるような武器は控える必要は無いが、今回は少し勿体ないと判断した。


「選別試験で使う武器が既に決まっているのなら、書類提出と一緒に申請しておくよ」


 アーサーが"複製(コピー)"の魔術を発動し、入学に必要な手続き用の書類を書き始める。


「なら遠慮無く。ひとつはタブレット端末。⋯⋯以前お義兄様に見せたわよね?」

「あの薄い板だよね? アレで何をするのかはわからないけど、それで構わないなら」


 タブレット端末はルカがここに到着した際に見せている。



「それともうひとつ⋯⋯今回のメインウェポンは錬金術の成果(スクワール)にしましょうか」



「⋯⋯かしこまりました。私はルカ様の従者ですから。ご命令とあらば」

「ま、ま、待って欲しい! 少し待って欲しい!」

 お互いに目をパチクリしてはいたものの、スクワールはすぐさま対応し、アーサーは驚きのあまり素っ頓狂な声が出てしまう。


「一応私の研究成果だもの。才能を見せろと言われればこうなるのは明は⋯⋯」

「明白じゃないよ。⋯⋯はぁ、上には掛け合ってなんとかしてみせるよ」



 大きなため息を吐いたものの、どうにかしようとする辺り優しさに溢れているアーサーなのであった。



友達が欲しいというのは研究仲間が欲しいという意味であって馴れ合いたいという意味では無いです。


ちなみにアーサーはこれからもそこそこ出番があります。

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