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キセルの煙をくゆらせて  作者: 二宮シン
20/22

かつて見た夢

 ずっと一人で生きてきた。盗みなり強盗なりで仲間として集まっても、心は一人だった。亜人社会は人間を奴隷として、女は慰め物になり、男は労働力となった。小さなころは、そんな世界に抗えずにいたが、歳が二十を超える辺りから関係のない話になっていき、正真正銘一人で奪って、盗んで、脅して、その日を必死に生きていた。こんな世界に生きる意味などあるのかと、そう思う度に酒を飲んで忘れるようにして、人間如きが酒を飲むなと喧嘩を売ってきた亜人どもを叩きのめしてきた。生まれつき、カイムは常人より強かったのだ。それは、死んだ母親から教えられた、魔王を倒したサタナキアとかいう悪魔のおかげだろう。

 今日もまた、喧嘩を売られた。相手はハーフドワーフ五人で、手には斧を持っている。


「人間一人に、ドワーフ五人が斧を使うのか」

「てめぇ一人にダチが重傷を負ったから。その仕返しだ」

 徒党を組まなければ太刀打ちできないという情けなさも感じていないのか、斧を手にジリジリと迫ってきている。

「名無しの人間よぉ、今日でお前の命は最後だぜ?」

「殺す気なのか。裁かれるぞ」

「人間一人が死んだくらいで、誰も騒ぎ立てはしないんだよ! この世界はな!」


 クソッタレな世界だ。そんな世界でも生きていくために、仕掛けてくるのなら、迎え撃つ。転がっていた鉄パイプを片手に持つと、踏み込んで最前線にいたドワーフの頭を殴りつけた。ドワーフたちは動きについていけずに冷や汗を流していたが、すぐさま斧の一撃が横薙ぎに迫る。それを鉄パイプで防ぐと、開いている左腕で顔面を殴れば、顎に命中して意識を失った。

「まだやるのか」


 力の差は思い知ったはずだ。ドワーフたちは倒れた二人を担ぐと、覚えていやがれ、などと捨て台詞を残して逃げていった。

「殺さないように手加減するのも、気を使う」

 ここは、他の国から離れた名も無い村の近く。国に入るには入国料がいるので、金のない名無しの男は、村々を転々としていた。


「金、どうするか」

 この前馬車で移動していた貴族のエルフから奪った金も、そろそろ底が尽きる。村に行けば馬小屋くらいになら泊めてもらえるかもしれないが、あくまで予想だ。酒も飲めない程に金策に困って頭をガシガシと掻いていると、自分でも似合っていないと思っている琥珀色の左目に痛みを感じた。時々あるこの症状はなんなのか分からないが、たいていろくなことには繋がらなかった。

「出てこいよ、誰かさん。文句があるなら戦ってやる」


 気配のした方へ呼びかければ、三人の男女が現れた。深紅の瞳をした、かつて人間界で暴れた悪魔だ。

「まだ残っていやがったのか。それで、俺を殺しに来たのか? 魔王とやらを殺した親父が憎いから」

 悪魔の力は、亜人十数人に匹敵する。この場で三人から命を狙われては、恐らく死ぬだろう。名無しの男には、自分の生死に興味がないのでどうでもいいが。死ぬ時が来たら死ぬ。そういった死生観に似た諦めを抱いていた。

 しかし、三人は目の前へと近寄れば、膝を付いた。なにかと疑問を浮かべれば、三人の深紅の瞳が名無しの男を捉えた。

「私たちは、あなたの父親、サタナキア様に使えていた三人の悪魔です」

 真ん中にいた亜麻色の髪をした女の悪魔がサタナキアの名を出せば、横の二人も頷いている。

「サタナキア様は、魔王ルシファーを倒した後に、弟であったアガリアレプトに殺されました。私たちはサタナキア様の最後の力で人間界へと送られ、あなたを守るように命令されています。それは、私たちの意思であり、願いでもあります」


