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キセルの煙をくゆらせて  作者: 二宮シン
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旅立ち

 ニオの家で、スノウの手のひらに包帯を巻いていた。念のためきれいな水で洗ってからだったので、痛いと泣きそうだった。そしてカイムの怪我はサタナキアの血のおかげで全回復していたので、ニオは口を開いた。

「ちょっと今回は真面目な話だから、しっかり聞いてね」

 額に包帯を巻いたニオはいつもの調子で切りだしたが、すぐに深刻な表情へと変わる。

「さっきのドワーフだけどね、赤目の病によく似た症状で、どうやら操られていたみたいなんだ」

「おい待て、赤目の病は純血の人間だけに感染するはずだろ」

「この三十年はそうだった。それになんらかの変化が起きた。今はそれしか言えないね。とりあえず他のドワーフの里に連絡して受け取りに来てもらうよ。レッドアイみたく、理性を失って暴れてるから、縛ってあるけどね」


 それともう一つ、あの白装束だけれどもとニオは傷を押さえて口にした。

「掴まれて見えたけれど、耳が尖っていなかった。あの体型でドワーフのはずはないから、純潔の人間か、もしくは……」

「俺たちと同じ、悪魔ってわけか」

 察しが早くて助かる。ニオは若干微笑んだが、ここからが一番重要だと神妙な顔つきになる。

「カイム、その手のひらに浮かんだ物が数字だって、気付いたかい?」

「あ? もう見せてたか?」

 まだこの傷については話していなかったが、ニオは感じ取っていたらしい。数千年を生きてきた感性で。

「ふつう、そんな傷ができても数字だとは思わないよね。特に、そんな真ん丸な場合は」

 言われてみれば確かに、熱いと思って見たら、数字のゼロが浮き出たと頭で理解していた。

「その傷は、神界の神が人間や亜人に与える特殊なものなんだ。ボクが生まれたときに、神様から聞いたことだから確実だよ。基本的に与えられた人はその数字を新たな名前として名乗るともね。でも不思議なことに君は違うようだ。」


 この名前を変える気はない。そう断言すると、ニオはカイムを見やって告げた。

「その傷を与えられた者はナンバーズと呼ばれて、奇跡を起こすという白水晶を手にする権利を得るんだ。どんな願いでも叶う、神でさえ作ってしまったことを後悔するほどのエネルギーの塊をね」

 ナンバーズに、奇跡。カイムの頭は追いつくのがやっとだが、どんな願いでも叶うと聞いて、前のめりになった。

「なんでもって、本当に何でもか!」

 君の期待していることも叶う。ニオはそれだけ答えた。もし、それが本当ならば、絶対に手にしたい。そうすれば――


「答えられないから先に言うけれど、どこにあるとか、誰が持っているのかはわからない。ただ、人間界にあるのは確かだよ。そして、さっきの白装束の男もナンバーズだった。掴まれたとき、手のひらに一文字、ワンが見えたし、感じ取れたから」

 でも、なぜここを襲撃したのかはわからない。ニオはそれに頭を悩ませていたが、カイムにはどうでもよかった。白水晶を手にして叶える夢で頭がいっぱいだったから。

「襲われてそうそうなんだが、俺は白水晶を探しに旅に出る」

 立ち上がったカイムに、やはりそうなるかとニオは項垂れた。しかし、その裾を置いてきぼりだったスノウが掴んだ。

「私も、行く」

 そう言われるのはわかっていた。正直邪魔……いや、亜人社会で生きていくということは、周りのすべてが敵になることを指す。いくらカイムでも守りきれないかもしれない。だからニオを見やったが、両手を広げておどけている。


「アインヘルムでは預からないよ。拾ってきた責任を果たしてね」

「そうは言うが、危険な旅になる」

「あのワンを油断せず圧倒していたのは、どこの誰だったかな?」

 グウの音も出なかった。あのまま油断して攻撃をくらっていたら、死なずとも重傷を負っていたかもしれない。

「それにね、カイムがいれば、亜人社会で襲ってくるような輩はいなくなるよ」

 どういうことだと聞き返せば、亜人社会に広がっている『水晶の教会』を思い出してくれと言う。

「ボクのように白水晶の存在を知る誰かが作った、水晶の力で生きとし生ける者全てに幸せが訪れるという謳い文句で情報を集めるための教会。当然ナンバーズについてはどんな子供にまでも知られていて、貴族より高い身分として扱われているよ。つまり、待ちに待った免罪符を手にしたってわけさ」


 カイムはいつの間にか口元を押さえていた。今までの人生で虐げられ、隅にやられ、見下してきた連中より上に立った。これで変装せずとも酒を飲めるし、賭場にも行ける。その現実から、手では上がった口角を隠しきれていなかった。

「まあ、今までや今回も守ってくれたから、せめてものお礼と言ったらなんだけれど、ボクの友人にスリィを名乗るハイエルフがいる。水晶の教会の神官を務めているから、紹介状を認めるよ」

「ずいぶん今日はついてるな。賭場なら馬鹿勝ちだろう」

「確かにその通りだね。でも、君が白水晶を手にするために他のナンバーズを殺したり傷つけたりしても構わないけれど、スリィだけは傷つけ欲しくない。スリィは水晶を求めていないからね。むしろ種族間の争いとかを教会の権力で解決したがっていたから」

 とにかく、叶わないと諦めていた夢への道が見えた。もう一度、手にするのだ。必ず。

「君たちは旅の準備をしていてくれ。今まで守ってもらっていた分、旅の装備は貸してあげるから」


 ニオの紹介状が書かれている間に、念のためスノウの瞳を隠すために深く被れる水晶の教会用のローブを受け取り、僅かだが路銀も貰った。ニオもだが、これまでカイムが戦ってきたことへの感謝からくるものだった。

「はいこれ、スリィに会ったらよろしくね」

 旅支度が済むと、ニオが紹介状を差し出してくる。元々持っていた手ごろなカバンに詰めると、いよいよ出発となった。


「それじゃ、良い旅を。願いが叶ったら、ボクにも教えてね」

その後、アインヘルムを出てからもしばらく続いた感謝の言葉を耳に残し、いよいよ夢に向けての旅が始まるという時に、スノウはカイムを見上げた。

「叶えたいお願いって、なに?」

 当然気になるだろうと思っていたが、早速聞いてくるとは。どう答えたものかと悩んだが、叶うまで秘密だということにした。

「いつか教えてやるよ」

「……イジワル」


 なんとでも言え。なんなら欲深だと笑え。たとえどうなろうと、白水晶を手にして夢をかなえる。世界平和も、種族間の争いも、知ったことではない。世界などどうでもいい。己の意思を貫き通す。そのためになら、魔王にだってなってやろう。

ただ一つだけ守るのは、スノウのことだ。カイムの今までの人生があんまりだったからか、一人ぼっちだったスノウには甘くなってしまう。できることなら、幸せに静かに暮らせるようにしてあげたい。拾ったスノウという存在は、ワンとの戦いでも迷ったように、カイムを悪魔ではなく人間でいさせてくれる存在なのだ。不思議と、気が付いたらそうなっていた。だから守りながら、白水晶を手にする。夢も願いも全て叶えると、快晴の空に手を伸ばして誓った。

「虚空を掴まないために、行こう」




「ナンバーゼロは、カイムという悪魔との子に与えられた……こんな感じでいいかな」

 二人が去った後のアインヘルムで、ニオは伝書鳩に手紙を縛ると、空へと飛ばす。すべては、世界のために。

「上手くいきますように」

 珍しく神頼みなんてしながら、カイムへ想いを託した。カイムにしかできないことをやってもらうために。

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