現実
私は悪夢で目が覚めた
時計を見ると、登校時間だ。朝食はいつも摂らないので、着替えて外に出た。
人通りが少なく、他の生徒たちが増えると、学校が間近に迫っている証拠だ。
今日は気分が乗らない。
勉強が嫌いなので、授業は聞いていても、ちっとも頭に残らない。
昼食も終え、五時間目は音楽の授業だ。
食後なので、必ず私は睡魔に襲われる。授業は嫌いではない。しかし、足が重かった。音楽室に移動が面倒だからでもない。教諭が嫌いなのでもない。
世保倉元志教諭は四十代半ばで、中肉中背でルックスも可でもなく不可でもない。生徒たちの評判も可もなく不可もない。存在感がないのだ。もしも授業中に寝てしまっても怒られる事はない。寛容なのか、生徒に関わってトラブルになるのを恐れているのか知る由もない。
すでに音楽に興味のない生徒は喋っている。もちろん世保倉教諭は注意はしない。
「この教室に幽霊が出るんだって知っているか?」
私の後ろにいる男子生徒の声が聞こえた。
「あいつのか?」
「たぶん」
「だよな。それ間違いない」
「行方不明で三日だしな……」
私は男子生徒の噂話を聞いて憤慨した。
「そんな事を言わないでよ」
私は立ち上がり、男子生徒に向かって、睨んだ。
「鹿島美紀、怖えぞ」
男子生徒は怖がっていない。私をおちょくっているようだ。
「冗談でも言って良い事と悪い事ってあるでしょ?」
「冗談? 冗談じゃないよ。だって、あいつは行方不明になって三日だぞ。死んでるよ」
「雪は絶対に生きているよ……」
私は言葉とは裏腹に死んでいる確率が高いと思っているので、涙が零れた。
「泣くなよ、ごめんな」
男子生徒は申し訳なさそうに、ペコリと頭を下げた、
私は男子生徒が素直に謝罪したので、怒りの矛先を見失った。この場に居づらくなった。防音扉を開けるが、世保倉教諭は授業を優先した。
チャイムが鳴った。五時間目が終了した。
教室には生徒たちが戻って来た。すぐに担任の小倉宏隆教諭も来た。帰り学活をした。
私は部活動をしていないので、このまま帰宅だ。
何か忘れている。
身体は音楽室に向かっていた。授業を退席したので、荷物が置き去りだ。
防音扉を開けると、軽快なリズムが流れていた。ピアノを弾いているようだ。
「えっ?」
弾いているは私だった。何度も瞬きをした。見間違いだった。世保倉教諭だった。
錯覚か。それならいいが、自己像幻視なら不吉な事の前触れだ。恐怖で背筋が寒くなる。
私は忘れ物を探しに来たのだ。本来の目的を思い出し、周囲を見たが、見当たらず世保倉教諭に尋ねた。
「あの……」
ピアノを弾く事に夢中で反応すらない。幽霊にも取り憑かれているのか。不気味に感じたので、勝手に音楽準備室に目を向けた。ドアは開いている。そこでまた目を疑った。雪が自転車に乗って出て来たのである。そのまま漕いで出入り口の防音扉に突っ込んだ。
危ないと、声をかける間もなく、すっと消えた。
先程から目の錯覚だ。
疑問だらけだ。
私は無断で音楽準備室のに入った。整理整頓されてきれな室内だ。だから、忘れ物も机の上に置いてあったので、すぐに見つかった。
「あれ?」
机の引き出しが少し開いていた。そこには見覚えのある物があったので、開けた。
スマホだった。ピンクのシールが目立っている。雪のだ。
なぜ、世保倉教諭が持っているのだろう。
私は頭の中で色々な事が浮かんだ。
怪しい。雪の所在を知っているはずだ。断定した。
バタンと、扉が閉められた音だ。
私の目の前に世保倉教諭がこちらをじっと睨んでいる。こんな怖い顔を見た事がないだけに、声すら出せない。
「見たな」
世保倉教諭はゆっくりとした足取りで歩いている。殺気しかない。
両手が私の首を掴もうとしている。恐怖のあまり硬直し、身動きさえ出来ない。大声を出したところで、防音完備されていて、聞こえるはずもない。
首をぎゅっと握られて、目の前は真っ暗になった。