異世界○○
よろしくお願いします。
「結局、こうなる運命なのね」
彼女は暗い研究室の中で、背中を椅子に預けていた。
遠くから響く発砲音と爆発音も、既に彼女の耳には届いていない。
「時代が時代。少し不用心過ぎたかしら」
彼女、呉島瑠楓の胸には一発の銃弾が撃ち込まれ、その銃痕からは鮮血が流れ出し、白衣を赤く染めていた。
「⋯⋯」
彼女はこう思っている。
まだ世界には未知が残されていると。
世界には神秘が残されていると。
それらを明かすまでは死にたくなかったと。
「科学者らしく。全てを明かしてから⋯⋯生を終えたかったわ」
夢を夢と思わず、成すべき目的だと歩み続けた天災と呼ぶべき天才の末路は、残念ながら良いものでは無かった。
「⋯⋯無理だな。この悪魔め。戯言はそこまでにしろ」
背後から響く男の声。
瑠楓とそう歳は変わらないであろう青年は、怨嗟の籠った瞳で彼女を睨む。
そして後頭部には金属の冷たい感触。
「あら。応えてくれるの。ちょっと意外かも」
「⋯⋯最後くらい、黙ってくれよ」
「相変わらず真面目ね。きっとあなたにも事情があるのでしょう」
瑠楓は彼を責めるつもりは無い。
瑠楓にも目的があり、彼にも目的があった。それだけの話。
「じゃあな、地獄での同窓会はお前が一番乗りだ。酒は先に注文しておけ」
「貴方は日本酒だったかしら?」
彼に好きな酒を尋ねると同時に。
彼女の頭蓋は弾け飛んだ。
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彼女が目を覚ますと、そこは見知らぬ部屋だった。
「⋯⋯」
西洋風に施された装飾、そして女の子らしいぬいぐるみやピンク色のベッド。
「⋯⋯は?」
一人用にしてはやや大きく、様々な本が壁一面に収められている。
近くのカーテンを開け、外を見ると、綺麗に整えられた庭や鉄の柵があり、今彼女が立っている場所がそれなりに格式の高い場所である事が理解出来る。
「知らない場所⋯⋯」
(どういう状況?)
困惑が思考を支配する。
呉島瑠楓。
元々の年齢は二十一歳。その年齢にして超天才科学者と呼ばれた実績を持っている。
突出したその才能で、世界の技術レベルを数十年単位で進めた彼女だが、今は目の前のガラスに映る少女である。
サンディブロンドの長い髪に、エメラルドのような美しい碧眼を持つその身体は、五歳児前後の人形じみた形。
「有り得ない⋯⋯と断定するのは早計かしら?」
そしてもうひとつ、瑠楓には瑠楓では無い記憶がある。
ルカ・レシーア。
それがこの世界での、瑠楓の名前である。
前世か否か、という事は気にしていないが、前世であれば興味深いな、くらいには考えていた。
「⋯⋯名前が同じなのは都合がいいわ」
四大貴族と呼ばれるレシーア家という貴族の分家の次女に当たり、姉は既に魔術学園にいるらしい。
「魔術学園、ね」
興味深い単語が記憶から現れたが、一旦流す。
この国はアルスマキア帝国と呼ばれ、エルドラッド大陸の三分の一を占める大国だ。
文明レベルは産業革命前のヨーロッパ辺り。電気も通っていないような、不便極まりない場所。
世界情勢や政治を理解している訳では無く、五歳児の記憶から読み取れるものなどこの程度。
瑠楓はその記憶のおかげで、この世界が元々の世界では無いことを理解した。
「私の最後は、やっぱりアレなのね」
死に際。撃たれた記憶。
それらが全て本当に起きた出来事であるのなら、ここにいる自分は死後であるということ。
「別世界。多元宇宙論的に言えば、ビックバンから分岐していない別の起源を持つ世界⋯⋯なのかしら? それとも地球人類の知らない法則で成り立つ別の星⋯⋯? 平行世界?」
彼女は常に冷静。自身の置かれた状況を理解し、仮説を立てていく。
「いえ。記憶にある原住民はあまりにも人間的過ぎる」
部屋にある本を一冊手に取り、人の絵が書かれたページを開いた。
「エルフ、ドワーフ、魔人。多少の差異はあっても地球人類の外見に近い。地球と同じ世界の別の星の場合、ここまで似たような外見の進化をするかしら?」
それはルカ・レシーアの記憶にある物語の本。
そして自身の外見から、この世界は別世界であると考える。
「なるほど。死後、私の記憶は私じゃない別の存在に受け継がれたと。前世かもしれないけれど⋯⋯まあ、現状私に関して分かるのはこれくらいなのね」
何が起きてこうなったのか、何故私なのか、どうしてこの少女なのか。
「まあ、いいでしょ。その辺を考えるのは後でいい。どうせ色々やっていれば後からわかる事」
彼女は既に解を導き終えている。
「私個人としては、特に元に戻りたいとは思えないのよね」
それは彼女にとっては戻る必要が無いという意味であり科学者としては、戻ってみたいという意味では無いが、元に戻りたいかと言われれば彼女は否定するだろう。
必要な記憶、この世界での自分の立ち位置。
それら全てが今の瑠楓はある。
「あの世界に残した神秘は、他の人たちに任せるとしましょう」
瑠楓は既にあらゆる神秘を平凡に叩き落とした天才である。ほぼ全てを理解した上で、その先が導かれるのは時間の問題だとも考えている。
「その役割は私じゃなくてもいいもの」
むしろ、この世界について興味を持った所だった。
「ルカ・レシーアの自我はどうなったのかしら」
カーテンを閉め、部屋の外へと向かおうとする最中、彼女は考える。
ルカ・レシーアの自我。
今やるべき事。
この世界を構築している全て。
科学者として、解き明かすべき謎が目の前にある。
そしてそれを前にして心が踊らない彼女では無い。
「マニュアルに無いから焦るようじゃ、三流もいい所よね」
合理的で理性的。それでいて少しの童心と知的好奇心。
それが彼女のモットーである。
主人公は女性です。五歳児なので、暖かい目で見守ってあげてください。