 親父の残した、三人の悪魔。正直邪魔だと思いながら、三人を見据える。亜麻色の髪の女と、赤い髪の男二人。なんとなくだが、悪魔の力とやらを感じる。

「それで、お前たちはなにがしたい。かたき討ちにでも行けというのか」

「もう、過ぎたことですから。私たちの力も弱まり、アガリアレプトには敵いません。人間数人分がいいところです。ですが、サタナキア様の残したあなたを守るために、私たちは集まりました」

 深紅の瞳が六つ、名無しの男を見上げていた。邪魔かと思っていたが、弱っているとはいえ悪魔の力ならば、少なくともチンピラに負けることはない。

「俺は家も、家族も、金もない。それでも、俺についてくるのか」

 答えるまでもない。三人は口にすると、亜麻色の髪の女が懐からなにかを取り出した。それは、赤いキセルだった。

「サタナキア様が人間を知った際に愛した物です。どうぞ受け取ってください」


 刻みタバコとやらと赤いキセルを受け取ると、マッチで火をつけてくれた。高いからと買わなかったタバコとは違うキセルを一口吸えば、頭が冷えてくる。落ち着いた心持にもなれた。

「こいつはありがたく受け取っておく。それで、お前たちの名前はなんだ」

 三人は立ち上がり一礼すると、亜麻色の髪の女はプルスラスと名乗り、左の男はアモン、右の男はバルバトスと名乗った。

「今度はこちらが聞きますが、あなたの名前はなんでしょうか」

 名前。そんなものはとうの昔に捨てた。母親が死んだ幼いころから、名無しとして過ごしてきたのだ。


「名前など、皆無だ」

 早速気に入ったキセルを吹かしていれば、プルスラスが首を傾げて、合点がいったように両手を合わせた。

「カイム、ですね!」

 思い違いをしている。訂正しようとキセルを手に持ちかえたが、いつまでも名無しでは、都合が悪くなるだろう。カイムという響きも悪くない。三人の悪魔を従えた、魔王を殺した悪魔の息子カイム。薄れていた男心がくすぐられる気分だ。

「サタナキアの子、カイム。覚えておいてくれ」

 そうして、三人の悪魔と出会った。深紅の瞳を隠すため、三人は人里離れた荒野に一軒の家を持っていて、早速招待されると、プルスラスがラッパを取り出して、陽気なリズムを奏でる。アモンもバルバトスも酒を口にしながら聞いたこともない歌を歌っており、カイムも穏やかな空気に、数週間もすれば野良犬のようだった今までとは決別をした。これからは、悪魔三人と静かに暮らすのだと。




 その家に厄介になって、数か月――いや、数年が経った。プルスラスはラッパを奏でて、アモンとバルバトスからサタナキアの力の秘密を教えてもらっていた。

「人間を知り、愛を知ったサタナキア様は、成長なされた。寿命が極端に短い人間にのみ与えられた爆発的な成長を得て、悪魔と人の混じった魔人となられた。我ら三人もルシファーとの戦いに助勢し、どんな悪魔でさえ近づけなかったルシファーを、サタナキア様は倒された。悔やむべきは、衰弱したところをアガリアレプトに殺された事です」


 アモンは心底サタナキアを信仰しており、口調も丁寧だ。この話は何度も聞かされ、もういいと断っても、決して忘れてはならないことなのだと譲らなかった。

「よいですか。悪魔や亜人は寿命が人間の数倍、中には数十倍の者もいます。しかし、だからこそ、神は成長という力を与えなかった。そして新たに生み出した人間には、その成長を与えたのです。あなたには、サタナキア様の血と、人間の血が流れておられる。いずれは悪魔の力が目覚めるでしょう。そして、魔人にもなられるかもしれない。その暁には、どうか、サタナキア様を卑怯に背後から殺したアガリアレプトを打倒してください」


 何度も聞いて、何度も約束はできないと返す。カイムはキセルを吹かすと、バルバトスが口説いている、客人として来ているハイエルフのニオに視線を移した。

「悪魔とハイエルフの子なら、世界だって手にできるんですよ? ドワーフとの間にある確執もなくなり、非常に都合のいい世界になる」

 だから子供を作ろうと前のめりになるバルバトスへ、ニオはそんなこと望んでいないと一蹴した。

「ボクはサタナキアと旧知の仲だったからね。悪魔が人間と分かり合えたのなら、いずれはドワーフとの確執も、純潔も混血も、手を取り合えるだろうから。ボク自身が手を加える必要はないよ」

