――イマドキ、異世界転生するか? 無名作家による異世界転生③
「――これより、先に現れし異世界より転生した者の処断を始める。まず始めに……」
何も抵抗することなく、ただ担がれ、目の前の、まさしく断頭台の口を眺めている。古い木の、風雨にさらされ朽ち果てかけた、口は今にも血を求めている、なんて表現すれば良いか。口の上には、それはそれは真っ黒に渇き、新しい赤を求めて、ただただ待ち望んでいる、何の変哲もない大きな刃が、俺だけを見ている。それが教科書や物語の中で話ではなく、博物館の展示物として見るわけではなく、いまから俺がこれにより、二度目の死を迎えることとなる。
ガヤガヤと村人たちが、それに混ざってまた違う様相の人々が、神父である神村の宣言に耳を傾けている。大人たちは俺ではなく神村へ真っ直ぐな目を向け、子どもたちは神村ではなく俺を興味の目を向けている。ちらりと俺と目のあった子供は、それに喜んでなのか、嬉々としてパタパタと忙しなかった。男の子の親と思わしき大人に、思いっきり頭の上から拳で殴られ、涙をこらえながら親を睨んでいた。あんな時代はおそらくあったろうが、子供の時の記憶など、日々目まぐるしく変わる世に揉まれ、本当に不必要なものだけを残し、何処かへ流されてしまう。いまこうして二度目の死を前にして思い出すのは、しっかり俺の書いた作品は燃やし尽くしたのかどうか。そしてふと頭をよぎるのは、本当にノベルは、自分の好奇心から俺と接触し、異世界の物語を書き留めたあのノベル・ノーワンズとやらは、俺の首一つで助かるかどうか。……全く以て、こんな時ですら、親兄弟の顔すら思い出さず、今まさに、ここでの事に思いを馳せる辺り、俺はやっぱり薄情者なのだと思い知る。
「転生者は、この世界の娘一人と接触し、彼女を言いくるめ、拠点を用意させた挙げ句、異世界より持ち込んだ代物を引き合いに、不法滞在を行った。その証拠として、この、ほとんどが我々が踏み入るのを予測してか、燃やそうとした跡があるが、ここには、異世界の秘術や思想が散りばめられた、一種の魔法である。異世界の非常に高度な言語体系を成した文字のため、解読しなければ害はない。これは私が責任持って保管及び焼却をする」
高度な言語、か。そうだな。物語の根幹は、その筆者の持つ熱を文字で象る、いわば刀鍛冶やガラス細工に似た、無形の逸品だ。たとえそれが幼い子供の精一杯の話だろうと、子へ語り継がれる寝物語だろうと。神村仁伍楼のような作家が綴る緻密かつ登場人物たちが鮮やかに躍動する『千刃の侠客』や、神村自らが忌避するほどの作品となった『漆黒の騎士からの手向け』も、すべて逸品である。ただ、この、作家とも小説家ともライターとも言えない、半端者の俺が紡いだ物語はいま眼の前で、一種の気の迷いから生まれるも、売れることも知られることもない作品の二本目が、異世界から持ち込まれた魔術として、人々に掲げられている。
「――たかが、俺の書いた作品が、そんな大層なものじゃねぇ。魔術でも、秘術でもねぇ。いわば風聞、世迷い言で、嘘八百だろうぜ。物は言いよう、てか? 神村さんよ」
甲冑がカチャカチャと音を鳴らした。いままでピタリと静まり返っていたはずが、突然俺のつぶやきに気づいたのか、互いに確認し合うほど慌てている様子だ。
「し、神父様!? こ、こいつが、なにか呟いています!」
「こいつとはなんだ、こいつとは。俺にだって、中田……いや、タツノスケという名前がある」
「しゃ、喋った?! しかも、俺たちと同じ言葉を!?」
甲冑たちの言葉に、聴衆への言葉を止め、神父は急いで振り返った。甲冑たちと俺を何度も目を向け、状況を把握に努めていた。
「まさか……! 言葉を理解し始めたか! ……衛兵! すぐ処断の用意を。私の合図で、即刻縄を――」
――あの、どいてくださいっ!
聴衆を潜り抜け、神父と俺の前に現れたのは、息を切らして紙束を抱えたノベルだった。三つ編みは今にもほどけそうで、抱えたそれは所々折れたり角が飛び出していた。服のあちこちには、泥や砂がついている。膝や手首に近い部分など、おそらくは何度も転んだのだろう。
「神父様! 約束が違いま――」
「衛兵! 彼女は転生者にそそのかされている! 保護せよ! 転生者の処断の準備を!」
「先生! 先生! お願いです! 神父様に命を――」
神父は処断を命じ、ノベルは別の甲冑たちに押しとどめられている。聴衆の眼は、泣きながら俺の名を呼び続けるノベルと、断頭台の縄を切る衛兵に向けられる。胸の前で挙げられていた神村の手が、軽く振り下ろされる。衛兵は思いっきり縄切りの斧を振りかぶった。そうか。なら、俺が言えることはひとつだ。いや、叫びか。
「逃げろノベルっ! 生きろッ! 書けッ! 書き続けろッ!」
腹から声が出た。あぁ人間っていうのは、こんな時に、土壇場だが火事場だかで、凄い力を発揮するんだっけか。それが、俺の場合、こんな叫び声ひとつだけだった。
ノベルに真っ直ぐ届いたようで、涙をためたまま、甲冑たちの制止を振り切り、振り返って紙束を抱えて、走った。甲冑たちが呆気にとられてその場にバタバタと倒れこんでいく。一度、ノベルは俺の方を向いて、涙を拭いて、ニコリと笑い、手を振った。そのピンと真っすぐとなった背を、そのほどけそうな三つ編みを、彼女ノベルのその姿が、俺の最後に見た景色だ。
「――じゃあな。神村 仁五楼。」
俺の意識は、古いブラウン管テレビの電源を消すように、ぷつりと途絶えた。真っ暗な視界と、あるはずの感覚がないという感触、そして久しぶりに何となく良いことしたようなすがすがしい気分が、辛うじて俺を形作った。痛みはなく、寒さも暑さもない。音も消え、匂いも、胸につっかえていた何かも一緒に、サラサラとこぼれ落ちていくような、これが死ぬってことか――
ここまで読んでいただき
ありがとうございます。
続きます。次話投稿予定は
2022年12月31日(土)
お昼ごろです。
お楽しみに。