 ニオ・フィクナー。世界の始まりから生きているとおどけて口にした、アインヘルムとやらの族長。この家に来るのは、ニオと、悪魔であることを黙ってもらう代わりに大金を渡している行商人だけだ。


「それじゃ、ボクは帰るよ。サタナキアの子供がどうなるか気になるから、また近いうちに来るけれどね」

 掴みどころのないニオは手を振って出ていくと、バルバトスは口説くのに失敗したと残念がっていた。

「ああいう華奢な体つきの女が好きだってのに、上手くいかないもんだ」

 そうしていると、プルスラスがご飯できたよと運んでくる。質素な飯だが、この数年食ってきたので、この味に慣れた。いつのまにか騒がしくなったカイムの人生に、文句などない。ただこんな日常が過ぎ去ってくれたら、それでいい。夕食の魚を食いながら、サタナキアの残した三人の悪魔へ感謝を伝えようとしたが、不器用だから口にできない。それでも美味かったと食べ終えれば、プルスラスは笑っている。アモンもバルバトスも、笑っている。悪くない。このまま、日常が続いてほしい。そんな夢を抱いて、床に就いた。




 変化は、突然やってくる。なんでもない昼下がりに、三十人以上の亜人たちが武器を手に、家を取り囲んだ。

「行商人から聞いたぞ! 悪魔がいるとな!」

 嫌な予感はしていた。貪欲な商人が、いつか金で転ぶだろうと。

「悪魔は皆殺しだ! 火を放て!」


 たいまつの火が、四年近く暮らしていた家へと燃え移ると、煙に耐えられなくなり、外に出る。ドワーフもエルフも関係なく、皆が悪魔という存在のすべてを悪と決めつけて、殺すために襲い来る。カイムは隠れていてとプルスラスに言われて引っ込むが、ルシファーとの戦いで力をほとんど失った三人に、この数の亜人たちの相手は無理があった。アモンが倒れ、バルバトスが倒れ、赤い霧となって空へと消えていく。最後に残ったプルスラスも、斧で胸を深く斬り裂かれた。


 せっかくできた大切な人たちが、殺されていく。父親はアガリアレプトに殺され、母も早くに死んだ。アモンもバルバトスも息絶え、虫の息となったプルスラスへと亜人たちが迫るのを目にすれば、例えようのない怒りが湧いてくる。この世界は、カイムからどれだけ大切なものを奪うのかと。

 そうしていると、左目が熱くなり、体に力が湧きあがる。割れたガラスを見れば、左目が深紅に染まっていた。


「これが悪魔の力、ということか」

 プルスラスへと迫る亜人へ飛びこんで殴ると、加減がきかずに遥か遠くへと吹き飛んでいった。

「これ以上、奪われてたまるか」

 プルスラスを背後に、カイムはドワーフから斧を奪うと、その場にいた亜人たちを皆殺しにする勢いで駆けまわった。逃げていった奴らは追わずに、プルスラスを守るために戦った。

 そして残ったのは、返り血で真っ赤なカイムと、今にも死にそうなプルスラスだけだった。ろくな医療器具がないので、助けたくても助けられない。また失ってしまうのかと肩を落とせば、プルスラスは微笑んで、最後の願いを聞いてほしいと口にした。

「ハベルの塔に行って。そこに私たちの全てがあるから」

 場所なら、ニオが知っている。そう、かすれた声でプルスラスは言い残すと、赤い霧となって消滅した。




「酷い有様だね」

 あの後雨が降り、返り血も、地面に飛び散った血も流されていく頃に、ニオがひょっこり現れた。

「人間と亜人も、エルフとドワーフも相容れない世界なんだ。悪魔と分かり合うことなんて、サタナキア一人ができただけ奇跡だったみたいだね」

「……どこにある」

「なんだって?」

「バベルの塔とやらは、どこにある」

 そう、この日この時から始まったのだ。カイムがハベルの塔をめざし、やがては魔人へと成長する旅は。


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